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魔王と勇者のPKO  作者: 猫絵師
フィーア王国交流編
38/58

煙草

「アヴァロム、何を持ち帰ったんだ?」


戻ってきたアヴァロムは口に何かを咥えていた。


目的を果たせずに戻ってきたのかと思ったが、彼が出掛けに咥えて行った物とは別の何かを口にしている。


私の足元に咥えていた物を置くと、アヴァロムその場に伏せた。


アヴァロムの大きな額を撫でて、足元に落ちている黒い薄い箱を拾い上げると甘い香りがした。


覚えがある…彼女の匂いだ…


銀と漆の細工には、見たことの無い象嵌で小鳥が描かれている。


高価な品のようだ。


留め金を外すと跳ね上がるように蓋が開いた。


さっきまで漏れていた香りが強くなる。


黄色い巻き紙に包まれた煙草が並んでいる。


「…彼女が渡したのか?」


アヴァロムに訊ねると、彼は『是』と答えた。


『イール殿下へよろしくと…』


アヴァロムから私にしか聞こえない声が聞こえた。


「…ご苦労だった」


口元を抑えて、感情を抑えた声でそういうのがやっとだった。


彼女の姿が脳裏に過った。


あの向日葵のように輝く女性の姿が目の奥に焼き付いて離れない。


鼓動が早くなり、体温が上がる。


煙草入れを持つ手が震えた。


私は彼女のことが好きなのだ…


強い炎に焼かれても、骨を砕かれても立ち上がる彼女は気高い黄金の花のようだった。


私は、あの強く輝く黄金の花に心を奪われてしまった。


✩.*˚


翌朝、トリスタンの隊と武器・防具を積んだ飛竜船をアインホーン城に送り出した。


「アインホーン城に着いたらこれをミュラーに渡せ」


そう言ってトリスタンに手紙を預けた。


一晩柱に(はりつけ)にしたからさすがに懲りただろう。


しばらくは大人しくしてるといいが…


「親父殿、ヒルダは?」


「見送りには来ないからな」


「何だ?あの要塞みたいな頑丈だけが取り柄の女がくたばったのか?」


「まだ寝てるだけだ。


一応重傷者だからな…」


来る前に部屋に寄ったが起きる気配はなかった。


何故部屋に酒瓶が転がっていたのかは知らないが、ブラウス一枚でソファに寝ていた。


着替えさせて連れてくるのが面倒くさかったというのが本音だが伏せておこう…


「ヒルダの事はいい。


お前はアインホーン城に戻ったら状況を確認して、必要な武器・防具を用意してラーチシュタットに戻れ。


分かってると思うが、あそこは…」


「へいへい、分かってるよ。


あそこをオークランドに取られると、近隣の要塞やら砦との連携が取れなくなる。


あと、溜め込んだ籠城用の二年分の蓄えもパーになっちまう。


大損だ」


「取られるなよ」


「お任せを、親父殿。


お行儀良くはできねえが、こっちの方は得意なんでね」


そう言ってトリスタンは腰に差した魔剣を叩いた。


「《狂女(くるいめ)》は俺のことが好きでたまらねえ。


あんた程じゃないが、俺だって戦い慣れてる」


そう言ってトリスタンがニヤリと笑った。


そういう所が昔の私によく似ていた…


全く、二人ともタフな奴らだ…


もう一日くらい反省させても良かったかもしれない。


「また風穴空けられたくなかったらしばらく自重することだ。


悪い噂はすぐに届くぞ」


私の言葉にトリスタンは肩を竦めてわざとらしく怯えて見せた。


「おぉ、怖ぇ…


息子をマジで串刺しにする親父なんて聞いたことねぇよ」


「お前みたいな馬鹿な息子を持つと苦労する。


本当なら死をもって償わせるところだが、私もそこまでしたくはないからな…


ヒルダに感謝しろ」


「はいはい、敬愛するお姉様に感謝しますよ」


そう言って自身の騎竜の背に跨った。


「じゃあな、親父殿。


先に戻る」


「寄り道するなよ」


「ガキじゃねえよ」


トリスタンはそう言って笑うと愛騎に合図した。


彼が動いたのを見て、補佐役のフィッシャーが全体に号令をかける。


二十騎程のトリスタンの部下達が彼の後に続いた。


飛竜船には飛竜に乗ったヴェルフェル侯の魔導騎士達を十騎ほど護衛に付けている。


トリスタンは帰るだけが仕事だ。


さすがにそのくらいヒルダがいなくても大丈夫だろう。


トリスタンを見送って、私は残りの仕事を片付けるため、踵を返すと転送門のある広場に足を運んだ。


✩.*˚


「ミツル様、朝ですよ」


元気なベティの声に呼ばれて目が覚めた。


いつもと変わらない調子の彼女に胸をなでおろした。


「アドニスはもう起きてますよ。


今日も忙しいですから早く用意して朝餉をお召し上がりください」


「今日はなんだっけ?」


「アーケイイックとフィーアの話し合いに同席することになっています。


ミツル様はお話を聞くだけと思いますが、そんな寝癖のついた頭で行ったらペトラ様が恥をかきますよ」


ふふっと笑いながら彼女は顔を洗うためのお湯を用意している。


今日も朝から甲斐甲斐しく僕の世話を焼く。


彼女はいい奥さんになるんだろうな…


ルイにちょっと嫉妬する。


「おはようございます、ミツル様」


「おはよう、アドニス。


昨日は放ったらかしで悪かったね」


僕がそう言うと、彼は「時計がありますから」と答えた。


とりあえず、自分から何かをしようという気がないので、スケジュール通りに動いてくれるようにした。


彼自身が正確な時計のように、食事や睡眠などを管理することでずっと見張ってなくても良くなった。


でもこれはこれで融通が効かなくて大変なんだよな…


またアンバーやマリーに相談しよう。


そういえば、アレンは地図完成できたのかな?


しばらく姿を見てないけど、彼は彼で優秀な人材なのでアンバーにこき使われてるのではないだろうか?


多分僕なんかよりずっと忙しいだろう。


朝食を食べてから時間があったので、アドニスと散歩に出た。


彼は無意識でも背筋がピンとしていて、僕なんかよりしっかりして見える。


ロボットみたいに見える時もあるが、彼は間違いなく人間だ。


体温も呼吸もある。


感情が無いことを除けば何も問題ない。


それでも感情一つでここまで人間って変わるものなんだな…


アドニスを伴って中庭まで行くと、まだ中庭にはアンバーが作った転送門が残っていた。


フィーア側はまだ《無限離宮インフィニートス・ドゥームン・レジス》に宿泊中だから行き来を考えてのことだろう。


あれをくぐるのは勇気が必要だったな…


アンバーが門のこちら側でせっせとアンデットを召喚して、門の向こうに送り出し、人数をかさ増ししててちょっとセコいなって思った。


彼は案外負けず嫌いだ。


よく見ると門の前に誰かが立っていた。


イールだ…


彼も僕に気が付いたようで、手にしてた物をポケットに仕舞うと僕の方に歩み寄ってきた。


「何してたの?」


「…何でもない、見てただけだ。


お前こそ何してる?」


「アドニスと散歩してた」


「ふぅん…」


なんかいつもと様子が違う。


よくは分からないが、何となくそう思った。


彼から甘いバニラみたいな匂いがした気がした。


珍しい。


「なんか香水付けてる?」


「付けてないが…何で?」


イールがまた眉を寄せて怪訝そうな顔をする。


彼からじゃないのかな?


「何か匂いしたから。


気のせいかな?」


「…気のせいだ、もしくはその辺の花の匂いだろ?」


「そっか」


大したことじゃないのでそれ以上何も言わなかった。


追求すれば彼の機嫌が悪くなる。


「じゃあ」と言ってイールと別れた。


物珍しいから見てたと言うわけでもなさそうだけど…


彼は人間嫌いだから見張ってるのだろうか?


それとも誰かを待ってるのかな?


誰を?検討もつかない…


少しだけイールの方を振り返った。


彼はまだあの禍々しい門の前に一人で立っていた。


「なんだろね?」とアドニスに声をかけた。


彼は相変わらず抑揚のない声で「分かりません」とだけ言った。


「だよな」と言って彼とまた歩き出す。


歩きながら珍しくアドニスの方から言葉を発した。


「ベティ様の指定した時間まであと二十分です」


「スマホのアラームみたいだね」


苦笑いが込み上げる。


彼は彼で必死なんだろうな…


「戻ろうか」


僕の言葉にアドニスは黙って首肯した。


もう随分彼の笑顔も怒った顔も見ていない。


その姿に慣れつつある自分に何度も怒りを覚えたが、彼にはそれすらないのだ。


このままじゃあまりにも可哀想だ。


何とかしてあげたいけど、やり方がわからない。


「本当に無能な勇者だよ、僕は…」


この世界のことをまだまだ理解出来てない。


ルイもベティも守れないし、ペトラは泣かせてしまったし、アンバーに迷惑をかけた。


アレンの家族に何もしてやれないし、アドニスに至ってはこのザマだ…


勇者なんて名前負けだ…


「何で僕が勇者なんだろうね?」


自嘲するように笑うと、アドニスは相変わらず感情のない声で「貴方が神から選ばれたからです。それだけです」と言った。


電子音のような答えは呪いのように僕の耳に届いた。


✩.*˚


起きるとトリスタンはもう帰路についた後で、親父殿もアーケイイックの城に向かうらしい。


何でどいつもこいつもあたしを置いていくんだ!


苛立たしさが勝って痛みはあまり感じない。


広間にはまだ親父殿の姿があった。


「親父殿、待ってくれ、あたしも行く」


あたしの姿を見て親父殿の顔色が変わる。


「おい!なんて格好だ!」


「ん?普通だろ?」


「バカ者!前線じゃないんだぞ!


誰か、こいつに服を着せろ!」


「服なら着てる」と反論すると親父殿の顔がさらに険しくなる。


「身嗜みくらいはきちんとしろとあれ程言っているだろう!


ブラウスはシワだらけ、ボタンはほぼとまってないから胸が見えてる!裾も出てる!


スカーフだって結んですらいないだろう?!


ベルトもどうした!上着は?!」


口喧しく注意する姿は親父ではなくお袋みたいだ。


「そんな格好で連れて行けるわけないだろう!


全く…手間のかかる…」


ブツブツ文句を言いながら自分の上着を脱いで貸してくれた。


「ちょっと小さい」と文句を言うとまた睨まれた。


肩幅はいいが腕と背の丈が足らない。


「着替えさせてくる。


侯爵とウィルは待っていてくれ、すぐ戻る」


そう言ってあたしの背を押して広間を出た。


「まさかと思うが…ラーチではその姿が普通とか言わないよな?」


「誰も気にしないって」と笑うと親父殿の口から盛大なため息が漏れた。


「やめてくれ、一応女だぞ…」


「誰もそう思っちゃいないさ」と笑い飛ばした。


ヴェストファーレンの姓と《盾の乙女(シルトメイド)》の二つ名を知っててあたしに手を出すような男は居ない。


一人二人くらいいてもいいんだがね…


親父殿は実に手馴れてる。


脱がすのも着せるのも上手だ。


「傷は?痛むか?」


「大したことないよ。


服と襟元がちょっと窮屈なだけだ」


スカーフを緩めようとして止められる。


「形が崩れる」


「厳しいの…」


右腕は固定されてるし、肋を守るコルセットが窮屈だ。


上着の重みが傷に響いた。


「…煙草」


「却下」


「意地悪」


「バカ者、心配されてその言い草は何だ」


そう言いながら親父殿は笑っていた。


「言っておくが、お前のエスコートをしてやる余裕はないからな」


「結構でぇす」


連れていけと言ったのだから、自分のことくらい自分でするさ。


なんたってあたしはあんたの娘だからな。


上手くやるさ。


親父殿の歩幅に合わせて闊歩する。


靴が床を打つ音が重なった。


✩.*˚


紙切れに書かれた数字を眺めてオークランド王国で最も権力のある老人は頷いた。


テューダー公ダグラスが眺めていたのは、戦争のための兵士となりうる国民の調査結果だった。


十五歳以上の男子は徴兵できる。


実際に徴兵対象となるのは大人と呼べる年齢の男達だが、もし居なければ子供でもやむを得ない。


剣を握り、弓が放てれば十分戦える。


「十八万はさすがに盛りすぎたな…


実質的には十五万、戦えるのは十万と言ったところが限度だな」


「面目御座いません」


テューダー公爵の前に立つトーマス将軍が謝罪する。


「仕方あるまい。


我が国の男児が死に絶えれば戦争どころではないからな…」


そう言って報告書を机に投げ出した。


鷹のように鋭い視線が恐縮する大男に注がれる。


「かつて我が国は、アンバー・エリオット・ワイズマンという大賢者を擁し、この大陸で最大の繁栄を得た。


その頃から見てどうだ?


かつての栄光は影を潜めてしまった…


偉大すぎる先人を持つと後世の者は苦労するな…」


「…はあ、左様でございますな…」


何を言いたいのか分からずトーマス将軍はそう返すしか無かった。


この頭の回転の遅い武人は扱いやすいが、話し相手には向いていない。


やれやれと老人は頭を振った。


「まずはフィーアに奪われた南東部を返してもらうことにしよう。


それが済めば、あの憎い一角獣の旗を引きずり下ろし偉大なるルフトゥの旗を掲げる。


所詮南部の守りなど、ラーチシュタット要塞さえ抜ければ極端に弱まる。


アインホーン城を落とせば抵抗すら出来んだろう…


黒い狐の息のかかった者がいるらしいが、数に勝るものは無い。


小麦のようにすり潰してしまえ」


「御意」


恭しく頭を垂れる将軍の姿を満足気に睥睨し、野望を持つ老宰相は腹の中で呟いた。


私が二人目のアンバー・ワイズマンとなるのだ…と。


✩.*˚


アンバーの隣で話を聞いていただけで僕は発言さえ求められなかった。


正直ものすごく暇だった。


昨日の謝罪から始まり、今後の話となった。


アンバーもルイもフィーア側の謝罪を受け入れていたし、ヒルダの事を心配していた。


彼女は痛みを感じていないような様子で、相変わらず男のように笑っていた。


彼女はまだ療養が必要とのことで、しばらくアーケイイックに残るらしい。


「ヴェルフェル侯爵もお預かりする」とアンバーが言ったので驚いたが、彼も何か問題を抱えてるようで、少しの間アーケイイックに滞在するとの事だった。


まあ、僕に害がないならそれでもいいんだけど…


「まぁ、仲良くしてやってくれ」とアンバーは笑って言った。


「そういえば、オークランドの地図だが、三割ほど出来上がっている」とアンバーがワルターに言った。


「ふむ…確認させていただいてもよろしいでしょうか?」


「いいとも、アレンを通してくれ」


アンバーが近くに控えていた兵士にアレンを呼ぶように言った。


地図を持って、杖をついているアレンは部屋に入ると深々と頭を下げた。


ヒルダが少し眉を顰めたが、ヴェルフェル侯とワルターはアレンに向かって軽く挨拶した。


「オークランドの地図です」


そう言ってアレンが広げた地図は黒と赤のインクで描かれていた。


「親父殿、その男は何者だ?」


「アレン・サッチャー、オークランド人の魔導師だ」


「ほぉん…なるほど…で?」


「オークランドの地図と引き換えに妻子をオークランドから連れてきて欲しいという話だ。


ヴェルフェル侯が承知した」


「売国奴じゃねえか、信用ならねぇ…胸クソ悪ぃ」


アレンを睨んでヒルダが悪態ついた。


彼女は本当にわかりやすい人だ。


彼女の視線に気が付いているはずなのにアレンは堂々としていた。


彼も彼で肝が座っている。


「急いで作成しましたがまだ三割程しか出来ておりません。


王都で見た地図を参考に、私の記憶を元に作成しました。


赤い部分は記憶が曖昧な地区となります。


お納めください」


フィーア側の面々が地図を手に取って確認する。


「この短期間でこれだけの仕事をするとはな…


優秀な男だ」


「恐れ入ります」


「どうかねヴェストファーレン殿?」


アンバーが訊ねるとワルターも満足気に頷いた。


「部下に確認させるが、大まかに私の知っているものと変わらないはずだ。


こちらの方が見やすいし、細かい。


私も彼との約束を守ろう」


ワルターの返事にアレンは安堵のため息を漏らした。


「引き続き残りの地図をご用意致します」


「よろしく頼む。


サッチャー殿の御家族は私が責任を持って調べよう」


鷹揚に頷き、ワルターはアレンのお願いを引き受けてくれた。


「諜報活動をしてる部下たちに探らせているが、まだ時間がかかりそうだ。


目立つ事も出来ないのでもうしばらく待ってくれ」


友好的なワルターとは対照的に、ヒルダの表情は険しかった。


場が場なだけに発言は抑えているが、アレンの背信行為が許せないのだろう。


アレンが部屋から出て行くまでずっと睨んでいた。


話し合いが終了する頃には昼になっていた。


ペトラと部屋に戻ろうとした時に、ワルターに呼び止められた。


「ミツル、君と約束してた物だ」


そう言って彼は麻で出来た袋を僕に手渡した。


ザラザラした何かが入っている。


「コーヒー豆だ、これだけしか用意できなくてすまないね。


渡すタイミングがなくて遅くなってすまない」


「ありがとう」


袋の中には黄緑色の生豆が入っていた。


この世界に召喚された時に持って来た登山用のザックの中に、携帯用のコーヒーミルと、洗って使えるフィルターを入れていたので焙煎すれば飲める。


量としては1kgくらいかな?


大事に飲もう…


「本当に手に入ったのかい?


フィーアの交易能力はすごいな。


港も充実しているんだろうな…」


アンバーがコーヒー豆を見て驚いていた。


この世界では随分貴重品のようだ。


「ゼーアドラー港はかなり規模の大きな港ですからね。


海上輸送の一大拠点ですのでコーヒー豆くらいならタイミングさえ合えば、金で手に入ります」


「私も見てみたかったな…」


「ご招待申し上げたいところですが、陛下のお姿では…ちょっと…」


ワルターが言葉を濁した。


そりゃそうだ、アンバーが行ったら大騒ぎになる…


「君のような大人しそうな子が欲しがるものでは無いけどね、そのうち《《おめでた》》が聞けるかもしれないね…」


「は?誰の?」と訊いた僕にワルターが驚いた顔をした。


「知らずに言ってたのか?


それは滋養強壮剤として取引されてるんだぞ」


「…は?」


ワルターが言いたいことが分かって耳まで熱くなった。


「そういうことじゃなかったのか?


すまん、私が勝手に先走ってしまっただけか…


じゃあこれは無駄になってしまったな… 」


残念そうに取り出した小洒落た瓶を僕に差し出す。


中にはオレンジの液体が入ってる。


「役に立つかと思ったんだが…まぁ、そのうち使うだろうし、受け取ってくれ」


「…何それ?」この話の流れだと嫌な予感がする…


「精力剤…まぁそのうち役に立つだろう?」


「そういうのじゃないから!」


「へぇ、親父殿随分いいやつ持ってるじゃないか?


勇者、これちゃんと効くやつだから安心しな」


横から覗き込んだヒルダが面白そうにケタケタ笑っている。


笑い事じゃないよ!ペトラが明らかにドン引きしてるよ!


「私から婚約祝いだ」


「早くない?!色々順番ってものがない?」


「若いんだからそんなの気にするな、勢いってやつだ」


「そーそー、なんならあたしが抱いてやろうか?」


ヴェルフェル侯爵が「二人ともそのくらいにしておけよ」と言ってくれたが、彼もまた笑ってる。


皆、面白がってるだろう…


「全く、若い者を虐めるんじゃないよ」


白い手がヒョイと伸びてワルターの手から瓶を取り上げた。


「しばらくは必要ないから私が預かるよ。


好奇心のある若者が興味本位で飲むといけないからね」


そう言ってアンバーは無限の皮袋に、手にした瓶をしまった。


助かった…


「さて、昼餉の時間だ。


食べれる人は 食べに行きたまえ」


事実上の解散を告げて、アンバーは僕達を見て笑った。


「君たちは君たちの速度で距離を縮めたまえ。


焦らなくてもその時がきたら自然とそうなるよ」


「ありがとう、アンバー」


「必要になったら私のところにおいで、ちゃんと返してあげるから」


「…捨てるなり、他人にあげるなりしてもらって結構でーす」


「そうかい?私は案外楽しみにしてるんだけどね」


そう言ってふふっと彼は笑った。


「家族が増えるのは嬉しいことさ。


それがたとえ血の繋がりがなくても、私達は本当の家族だよ」


彼の言葉は優しくて嬉しかった。


ペトラが腕を絡め、肩にアンバーの手がかかる。


実の家族と過ごす時間が少なかった僕にとって、彼らのと時間がとても暖かくて居心地良かった。


ペトラを見ると、彼女は微笑みながら僕の腕にかけた手を引っ張った。


「お昼は何ですかね?」


華奢で食いしん坊な彼女の笑顔が、とても愛おしく思えた。


✩.*˚


「ヒルダ殿、少し時間を頂けないか?」


意を決して彼女に話しかけた。


彼女は私を見て驚いた様子だったが「いいよ」と気さくに答えた。


「親父殿、先に行ってくれ、すぐ追いつくから」とヴェストファーレンを先に行かせて私に向き直った。


「昨日の狼、あれはイール殿下の使い魔だったか?


わざわざ酒を届けてもらって感謝する」


「一杯しか飲んでなかったからな。


馳走すると言った手前引き下がる訳にはいかないさ…


それより身体は?大丈夫なのか?」


「見ての通り、丈夫が取り柄でね」


そう言って彼女は男みたいに笑った。


彼女にアヴァロムから受け取った煙草入れを差し出した。


「これはお返しする。


上等な品だ、酒の代わりなんかに受け取れない」


「あたしからの礼が受け取れないのかい?


そんな寂しい事お言いでないよ、殿下」


彼女はそう言って困ったように笑った。


それでも手を引かない私に彼女は「参ったな」と呟いた。


「あぁ、そうだ。


じゃあこれ預かっててくれよ」


彼女はそう言って煙草入れから煙草を一本抜いて、また精巧な細工を私に握らせた。


「あたしが吸いたくなったら会いに行ってもいいか?」


意外な申し出だった。


「親父殿にはもうやっちまったって言った手前、コイツが戻ってきたらバツが悪い。


しばらくこっちに居るから、酒と煙草が欲しくなったら殿下に会いに行くよ。


その時は馳走してくれ」


そう言って高い位置から明るく笑った。


「…分かった」


煙草入れを預かってポケットに戻した。


彼女と会う理由が出来て嬉しかった。


「じゃあな」と片手を上げて立ち去る後ろ姿を見送った。

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