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魔王と勇者のPKO  作者: 猫絵師
フィーア王国交流編
53/58

英雄と元英雄と英雄未満

暗い鬱蒼とした森。


アーケイイックの広大な森は月光を拒み、薄い僅かな明かりが届くのみだ。


方向感覚を狂わせるような、どこに行っても同じ風景の森を、慣れた様子で進むのは捜索隊のリザードマン達だった。


彼らは目が悪い。


逆に言えば目に頼らず、匂いを追って暗い森を捜索できるのだ。


「合図ノ笛デス」と不死者の王の傍らに居たリザードマンが呟いた。


人の音域では捉えることの出来ない笛の音を捉えたようだ。


戦士の姿をしたリザードマンはアンバーの傍らを離れ、近くに控えていた仲間に聞こえない声で指示を出した。


「どうかな?王子も《勇者》も無事か?」落ち着きのない様子でアンバーはリザードマンに確認した。


リザードマンは表情のない顔を傾げながら答えた。


「ワカラナイ…デモ、仲間、見ツケタ、光ノ柱見タ…アレハ、《勇者》?」


リザードマンはたどたどしく喋った。


それでも彼はまだ会話ができるほど知能が高い。


さっき森の奥から、雷光のような煌めきを見たと言う。


彼らはそれを目印に仲間を走らせた。


焦燥感に焦がれながら、ただ待つことしか出来ず、大賢者は苛立たしげに杖をコツコツと鳴らした。


アーケイイックの森を探索するのは、慣れてるものでも難しい。


一人がどうにかできるものでは無い。


何よりも気が付くのが遅すぎた。


救難の狼煙が風で上手く上がらなかったことが大きかった。


真っ直ぐに上がれば、遠くまで見える赤い煙が助けを呼ぶが、風が強く、向きも悪かった。


他部族間での連絡が遅れた原因はそれだった。


略奪者の運が勝ったとも言える。


「…あぁ…イール…ミツル…」肉のない髑髏の口から苦しげな声が漏れた。


《サンベルナ》を攫った略奪者を追って、《勇者》も森に入ってしまった。


どちらも彼にとって替え難い大切な存在だ。


どちらかではなく、二人共を救わねば彼の心は晴れない。


彼が《勇者》として召喚した異世界から来た青年は、「自分に出来る事」をすると言って森に消えた。


魔法だって使えない、剣だって大した腕ではない、ただ少しの心得があるだけの君が行ってなんになるって言うんだ?


もどかしい思いを抱えて苦悩する不死者の王も、この広大な暗い森を前に手を(こまね)いている。


不意に森の方から声が上がった。


「不死者ノ王、王子ダ」とリザードマンから吉報が届いた。


慌てて杖を手に歓声の上がった方に走った。


黒い狼の背から手を借りて降り立ったのは、待ち焦がれた愛息子の姿だった。


「イール!」


大切な杖を投げ出し、その場に居た者達をかき分けて白い手を伸ばした。


「陛下…」


「…良かった…お前を失ったかと…」


確認するようにしっかりと腕に抱いた。


暖かい体温が彼の無事を知らせた。


不死者の姿になって、長い孤独を癒してくれた大切な家族。


何にも代えがたい我が子だ…


「ご心配をおかけ致しました、申し訳ありません…」


「心配したとも!よく帰ってきてくれた…


あぁ、良かった…」


大切な宝物を抱き寄せて、あやす様に頭を撫でる姿は、魔王ではなく一人の父親の姿だった。


「すぐに手枷を外してやろう。


身体は?痛めつけられなかったか?痛むところはないか?」


「彼らの商品でしたので、大きな怪我は負わされませんでした…


ただ右腕と左足の関節を外されました…」


痛みを堪えているのか、イールの額には大粒の汗が滲んでいる。


顔色も悪い。



「すぐに城に運んで手当を…」とアンバーは転移魔法のゲートに視線をやった。


城と繋いだまま固定された転移魔法の門には黒いタールのような水面が張っている。


イールを抱いて、城に戻ろうとアンバーが転移門に近付いた。


門をくぐろうとした時に、不意に水面が揺れて、中から人の気配がした。


「陛下、遅くなりました」と中から現れたのは狼男のシャルルだった。


僅かに遅れてアドニスとヒルダが現れた。


「イールは無事だ」とアンバーが伝えると、すかさずアドニスが「ミツル様は?」と訊ねた。


その顔は焦った様子もなく、ただ淡々と事実を確認している様子だ。


「私を逃がすために残った…」と苦々しく答えるイールにアドニスは「承知しました」と短く答えた。


そこには焦りも怒りも何も無かった。


ただ冷静に事実のみを受け入れて、彼は一人さっさと森の方に近付いた。


「アドニス!待ちなさい!アーケイイックの森は広い。


案内役が必要だ!」


アンバーの呼び掛けに彼は「承知しました」と応えて足を止めた。


「シャルル、なぜ二人を連れてきた?」


「アドニスは何かあった時に通訳にと預かりました。


ヒルダ嬢は…助っ人です」とシャルルが困り顔で答えた。


連れて行けと駄々をこねたのだろうか?


「大丈夫か?」とヒルダがアンバーに抱かれたイールに訊ねた。


「右腕と左足の関節を外されただけだ」と苦笑いを浮かべるイールに彼女の手が伸びた。


汗で張り付いた髪を払ってヒルダが呟く。


「痛かったろ?仇はとってやる」


「私はいい、ミツルを頼む」


「あぁ、任せな」と頼もしく《盾の乙女》が応えた。


「あのデカいの借りれるか?」と彼女が訊いた。


イールの目が潤んだ。


「アヴァロムは死んだ」と言う返答にヒルダのオリーブ色の瞳が揺れた。


「私を守って死んだ」とイールが伝えると、彼女は何か思い出したように悲しい顔をして口を噤んだ。


重なるものが彼女の中にもあった…


「…獣だが立派なやつだ、敬意を表するよ」


そう言ってヒルダはシャルルに「行こう」と促した。


転送門を後にして、彼らはリザードマンを伴って森に入って行った。


「少し急ぎますが、着いてこれますか?」


シャルルが二人に確認した。


「強行軍なら慣れてるさ」とヒルダが頼もしく笑う。


アドニスも「着いて行きます」と頷いた。


シャルルが歩を早めた。


彼は匂いを求めて真っ直ぐ進んだ。


ヒルダとアドニスもピタリと着いてくる。


むしろリザードマン達の方が遅れていた。


「へえ、あんた人間にしてはやるじゃん?」とヒルダがアドニスを見て笑ったが、彼は特に何の反応も示さなかった。


「愛想のない奴」とヒルダがつまらなそうに言った。


それでもやっぱりアドニスは何の反応も見せなかった。


仮面のように全く表情の変わらない男に不気味さを感じ、ヒルダがアドニスに確認した。


「あんたミツルの何なんだ?」


「従者です」と短く答えてアドニスが沈黙する。


「心配ありません。


彼は元オークランド人ですが、陛下がミツルに与えた従者です。


よく働きますし、剣の腕も一流です」


彼の素性をシャルルが保証した。


少し後ろを行くアドニスをチラリと見やって「ふーん」と応えた。


ずっとどこかで会ったことがある気がしてたが、気の所為かもしれない。


ただ今は、この不気味な青年に構ってる余裕はなかった。


「ミツルの匂いはしてるんだよな?」


「私の鼻はリュヴァン族の中でも一番ですよ。


保証します」とシャルルは自慢げに語った。


「貴方からイール殿下の匂いがしてた時はショックでしたよ」と彼は小さく笑った。


ヒルダが驚いた顔をしてシャルルを見上げた。


「あ、あんた…」


危ない…どこまで知ってる?と問うところだった。


そんなヒルダに「フラれてしまいましたね」とシャルルは寂しそうに呟いて、また前を向いた。


✩.*˚


頭がボーとする…


殴られたのが思った以上に効いてたらしい…


「大丈夫かね?」


懐かしい、優しい声を聞いた気がして顔を上げた。


死んだ人の声を聞くなんて縁起でもない…


「男の子という生き物は、生傷が絶えなくて困ったものだ」と彼は笑った。


「…グランス様?」


周りの物も分からないような暗闇に、ぼんやりと浮かぶ姿は幽霊そのものだ。


随分と神々しい姿の幽霊がいたものだ…


背の高い、長い金髪と青い瞳。


若くも老いてもない男の人の姿で現れたグランス様は二人の子供を連れていた。


何だろう?


さっきまで手足を拘束されて、大男に担がれていたのに…


何も無い暗い空間には僕達しかいない。


「《凪》…《嵐》…」


僕はこの双子を知っている。


彼らは人の姿を借りた、二振りの剣だ。


『ミツル様』白い衣装に身を包んだ少女《凪》が僕の名を呼んだ。


『私達はまだ戦えます』と《凪》と同じ背格好の少年《嵐》が力強く言った。


グランス様が少し屈んで二人の背中に手を添えた。


青い透き通った瞳が僕に笑いかけた。


「ダメだろう?せっかく君に譲ったというのに、あんな場所に置いてきてしまうなんて勇者失格だ」


そういえば誰も拾ってくれなかった…


鞘しか持ってきてない。


「ごめん、二人共」謝ると二人は黙って頷いた。


彼らはグランス様の傍を離れて僕の元に帰ってきた。


その姿を見てグランス様は優しく目を細めた。


「今回はヴォルガ様のお使いで来たのだよ。


君がなかなか欲しい《祝福》を言わないから、ヴォルガ様の方が訊いて来るようにと仰せだ」


あー…そういえば忘れてた…何も考えてない…


この世界の大海の女神で龍の姿をした母神 《ヴォルガ》は、僕に一つ欲しい能力を《祝福》として与えてくれると約束してくれていた。


「その顔じゃ、まだ返事は当分先のようだ」とグランス様は困り顔だ。


だってこんな状況だよ?それどころじゃなくない?


「まぁ、《凪》と《嵐》も使いこなせていないようだし、新しい《祝福》を授けても使いこなせずに終わってしまいそうだね」


「使いこなすって…


使い方も教えてくれなかったじゃないですか?」と僕が抗議すると、グランス様は「そうだね」と静かに微笑んだ。


「なら、私がお手本を見せなければいけないね」


「は?」


「身体で覚えたまえ。


人間の身体は不便だし脆弱だが、贅沢も言えないな…


暫し、君の身体を借りるとしよう。


神を降ろせるのだ、光栄に思いたまえ」


…エラい上から目線で言ってますが、それって乗っ取りじゃ…


「私は愛するアーケイイックと我が友ワイズマンを救う事が出来る。


君はその救う術を得て、自身も助かるだろう?


我々の利害は一致して相違ないと思うがね?」


「…誰も殺したりしないですよね?」


「おや?君は優しいね。


私も死を見るのは好きではない。


君の手を穢さないと約束しよう」


グランス様は嬉しそうに微笑んで、《凪》と《嵐》を抱いた僕に白く大きな手を差し出した。


「《風の愛子》を悲しませる訳にはいかないからね…


さぁ、私の手を取りたまえ。


君はまた一歩 《勇者》に近づくのだから…」


僕の目の前にある選択肢は二つ。


今ここで《勇者》になるか、ならないか…


それならとグランス様の手を取った。


ペトラ、アンバー…


ちょっとズルするけど、僕は君達の元に帰るよ。


✩.*˚


「メイナード、休めそうな場所がある」とイーノックが知らせた。


落石で出来た岩場は隠れられるし、ちょっとした拠点になる。


火を使えば場所がバレる。


携帯食と強走薬の水薬(ポーション)を配った。


これでまた朝まで歩ける。


「用意いいね」と強走薬を受け取ってロビンが褒めた。


「当たり前だろ?命預かってんだからな」


アーケイイックなんて未開の地に行くのに、慎重に動いて悪いことは無い。


用意は大事だ。おかげでここまで無事逃げられた。


まぁ、そのせいで出遅れたのも事実だが…


《勇者》はレイモンドに殴られてから大人しいもんだ。


死んじゃいなさそうだが、ずっとボーとしてる。


いきなり暴れたり、ボケた老人みたいになったりと何考えてるのか分からない奴だな…気持ち悪い…


「あれ、大丈夫なのかい?」とロビンも気味悪がっている。


「多分…ずっと担がれてたから頭に血が昇ったんじゃないか?」


「レイモンドがマジで殴ったからじゃなくて?」とロビンがレイモンドを見やった。


自分のせいにされてレイモンドは不満そうだ。


「先に手ぇ出したのは向こうだぜ。


なぁ、リチャード?」


「まぁ、あんな頭突き程度でよろけた俺も油断してたがな」とリチャードは自嘲した。


不意をつかれたのだから仕方ない。


ロビンが《勇者》に視線を向けてなにかに気付く。


「あいつなんかモゴモゴしてるけど…


なんか一人で喋ってる?」


「小便でもしたいんじゃないか?」とレイモンドが答えた。


放っといて漏らされても困る…


「少しくらい話聞いてやるか」


面倒だが、重い腰を上げて、転がしたままの《勇者》に近付いた。


「騒がねえなら口のだけ外してやるよ」


声をかけると視線が動いた。


睨むような感じもなく、落ち着いた様子だ。


また口がモゴモゴと動く。


大丈夫だろうと高を括って、身体を起こすのに手を貸して、猿轡を外した。


「やあ、ありがとう」と落ち着いた声音で《勇者》は俺に礼を言った。


何だ?


違和感を覚えて奴の顔に視線が釘付けになった。


さっきまでのガキみたいな態度はなりを潜めて、王族か貴族みたいな別の生き物のような口調に変わっていた。


「長く生きたが、猿轡というのは初めてだ。


なかなか不快なモノだな」と《勇者》が別人のように笑った。


「誰だ、お前?」


別人格でもあんのか?


稀にそういう人間がいるらしいが、いきなり変わると気持ち悪い。


手足を拘束されたままの《勇者》から威圧感を感じて無意識に一歩、二歩後退った。


「どうした、メイナード?」


俺の様子に気付いたレイモンドが声を掛けてきたが、何と答えるか迷った。


嫌な汗が吹き出した。


何かおかしな事が起きている。


何とは言えないが何かがおかしい…


「メイナード」と《勇者》だった奴が俺の名を呼んだ。


声音も顔も全く別人に見える。


苦し紛れの演技には見えなかった。


こいつの猿轡を外した事を今更後悔したがもう遅い。


射抜くような視線が少し緩んで、《勇者》が落ち着いた口調で俺に話しかけた。


「私は一度しか言わないよ。


この手枷と足の拘束を解きたまえ、これは警告だ」


「そいつは出来ない」と要求を突っぱねた。


俺の手が腰の剣に伸びたのを見て、他の奴らも異変に気付いたらしい。


「メイナード、何かあったのか?」とレイモンドらが近付いた。


「《超回復スーパル・コンバルイッセ》」


魔法を抑える手枷を嵌めているのに、《勇者》は魔法を発動させた。


身体がぼんやりと淡く光ると同時に、拘束していた手枷がバチンッ、と音を立てて壊れた。


壊れた枷が地面に落ちる。


関節が元の位置に戻る音が不気味に響いた。


「そんな!手枷をしてるのに、何で回復魔法が使えるんだ?!」


ロビンが信じられないと叫んだ。


俺も何が起きてるのか分からない。


「ふむ…ミツル、君は魔力が無いんじゃないな…


引き出し方が分からないだけで、結構溜め込んでいるじゃないか?


まぁ、《勇者》として召喚されただけのものはある。


及第点といったところかな?」


意味のわからない事をブツブツ呟いて、自由になった両手を森に向かって差し出した。


「さぁ、おいで、《凪》、《嵐》」と《勇者》が何かを呼んだ。


「メイナード、何してる?!早くそいつを斬れ!」


レイモンドの声にハッとする。


剣を抜いて丸腰の相手に斬りかかった。


俺の剣が相手に届く前に、光る何かが間に滑り込んだ。


金属のぶつかり合う音が響いて、体勢を崩したのは俺の方だった。


「久しいな、《凪》、《嵐》…


またお前達を振るう日が来るとはな…」


そう言っていつの間にか手にした剣を振るうと、自分の足を拘束していた縄を切った。


剣はさっき使っていたものと形状が変わっていた。


頼りない細い短い双剣が、騎士の使うロングソードに近い形状に変わっていた。


片手で振るうには大きすぎるが、重量などは気にしていない様子だ。


「だいぶ身体が出来上がっているじゃないか?


思ってたより動けそうだ」


奴は相変わらず訳の分からない独り言を繰り返しながら、自由になった自分の足で立ち上がった。


「何なの?レイモンドに殴られて頭おかしくなったんじゃ…」


「いや、絶対違うだろ!」とレイモンドがロビンに抗議の声を上げたが、正直そんな事問題じゃない。


ボーラを出して握った。


「なんの騒ぎだ?」と見張りをしていたイーノックが戻って来る。


拘束の外れた《勇者》の姿を見て珍しく動揺した。


「何で自由にさせてる?」


「自分で拘束を解いて、回復魔法で関節も元通りにしたんだ。


置いてきた剣も呼び寄せやがった!」


「まずいな…別人じゃないか?」


「もう一度捕まえるしかねぇ…


死なない程度に手足を切り落としてでも連れて帰る!」


「了解だ。


ロビン、援護しろ!」


レイモンドとイーノックが動いた。


鈍器と鋭利な刃物が《勇者》を襲った。


手にした大きな剣がそれを阻んだ。


ボーラを投げる隙を伺う俺の傍らで、ロビンが全員に強化魔法をかける。


「こいつ…ホントにさっきの奴か?」と驚いた。


さっきは逃げる素振りしか見せなかった。


今度は違う。


逃げるどころか逆に向かってきた。


「岩場が邪魔だな、《荒刃》」


《勇者》は辺りの岩場を眺めて、白く雷光を纏った刃を薙ぎ払うように振るった。


放たれた鋭い光の刃が放たれ、2m以上ある巨大な落石を粉々に砕いた。


岩場をスッキリ片付けて奴は満足そうだ。


「これが《嵐》だよ」と《勇者》が呟いた。


「無茶苦茶だ…」


ロビンが青い顔で絞り出すような声で呟いた。


「これが《勇者》か…」


《魔王》を倒す者だ。


それくらいの力があって然るべきだが、今奴は俺達と相対している。


つまり《勇者》が人間の敵という最悪の状況だ。


果たしてこいつを連れて帰ったところで飼い慣らせるのだろうか?


「レイモンド、イーノック!離れろ!」


二人に距離を取らせて右手を《人の敵》に翳した。


ここでこいつは始末をつけるべきだ…


「《重化(オーバーウェイト)》!」


対象に圧を加えて動きを制限させたり潰す《祝福》だ。


圧に屈して《勇者》が膝を着いたのを見て、更に圧をかけた。


骨の折れる鈍い音が耳に届いた。


「メイナード!潰れるぞ!殺す気か?!」


リチャードが肩を掴んできたが緩める気は無い。


緩めれば必ず反撃される。


使命感と恐怖で《重圧》をかけ続けた。


こいつはここで殺さなければ害になる。


「…私が怖いかね?」


ゾッとするような落ち着いた声が俺の耳に届いた。


「鎮めよ《破魔の凪》」


圧をかけている手のひらに何かが押し返すような感覚を覚えた。


圧を受けて動けないはずの《勇者》が握った左手の剣が光った。


その場に乾いた破裂音が響いて、俺の手にかかっていた圧力が一瞬で失われた。


「馬鹿な!」《祝福》を破られた。


信じられん…初めての事態に驚愕した。


「《超回復スーパル・コンバルイッセ》」


回復魔法で一瞬にして出来た傷が塞がる。


骨が元の位置に戻り繋がった。


化け物か?!


「おや…」と《勇者》が驚いた声を上げて固まる。


剣を取り落として膝を着いた奴の手は震えていた。


今度は何だ?罠か?


「この程度で肉体に限界が来るとは…


人間とは呆れるほど脆弱な生き物だ…」


なんか分からんが奴の動きが鈍った。


ボーラを放って上半身の自由を奪う。


これですぐに剣は振れない、殺るなら今だ!


「《重化(オーバーウェイト)》!」


全力の重圧をかけた。


今度こそ潰してやる!


怪物を地面に沈めた。


「メイナード!」レイモンドの叫ぶ声がした。


「避けろ!」警告が耳に届いた時にはもう遅かった。


俺の背後の暗闇から現れた、光沢のある鎧と盾が恐ろしい速さで肉薄していた。


振り下ろされる鈍く光る大盾が届く前に、黒い影が俺と盾の間に滑り込んだ。


衝撃が襲ったが、黒い影がクッションになった。


吹っ飛ばされた後に見た光景に思わず叫んだ。


「イーノック!」


湾曲した剣が折れて三日月のように宙を舞った。


盾に潰された四肢が歪に曲がる姿が、月光に赤く映えた。


「…汚ぇ、オークランドの豚共が…」


フルプレートの騎士が暴言を吐き捨てた。


騎士は盾を拾って背筋を伸ばすと俺を見下ろした。


「イールをあんなにしたのはどこのどいつだ!」


兜の下から聞こえた怒声は男にしては高すぎた。


「《火球(ファイヤーボール)》!」


ロビンが騎士に向かって攻撃魔法を放ったが、騎士に届く前に火球は盾にぶつかって霧散した。


「くそッ!」


「その程度の魔法で、この《英雄・盾の乙女(シルトメイド)》に傷一つつけれるものか!」


「畜生!もう追いつかれたのか?!」


「逃げようメイナード!」ロビンが叫んだ。


ロビンの言うことが正しい。


いつの間にかアーケイイックの追跡部隊に追いつかれていた。


それでも、目の前で虫けらのように潰されたイーノックは俺の友だ。


右手に魔力を集めた。


「先に逃げろ!」


全力の《祝福》を目の前のフルプレートの騎士に放った。


《重圧》を受けて鎧に身を包んだ長身が押しつぶされて膝を着いた。


足が地面にめり込み、目の前の騎士は沈黙したように思えた。


「メイナード!」早く来いと仲間が俺を急かしたが、無理だ。


「レイモンド!二人を頼む!」


「馬鹿野郎!お前も来るんだよ!俺を一人にするんじゃねぇ!」


「…仲が良いのは良いこった」と低い女の声が響いた。


声の方に視線を向けると、信じられない光景に目を見開いた。


膝を着いていた騎士の身体が、重圧を受けたままゆっくりと立ち上がろうとしている。


青白く光る、魔法で出来た防殼が大きすぎる女の周りに光っては消えた。


俺の《重圧》を防殼で相殺してやがる!


「持たねえぞ!さっさと行け!」


《祝福》ですらこいつの足止め程度にしかならんのか?!


気持ちが焦る。


兜の隙間から、鋭い視線が俺を睨めつけた。


これが《祝福持ち(英雄未満)》と《英雄》の力の差か?!


「あんたらは、この世で最も美しい生き物を傷付けた」と兜の下からくぐもった声が反響した。


静かだが怒りを孕んだ声に少し怯んだ。


「エルフを、あんなにキレイな男を傷つけやがって!


イールはお前らの汚ぇ金にされるために生きてるんじゃねぇぞ!」


《重圧》を相殺した《英雄》が吠えて背筋を伸ばした。


俺が見上げる高さだ。


本当に女か?!


「硬度上昇」と敵国の《英雄》がご自慢の鎧と盾の硬度を更に強化した。


全身の魔装が色を変えた。


鈍く光っていた鋼の色が煌めく黒に変わる。


「《黒金剛シュヴァルツァ・ディヤモント》…


アーケイイックで完成させた、オークランドには初披露だ」


そう言って《英雄》は巨大な大盾を、まるで旗でも振るように、片手で軽々と操って見せた。


それは先日見た光景と完全に一致していて、俺の脳裏に死の影が過ぎった。


「てめぇらの汚い屍じゃ腸詰(ヴルスト)にもなりゃしねえが、獣の餌くらいにはなるだろうさ!


手ぇ出した相手が悪かったな!」


随分口の悪い女だ。


《勇者》にでは無く、あの《サンベルナ》に手を出した事に怒っている様子だった。


レイモンド達だけでも逃がしたいが、そっちに構う余裕もない。


俺は俺で、この竜巻のように手当り次第の物を盾で破壊する化け物を相手にしなければならない。


「やれやれ…何事かね?」


その場にそぐわない鷹揚なゆったりとした声が聞こえた。


再び回復魔法で傷を癒した《勇者》が調子を取り戻したらしい。


《勇者》の傍らに膝を着いて顔を覗き込む男の姿を見てギョッとした。


癖のない金髪とスカした顔は、嫌という程見た顔だ。


「アドニス・ワイズマン?!


あいつ死んだはずじゃ…」


死んだはずのオークランドの《英雄》の姿がそこにあった。


「ワイズマンだと?!」


俺に迫っていた盾の攻撃の手が緩む。


相手も《英雄》の名を聞いて驚いた様子だった。


俺の視線と兜からの視線がアドニス・ワイズマンに注がれた。


当の本人は気にした様子もなく、胸のポケットから時計を取り出した。


「ミツル様、夕餉のお時間から四時間八分二十三秒の遅刻です。


ペトラ様とベティ様がお待ちですよ」と淡々とした口調で告げた。


「…随分細かい従者だね…」と《勇者》は呆れ顔だ。


「湯浴みのお時間もご就寝のお時間も過ぎております。


速やかにお部屋にお戻り頂けますよう、お願い申し上げます」


「何だあいつ?」兜の下から怪訝そうな声が漏れる。


全く嬉しくないが、俺としても同意見だ。


まさか人違いか?いや、でも、それにしては似すぎてる…


「…仕方ないね、ミツル。


思ってたのと違ったが、君はもう助かったようだから、私はこれでお暇するよ」


《勇者》は他人事のようにそう言って、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。


✩.*˚


倒れ込んだミツルの体を預かるように、シャルルの腕が伸びた。


「随分無茶をしましたね、ミツル」と狼男が呟く。


ミツルの手から滑り落ちた剣が姿を変えて、ロングソードから短い剣に変わった。


なんだったんだ?


さっきのあれはミツルだったのか?


「ヒルダ嬢、ミツルは取り返しましたよ」


「さっさと連れ帰ってやんな、あたしはこいつらをひき肉してから帰るよ」


目の前の《祝福持ち》を睨みつけた。


厄介な能力だが、あたしと戦うには役不足だ。


ルイと鍛えた鎧の硬度は人間の限界を超えた。


アーケイイックに来なければ出来なかった芸当だ。


アーケイイックに受けた恩を、アーケイイックに居るうちに返せるのは気分がいい。


「覚悟しな、略奪者」


盾を構えて歩み寄った。


目の前の無精髭の男が、苦し紛れ紐状の投擲武器を放った。


両端に重りの着いた紐が頭部に絡まった。


「《着火(イグニッション)》!」


男の放った武器が合図と共に爆ぜた。


衝撃が頭部を襲った。


それでも親父殿の拳骨に比べれば軽いものだ…


並の鎧なら頭部ごと消え失せただろうが、残念ながらあたしは《並》ではない。


黒金剛シュヴァルツァ・ディヤモント》の鎧は傷つかない。


「…で?」目の前の煙を振り払った。


煙幕程度の役には立つな。


「メイナード、下がって!」と魔法使いが叫んだ。


「お前ら逃げろって…」


「《炎の壁(ファイヤーウォール)》!」


メイナードと呼ばれた男とあたしの間に、魔法で出来た炎の壁が出現する。


いい魔法使いを連れてる。


身を焦がすような強烈な炎の威力は申し分ない。


熱風に煽られたが、鎧は炎を拒絶した。


結局ただの悪足掻きだ。


炎の壁に歩み寄る。


そのまま炎中に身を投じた。


あたしは人間辞めちまったみたいだ…


あの魔王様の言った「自分より魔王らしい」という言葉はあながち間違っちゃいなかったな…


親父殿は喜ぶだろう。


あたしの肩を叩いて誇ってくれるだろう。


トリスタンは眉を顰めそうだ。


シュミットが見たら苦笑いしながら肩を竦めただろうな…


イールが見たら…?


あんたはあたしを誉めるだろうか?


それとも、こんな姿になったあたしに幻滅するだろうか…


どちらでもいい。


あんたの為にあたしができることは、この醜い姿で戦うことくらいだ…


炎の壁を越えた。


あいつらの目にはあたしはどう見えてるのかは分からないが、驚愕と畏怖の視線があたしに注がれる。


逃げるメイナードに迫ったあたしの前に、一人が立ち塞がった。


勝てない敵の前に立って味方を守ろうとするなんて、盾持ちの鏡だな。


こういう奴は部下に欲しいが、残念だ…


「同じ盾持ちのよしみだ、名前くらい聞いてやるよ」


「リチャード・マーティンだ」と男は素直に名乗った。


あたしと変わらない背丈だ。背は高い方だろう。


「あばよ、リチャード」


凶器と化した拳を振るった。


リチャードの盾も鎧も厚い胸板も、あたしを止めるには不十分だ。


貫通まではしなかったが、拳がリチャードの身体に刺さって止まった。


口から血が溢れたが、目は死んでなかった。


胸に刺さったままの腕を絡め取られる。


「《硬質化(ハードニング)》」と呟いて、彼は最後の抵抗を見せた。


彼の筋肉が石のように固まって、絡め取られたあたしの右腕が固定される。


「いい男だ、リチャード」死にゆく彼を誉めた。


命と引き換えに仲間を逃がそうとする、その死に様は天晴れだ。


「生まれ変わったらフィーアのラーチシュタットに来い。


部下にしてやる。


あたしの顔を忘れるな」


死にかけの男に敬意を評して、盾を手放して兜を取り、顔を晒した。


驚いて見開かれた瞳から魂が消えた。


左脇に兜を抱えたまま、強引に腕を引き抜いた。


兜を被り直し、リチャードが逃がした仲間達の消えた先を見た。


諦めるつもりは無い。


あたしは諦めが悪いんだ。


盾を拾い、大股で森に歩み寄った。


「ヒルダ嬢!深追いはやめてください!戻れなくなります!」


背後からシャルルの声が聞こえたが、そんな事どうでもいい。


あいつらはイールを傷付けた。


アヴァロムを殺した。


あたし怒りはどうにも治まらない。


「ヒルダ嬢!」


追いすがる声を置き去りにして森に入った。


あたしが間違ってるのは分かってる。


「悪いな、シャルル」小さく呟いた声はあいつに届かなくていい。


あたしの罪悪感を緩めれればそれでいい…


月明かりを頼りに、木々の隙間を縫って進む。


奴らの姿が見えない、どこから攻撃されるか分からない。


魔法の罠もあるかもしれない。


あたしが使えるのは防殼魔法だけだ。


トリスタンみたいに器用に多彩な魔法は使えない。


馬鹿の一つ覚えのように防殼を纏うのみだ。


暗闇から紐状の投擲武器が放たれる。


今度は盾で頭をガードした。


視界が遮られる。


「《井戸(ウェル)》」


足元に魔法陣が光ってぱっくりと落とし穴が口を開いた。


「くっ!」


反応が遅れた。消えた足元の空間に吸い込まれる。


落ちる前に防殼を変形させて、つっかえ棒のようにして何とか途中に引っかかった。


しかしこの体勢でどうやって登るか?


穴の入り口の方であの嫌な声を聞いた。


「《重化(オーバーウェイト)》!」


重圧が降り注いだ。


「クッソッ!ふざけやがって!」


穴の下に月明かりを反射した水面が見えた。


地下の水脈に穴を開けたらしい。


これ以上落ちたらヤバい!自力で上がれなくなる!


防殼で相殺させるが体勢も場所も悪い。


このままじゃ水に落とされて蓋をされる。


こんな所で、こんな死に方してたまるか!


短剣を手にして壁に突き刺した。


圧力を逃がすために壁際に張り付いて堪えていると、頭上から声がした。


「《破魔の凪》」


圧力が消え失せると同時に、あたしの黒い鎧が剥がれ落ちた。


維持の限界なのか?魔装を解除してないのにどうして…


「ヒルダ!」


降ってきたのはミツルの声だ。


驚いて顔を上げた。


あの間抜け顔がそこにあった。


✩.*˚


「ヒルダ嬢!」


シャルルの声だ、随分慌ててる。


「全く、無茶を…」


「シャルル、ヒルダが…どうしたの?」


身体がだるい。喋るのも億劫だ…


僕の声に反応してシャルルが驚いた顔で僕を見た。


どうやら彼が僕を抱き上げてるようだ。


「ミツル、気がついて…身体は大丈夫ですか?」


「何とか…


グランス様も無茶苦茶だ」


僕が恨み言を言うと、彼は理解できないようで首を傾げていた。


「こっちの話…


それより、今どうなってるの?」


「略奪者二名をヒルダ嬢が仕留め、残り三人を追って彼女が森に入ってしまいました。


すぐに引き返させないと迷って戻れなくなります!


アドニス、ミツルをお願いします。


私はヒルダ嬢を連れ戻します」


「待ってよ、僕も行く」


「ミツル、あなたはもう動けないでしょう?


私が何とか彼女を説得しますから…」


シャルルは困り顔だ。


そんな彼に僕も負けじと言った。


「ヒルダは言うこと聞かないだろ?


僕が絶対に言うこと聞かす。


だから連れて行ってよ」


「…本当ですか?」


「大丈夫、ちょっとずるいけど、ヒルダの弱みを握ってるから」


「…何か引っかかる物言いですね」と言いつつシャルルは僕を抱っこして、アドニスを連れて森に入った。


「ミツル様、《凪》と《嵐》です」とアドニスが拾った剣を僕に手渡してくれた。


「ありがとう。


アドニス、君は戦える?」


「可能です」と淡白な返事が帰ってくる。


相変わらずだな、君は…


「《嵐》はアドニスに預けるよ」


「《凪》は?」


「返して、僕が使うよ」


アドニスから《凪》を受け取る。


「彼に《嵐》がつかえますか?」とシャルルが訊ねたが、僕が貸したんだ。《嵐》だって言うこと聞くさ。


「僕が使うより上手く使うさ」と笑って答えた。


「シャルル、ヒルダは?」


「私の鼻があります、すぐ追いつけます」シャルルは頼もしく答える。


すぐ近くで、人の声がした。


続いて、ズンッという地響きがあった。


眠りを妨げられた鳥の、驚く声と羽ばたく音が辺りに響いた。


薄暗い森から鈍色の鈍器が伸びる。


両手が塞がったシャルルの前に、アドニスが滑り込んで剣を振るった。


奇襲を阻まれたレイモンドの顔が月明かりに歪んだ。


「何でオークランド人のくせに!」


自分を阻んだ幽霊のような男を睨んで、彼は再び凶器を振るった。


アドニスは静かにそれを迎え撃った。


《祝福》を失ったというのに、アドニスは強かった。


短い双剣の片割れだけで、レイモンドの両手から繰り出されるモーニングスターの勢いを殺した。


「オークランドの恥はオークランドが(すす)ぎます。


ミツル様はどうぞ先へ」と彼は僕とシャルルを促した。


「待て!この野郎!」


レイモンド焦った声が届いたが、彼ではアドニスに勝てない。


鉄の打ち合う音とレイモンドの怒号が森に響いた。


彼は亡霊とでも戦ってるみたいで、一言も発さず、表情すら変わらないアドニスの姿に焦っていた。


「畜生!てめぇみたいな裏切り者が《英雄》だと?!


メイナードこそ《英雄》だ!」


吠えるレイモンドの声が届いた。


メイナードという男も《英雄》なのか?


「見つけましたよ、略奪者」


シャルルがそう言って木の根元に僕を投げ捨て、大きな穴の前に手を翳したメイナードに襲いかかった。


彼は丸腰でガードも出来ない状態だ。


彼は忌々しげに向かってくるシャルルを睨んだ。


「クソッ!あと少しで《要塞》が落ちるってのに!」


「メイナード、続けて!


炎の壁(ファイヤーウォール)》!」


魔法使いがシャルルの前に炎の壁を出現させた。


「っ!」


シャルルが炎の壁に怯んで踏みとどまる。


ギリギリ突っ込まずに済んだが、彼の自慢の灰色の長い毛並みが少し焦げた。


「落ちろ!化け物女!」


メイナードの声が炎の壁の向こうで聞こえた。


あの大きな穴に落とされたんだと理解する。


「ヒルダ嬢!」


シャルルが炎の向こうに呼びかけたが返事はない。


ヤバい状況だって僕にでも分かる。


剣を握る手に力がこもる。


ボロボロだけど、ここでやらなきゃ《勇者》が廃る。


「《凪》、僕はグランス様みたいに上手に君達を使いこなせないけど、それでも一緒に戦ってくれるよね?」


僕の呼び掛けに応えるように《凪》が光を纏って姿を変えた。


重さは変わらないが、白く輝く長い刀身はさっきまでグランス様が手にしていたものだ。


「《破魔の凪》」


炎の壁に向けて《凪》を振るった。


炎の壁も、周りに満ちた魔法の気配も、シャルルの剣の輝きも全てが消えた。


その場の魔力が旋風にでも攫われたよう一掃された。


「また!」と魔法使いが悲鳴をあげた。


間違いなく僕は彼にとって一番の天敵だろう。


姿を維持出来ずに《凪》はすぐにまた元の姿に戻った。


「お前は邪魔だ!」とメイナードが剣を抜いた。


シャルルが僕の前に立ち塞がったが、メイナードの放った投擲武器の方が早かった。


メイナードの放った武器はシャルルの腕に絡んで彼を怯ませた。


まだ持ってるのか?!


「死ね!」血走った目には殺意が見て取れた。


刃が僕の目の前を掠めた。


既のところで躱したが、僕の体捌きが良かったわけじゃない。


メイナードが、飛んできた鈍く光る鈍器を避けた結果だ。


「貴殿の相手は私です」と森から出てきたのは返り血に染まったアドニスだ。


「てめぇ!レイモンドを…」メイナードの言葉が終わる前にアドニスが滑るような体捌きで彼に肉薄した。


「オークランド人に刃を振るうのか?!


《英雄》失格だ!」


「私はもう《英雄》では無い」と静かな声でアドニスが答えた。


剣を振るいながら彼は呟くような小さな声で言った。


「私は《祝福》も《帰る場所》も、《心》さえ失った《亡霊》だ」


その言葉に心が傷んだ。


君がそうなった原因は僕だ…


「それでも」とアドニスが言葉を続ける。


彼の口元が少し笑ったように見えて驚いた。


「《勇者》の《従者》という大役も悪くない」


「《英雄》に勝る栄誉が《従者》だと!ふざけるな!」


メイナードの怒号を受け流しながらアドニスは更に前に出た。


アドニスがメイナードと戦ってくれてる間に、シャルルは魔法使いを捕まえていた。


僕も慌ててヒルダの落とされた穴を確認した。


「ヒルダ!」


思ってたより深い穴だ。


穴の壁面にぶら下がった彼女が顔を上げた。


彼女の目が驚いたように見開かれる。


ベルトを外して手に巻くと、彼女に向かって垂らした。


「ヒルダ!手を!」


「お前じゃ支えられない」とヒルダが手を伸ばすのを拒否した。


「私もいますよ」と魔法使いを小脇に抱えたシャルルが顔を覗かせた。


「ヒルダ!」彼女を急かした。


長い手が伸びてギリギリベルトが彼女に届いた。


シャルルの手を借りてベルトを引いた。


やっぱり彼は頼りになる。


彼女の長躯を穴から引き出すと、周りが崩れる前に穴から離れた。


魔法使いが「ちくしょう」と涙を見せて恨めしげに呟く声が耳に刺さった。


アドニスとメイナードも決着がついたようで、赤い水溜まりの中にメイナードが沈んでいる。


その姿をアドニスが幽霊のような顔で見つめていた。


「何とか目的は達せましたね」と疲れた顔でシャルルが笑った。


長い夜の攻防は、僕らの勝利で幕を引いた。

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