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魔王と勇者のPKO  作者: 猫絵師
始まりの物語
22/58

閑話 兎狩り2

✩.*˚


窓から射す朝日の明るさで目が覚めた。


薪を燃やす匂いとパンの匂いがする。


もう二人共起きてるんだな…


そう思って急いで服を着替えて用意するが、筋肉痛で足が上がらない。


雪山恐るべし…


夏山しか登ったことないから知らなかったけど、ルイ達がいなかったら絶対に遭難してた…


雪ばかりで景色が変わらないから方向感覚がおかしくなるし、寒さで五感も上手く働かない。


これでは先が思いやられる。


「《凪》、《嵐》、おはよう」


僕の命を預ける二振りの剣に挨拶した。


真珠色に光る双剣は、この世界の神龍の鱗で作られているらしい。


夢の中で一度だけ人の姿で現れたのを見て愛着が湧いたので時折声を掛けている。


別に何も無いけど勝手にやっている。


ただのルーティン、もしくは変人だ。


「おはよう」


「おはようございます」


「起きたか」


ベティとルイが返事を返してくれる。


ホントに一人で行けとか言われなくて良かった。


「ソーセージと玉ねぎのスープ、クルミのパン、ホットミルクを用意しました。


冷めないうちにどうぞ」


「ありがとう、ベティ」


朝から温まるメニューだ。


僕とルイが食べる間、彼女は給仕してくれていた。


「一緒に食べればいいのに」と僕が言うと、ベティは慌てて首を横に振った。


「そんな、滅相もない。


私は使用人ですので…」


彼女はそう言って線を引いた。


その断られ方はなんだか寂しいな…


一緒に食べれたらいいのに…


僕らが朝食を食べ終わると、彼女は皿を下げてキッチンの隅で一人で冷めた食事を取っていた。


作った人が冷めた食事をとるのはなんだか申し訳ないな…


「ミツル、山に入る前に少し説明することがある」


ルイがそう言ってウエストポーチみたいな袋が左右に付いたベルトを取り出した。


「お前の荷物だ。


大切なものが入っているからちゃんと中身を確認しろ」


彼は袋の中身を机に出して僕に見せた。


「まず、迷子になった時のために位置を確認するコンパスだ。


緑の針がこの小屋を指す。


万が一迷子になったらこれで戻ってこい。


携帯食料は必ず懐に入れておくこと、雑嚢の中に入れておくといざって時に凍って食べれなくなるからな。


怪我をした時の治療魔法が込められた魔法道具。


これは折ると発動する。


必要な時に使えるようにしておけ。


あとロープを二組、折りたたみのピッケルとスコップ。


雪が氷や岩場に変わった時に必要な時アイゼン…」


「こんなにいるの?」


「遭難を考えればこんなの少ないくらいだ。


お前は沢山持たせても動けなくなるだろうからこれくらいが限界だろうな。


安心しろ、私もできる限り離れないようにする。


目を離すと何をするか分からないからな…」


「兎はどうやって探すの?」


「足跡や糞、食べ物を食べた後を探す方法と巣穴を見つけて炙り出すやり方がある。


どちらも勘だな」


「随分ざっくりした説明だね」


「こればっかりは相手次第だ。


半月かかっても見つけられなかった時もあった」


うわぁ…それはキツイな…


「まあ、まだ一日目だ。


今日は天気は穏やかだし、山に入る練習になるな」


ルイはそう言いながら身支度を始めた。


いよいよ山に入るのだ。


✩.*˚


山は一面真っ白で、目が痛くなるほど白く輝いていた。


ルイは目印の色紐を木に付けながら進んで行く。


辺りを警戒しながら雪山を散策すると、皮がめくれて傷付いた木が何本もあった。


「鹿なんかが齧った後だ。


ビック・ペーデスでは無い」


ルイはそう言ってまた先に進んで行く。


頼もしい背中を追いながら、僕は彼に置いていかれないように山道を進んだ。


結局一日目はビック・ペーデスには出会えなかったので収穫ゼロだ。


「明日はもう少し上の方に行く。


岩場が多いからそこにいるかもしれない」


「OK、また明日だね」


「歩くのは少し慣れたか?」


「少ししんどいけど大丈夫」


「そうか」とルイが頷く。


「小屋に戻ったら立ち回り方を教える。


雪の上で転げ回る覚悟をしておけ」


「えぇ?今からまだ訓練?!」


「嫌そうな声を出すな、備えあれば憂いなしだ」


なんでそんなにタフなんだよ…


夕食の時間までルイにみっちりしごかれた。


ビック・ペーデスとの立ち回りの仕方や、綺麗な雪を集めて水を作る手伝いをした。


その間、ルイは結構話をしてくれた。


彼は普段は寡黙な印象だったが、自分から色々話をしてくれる彼が少し新鮮だった。


「この山小屋は誰が管理しているの?」と訊ねると彼は、少し黙った。


「元々は私の大切な人が使っていたものだ。


今は私が管理して、年に一度ここに《兎狩り》に来ている」


大切な人という言い方が引っ掛かった。


近いような遠いような微妙な距離の人…


「…その人って、もう居ないの?」


恐る恐る訊ねると、ルイは「随分昔に死んだ」とだけ答えた。


毎年ここに来るってことはそれだけ思い入れがあるということなのだろう。


今でもその人の事を思ってるってことなのだろう…


「その人は《兎狩り》が好きだったの?」


「好きだったな。


子供のように目を輝かせて兎と戦ってたよ。


素手で首の骨をへし折って倒していた。


毛皮に傷が付かないように、と言っていたが、あれは彼女にしか出来ない技だった…」


「…女の人なの?」


「…エドナ・グレという。


私に戦い方を教えてくれた女戦士だった。


ベティの育ての親でもある」


「え?そうなの?」


「エドナ様は第六王女だった。


グレ氏は豹族(パーラドゥス)の出身だから陛下からベティを預かったらしい。


彼女はベティを本当に可愛がっていた。


今の彼女がいるのはエドナ様のおかげだ」


「そう、なんだ…」


ベティも大変だったんだな…


「ここはエドナ様が現役だった時に、戦士の試験をするために用意した場所だ。


私にとって特別な場所だから大切に保管している」


「ルイもここで試験を受けたの?」


「そうだ。


十四の時にエドナ様に連れられてここに来た。


その時の方が厳しかったぞ。


お前なんか楽すぎて、エドナ様が見たら(ぬる)いとお怒りになるだろうな」


鬼教官だったのかな…


「それでも」とルイは言葉を続けた。


「今の私があるのはエドナ様のおかげだ」


そう語るルイは嬉しそうで寂しげだった。


その姿を見て何となく察した。


彼はエドナのことが好きだったんだ…


師弟としてじゃなく、一個人として彼女の事が大好きだったんだと…


話し終えた頃には夕日が山の向こうに沈む所だった。


「お喋りは終わりだ。


日が落ちると一気に寒くなるからな。


明日風邪で寝込まれても困る」


固めた雪を詰めたバケツを持ってルイが小屋に歩き始める。


僕もそれに習った。


エドナの小屋から漏れる明かりの中に、ベティの動く影が見えた。


僕はチラリとルイの顔を盗み見た。


ルイの視線は小屋の中で動くベティの姿を見つめている。


夕日のせいか、その横顔に哀愁が漂っているように見えた。


✩.*˚


二日目、三日目も兎は見つからなかった。


朝から昼過ぎまで山に入って、早めに帰る。


帰ったら小屋の雪集めや薪割り、掃除等をするといった具合だ。


何しに来たんだろう…


まあ、楽しいから良いけど…


四日目にビック・ペーデスの足跡を見つけた。


「…でかくない?」スノーボード一枚分くらいの足跡が点々と続いている。


「ビック・ペーデスは《大きな足》という意味だからな。


雪に沈まないよう幅広の足と、指の間に水かきのような膜がある。


毛が長いから大きく見えるが、実際は見た目の七割から八割くらいの姿だ」


足跡を辿ると糞も落ちてた。


うさぎらしいコロコロした糞だ。


ミカンくらいのサイズだけど…


「まだ新しそうだ。


近くに巣穴があるかもしれないな」


「巣穴って?」


「この大きさなら少し小さめの洞窟か、人が一人くぐれるくらいの穴がねぐらになってるはずだ。


突然飛び出してくるかもしれないから気を付けろ」


そう言って辺りを確認したが兎は見つからなかった。


「仕切り直しだな…


明日またこの辺りを探そう」


「まだ日が高いから大丈夫じゃないの?」


「冷たい風が吹いてきた。


荒れるかも知れないから撤退だ」


目印を木に結んで、ルイに急かされるままに帰路に着いた。


四日目の夜は嵐が吹いた。


「明日は様子を見て山に入るかどうか決める。


雪山での無理は命取りだ。


焦る気持ちもあるかも知れんが、とりあえず嵐が落ち着くまで外には出るな」


「なかなかビック・ペーデスが見つからないね。


こういうものなの?」


「見つからない時は見つからないもんだ。


しかし、思った以上に見つからないのは、強い個体がこの辺りを縄張りにして他の個体を追い出したのかもしれん。


そういう場合は危険だ」


「危険なの?」


「《外套》どころか《毛布》が居るかもしれない。


お前では倒せないと判断する程の危険な個体なら引き受けるから安心しろ」


ルイはそう言って、僕に早めに休むように促した。


四日目の夜は風の音が凄かった。


窓ガラスが窓枠ごと揺れる音がずっとしてた。


全然寝れない。気分を変えよう思って、部屋を出た。


「眠れないのか?」


部屋のドアの音で気づいたのだろう。


暖炉の前に居たルイの声がした。


「窓の音が凄いんだよ。


誰かが外から叩いてるみたいな音だから寝られない」


「そうか」


短い返事をしてルイは薪を暖炉に放り込んだ。


パッと火花が散って暖炉の火が薪を食べた。


「暖炉の赤い火に当たれば落ち着いて寝れるだろう。


気が昂ってるだけだ。


焦ると余計に寝れなくなるからな。


この際、兎のことは忘れろ」


「ルイってお父さんみたいだよね。


本当は幾つなの?」


「今年で四十三だ」


「え?!そんな歳!!


もしかしてベティも…」


「いや、ベティは十九だったかな…


正確には分からんが、多分そのくらいだ」


狼の顔だからあまり年齢気にしてなかったが、ベティのお父さんと言ってもいい年齢じゃないか!!


え?おじさんじゃん!


ということは、僕はベティにとんでもなく失礼なことをしたんじゃないか?


「何だ、何も知らずにお節介を焼いていたのか?


私はベティの義母の部下だぞ。


親子ほど離れていてもおかしくないだろう?」


「えぇ?でもベティの事好きなんでしょ?」


「大きな声出すなよ」とルイが耳を寝かせて言った。


つい大きな声を出してしまっていたみたいだ。


「幼なじみみたいな感じだと思ってたから…」


「ああ、語弊があったか?


私も幼い頃陛下に引き取られた孤児だ。


私の一族は元々この国出身ではない。


もっと西の方の国から来た。


元々住んでいた場所は人間に奪われたから、アーケイイックの森に流れ着いた一族だ」


「そりゃ、苦労したね…」


「みんなだいたいそんなもんさ…


恵まれていて、戦う理由のない者は戦士や兵士になりたいなど思わないからな」


そう言ってルイはふっと笑った。


「私はそこでエドナ様に出会い、戦士になった。


同じ城で育ったにしても同輩ではない。


一時的に一緒に暮らしてたこともあるが、それはエドナ様が亡くなられてすぐの事でまだ幼い頃の話だ」


「ややこしいなぁ…」


幼なじみカップルではなく、境遇の似た叔父姪の関係みたいなややこしさだ。


ふむ、これはくっつけたらアウトなのかな…


「悪かったな。


でもお前には関係の無いことだ、忘れろ」


そう言ってルイはまた薪を暖炉にくべた。


「とにかく面白半分で人のプライベートに踏み込まないことだ。


おかげで一時ベティと顔を合わせるのも気まずかったんだからな…」


「そりゃ、なんかすいませんでした…」


うーん、複雑…好きって難しいなぁ…


「でも好きなのは本当でしょ?」


「正直分からん。


何でも好きとか嫌いとかそんな単純な言葉で片付けられるもんじゃない。


それに、私がベティに特別な感情を持っているようならエドナ様に合わせる顔がない」


「そういうもんなの?」


「そういうもんだ…」


そう言ってルイは大きなため息を吐いた。


「時々お前みたいなお気楽な人間だったら良かったのにと思う時がある」


「僕が薄情者みたいじゃないか」


「まあ、そうとも言うな」


はは、と小さくルイが笑う。


「まあ、お前にはペトラ様がいるからな。


ベティに手を出す余裕は無いだろう?」


「嫌な言い方だなぁ…


ペトラとはまだ何も無いよ」


先日押しかけ女房された状況を思い出して冷や汗が出る。


「まあ、まだ無名と言っても差し支えないからな。


頑張って箔をつけることだ」


やり返せたのが嬉しかったのかルイが楽しそうに笑う。


「兎、()って帰るぞ」


「うん」


ルイの言葉に力強く頷く。


これだけしてもらって手ぶらでは帰れない。


付き合ってくれた二人のためにも必ず成功させたい。


僕は毛布に包まってソファで目を閉じた。


✩.*˚


ドアの閉まる音で目が覚めた。


いつの間にか朝になっていたみたいだ…


毛布を被ったまま外に出る。


凍てつく空気が毛布の中にまで入ってくる。


寒い…


昇り始めた朝日にルイの影が長く伸びていた。


「起こしてしまったか?」


「いいよ。


それより朝日がキレイだね」


夜の青が空から追いやられ、朝日が夕日のような赤を伸ばしている。


夜と朝の狭間の雲は紫色で、縁どりが銀に輝いていた。


純粋にキレイだと思う。


「男同志で見るには勿体ないだろう?」


ルイがからかう。


「ホントにね」と僕が苦笑いで返すと、ルイは昇っていく朝日に視線を戻した。


「これだけは何年経っても変わらない。


初めてここに来た時からずっと変わらない風景だ」


エドナと見た風景を思い出しているのだろうか?


「こんな寒い中何してるんですか!」


家から飛び出してきたベティがこちらに向かって駆け寄ってくる。


身支度を済ませていたが髪だけが解けている。


駆け寄ってくる彼女の姿を見て、ルイが小声で「エドナ」と呟いた気がした。


「寒いのにそんな格好で風邪を引きますよ!


それにこんなに無防備な格好で外に出て獣に襲われたらどうするんですか?!」


ベティは僕の腕を掴んでグイグイと小屋に引っ張っていく。


「ミツル様は今日も《兎狩り》に行くんでしょう?


早く顔を洗って、着替えて、朝食を取らないと」


まるで小学校に行く子供の世話をするお母さんだ。


僕がそう思って笑うと「何ですか?」とベティが首を傾げる。


「朝ごはん何かなって」


「大麦のパンとじゃがいものポタージュとベーコンエッグですよ」


当たり前のようにサラサラと答える。


「今日はビック・ペーデス捕まられると良いですね」


ベティがそう言って笑った。


「早く捕まえないと心配したペトラ様が押しかけて来ちゃいますよ」


「うわぁ…それは困る」


意外と行動力あるからな、ペトラ…


双子の弟のイールが必死に止めてるんだろうな…


「早く終わらせないとなぁ…」


僕がつぶやくと、ベティが「そうですよ」と笑った。


五日目の朝が始まる。


✩.*˚


朝食をとった後、装備を整えて雪山に入った。


昨日の夜とは打って変わって風も穏やかだ。


昨日の目印を付けた場所に戻ると足跡は消えていた。


「昨日の風で足跡が埋もれてしまったな…」


「どうするの?」


「この辺りが縄張りなのは間違いない。


辺りを警戒しながら探そう。


何か見つけたらまず止まって手を挙げて合図しろ。


ここからは無駄なおしゃべりはナシだ」


「了解」


短く返事をして、僕らは無言になる。


ルイが先を行き、僕がそれに習って進む。


奇妙な時間が流れる。


鼻の感覚がなくなってきた頃、前を歩いていたルイが小さく手を挙げた。


ルイが合図した先の背の低い木陰に二人で身を潜めた。


ルイの指さした先に白熊が居た。


僕が指をクロスさせて「違うだろ」と伝えると彼は首を振った。


「あれがビック・ペーデスだ」


「!!」


思わず声を出しそうになった。


なんせ遠目から見ても分かるデカさだ。


兎なわけが…


目を凝らしてもう一度確認すると、白い獣が後ろ足で立ち上がって辺りを見回した。


長い耳が左右前後を向いて辺りを確認している。


黒い大粒の目が広い視野で辺りを警戒していた。


「…う、兎だ…」


サイズはあれだか見た目は兎だ。


兎にしては頭部が少し小さく、手足もクマのようにどっしりしている。


前足に長い鉤爪が二本伸びていて、三本目以降は短い。


「まずいな…ミツルには荷が重いな」


ルイが小さく呟く。


彼も想定してたより大きかったらしい。


下がろうとルイが合図した時だった。


「バオォ!」


兎が鳴いた。


そんな声なんかい!


大きめの管楽器のような低く響く声。


「バオォ!」


「ブォォ!」


森の奥からもう一頭が飛び出し、雪を砂煙のように上げながら吠えるビック・ペーデスに突進して行った。


ぶつかり合った巨体が雪原を転がる。


ビック・ペーデス同士での争いが始まった。


後から現れた兎の方が一回り大きい。


二頭が立ち上がって大声で威嚇を繰り返している。


大きい方のビック・ペーデスが前足を振り上げた。


鋭い爪の一撃が空を裂いた。


「ブファ!グシュ、グフッ、フッ、フゥ」


悲鳴を上げながら小さい方が後退る。


額の皮がめくれて肉と骨が見えていた。


鮮血が溢れて雪に滴り落ちる。


「ブォォオォ!」


一際大きな声で威嚇され、敗者は逃げ出した。


よろけながら逃げる敵を追わずに、勝者は僕達に向かって振り返った。


バレたか?


思わず視線をルイに向ける。


ルイは静かにしろと合図だけ返した。


僕達に向かってきたと思ったビック・ペーデスは雪の上で足を止めた。


長い鉤爪のある手で何かを雪から引っ張り出すと何かを食べ始めた。


どうやらただの餌の取り合いだったみたいだ。


「…ミツル、どうする?」


ルイが小声で僕に確認する。


「このでかいのを仕留めるなら私が先に出て囮になる。


もちろん別のやつを探すでもいい。


こいつとの戦いを避けたところで誰も文句なんか言わないからな」


ルイの提案に僕はすぐに返事が出来なかった。


早く済ませて帰りたいけど、倒せる自信はない。


でもここで逃がしたら、また次にいつ見つけることが出来るか分からないし、何より結局同じ個体に出会(でくわ)してまた振り出しという事になるかもしれない…


あぁ、もう、それなら一か八かやってみっか!


僕の答えは決まった。


腹を据えて「行く」と答える。


僕は右の腰に帯びた剣に触れた。


《嵐》の感触を確かめ、すぐに抜けるよう柄に手をかける。


僕の戦う意思に応じて《嵐》は鋭さを増す。


やる気出せば出すほど威力が上がるチート剣だが、その逆になればただの剣と変わらない。


「教えた通りにやるだけだ。


私が奴の右側に回って意識を持っていくから、お前は左側から一気に攻めろ。


奴のお前への反応は遅れるから、迷わず一気に左脇の下を剣で貫け。


心配ない、グランス様から頂いたその剣なら必ず出来る」


ルイの檄に僕も強く頷いて見せる。


ルイが足元の雪を固めてビック・ペーデスの近くに放り投げた。


雪玉が雪を溜め込んだ枝に当たり、大量の雪が枝から落ちた。


雪の落ちる音に驚いて立ち上がるビック・ペーデスにルイが雪玉を投げながら前進する。


ルイの姿を見つけてビッグ・ペーデスが動いた。


あの巨体で雪から三メートル近く飛び上がって前足から飛び込む形でルイに襲いかかる。


それでもルイは慣れたもので十分余裕を持って回避した。


雪から埋まった前足を引き抜いて、ビック・ペーデスがさらにルイに迫る。


無防備なビック・ペーデスの脇腹が僕の前に晒された。


完全に僕に気付いていない。


僕は木陰から飛び出して、身体を大きく見せるためにルイに向かって万歳のポーズをとるビック・ペーデス目掛けて走った。


無防備な脇腹に剣を突き立てる。


「ギャッ!」


悲鳴を上げて獣が飛び上がった。


骨に当たったのかあまり深く刺さらなかった。


僕の覚悟も足りてなかったらしい。


「バオォ!」


尻もちを着いたビック・ペーデスに弾かれて、雪を転がった。


「ミツル!爪に注意しろ!」


ルイの怒鳴り声とビック・ペーデスの怒り狂った咆哮が重なった。


振り下ろされる長い鉤爪。


警告するように、ガタガタ、と音を立てて《嵐》が震えた。


顔を上げた僕の眼前にビック・ペーデスの太い腕が迫っていた。


慌てて剣を突き立て、振り下ろされるビック・ペーデスの手の平を串刺しにした。


「バオ!ブフォフォ!」


慌てて手を引っこめるビック・ペーデスだったが、雪の上に赤い染みが広がり、自慢の鉤爪の付いた指が一本転がった。


「ぐぅ!あっぶねぇ!」


のたうち回る巨体に潰されそうになりながら何とか距離を置こうと離れる。


剣を持つ手がガクガク震えた。


嫌な汗が止まらない。


一歩間違えば死ぬかもしれないと思うと恐怖で吐きそうだ…


巨大な鉤爪が僕の逃げた後を追ってくる。


避けることが出来ずに、僕は《ラリー》を発動させた。


ガキンッ、と金属がぶつかる様な音で爪と剣がぶつかり合い、反発し合う磁石のように両者が弾かれる。


執拗に攻撃を繰り出すビック・ペーデスの爪と切り結んで心臓の位置を確認した。


さっきよりずっと上だ。


腕を振り上げる隙を伺って《ラリー》を解除して懐に飛び込んだ。


やってやるよ!


僕の心の声に呼応して、《嵐》は白刃に雷光を纏って鋭さを増した。


突き出した剣はビック・ペーデスの身体に吸い込まれるようにすんなりと入っていった。


まるで刀身を鞘に収めるみたいに抵抗なく刃は分厚い肉に埋もれた。


ビックペーデスは唸り声を上げながら力を失って前のめりに倒れ込んだ。


熊ほどもある巨体の全体重に潰されそうになる。


抗おうにも体制も悪ければ、足場も悪い。


そのまま転倒してビック・ペーデスの下敷きになった。


剣を握ってた右腕に激痛が走った。


腕がめちゃくちゃ痛い…


兎重い…苦しい…死ぬ…


「ミツル!」


ルイの声が小さく聞こえる。


ザクザクと雪を掘る音が近付いてくる。


早くして…息が出来ない…


肩と襟首にルイの手が届いた。


「引っ張り出すぞ!


痛いだろうが我慢しろ!」


力技で、ルイに雪とビック・ペーデスの隙間から引きずり出される。


「いっっったァァ!!」


激痛。


右腕が折れてるみたい。


血の気が引くし、吐き気までしてきた…


「良かった生きてるな」


ルイがほっとした様子で安心しているが、僕はそれどころじゃない。


「良くない!右手が折れた!」


「それだけか?」


「何だよ!それだけって!大問題だろ!」


腕が折れてプランプランしてるのに良いわけあるか!


怖くて直視出来んわ!


「お前の勝ちだ」


ルイの浮かれた声にハッとする。


僕のすぐ傍らには動かなくなったビック・ペーデスの姿があった。


呆然とする僕にルイが拳の甲を差し出して「やったな」と褒めてくれた。


僕も動かせる方の手の甲を差し出してお互いに打ち合った。


ルイが教えてくれた、命を預け合う戦士の挨拶だ。


「ベティ喜ぶかな?」


「喜ぶさ。


私が彼女に叱られるだけさ」


そう言ってルイがおどけたように渋い顔をした。


「応急処置をしよう。


済んだらコイツを隠して一旦小屋に帰るぞ」


彼はそう言って雑嚢から回復魔法の込められた魔法道具を取り出した。


「腕を真っ直ぐにして、添え木してから使うからな。


無茶苦茶痛いが我慢しろよ」


「え?ちょっ!」


ルイは僕が何か言う前に、おかしな方向に曲がった腕を掴んで本来の形に伸ばした。


殺す気か!と言うほどの激痛に身体が痙攣する。


危うく舌を噛むところだった。


応急処置をされた後もしばらく震えが止まらなかった。


「今度から同じような状況になったら剣は手放せよ。


無理して離さないと剣が折れるか、お前の腕が折れるかの二択だぞ」


痛すぎる教訓だ…覚えておこう。


「さぁ、戻るか。


ベティへのお土産だ、持って帰れ」


ルイが僕に向かって何かを投げた。


足元にドサッと落ちて雪に転がったのは、僕が切り落としたビック・ペーデスの指だ。


指を見て、よく勝てたなと驚く。


二十センチ程の鋭く尖った爪の付いた指はナイフのようだ。


「今頃何ビビってんだ」


ルイはそう言って僕をからかう。


「俺の方も死ぬんじゃないかと吐きそうなくらい心配した」


ルイがそう言って僕の頭に手を置いて乱暴に撫でた。


力強い大きな手から父親のような不器用な愛情を感じる。


初めて自転車に乗れた日。


『よく頑張ったな』と父に褒められた時の事を思い出した。


自衛官の父親が海外支援に行く数日前の事だった。


急に自転車を買ってきて、『乗れ』と言った。


幼い僕は泣きながら練習したのを覚えてる。


鬼のように怖かった父が、泣きながらボロボロになって、やっと自転車に乗れるようになった僕を抱きしめて撫でてくれた。


それからすぐに父は破壊された瓦礫の街に向かった。


もしかしたらもう二度と会えない覚悟をして行ったのかもしれない。


不意に思い出した父とルイが重なった。


僕はあの日言えなかった言葉をルイに言った。


「付き合ってくれてありがとう」


その言葉に、ルイはふっと優しく笑って、「お前が頑張ったんだ」と答えた。


そう父が僕に言った気がした。

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