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クジラ  作者: 夕日ゆうや
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第1話 異世界転移

 居酒屋の店内に響くラジオ。

 その音に負けじと、声を荒げる二人がいた。

「それでケンヤの研究は?」

 コトっとウイスキーを傾ける。

「そうそう! そうなんだよ。クジラのエコーロケーションの周波数から、彼らの行動予測ができるんだよ!」

 熱弁する俺をよそに、リントはおかわりのウイスキーを頼む。

 リントは優男風で爽やかイケメンである。太らない体質らしい。

「それがなんの役に立つんだ? オレのラノベはすでに十万部、多くの人を感動させているぜ?」

「リントは馬鹿だな。今後の人の革新が見えないのか?」

「ああん?」

 雑踏の中、大将の作ったお造りがテーブルに並ぶ。

「はいはい。あんたたちはそうやっていつも喧嘩する」

 カレンがやれやれと言った顔でため息を吐く。

「そういうカレンはどうなんだよ?」

「ん、金メダル、更新中」

「すげー」

「素直に尊敬できるな」

 肉体の引き締まったカレンは自慢げにない胸を張る。

 日焼けした褐色の素肌が目に毒だ。

「それに比べて俺たちは……」

「言うな。オレらだって頑張っているだろう?」

 俺は飲んでいたワイングラスを置いて盛大なため息を吐く。

 トップアスリートと比べれば、感動や革新と言った言葉が霞んで見える……気がする。

「そう。ケンヤ、頑張っている」

「エコーロケーションの第一人者だろ?」

 苦笑が漏れる。

 第一人者ではない。

「そんなことを言っているのは誰だぁ〜?」

「もちろん。このオレよ、超売れっ子ライトノベル作家リント様だ!」

「いよ! 目指せ、作家デビュー!!」

「もう、してる」

 カレンのツッコミが入りひと笑いする。

「もう学生じゃないんだものな」

 俺は過去を振り返る。

 カレンやリントと出会った日々を。

 二人と出会ったのは中学のときだ。

 捨て猫を拾って飼い主探しをしたのがきっかけで仲良くなったっけ。

 幼馴染とは言えない微妙なライン。

 学生時代からの付き合いだ。

 それぞれの夢を背負って生きている姿に応援し合う中になった。

 一人はアスリート。

 一人はラノベ作家。

 そして俺は学者。

 三人とも見事に夢を叶えこうして、酒を酌み交わしている。

 まあカレンはあまり強くないから、甘いカクテルで軽く酔っているが。

「しかしまあ、よく続いているよな」

 この関係も、今の仕事も。

「そう、ね。リントは、投げ出すかと」

 カレンは無駄なことは言いたくないタイプだが、これだけは言いたいらしい。

 やれやれ系おかん、なんてあだ名がついた時があったが当人は嫌っている。

 だから、俺もリントもそうは呼ばない。

「オレ好きなことはとことん頑張るからな!」

 キラッと完璧なウインクを見せる。

 こいつは平気でキモいことをやってのける。

 学生時代のあだ名は残念イケメン。

 リント自体は気にした様子もなく、むしろ嬉しそうに応じる。

「うへ、出たよ。残念イケメン」

「ガリ勉くんは何を言っているのかな〜?」

 こいつ。

「はいはい。やめやめ」

 カレンが機械的な声音で割って入る。

「リント、それ嫌いって、分かるでしょ?」

「悪かったよ。本気にすんなって。好きなもんおごるからさ」

「じゃあ牛タン追加で!!」

「躊躇なく高いの選んだな!」

 飲み終えるとふらつく足取りで居酒屋を出る。

「あー、もう、しっかり」

 無機質に感じるような声音に支えられる。

「悪い悪いって」

 リントは何かにすがるようにぼやき出す。

「ああ。もう、うち来て」

 ドキッと心臓が跳ねる。

「いや、わるいって」

「酔いが覚めるまで、ね?」

 抑揚のない声で告げるカレン。

「ママも喜ぶ」

「わかった」

 俺はリントの肩を支えて昔懐かしいカレンの実家に向かう。

 カレンママの話をされたら断れないだろ。

 だってカレンの母親は……。

「ママただいま、二人連れて、きた」

「うん、そう」

「あがって」

「お邪魔します」

 すっかり眠りこけているリントをソファに寝かせると、俺は仏壇に手を合わせる。

「ハナさん、娘さんは俺が守ります。全身全霊をかけて」

「何やって、いるの?」

「ああ。すまん。すぐ行く」

 写真の埃を払うと俺は立ち上がり、カレンのもとに向かう。

「ママが水、飲みなって」

「ああ。いただくよ」

 食卓にあるコップに手を伸ばす。

 彼女にはなにが見えているのか、再び母親と会話を始める。

 楽しそうに会話する彼女を見ていたら否定はできない。

 医者に診てもらったこともあったが何一つうまくいかなかった。

 医者のほうが彼女には何か見えているのかもしれない、とさじを投げる始末だった。

 苦笑を浮かべていると、肯定されたと思ったのか、カレンはずいっと身を乗り出す。

「やっぱり、そう、だよね」

 ずっと一緒にいるせいか、機微の少ない表情でも読み取れる。

 いまテンションがあがっている。

「ありがとう」

「別に……」

 俺には聞こえない声は、なにを言っているのだろう。

 俺はちびちびと水を飲む。

「ん。ビニール袋」

 カレンが嘔吐用にビニール袋を持たせる。

「ああ。ありがとう」

 しばらくすると眠気が襲ってきたので、俺はその場で身体を預けることにした。

 睡眠は外界との隔絶。

 この世界との断りを絶つ瞬間。

 世界が変わる瞬間。


 鳥のさえずり。

 草花の香る世界。

 固い地面。

 土の蒸し返したような香りがし、俺たちは目を覚ます。

「ここ。どこ……?」

 俺の一声はそれだった。

 青草が野原一面に埋められた丘。

 明らかに寝る前と風景が違いすぎる。

「ここはなんだ?」

 リントも驚いた様子で周囲を見渡す。

「んん。何?」

 カレンがようやく目を覚ましたようで、寝ぼけ眼を擦る。

 ここには俺を含め三人しかいないらしい。

 丘の向こうに街が見える。

 街は昔ながらの木造建築が見てとれる。

 だが、ふすまや畳がよくみえ、まるで歴史文化遺産のような家屋しかない。

 垂れ幕や看板には古き良き文字の並びが見える。

「どういうことだよ。これ」

「どっきりか、なにか?」

「それにしてもおかしいだろ」

 俺たち三人は戸惑いの声をあげる。

「って、お前ら少し若くなっていね?」

 俺はリントとカレンを見つめる。

「ん。そういう、ケント、も」

「なに?」

 もしかして若返っている?

 どういうことだ。

 俺たちにいったい何が起きたんだ。

 困惑し、その場に崩れ落ちる。

「ああ。これは異世界転移ってやつだ。オレは知っている」

「異世界転移……?」

 俺はうわごとのようにつぶやく。

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