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魔王と勇者のPKO  作者: 猫絵師
フィーア王国交流編
32/58

魔王の歓待

約束の日は思っていたより早かった。


「ミツル様、ご準備ください」


ベティに促されて、準備された豪華な衣装に着替えた。


どうやって使うのか分からないような沢山の飾りを、彼女は手際よく丁寧に装飾していく。


「全て陛下がご用意したミツル様をお守りするための装飾品です。


外したり、失くしたりしないで下さいね」


「うん、ありがとう」


僕が礼を言うとベティは笑顔で会釈した。


「くれぐれもお気を付けください。


フィーア王国だって勇者の存在は喉から手が出るほど欲しいはずです。


私達はミツル様でないといけませんが、彼らは貴方でなくても構わないのですから…」


つまり僕を殺して、また新たな勇者が現れるのを待つという方法に出るかもしれないということか…


それはご勘弁願いたい…


「お側でミツル様をお守りしたいですが…」


「大丈夫。


アンバーもペトラもイールも、ルイだって居る。


アドニスのことは君にしかお願いできない」


僕の言葉にベティは力強く頷いた。


相変わらず死んだ目をしたアドニスは、何も言わずに空を見つめている。


この件が終わったら、君のために何か方法がないか探すよ。


幸いなのは、彼が何も感情を持たないから苦しまない事だ。


「行ってきます」


「行ってらっしゃいませ」


部屋の外までベティが見送ってくれる。


部屋の外には正装したルイと兵士たちの姿があった。


「迎えだ」


ルイは短くそう言って僕を促した。


ドラゴンを模したような厳つい鎧を身に着け、大きな剣を腰に履いている。


他の兵士も似たような姿で、これが並んでいる姿を想像すると壮観だ。


「かっこいいじゃん」


「お前はお気楽だな」


僕が軽口を叩くと彼は緊張した面持ちで皮肉を言った。


ルイは図体の割に繊細だ。


「リラックスしなよ、まだ始まってもないだろ?」


「私はもう吐きそうだ」


「早すぎない?」


「今回は公式のヴェルフェル侯爵の訪問だ。


前回みたいに三人とかじゃないからな。


ヴェルフェル侯の麾下の臣と親衛隊が少なくて百単位でアーケイイック領内に入る」


「そんなに?」


「少ない方だ。


荷物の護送や、要人警護の仕事もあるからな。


一応友好的な訪問ではあるが、ヴェルフェル侯はそれだけの重要人物ということだ」


うわぁ…そんな風には見えなかったけどな…


貴族って思ってたより大変そう…


「だから今回は取引場所がここじゃなくて離宮なんだよ。


遅刻なんてしてみろ、それこそ問題だ」


「離宮までって結構時間かかるの?」


「知らん、私も初めて行く場所だ」


無限離宮インフィニートス・ドゥームン・レジス


集合場所とされている宮殿だが、名前以外何も知らされていない。


誰も知らない宮殿らしい。


宮殿という性質上、隠すのは無理だと思うけど…


アンバーは結構隠し事が多いな。


「結局見栄の張り合いみたいなものだ。


舐められないように気を付けることだな。


特にお前は口を開くと馬鹿丸出しだからな、大人しくしてる事だ」


「へいへい、黙ってますよ」


どうせ僕の出番は皆無だ。


アンバーが取り仕切ってくれるなら僕の出る幕はない。


僕はアンバーの隣で黙って見ているだけでいい。


ルイと一緒に集合場所の中庭に向かうと、集合場所は随分混雑した様子だった。


知らない顔も大勢いるが、その中でアンバーとイールを見つけた。


二人とも周りと全く違う雰囲気で目立っている。


「何だ、意外と早かったな。


逃げ出さないようにルイを迎えにやったのに」


深緑の礼服に身を包んだイールは王子そのものだった。


彼は元々超がつくほど美形だ。


特別な編み込み方をした独特のヘアスタイルに目立つ髪飾りを付けている。


金銀の刺繍の施された礼服には沢山の宝石が縫い付けられていて眩しいくらいだ。


さすがに盛りすぎでは?と思うが、不思議なことに違和感がない。


「やっぱ王子は違うな…」


「何を言っているんだ?」


「イールは見栄えするからな。


私なんかよりずっと飾り甲斐が有る」


そう言ってアンバーが嬉しそうに笑った。


そういう彼は…


「…なんて言うか…魔王感増してない?」


「ふむ、そうかもしれんな」


僕の言葉に、彼は一瞬自分の姿を見て笑った。


漆黒の法衣に、ファラオのような大きな首飾りをかけ、魔法の施された指輪や腕輪が所狭しと並ぶ。


金やラピスラズリ、ルビー、瑪瑙等の鮮やかな宝石が目を引くのは全ての光を吸い込むようなこの黒い衣装のせいだろう。


両肩には大きな鉤爪のような象牙で作られた装飾品が乗っていて、彼の肩幅を広く見せている。


裏地が紫の黒い外套は、表地に紅の糸でアーケイイックの国旗の刺繍が施されていた。


さらに手には魔法使いの持つような杖を持っている。


ねじれた螺旋を描く杖にはいくつもの魔法石がはめ込まれているが、特別目を引く真珠色に輝く水晶が他の石を圧倒していた。


先代の王・グランス様からアンバーに譲られた《ヴォルガの心臓》と呼ばれる超強力な魔法の水晶だ。


龍神・ヴォルガの子孫の魔力を蓄積したチートな魔法道具で世界にふたつと無い貴重な品だ。


「ごっつい杖だな」


「良いだろう?


なんでもできそうな気がするよ」


アンバーは新調した杖の出来栄えにご機嫌な様子だ。


僕に「世界を滅ぼす以外ならお好きにどうぞ」と言われてアンバーはハッハッハとご機嫌に笑った。


「まあ、後で皆の度肝を抜いてあげよう。


後でのお楽しみだ」


それにしても随分ご機嫌だな…


何かあるのかな?


僕が訝しんでいると、彼は中庭に出てくる城の方に視線を向けた。


「私の可愛い娘たちも準備ができたようだな」


アンバーの視線の先には彼の自慢の娘たちの姿があった。


「姉上…何とお美しい…」


イールがペトラの姿を見てため息を吐いた。


僕も咄嗟に声が出なかった。


いつものように挨拶しようとしたが、彼女の美しさに言葉を失った。


複雑に結い上げられた銀の髪には、黄金で作られた蔦をあしらった冠が添えられている。


薄く化粧を施された肌は滑らかで、陶器を思わせるような綺麗な肌だ。


彼女の大きなエメラルドの瞳は上品な微笑みを浮かべていて僕は目が逸らせなくなっていた。


「お待たせ致しました」


小さな形のいい唇が声を紡ぐ。


女神でも見てるみたいで、誰も動けない中、アンバーが嬉しそうに彼女に歩み寄った。


「満月のように美しいよ、ペトラ。


さすが私の自慢の娘だ」


彼女が動く度に、長い首元の大粒のダイヤが煌めく。


それでも彼女の方が綺麗だと思うのは僕の贔屓目でも無いはずだ。


「ミツル様、おはようございます」


この上さらに笑顔だと?!


この女神様は、超凡人のモテない歴=年齢の童貞君を自然体で殺す気か?


「おはよう、ペトラ…」


やべえ…語彙力皆無だわ…


何も言えねえ…


「どうなさいましたか?


もしかして…変でしょうか?」


口数の少ない僕の様子にペトラは困ったように自分の姿を確認した。


「ペトラお姉様のお胸が気になって仕方ないだけよねぇ、勇者ってばいやらしいわぁ…」


「ちょ、ちょっと何言うのマリー!」


胸…


ちょっ!意識してなかったけどそんなこと言われたら見ちゃうだろ!


ドレスの半透明のサテン生地から胸元が見える。


「お前…そんな目で姉上を見てたのか…」


イールの目に殺すって書いてある。


「違う!そんな事ない!」


慌てて否定するものの、顔は耳まで熱くなってる。


掌に変な汗が滲む。


「ハッハッハ、ミツルも男の子だなぁ」


「陛下!笑い事じゃありませんよ!


姉上がいやらしい目で見られたんですよ!」


「イールは子供だな。


男は女の身体を求めるものさ、恋人なら尚更だ。


それともペトラには女性としての魅力がないと?」


アンバーの言い方もどうかと思う…


イールが答えに仇していると、すかさずペトラが僕の手を握って目の前に膝を折った。


下から見上げる形で、上目遣いになった彼女はとても可愛い。


「…ミツル様、この衣装は変でしょうか?」


「そんなことないよ。


素敵だけど、僕には刺激が強すぎるな…」


「お嫌ですか?」


宝石のような瞳が艶っぽく煌めく。


あー!もう!何でこんなに煽ってくるの?


「すっごく綺麗!めちゃくちゃ綺麗すぎて直視できないからちょっと距離とろう!」


「…分かるぞ、その気持ち」


ルイは一人だけ何に同調してるの!?


何だかむちゃくちゃな状況に緊張感も何も無くなってしまった。


一人時計を気にしてたアンバーが手を叩いて注目を促した。


「まあ…皆、緊張が解けたところでそろそろ約束の時間だ」


「何だかスタートする前から疲れたよ…」


「ふふ、面白かったよミツル。


でもお楽しみは仕事のあとだ。


二人きりの時にイチャつきまたえ」


言い方…イールが怖い顔してるぞ…


「では諸君、始めようか?


我がアーケイイックの威厳をフィーア王国に知らしめるとしよう」


そう言ってアンバーは魔法陣を発動させた。


随分大きい。


しかもいつもは平面に現れる魔法陣が垂直に現れた。


「《転送門デ・トランシータ・ポルタ》」


垂直に現れた魔法陣が姿を変える。


その場に巨大な門が出現した。


以前に見た転移魔法とは明らかに違うものだ。


「《解錠(アンロッキング)》」


アンバーが魔法陣に杖をかざして呪文を唱えた。


錠前が外れるような音がして、続く軋むような音と共に扉がゆっくり開いていく。


地獄の門が開くみたいな気味の悪い音…


これがフィーア王国との会合の開始の号令になった。


✩.*˚


「親父殿、ホントにこんな所で大事な取引するのかい?


ありえねぇだろ、こんな所…」


「うっさい、トリスタン。


あたしらの親父殿の命令は絶対だよ!


今度ボヤいたらてめぇの顎の骨叩き割るよ!」


前線から呼び戻した人選が悪かったな…


弟子の中でも特に腕の立つ二人だが、とにかくむちゃくちゃガラが悪い…


アーケイイック王から指定された場所に来たつもりだったのだが…


「離宮に招待すると言われたが、建物の痕跡すらないな…


案内役達は?」


「涼しい顔で少し離れたところにいますよ。


舐めやがって…」


「ヒルダ、少し落ち着きなさい」


苛立たしげに舌打ちする彼女のをたしなめる。


彼女は《盾の乙女(シルトメイド)》の二つ名を持ち、弟子の中で防殼魔法を使わせれば最強だ。


それに対してトリスタンは《剣鬼(シュピアデーモン)》と呼ばれる超攻撃特化型の魔法使いだ。


二人とも《祝福》持ちの《英雄》であり、ヴェストファーレンを名乗っている。


元々傭兵が連れてた子供だ。


多少荒っぽいのは仕方ないが…


「お前たちはもう少し仲良くしてくれないか?」


私の提案は言い終わる前に拒否される。


「この男女と?無理ですな」


「このゲス野郎と仲良くとか死んでもごめんだわ」


ある意味息ピッタリなんだがな…


「今はまだ良いが、さすがに先方の前では大人しくしてくれよ」


「その先方はどうなってんだ?」


「あんたが無駄に殺気を垂れ流してるから来ないのよ」


「あ?俺のせいだって言うのかよ」


「そう言ってんだろ、やっぱり馬鹿なんだ」


「…やんのか?」


「はん!また潰してやるよ!」


彼らのやり取りは他の兵も見てるが、止める者などいない。


彼らの喧嘩は日常のことであり、賭けの対象になってるくらいだ。


やれやれ頭が痛い…


「今日も仲良く喧嘩してるな」


騒ぎを聞きつけたのか、ヘルリヒトがウィルを伴い、騎竜に乗って駆けつけた。


「私はヒルダに賭けようか?」


「ご冗談を…」


二人を連れてきたのは私だが、この二人をセットにすると喧嘩ばかりして困る。


どちらかを前線に置いてくるべきだったろうか?


「二人とも、時間が無いから三分で決めろ」


侯爵の決闘の許可を貰って二人が動いた。


兵士たちが余興に一気に沸き立った。


「《歪む盾》」


ヒルダが先に魔法で防殼を作り出した。


光の屈折を利用する盾はその姿を幾重にも巡らせて彼女の本体を見失う。


それに対してトリスタンは迷うことなく魔剣抜くと、それを容赦なく振るった。


「《雷刃連撃》」


ひとつの刃から、鞭のように枝分かれした雷が降り注ぐ。


しかも一度でなく何度もだ。


全く容赦がない。


「閣下、お召し物が汚れます。


少しお下がりください」


ヘルリヒトに被害が及ぶのを危惧したウィルが下がるように進言した。


それをヘルリヒトがやんわりと断った。


「いや、いい。


ヒルダの防殼が目の前にあるから平気だ」


「とばっちりが来ても知りませんよ」


「他人のならともかく、彼女のは信頼できるからね」


そう言って笑うヘルリヒトは楽しそうだ。


少し目を離しただけだったが、トリスタンの刃がヒルダを捉えたようだ。


硝子の割れるような音が響き、彼女の自慢の防壁に蜘蛛の巣のような亀裂が走った。


「やっと別嬪さんが拝めたな!」


盾が砕けても彼女は冷静だった。


すぐに新しい盾を完成させる。


「《金剛壁》」


「っ!硬ってえ女だな!


《破城》!」


二人とも術の発動が早いな…


トリスタンの魔剣の切っ先に一点集中でとんでもない圧がかかる。


力は互角。


ヒビは入っても、彼女の防壁が砕けるはず無かったのにあっさりと砕けた。


それでも砕けた防壁の向こうを見て驚愕の表情を見せたのはトリスタンの方だった。


「隙を見せたあんたの負けよ」


防殼を纏った拳をもろに食らってトリスタンが吹っ飛んだ。


彼がなぜ隙だらけになったのかはすぐに分かった。


「…嘘だろ」


さすがの私もヘルリヒトも、その場にいた全員が言葉を失う。


彼女の服がはだけて、白い丸い胸があらわになっていた。


彼女は恥じらいもせずにトリスタンに罵声を浴びせる。


「女の肌を見たくらいで怯んでんじゃないよ!


童貞か?!」


「てっめぇ!卑怯だぞ!」


「…三分だ」


ヘルリヒトが笑いを堪えながら時間を告げた。


ウィルも彼らを直視出来ず、背を向けて笑っている。


とんだ恥さらしだ…


当事者の二人はまだ罵りあっている。


「手段を選ばないのが《南部流》よ。


つまりあんたの負けってこと!分かる?」


「ヒルダ!てめぇ何したのか分かってんのか!この痴女が!」


「卑怯も何も、自分の持ってるもの活用して何が悪いのさ!


戦場ならあんたの首はとっくに飛んでるよ!


てめぇがスケベなのが悪いんだろ!」


「お前たち、三分過ぎたぞ。


それくらいにしろ」


まさかのヒルダの行動に度肝を抜かれたが、意外と効果的な方法かもしれんな…


あれはさすがに怯まないやつの方がヤバいだろ…


全く…


実力に見合った礼儀作法を身につけてもらいたいものだ…


「さっさと下がって治療しろ。


もうアーケイイック側の使者がいつ来てもおかしくないんだからな」


「わかったよ、親父殿」


トリスタンは流れる血を拭って押し黙った。


骨くらいは折れているだろうな…


ヒルダもはだけさせた服を整え、何事もなかったようにすました顔をしている。


アーケイイックが遅れているだけでこの騒ぎだ。


先が思いやられる…


頭痛を感じながら髪を頭に撫で付けて、深いため息を吐いた。


その溜め息は突如鳴り響いた低い鐘の音にかき消された。


「…何事だ!」


地面が揺れ、巨大な柱が大樹のように二本出現した。


捻れながら形成される柱は天に昇って行く。


出来上がったのは歪な形の門だった。


「親父殿!何だこれは?!」


怯えた騎竜を抑えてヒルダが怒鳴る。


パニックになってもおかしくない状況だが、私の兵士らは僅かに声を上げたが乱れることは無かった。


「分からん。


ヒルダ、全体を少し下げろ」


「全体!警戒しつつ列を維持して二十下がれ!


くれぐれも侯爵に無様な姿を見せるなよ!」


ヒルダの号令に兵士たちは一糸乱れずに従った。


軍靴で地面を蹴る音が合唱のように揃うのは気持ちがいいものだ。


あっという間に兵士らと不気味な門の間に距離ができる。


「随分手の込んだことで…」


こんな芸当ができるのはあの規格外の王しかいない…


地獄の蓋が開くように、門は軋むような音を立てながら勝手に開いた。


開いた門扉からは、重いタールを思わせる水面が張っている。


ドロドロと渦巻くそれは不気味な光沢を含んでいた。


「何か来るぞ」


門の中から馬蹄の響きと太鼓の音が聞こえる。


何が出てくるにせよ、いいものでは無さそうだ。


皆の視線が一点に注がれる。


黒い水面が揺れて現れたのはアーケイイックの旗を掲げた髑髏の騎士団だった。


彼らは示し合わせたように隊列を組んだまま行進を始め、門の両脇に整列した。


騎士団に続き、ドラムロールを打ち鳴らすアンデットの手勢が現れ、巨大なラッパの音が高らかに響いた。


「悪夢かよ…」トリスタンの感想に恐らく皆が同意することだろう。


我々は今、地獄の門が開かれた光景を目の当たりにしている。


ルイ王子を筆頭に鎧を纏った屈強な戦士がぞろぞろと現れ、門を取り囲むように並んだ。


獣人達の巨躯が一枚の城壁の様に並ぶ姿は圧巻だ。


「偉大なるアーケイイック王!


誉れ高き《錬金術師の王(レクス・アルケミスト)》陛下!


万歳!万々歳!!」


王を讃えるルイ王子の万歳の声に兵士達が呼応する。


万歳の合唱が空気を震わせ響いた。


兵士達が門の前に鮮やかな緋色の絨毯を用意し、惜しげも無く地面に敷いた。


門からイール王子に続きマリー王女が現れ、彼らも万歳と唱和して列に加わる。


さらに現れた人影に兵士が僅かにどよめいた。


その場に似つかわしくない青年は明らかに人間だったからだ。


ペトラ王女に手を引かれた勇者は魔王の列に加わった。


「親父殿、あれが勇者か?」


「…まだガキじゃねえか」


ヒルダが信じられない様子で私に耳打ちし、トリスタンはミツルを見て悪態を吐いた。


二人の反応が予想通りで苦笑が漏れる。


「いい子に行儀良くしてたら紹介してやる」と言って、視線をアーケイイック側に戻した。


最後に現れる特別な存在に息を飲む…


人間に魔王と呼ばれる存在が我々の前に姿を見せた。


捻れた歪な門から現れたその姿は異形そのものだ。


随分気合いの入った禍々しい衣装だ。


冷気が流れ込んだかのように、背中に冷たいものが走る。


恐怖を与える凍える空気を纏い、強烈な威圧感(プレッシャー)を放ちながら歩み寄る姿はまさに死という最悪なものを連想させる。


こんなに強烈な気配を隠していたとは恐れ入る。


どちらが本当の彼なのだろうか?


まぁどちらでも、我々の敵でなければなんの問題も無いのだが…


しんと静まり返ったその場に、低くよく通る魔王の声が響いた。


「我が隣人、我が友、親愛なるヴェルフェル侯。


貴殿の来訪を心より歓迎する」


こんなもの見せられて歓迎と言われてもな…


斯様(かよう)な殺風景な場所でお待たせして申し訳ない。


歓迎の宮殿を用意しよう」


そう言って魔王は白い骨の腕を掲げた。


骨だけになった腕に過剰な装飾品が煌めく。


「《無限離宮インフィニートス・ドゥームン・レジス》」


魔王が指輪や腕輪の複数の魔法陣を展開し、魔法を発動させた。


強烈な光が辺りを包み込み、瞬きする間に白亜の宮殿が出現した。


「我が幻の離宮にようこそ」


周りを見回して驚く。


白昼夢のような光景が目の前に広がっていた。


さっきまで剥き出しの大地だった足元も、晩餐会でもするような大理石の床の大広間に変わっている。


遥か高い天井からは眩い豪華なシャンデリアが幾つも下がり、硝子の粒が煌びやかに光を反射している。


誰もが驚きで言葉を失っている。


そんな中でヴェルフェル侯、一人だけこの状況を楽しんでいた。


「ヴェストファーレン、これはどういう魔法だ?」


「転移魔法ではなさそうです。


恐らく現実に宮殿を出現させたのでしょう。


単純なものではありません」


「その通り。


私が趣味…いや、研究の末編み出した多重魔法・《移動建築物》の最新版だ。


空間を歪める魔法や錬金術的な要素を組み合わせる事で建築物のみの圧縮に成功した。


調度品や必要なものは後から運ばせるが、ここは好きに使ってくれて構わない。


君たちの宿泊施設として提供しよう」


「この宮殿はこの後どうされるのですか?」


「もちろんまた圧縮してここは元の更地になる予定だ」


「勿体なくありませんか?」


「ふむ、でも邪魔だしな…


場所をとるのでこの手の魔法は制限も多い。


使うところがないので今回使用してみた」


「ははっ!なるほど、我々は陛下の実験にお付き合いさせられたのですね!」


ヘルリヒトはご機嫌に笑っているが、常識の範疇を超えている。


これは神かもしくは悪魔の為せる技だ…


「私の楽しみに付き合ってくれた礼をしよう。


君たちの所望したものはもう用意が出来ている」


そう言って錬金術師の王(レクス・アルケミスト)は天井を指さした。


「そろそろ到着する頃だ。


私の玩具をもう一つお見せしよう」


まだ何かあるのか…


全く、サプライズの多い王様だ…


私の子供たちもすっかり閉口してしまった。


気持ちは…分からんくも無い…


まぁ、静かに大人しくしてくれるなら喜ばしいことだが…


「こちらへ」と案内された先は中庭だった。


水はないが噴水まで用意されている。


陛下は水の出ない噴水を見て、「ああ、忘れていたな」と呟いて魔法石を取り出した。


魔法石を噴水の彫刻に嵌め込むと水が溢れ出した。


一体この宮殿だけでどれだけの魔法石を使用するのか?


正気の沙汰でない。


「全部設営し直さないといけないのが面倒だ」


「そうですか?


楽しんでいるように見えますが?」


「面倒と楽しいは表裏一体だよ。


面倒だからこそ達成感もある。


苦労もせず簡単に手に入れられるものなど、結局大して必要なものでは無いのだよ。


私が欲しいのは退屈しない時間、それだけだ」


「それはそれは…


陛下とは気が合いそうです」


ヘルリヒトは陛下と楽しそうに喋っている。


彼の恐ろしい様相の魔王に皆が恐れをなしているのに、ヘルリヒトは全く気にする素振りを見せない。


彼は普段は味わえない刺激に心躍らせているのだろう。


魔王を演じてる陛下も心做しか嬉しそうな様子だ。


「ヴェルフェル侯。


貴殿はお若いのに私のような年寄りの話をよく聞いてくださる。


私も気分が良いので、貴殿にあれをプレゼントしよう」


そう言って彼が空を指さした。


空を飛ぶ巨大な船は天空から影を落とし、辺りの光をさえぎって宮殿の上で停止した。


「今回の注文の品を移送するのに作らせた飛竜船だ。


船ごとお持ち帰りしてくれ」


あまりの気前の良さに空いた口が塞がらない。


「…これを?」


「飛行石は四基備え付けてある。


一つくらい機能しなくなっても飛ぶのには支障ないが、バランスはやや崩れる。


そうなったら交換が必要なので、その時は頼っていただければご用意しよう」


「本当に頂戴してよろしいのですか?」


「もちろんだ。


我々は君たちとの共生を望んでいる。


我が友、ヴェルフェル侯への友好の証としてこの船を贈ろう」


「…私の船」


空に浮かぶ飛竜船を見つめてヘルリヒトは言葉を失う。


「飛竜船は降下させるのが難しいので、中身は後ほどだ。


さて、私からは以上となるので、今度は君たちの贈り物をご披露願おうか」


「お気に召して頂けると良いのですが…」


これだけの物を見せられては自信をなくしてしまう。


ヘルリヒトの言葉に陛下は「謙遜を」と笑った。


「死してなお、知識を欲する私にとって、南海からの交易品は大変に価値のあるものだ。


私はまだ見ぬ品々にとても興奮しているのだよ。


それに、我々の仲間の帰郷という朗報は他の何物にも変え難い福音だ」


「ヴェストファーレン、彼女らを…」


ヘルリヒトの指示を兵士らに伝え、今回一緒に連れて来ていたエルフ達をアーケイイック側にに引き渡した。


ペトラ王女、イール王子に迎えられ、彼女らはやっとあるべき場所に帰った。


もう彼女らは大丈夫だろう…


あとはアーケイイック側が責任もって彼女らを保護してくれる。


彼女らは、「おかえりなさい」とハグするペトラ王女の姿に驚き、ついで安堵したようだ。


自ら短くされた耳で仲間に見せ、彼女らに慰めの言葉をかける姿は慈悲に満ちた女神のようだ。


随分変わられたな…


「ペトラ王女はミツルのおかげで強くなれた。


彼女には私の跡を継ぐ女王になってもらわねばならない」


落窪んだ双眸は子供たちを見つめている。


陛下の目には自分が退場した後の世界が鮮やかに映し出されているのだろうか?


帰還したエルフ達は子供らに任せ、陛下は勇者を呼び寄せた。


「どうも」と気の抜けた挨拶がいかにも彼らしい。


陛下はミツルの肩に手をかけた。


これ見よがしに親密さをアピールする。


陛下は並べられた交易品の前に進み出て、宝物を前にして「我々への贈り物だそうだ」とミツルに告げた。


南海から運ばれた宝石や装飾品、絵画、象牙細工、鮮やかな硝子の壺、その他お宝と呼べるような代物を掻き集めた。


その中から陛下は分厚い本を六冊、巻物七巻を喜んで受け取った。


「絹路の国の百科事典、アショーカ法典…


遠路はるばるついに我が手に…」


どうやらお気に召したらしい。


「手に取っても構わないかね?」


「どうぞ、陛下の本です」


陛下が喜び勇んで本を手に取った。


骨だけの手で器用にページを捲って中身を確認し、しばらく眺めてから嬉しそうに何度も頷いていた。


「私は良い友人を手に入れたようだ。


お互いにこの友情を大切にしたいものだ」


陛下は本を愛おしげに撫でて陳列に戻した。


「私は友人と認めた相手とは対等の立場を約束するハグをすることにしているんだ。


どうかな?」


「光栄です」


子供みたいに笑ってヘルリヒトは両手を広げた。


私もあれをしたが、周りから見ると死神に連れていかれる人間みたいだな…


黒い法衣から覗く腕が、がっしりとヘルリヒトを抱いた。


魂が吸い取られるんじゃないかと心配したが、そんなことも無く、むしろヘルリヒトの顔色が良くなった。


「これで私たちは対等だ」


ふふ、と笑うご機嫌な魔王は私に向かって目配せをする。


「ヴェストファーレン、君もどうかね?」


「喜んで」と答えて魔王のハグに応えた。


顔が交差する一瞬に、王が私だけに聞こえる声で耳打ちした。


「後で話がある」


そう言って何事も無かったように私から離れる。


「城にもお招きしたかったが、何せ大所帯になってしまうのでね。


今回はこの場所で失礼するよ。


歓迎の宴の用意も万全だ、楽しんでくれ。


ああ、そうだ、ヴェルフェル侯。


食事の後、私の飛竜船で遊覧飛行など如何かな?


アーケイイックの空は空気が澄んでいるからとても気持ちが良い」


魔王の飛竜船ともなればさぞ贅の限りを尽くして飾り立てているのだろうな。


ヘルリヒトの瞳が輝く。


「それはぜひご一緒したいですね。


ヴェストファーレン、そのくらいは良いだろう?」


「私もご一緒してよろしいでしょうか?」


「もちろんだとも。


喜んでご招待する」


余程贈り物が気に入ったのか、魔王は終始ご機嫌だった。


この人の良い老人のような男が人類の最恐の敵とはな…


まぁ、メインの取引は無事終わった。


あとは水面下のやり取りが無事にすむことを願うだけだ。


何事も無ければいいのだがな…

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