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魔王と勇者のPKO  作者: 猫絵師
フィーア王国交流編
27/58

夜も更けて

僕の部屋は安全のために入室制限がかけられている。


一応肩書きだけでも《勇者》なので、僕に危害を加えようとする者もいるかもしれないし、利用価値があるとふんだ人間に誘拐されないようにという理由でアンバーが用意したものだ。


部屋には出入口はなく、何も無い壁に魔法の糸で織り上げた綴織(タペストリー)がかかっている。


この綴織が転移魔法になっていて、対になっている綴織に踏み込みと部屋の中に出入りできるようになっている。


仕組みはよく分からないが、なんとも便利なセキュリティだ。


「あぁ!疲れた!」


部屋に戻るなり、開放感から大きな声でそう叫んで伸びをした。


食事に行ったのになんか食べた気がしなかった。


「お夜食ご用意しましょうか?」


ベティが察してくれたのか、ありがたい申し出をしてくれた。


彼女は本当に気が利く。


「うん、ありがとう。


なんか少し小腹が空いたな」


「ミツル様はあまりお食事が進んでなかったようでしたので。


厨房で何か貰ってきます」


ニコっと微笑んでベティは部屋を後にした。


僕もジャケットを脱いでソファに腰を下ろした。


この世界はテレビもラジオも無い。


暇潰しが難しい。


「アレンもアドニスも戻ってこないな…」


いつも暇つぶしに付き合ってくれる人が今日は不在だ。


つまんないな…


そう思っていると、出入口の綴織が光った。


「ミツル様!」


「ペトラ?!」


部屋に飛び込んできたのはペトラだった。


銀色の髪を振り乱して、エメラルドみたいな瞳はキラキラ輝いている。


「仕事は?もう終わったの?」


「陛下が休憩と仰ったので、急いでお顔を見に来ました。


ヴェストファーレン様から何も変な事を言われませんでしたか?」


大急ぎで走ってきたのだろう。彼女は肩で呼吸していた。


これは休憩なのか?と思いながらも、同時に彼女のことがとても可愛く思えた。


「ありがとう、何も無いよ。


一緒に食事しただけだから」


「ミツル様に何かよからぬ事を言ってないか不安で…」


「僕の方こそ、何か粗相がなかったか不安だよ」


「そんなことありません。


だって私の旦那様になる方ですもの」


当たり前のようにそう言う彼女は大真面目だ。


「そういえば、ワルター…いや、ヴェストファーレンが女性は褒めれば褒めるだけさらに美しくなるって言ってたよ。


僕も君の事をもっと褒めないとね」


「それはいい話ですね」


ペトラが微笑む。


何も知らなければ、月の女神と言われても信じるだろう。


僕の中で悪戯心が沸き起こる。


「今日も綺麗だねペトラ」


「ふぁ!」不意打ちをくらってペトラが真っ赤になった。


ああ、こういうことなのかな?


「可愛いね」


「そんな、急にズルい…」


「嫌?」


ペトラは顔を真っ赤にして慌てて首を横に振った。


嫌ではないが、恥ずかしくて前を向けないのか視線は外したままだ。


自分からは積極的に来るくせに、相手から来られると恥ずかしいなんて矛盾してる。


もうちょっと意地悪したくなるな…


なるほど、こういうことか…


「ごめんね、調子乗った」


そう言って手を握ると彼女も握り返してくる。


ああ、もう、可愛いな…


「ベティが夜食用意してくれてるから一緒に食べる?」


「はい」


「仕事は?終わりそう?」


「大丈夫です。


私は陛下の言う通りに書類を書くだけですから」


「そう?じゃあ手が疲れたね。


マッサージしようか?」


「そんな、ミツル様のすることでは…」


「無理すると腱鞘炎になるよ。


どうせアンバーのことだから普通の量じゃないだろ?」


書類大好きだからな…


アンバーは文字通り筋肉ないから疲れることもないし、腱鞘炎もない。


疲れ目もないし、睡眠、食事、排泄等も必要ない。


不死者(リッチ)って便利だ…


いくら自分では気づかないにしても、少し気にしてあげないと可哀想だ。


「目も温めたタオルでほぐすといいよ。


気持ちいいからやってみて」


「ありがとうございます」


ペトラはご機嫌そうだ。


良かった。


二人でまったり過ごしているとワゴンを押したベティが戻ってきた。


「ミツル様、お待たせ致しました。


戻る途中でルイ様にお会いして」


「邪魔するぞ…」


部屋に入ってきたベティの後ろから彼女の倍近くありそうな影がヌゥっと入ってきた。


「コイツらを返すぞ」


ルイの影から二人が姿を見せた。


「アドニスが戻ると言って聞く耳を持たないから連れてきた。


私はお前の部下のシッターじゃないぞ」


「ミツル殿はご無事か?!」


声がデカい…さすが元騎士団長…


「やあ、アドニス。


ちょっと声のトーン落とそうか?」


「アドニス様には、ミツル様は柳の葉のような方だから大丈夫と言ったのですが…


随分心配されてましたよ」


「当たり前だ!


あの人を誑かす黒狐と一緒にいるなどど聞けば気が気じゃない!」


ヴェストファーレンの事かな?


狐とは言い得て妙だ。


僕も化かされるところだったのかな?


「なんか一気に騒がしくなったね」


「せっかく二人きりでしたのに…」


せっかくの時間を邪魔されたペトラは不満そうだ。


「ペトラ様、フロスたっぷりのお紅茶です。


ご機嫌直してくださいませ」


「ありがとうベティ」


ペトラの大好きな、香り高い花びらの入った紅茶だ。


ベティはペトラが来るのを知ってたみたいだ。


ルイがペトラに座る許可を貰って、深く一礼してから目の前のソファに座った。


ペトラは第一王女だからルイより上位なのだ。


彼も会食がどうなったのか気になっていたらしい。


「それで?ヴェストファーレン殿はどうした?」


「いい感じに酔いが回ったらしく部屋に帰っていったよ」


「あの男が?


酔っ払うなんてありえない。


アイツは酒を水だと思ってる部類の人間だぞ」


ルイがそう言って首を傾げる。


「じゃあベティが怖い顔してたから退散したのかな?」


僕が笑ってそう答えるとルイが妙に納得したように「あぁ」とベティに視線を向けた。


彼も僕との稽古でやりすぎていつもベティに怒られてるからな…


彼女の怖さはよく知っているのだろう。


「悪いのはヴェストファーレン様です!


おふざけが過ぎます!」


「分かってるよ、怒るなって」


「ですが、あの物言いは…」


「いいって。


僕が気にしてないのに、当事者じゃないベティが怒っても仕方ないだろ?」


「何を言われたんだ?」


(いぶか)しむルイにベティがさらに言葉を続けた。


「ミツル様を子犬扱いしたんですよ!


国に連れて帰りたいとも仰ってました」


「なんだ、そんなことか…」


ルイはつまらなそうにため息を吐いたが、それが女子の気に触ったらしい。


ベティとペトラからギャンギャン責められていた。


可哀想に…


今日はルイ散々だな…


見かねたアレンがルイに助け舟を出していた。


「ペトラ様、ミツル様は子犬みたいに可愛いじゃないですか?


お世話焼きたくなるでしょう?


それに十分魅力的なんですから、連れて帰りたくなるのも当然ですよ。


その方なりに褒めただけです」


「そうかしら?」


「そういう独特な褒め言葉を使われる方なのでしょう。


ルイ様は何も悪くありませんよ。


それにミツル様の前でそんな姿を見せるのはよくありませんよ」


「…え、えぇ、そうね…


申し訳ありません、ミツル様」


「ベティ様も、その件は陛下に申し上げるべき事で、ルイ様を責めるべきではありません。


どうかお静まりを…」


この場じゃアレンが一番大人だ。


「…助かった、アレン」


げっそりした様子でルイが礼を言う。


アレンは苦笑して答えた。


「いいえ、私は口が達者なだけでたいして役に立ちませんから…」


「そんなことより、勇者の存在を自ら知らしめてよろしかったのですか?


オークランド一国でさえ我々を送り込みました。


同じようなことになるのは目に見えているじゃないですか?」


アドニスの言うことは分かる。


戦争の火種を撒いたと思われても仕方ないだろう。


「フィーア王国はこの国と唯一国交がある国だし、最初から僕目当てだろうから、下手に隠すより公にした方が都合がいいってアンバーの方針だ。


隠しててもいつかはバレるさ」


「なるほど。


下手につつかれるよりは良いと言うわけですか?


一理ありますが、それだけでは無さそうだ」


「何?なんかあるの?」


「公になってしまえば、各国から秘密裏にミツル様を攫うことが出来なくなるということですよ。


人間の国同士でも仲が言い訳じゃないんです。


もし勇者を攫った国があればそれだけで戦争の大義名分になりますからね。


どこの国も貴方が欲しくてたまらないんですよ」


アレンの言葉にアドニスも頷く。


なんか嫌なラブコールだ。


「アーケイイックは欲では動かない国だが、人間たちはそうはいかないからな…


陛下も荒っぽい手に出たな…」


「ルイ様のおっしゃる通り。


一歩間違えば全ての人間の国から攻められますよ。


でもそうならない自信がおありなんでしょうね」


「そういえば、オークランドとフィーアが戦争になるかもしれないって話があったな…


アドニス、君の国はヴェルフェル侯爵とはよく揉めるの?」


「フィーア南部ですか?


確かに国境のカナル運河とその周辺の利権を争っています。


あの国とは、もうかれこれ二百年以上揉めていますよ」


「五年ほど前の戦役でオークランドの方が少し押し返されました。


東部の一部が割譲されて、フィーア王国のものとなっています」


アレンの補足にアドニスが頷く。


なるほど、オークランド王国は含むところがありそうだ。


「それにしても戦争の話ばかりで嫌になるね」


「野蛮ですわ。


自分達の必要な生活で満足すれば良いのに…」


そう言ってペトラが僕の手を握った。


いつの間に…


「考え方が根本的に違うんだよ。


僕は別に高望みはしないタイプだけどね」


「オークランドの東部は昔から係争地ですから、農業が安定しないのも戦争の要因です。


特に水源や農地に関しては両国でよく揉めます」


「大きな河があるのに?」


僕の質問にアレンが答えた。


「農地開拓のために木を切りすぎたのが原因でしょう。


土地が随分痩せてしまいました。


植林も上手くいかず、東部では問題が山積しているようです」


「じゃあ東部はその問題が解決すれば戦争しなくなるの?」


「それは…どうでしょう?


そんな単純なことではないでしょうから…


ただ、多少は改善するかもしれません」


アレンの返事は歯切れが悪かった。


それもそうか…二百年もダラダラ争ってるんだから…


「協力しようとは思わないの?」


「それは残念ながら難しいですね。


オークランド王国はフィーア王国を国として認めてませんから」


「なんで?フィーア王国も随分長いこと国として機能してるんだろ?」


「まず国教が根本的に違います。


彼らは龍神・ヴォルガを信仰しています。


我々にとっては邪神という扱いです。


それに、フィーア王国は政治犯や反オークランドを掲げる人間が設立した国です。


アーケイイック程ではありませんが、人種も入り交じり、人間やエルフ、ドワーフも住んでいます。


純粋な人間を基盤とするオークランド王国からすれば目障りな国です」


「敵の敵は味方だからアーケイイックとフィーアは蜜月関係にあると?」


「まあ、そんなところです」


「めんどくさ…」


僕の住んでた世界も資本主義や社会主義で争ってたけど、この国もドロドロしてるな…


キリスト教とイスラム教の関係にも似てるかな…


「フィーア王国は海があるので、様々な国と交易で稼いでます。


それも気に食わない要因でしょうね」


「オークランド王国は内陸の国だからな。


交易は陸路のみとなるからその分外貨獲得は不利だ」


聞けば聞くほど仲が悪そうだ…


「こりゃ、仲良くさせるのは至難の業だな…


アンバーだって匙を投げるよ」


結局人間のつまらない意地の張り合いだ。


協力すればいいのにと思うが、技術や資源を他者に快く提供できるほどこの世界は豊かじゃないのだろう。


現代の日本人の僕からすれば理解できない話だ。


「アドニスは?


僕がどこにいるのが望ましいと思ってる?」


「フィーア王国に渡すくらいならこの国に留めておく事が望ましいでしょう。


貴方は私の思っていたような勇者ではありませんでした。


オークランド王国でも手に焼くでしょうね」


「アレンは?僕はオークランドに行くべきだと思う?」


「貴方みたいな自由な人間にはオークランドは合わないと思いますよ。


私自身この国が心地よいので帰る気はありませんし、帰れば命はありません。


妻子には悪いですが、アレン・サッチャーは死んだはずの人間ですので…」


「そんな…家族に会いたいだろ?」


「私が帰れば家族も無事ではいられません。


残念ですが、これも家族を守るためです」


アレンが珍しく寂しそうに笑った。


僕のせいで人生を狂わされた人間だ。


なんだか本当に申し訳ない…


「大丈夫ですよ。


私はこの国に来て失ったものはあれど、得たものも大きいのです。


何よりあの大賢者アンバー・ワイズマンから学ぶ機会を得てさらなる研鑽を積むことが出来たのですから」


「本当に?」


「本当です」そう断言してアレンは笑った。


その笑顔は話を打ち切りたい彼の心を映していて、僕はそれ以上訊けなかった。


「失礼」と席を立つ彼の手には体を支えるための杖があった。


右足の親指が無いので走ることも出来ない。


最初はアーケイイックにアドニスたちが入るための地図を作る測量をしていた斥候だった。


だから捕まって拷問も受けた。


その時に逃げないように足の指を切断されたのだ。


この世界は僕がいた世界とは違う。


確かに似たところはあるけど、確実に価値観も倫理観も道徳も違うのだ。


それでも、どうしても自分の物差しで物事を考えてしまう。


「戦争なんて…しなきゃいいのに…」


「ミツル様…」


「戦争なんてしたことない僕だって知ってるよ。


何もいいことなんてないんだ。


なんでそんなに平和が嫌いなんだよ…


どうして…もっと仲良くできないんだ…」


「戦争を知らない奴が戦争を語るのか?」


僕のつぶやきに応えたのはルイだった。


ルイの低い声が唸るように言った。


「人間の戦争への原動力は欲だ。


何でも欲しがり奪う。


強欲な人間らしい理由だろう?


生きるために殺すんじゃない。


欲しいから殺すんだ。


悲しいかな、それが人間の本質だ」


「ルイ殿は間違っている!我々はそんな理由で戦ってなどいない!


我々は祖国を守るために!弱い立場の人を守るために戦っていた!」


声を荒らげて憤慨するアドニスにルイは笑った。


見たことの無い、怒りを孕んだ瞳がアドニスを写していた。


「お前は名誉が欲しかったんだ。


自分の家の名に恥じぬ名誉を欲した。


それがお前の欲だ」


「ルイ…ちょっと、お前どうしたんだよ」


そんな辛辣なことを言う奴じゃない。


僕の呼びかけに、彼ははっと我に返ると、罰が悪そうに狼の耳を後ろ向きに寝かせて唸った。


「すまん…私も多くを失った一人だ…


恨み言だ…つまらんことを口にして悪かった」


彼はそう言って部屋を出ていこうとしたが、その背中にアドニスが言葉を投げかけた。


「待て!お前は私達が憎いのに私達を守っているのか?


矛盾している!」


ルイはチラッとアドニスに視線を向けたが答えずに綴織(タペストリー)に消えた。


彼自身その答えを持ち合わせていなかったのかもしれない。


「ミツル様、席を外してもよろしいでしょうか?」


ベティが心配そうにルイの消えていった方を見て、彼を追う許可を求めた。


彼女とルイが親密な仲だということは知っている。


「いいよ。


ルイだって疲れてるんだ。


ベティがそばにいてあげて」


「ありがとうございます」


小走りで部屋から出ていくベティを見送って、僕はアドニスに視線を移した。


「後で仲直りしなよ?」


「彼とですか?」


わかってるくせに案外子供みたいなところがあるんだよな…


「他に誰と?


僕も行くよ。


僕も彼の気に触ることを言ったみたいだから」


「貴方は人が良すぎる」


「やったね、褒められた!」


アドニスの皮肉に皮肉で返してやった。


アドニスはそれ以上何も言わなかった。


本当に拗ねちゃったかな、まあいいけど…


「もう寝なよ。君も疲れてるんだ」


「…そうさせていただきます」


「おやすみ」


鍵の付いた隣の部屋に彼を見送ると、ちょうど入れ違うようにアレンが戻ってきた。


部屋の様子を見て苦笑いする。


「何かあったみたいですね」


「ちょっと揉めただけだよ」


「アドニス様は名門ワイズマン家のご出身ですからね。


高い教育を受けていらっしゃるので順応が難しいのでしょう…」


「アレンは平気なの?」


「私はここ一つで生きてきましたから、これさえあればどこででも柔軟に生きていけますよ」


そう言って彼は自分のこめかみに指を当てていた。


「勇者である貴方は世界まで置いてきたのに、たかだか国に帰れないくらいで嘆いてたら女々しいって妻に叱られますよ。


生きていたら、忘れさえしなければまた会えるかもしれません。


妻は今頃私の蔵書でも売り払って生活してますよ。


男が思っているより、女っていうのは生き物は強いですからね」


「もしかして尻に敷かれてた?」


「ええ、かなりヘビーなお尻でしたよ」


アレンはそう言って笑顔を見せた。


彼は随分図太いみたいだ。


彼を座布団にしていた奥さんのおかげかもしれない。


アドニスも彼を見習って欲しいものだ。


「ところで、ペトラ様」


「何よ、アレン」


急に話しかけられてペトラは少し身構えたようだった。


「もう随分遅い時間ですが、いくら恋人とはいえこんな時間まで殿方の部屋にいるのは感心しませんね」


「やだ!大変!」


「結構時間経ってたんだ…


アンバーの所まで送るよ」


僕が席を立とうとすると、彼女はそれを制して席を立った。


「大丈夫です、一人で戻れますから。


おやすみなさい、ミツル様」


彼女は明るい声でそう告げて慌てて帰っていった。


遅くなったことでアンバーに叱られないといいけど…


「…急に静かになったな」


しん、と静まり返った部屋にアレンと二人で取り残されて手持ち無沙汰になる。


「そういえば、ベティが用意してくれた夜食食べ損ねたな…


アレンも食べる?」


「ミツル様のためにベティ様が用意されたんでしょう?」


「でも、いつも足りないといけないからって多めに用意するんだ。


残すと勿体ないだろう?付き合ってよ」


僕が頼むと「そういうことなら」と彼は快く頷いてくれた。


「用意するから待ってて」


「待ってください。


勇者様に給仕させたと知れたら、私はまた牢に入れられてしまいますよ」


慌てて僕を止めようと立ち上がるアレンだったが、バランスを失って盛大に転倒しそうになった。


転びそうになった彼に手を貸してソファに座らせた。


「危ないじゃないか。


ここにいるのは僕とアレンだけだ。


足の悪い君に勇者が給仕させたと知れたら、色んな人から非難轟々だよ」


「面目次第もございません」


「そういうのやめろって。


僕はアレンのこと友達だと思ってるんだから」


大仰に謝る彼の姿に苦笑いが漏れる。


そのうち彼との間の壁も無くなるのだろうか?


そうなってくれたら嬉しい。


「こうやっておやつ食べて夜更かしして、どうでもいい話をするって友達みたいで楽しいだろ?


今度枕を集めて枕投げしようよ」


「飛距離を競うんですか?」


「違うよ、枕をぶつけて遊ぶんだ」


「野蛮な遊びですね。


子供たちに教えてたドッヂボールとか言うのも野蛮でしたが…」


「卓球も出来たらいいのにね。


そうだ!いっそ作るか!」


異世界でオリンピックとか面白そうだ。


魔王を倒したり、戦争したりするよりずっと楽しそうじゃないか?


✩.*˚


「ルイ様!ルイ様待ってください!」


私は慌てて呼び止める、よく知った声に向かって振り向いた。


視界に捉えたのはスカートの裾を抑えながら駆け寄ってくるベティの姿だった。


「何の用だ?」


「何に怒ってるんですか?


あんな言い方、ルイ様らしくないです」


「らしくない…か」


平和ボケした勇者の言葉が癇に障ったのだ。


ミツルだって好きでこんな世界に召喚されたわけじゃないだろう。


この世界の血みどろな争いばかりの国に来たくてきたわけじゃない。


分かっている。


分かってるが、実際の戦場を知らない奴に戦争を語られるなんて虫酸が走る。


戦争を始めるのは必ず人間だ。


振り下ろされる拳を避けなければ、殴られるのはこちら側だ。


いつも殴りかかってくるくせに、殴り返されて被害者面するな、と言いたい。


人間という以外、ミツルには関係の無い話だ。


ようには私の勝手な八つ当たりだ。


「すまなかった」


「私に言わないでください。


相手は私じゃないはずです」


ベティはミツルに謝れと言っている。


「今日はもう遅い。


それに出てきたばかりで戻るのも気まずい…


明日でもいいか?」


「いつだってミツル様は許してくださいます」


「ありがとう。


わざわざ追いかけてきてくれたのか?


心配をかけたな」


そっと彼女の頭を撫でた。


小さな頭を優しく撫でると、ベティは猫のように喉を鳴らした。


ゴロゴロと喉を鳴らして私を受け入れてくれる彼女が愛おしくて仕方ない。


「…抱きしめていいか?」


微笑んで頷くベティを抱き寄せる。


小さな体がすっぽりと胸の中に収まった。


温かな体温が伝わってくる。


ささくれ立った心が凪ぐように穏やかになるのを感じた。


彼女の腕が控えめに私の背中に添えられ、彼女からの良い返事を貰えたようで、愛しさが加速する。


しかしこれ以上はダメだ。


「お前を妻に迎えるために陛下とあれこれ準備を進めている。


それまではお預けだな」


「ふふっ、ルイ様は本当に真面目ですね」


「愛しているからな。お前を大切にしたい」


「お待ちしております」と答えてベティが照れたようにはにかんで笑った。


親子ほども歳が離れているのに、やはり女性には敵わない。


「今日はもう戻らなくて良いのか?」


「ミツル様がルイ様を心配して行くように言ってくださったので大丈夫です。


アレンも付いてますし」


「なら少し付き合ってくれ。


夜風に当たって頭を冷やす。


一緒に月を眺めながら散歩しよう」


「そんなロマンチックな事が言えるようになったのですね」


ベティは私をからかうようにそう言って腕を絡めた。


恋人同士のように腕を組んで歩き出す。


ミツルがお節介で背中を押さなかったら彼女とこうはなれなかった。


感謝しないとな…


人懐っこい勇者の顔を思い出して私は苦笑いした。


✩.*˚


ソファに腰をかけて目を瞑り、城内に放った使い魔の視覚を繋げて城の中を散策していた。


途中勘のいい若いエルフの男に気付かれそうになったが、何とか事なきを得た。


随分広い城だ…


部屋数も相当あるが、空き部屋が多い。


途中でイチャついてるカップルがいたけど、少し変わった取り合わせだった。


この城はかなり変わってるな…


様々な種族が働いている。


まるで凝縮された世界のようだ…


そんな事を思っていると、不意に自分の体の方で違和感を感じた。


すぐ目の前に人の気配を感じる。


「ウィル、何やってるんだ?」


グレンデルとの視覚を切って目を開けると、彼のいたずらっぽい目がすぐ目の前にあった。


「閣下、まだ起きてらしたんですか?


グレンデルと視覚を繋げて勇者の部屋を探してます。


それらしい場所がまだ見つかりませんね…」


「目くらましの術をかけているんだろうな」


「そんなことより、また仮面を勝手に外して…


師匠(せんせい)に見つかったら(にかわ)で直張りにされますよ」


「黙っててよ、私のマウス」


「下品な呼びたかですよ。


貴方のような人が使う言葉じゃない」


「いいだろ?別に…暇すぎて寝れないんだ」


そう言ってソファの肘掛に腰を下ろし、私の仮面に手を伸ばした。


外そうとする手押し返すと、彼はつまらなそうな顔をした。


「私は師匠から叱られて、貴方と一緒に天井に吊るされるのは嫌ですよ。


早く一人で寝てください」


「子供の頃の話だろ?まだ根に持ってるのか?」


「忘れませんよ、リープリング。


貴方との楽しい思い出ですからね」


子供の頃から彼に振り回されてばかりいる。


それでも彼の隣にいることが何よりも誇らしかった。


ヴェルフェル侯爵家は武人の家系だ。


戦場に出る貴族にはある独特の文化があった。


戦場の恋人役(パートナー)がいる。


男色というやつだが、彼ら貴族が公然と認められた権利であり、ステータスの象徴だ。


お互いに既婚者だが、この関係は解消か破綻しない限り続く。


公認されていることなので、本妻からのお咎めは無い。


むしろ、相手のために戦場で命を捧げる誓いを立てているので尊重されるくらいだ。


それが彼と私の関係だ…


「おやすみのキスをしたら大人しく寝てくれますか?」


「とびきりのやつをお願いするよ」


「欲しがりますね、良いですよ」


パートナーの要求に快諾して、自分で仮面をずらすと唇を重ねた。


いつもより少し長い口付けに満足したのか、彼の方から身を引いた。


「私はもう寝るけど、城内探検は程々にしておけよ」


「分かってますよ、ヘイリー」


「おやすみ」と意外と素直に彼は宛てがわれた寝室に入って行った。


彼の後ろ姿を見送って、私はまた目を閉じて使い魔に視覚を繋げた。


窓からの月明かりに照らされた薄暗い城の回廊が、瞼の裏に映し出される。


勇者の部屋の場所だけでも確認しておきたい。


勇者を攫って来ようかと言ったのは結構本気だ。


私の使い魔は一頭しか扱えない代わりに、視覚、聴覚、嗅覚、触覚等を接続できる上に、影を移動してかなり遠くまで使役できる。


力の強さは月の満ち欠けに左右されるのが難点だが、使い勝手の良い使い魔だ。


ただ、不思議なのは、今日は満月で条件としては絶好調のはずなのに、勇者の気配すら感じられない。


「…仕方ないな」


捜索を打ち切り、手元に夜の徘徊者(グレンデル)を呼び戻した。


醜い悪魔のような姿をした使い魔が、影を伝って私の所に戻ってくる。


真っ黒な巨躯に小さな蝙蝠のような頭部が乗っており、(いびつ)な耳が顔の低い位置にあった。


不気味に光る、赤いギョロギョロした目は魚を思わせる。


紫色の舌が口から覗き、鋭い牙の並んだ口からだらしなくはみ出していた。


「戻れ」と命令すると私の足元の影に吸い込まれるように入って消えた。


まだ明日の夜がある…


そう自分に言い聞かせて、私はそのままソファで目を閉じた。

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