失われた光
白石光瑠、今年で14歳。孤児院で暮らしています。
孤児院暮らしって言った通り、私はお父さんとお母さんとは生活してない。私がまだ赤ん坊の頃、何かの事情があって、泣く泣く私をここに預けたんだって。だから、私はお父さんとお母さんのこと、何にも知らない。顔も、名前も、何もかも。
でも、私は全然寂しくなんてない。孤児院の職員の人達はみんな親切だし、一緒に暮らしてる子供達とも仲良し。大好きな人達に囲まれて、学校にも通わせてもらえて。
勉強も、美術部の活動も、それに孤児院の仕事の手伝いも、一生懸命やってる。どんなことも笑顔で頑張ったら、みんな「光瑠は太陽のようだね」って言って、笑ってくれるから。それに…。いつか、お父さんとお母さんが、「事情」がなくなって私を迎えにきてくれたとき、いっぱい自慢したいから。二人を、喜ばせてあげたいから!
今日は、顧問の先生の都合で部活がなくなったから、いつもより少し早く帰ってきた。廊下を歩いていると、職員の人達の話し声が聞こえて来た。どうやら、自分のことを話しているようだ。いけないことと思いつつも、つい立ち聞きしてしまう。そして、しばらくして…頭が真っ白になって、鞄を持ったまま、気が付けば孤児院の外へと飛び出していた。
「捨てられた子」?お父さんとお母さんは、私を泣く泣く預けたんじゃないの?段ボールの中に、名前を書いた紙と一緒に入れられて放置されてたなんて、そんなの…嘘でしょ?じゃあ…いつかお父さんとお母さんが迎えに来てくれるなんて…そんなこと、ないってこと…?
それだけじゃない。私が「痛々しい」って、どういうこと?!私が頑張ったら、笑顔でいたら、みんな喜んでくれると思ってた。なのに…ただ憐れんでただけってこと?
「じゃあ私…今まで何のために頑張ってたっていうの…?」
しばらく走って、どことも分からない路地裏で、ポツリと呟いた。今まで無意識のうちに考えることを避けていた「嫌なこと」がどんどん頭に押し寄せてきて。全部が全部、どうでもよく思えてきたときだった。
「誰…?!」
ふと気が付くと、目の前に一人の少女が立っていた。黒を基調とした、民族衣装のような長衣を身に纏い、美しい黒髪は地面につくほど長い。自分と同じくらいの年頃に見えるその少女は、私に向かって妖艶な笑みを浮かべながら言った。
「誰…?そうね、貴女の願いを叶える魔法使い、とでも言いましょうか…」
「魔法使い…?私の願いを、叶える…?」
訝しみつつも、私はその少女に惹かれたのか、不思議とその場を立ち去ろうとはしなかった。
「ええ、そう。…辛いことがあったのでしょう?何もかも、投げ出してしまいたいのでしょう?だったら…私が、全部忘れさせてあげる」
「全部…忘れる…?」
少女の甘い囁きに、私は何の不信感も抱いていなかった。そして、
「…そんなことが、出来るのなら…」
…そうだ。「嫌なこと」に支配されるくらいなら、いっそ全部…。
私の漏らした言葉に満足したのか、少女はふふっと笑った。
「そう…いい子ね。じゃあ…」
…そう、もう、どうでもいい。
少女が優雅な動きで、私に向けて手を差し伸ばす。私は導かれるように一歩ずつ少女の方へと近づいていき、その手に触れた。
「ああああああ!!!!」
次の瞬間、眩しすぎるほどの強くて白い光に包まれ…そこで意識が途切れた。
―――
「強い光ほど闇に染まりやすいとは本当ね…。なんとあっけない…」
片翼の天使のような姿に変わり、虚ろな瞳をした目の前の少女を見て、漆黒の少女は嬉しそうに微笑んだ。
「…親から名前のみを与えられて、捨てられた少女、ねえ…」
切なげな表情で、ボソリと漏らす。しかし、すぐにそれを消し、威厳に満ちた声で言った。
「さあ、これからその能力、我が主のために使いなさい!…ミチル」
「……ハイ」
感情の込められていない声で答えた少女を伴い、黒き『魔女』は魔城へと姿を消した。
―――
「最悪!遅刻なんてしたら、水波に何言われるか…」
金髪の少女・赤羽花琳は、高校に向かって猛ダッシュしていた。が、ふと中学生くらいの少女が数人の男に絡まれてるのを見かけて、足を止める。花琳はそちらに方向を変え、瞬く間に男達を撃退したのだった。
「ちょっと、あんた大丈夫?」
「……」
助け出した少女に声をかけるも、返事はない。
「…ねえ、あんた中学生?」
「…知ラナイ」
「学校は?」
「…分カラナイ」
「はあ?!」
とんでもない娘を助けたのではないかと思いつつも、花琳はさらに少女に問うた。
「…っ、じゃあ、名前は?!」
「……ミチル…」
「…ミチル…?」
3年前から成長を止められた姿で、ミチルは機械のように答えた。
―――