マリー
「お父様がここに来たということは…お兄様を阻止できなかったということかしら?」
自分と同じ骸骨の姿をした不死者がわざわざ謹慎中の塔を訪ねた。
彼の訪問理由を知っているので彼女は全く動じない。
少女の姿をした不死者は、長い金髪を揺らしながらいたずらっぽく笑っている。
「やはりお前は未来を見ていたんだな」苛立たしげにアンバーが口を開いた。
その言葉にマリーは「えぇ、一応ね」と答えた。
「私がつまらないお芝居までしてあげたのに、イール兄様には効果がなかったようね?
勇者は無事かしら?」
「危うく殺されかけた。
ベティも大怪我を負わされた」
「ふぅん…随分暴れたのね…」他人事のようにそう呟いて少女は蛇を撫でている。
「以前にもお伝えしたように、私の不完全な《予知》は呪いなのよ。私に制御出来ないものなの…」
「知っているとも…
ただ、一言知らせてくれても良かったんじゃないか?」
イライラした口調で詰め寄るアンバーを前にしても彼女の態度は変わらない。小さな不死者はソファに座って、頬杖をつきながら拗ねたように答えた。
「しばらくお父様にお会い出来てなかったんですもの。
騒ぎを起こして、部屋の出入りを制限させればそれで大丈夫と思ったのよ。
第一、お父様はペトラ姉様に秘密にできないでしょう?
だから黙ってたのよ」
なるほどとアンバーが理解する。
マリーは過去に何かの呪術の犠牲になった。
その際に《予知》の能力と引き換えに不死者になった。
自分で好んで未来を見ようとはしないが、身の回りの災難などに時々反応して予知を見ることがあった。
「ステファノの事は全く見えてなかったわ。
これは本当よ。
だって彼と私の接点は少ないんだもの。
だから、イール兄様が怒ってる理由も、人間が嫌いだから程度にしか思ってなかったのよ…」
「なるほど、お前の言い分は分かった…」
はあ、と疲れたようにため息を吐いて、アンバーも部屋のソファに座った。
先程より幾分か落ち着いた様子だ。
「ところで、他には隠し事は無いんだな?」
「…なんですの?藪から棒に…
この可愛い娘が隠し事してるように思ってるの?」
「正直な話。
君はいつも全部は話さないだろう?
だからまだ何か知ってるのではと勘ぐりたくなるんだ…」
「酷いわお父様!」芝居がかった言葉と仰け反る動作にアンバーはさらに疑惑を深める。
まだ何か知ってるに違いない。
「そうね、あとは人間の動向に気を付けてとしか言えないわね」
「何を見たんだ?」
「強いて言うなら…間違ってるかもだけど、《英雄》かしら?」
「何だと?!」
「マリーに真実は分からない、でも見たことについて嘘も吐かないわ」
と、彼女は悪びれずに答えた。
「銀の鷹の鎧と魔力を帯びた剣を持った若い騎士のようだったわ。
魔法使いと女僧侶が居た。
地図を広げて話をしてたわ」
「何でそういう事をもっと早く言わないんだ!」
「怒らないでよ、言う暇なんてなかったのよ。
可哀想な私は塔の上に幽閉されているんだから」
悪びれずにマリーが答える。
確かにマリーに付いてる従者は居ない。
変身する蛇のカッパー君だけが彼女の唯一の従者だ。
アンバーは片手で目元を覆ってため息を吐いた。
まあ、その情報を得ただけでも良しとしなければならない。
しかしまぁ、次から次へと…
頭の痛くなるネタが降って湧いてくる。
「族長級会合だってあるのだぞ…」
「カストラ兄様に代わってもらうと良いわ。
良くも悪くもあの方はこだわりがない方ですもの」
第二王子の名前を挙げ、彼女は他人事のように仮面の下でクスクス笑う。
「お父様と一緒に居ると飽きないわね」
「私は平和を愛している善良な王だぞ。
なのに何でこう次から次に…」
「平和を愛する者に平和が寄ってくるわけがないのよ。
平和と争いは表裏一体。
人間として生きてきたお父様が一番よく分かっているでしょう?」
「嫌なことを…」
「それはそうと、私はいつまでこんな湿気た塔に幽閉されないと行けないのかしら?
頭の中までカビが生えてしまうわ」
「お前をここに入れておく理由が無くなった。
すぐにでも出ていくがいい」
「やったぁ!ありがとうお父様!」
嬉しそうにソファから飛び上がるマリー。
彼女は何を考えているのかよく分からない。
嬉しそうにクルクル回りながら部屋のドアに向かう。
後ろからシュウシュウと鳴きながらカッパー君がついて行く。
子供のような愛らしい動作をしていたと思ったら、急に老婆のような洞察力を見せる彼女が時々怖い。
彼女にはアンバーとは違う世界が見えているのだろう。
アンバーもソファから立ち、先を行くマリーの後について塔を降りた。
硬い石造りの階段をゆっくり降りると、階下に人影が動いた。
ペトラだ。
彼女は先に降りたマリーの両腕を掴んで引き止めた。
「マリー!貴方知っていたんでしょう?!
また知ってて黙っていたのね!裏切り者!」
「ペトラ姉様、落ち着いて話しましょう?」
揺さぶられながらもマリーは少しも怯まない。
相変わらず幼い声で落ち着いた様子を崩さない。
「聡明なペトラ姉様の行動とは思えないわね。
次期女王候補ならその行動は慎むべきですわ」
「話をそらさないで!
イールが大変なことになってるのは貴方のせいでしょう!」
「私のせい?おかしなお姉様。
私がイール兄様を唆した訳でも、人間を操った訳でもなくてよ。
あくまでお兄様の行動はお兄様の責任じゃなくて?」
マリーの言い分にペトラは何も言い返せない。
「分かったら、手を放して下さらない?
服に皺がついてしまうわ」
余裕綽々の態度のマリーの前に、ペトラは膝から崩れ落ちた。
「姉様が話す相手は私じゃなくてお父様でしょう?
幸いなことに、お父様はここにいるからあとはお二人でどうぞ」
黒い皮の手袋を履いた手の平をヒラヒラ振ってマリーはアンバーとはペトラを残し、さっさと出ていってしまった。
「ペトラ、大丈夫か…」
アンバーがペトラに手を差し伸べたが、彼女はその場に蹲ったまま、すすり泣いている。
「陛下…お願いです」
ペトラがしゃくりあげながら懇願した。
「イールを…私から弟を奪わないでください…
あの子まで失うなんて…耐えられない…」
「お前の言いたいことは分かるが、それはできない相談だ。
イールは許されないことをした。
ミツルとベティの命を奪うところだったのだぞ?
結果的に二人とも何とか一命は取り留めたが、死んでないことが奇跡だ。
ペトラ、お前は同じことが弟の身に起きても同じことが言えるのか?」
「…それは」
「イールには償ってもらう。
それはイールのためであり、お前のためであり、しいてはこの国のためだ」
「イールは王子の地位を剥奪されたと聞きました…
これ以上どんな罰があるというのですか?」
「それはまた決まっていない。
少なくとも軽い罰では済まされないが、本人に反省の色がなければ追放も有りうる」
「そんなっ!」
ペトラがショックで悲鳴をあげた。
生まれてからずっと一緒に過ごしてきた双子の兄弟だ。
住むところも両親を失って、アンバーに助けられてからもずっと二人で支え合って生きてきた。
彼女にとって身を削られる思いだったろう。
「…そんな事…そんな事、私がさせません…」
「私だってしたくない決断だ…」
「陛下が!陛下が人間の勇者なんか呼び出さなければこんな事にはならなかったんです!!
もしイールに何かあったら!陛下のこと絶対に許しませんから!」
泣きながらアンバーを睨みつけ、ペトラは足早に去って行った。
無いはずの心臓が締め付けられるような不快感に襲われ、アンバーはその場にあぐらをかいて座り込んだ。
「…私だって…」
息子を失う事を思うとやり切れない。
彼もまたイールを本当の息子のように思っていた。
魔王と呼ばれる最強の存在でも傷付くのだ...
彼はしばらく動けずに、ペトラが走り去った方向を見つめてため息を漏らした。
✩.*˚
「また来てあげたわよ」
聞いたことのあるような女の子の声がした。
僕がベッドから少し体を起こすと、綴織から出てきた少女は、顔が隠れるほど大きなバスケットを持って立っていた。
「…マリー…?」
見覚えのある白い仮面がバスケットの後ろから除く。
長い縦ロールの金髪とロリっぽいドレス。
間違いなく彼女だ。
「お土産持ってきたわよ」
「まさかそのバスケットの中にギッチリ蛇入れてないよね?」
「あはっ!何?まだ根に持ってるの?ちっさい男ねー!」
面白そうに笑いながら僕のベッドに駆け寄ってくる。
どういう仕組みか分からないが、仮面は彼女の笑い声に反応してニヤリと動いた。
「あーら、手痛くやられたのね。
首大丈夫?」
首の包帯を見て自分の首を締めるようなジェスチャーをした。
笑顔だった仮面が泣き顔に変わる。
お見舞いと呼ぶにはどうにも悪趣味だ...
「まあ、そんなことより迷惑かけちゃったお詫びよ。
仲良くしましょう?」
そう言って彼女は机にバスケットの中身を並べはじめた。
蛇じゃなくて果物と果実酒みたいだ。
ちゃんとお見舞いだった。何だか毒気を抜かれてしまった。
「…ありがとう」
「ちゃんとお礼が言えて偉いわねー」
そう言って僕の頭を撫でるマリー。
そういえばこの子、お婆ちゃんって言ってもいいくらいの歳なんだよな…
「魔族にもちゃんとお礼が言えるいい子には飴もあげるわ」と言って、彼女はポケットから缶を取り出すと、虹色に光る飴を出して僕に握らせた。
大阪のおばちゃんみたい…
「キレイな飴だね」
ダイヤモンドのようにキラキラ光る飴を手の平で転がしていると、マリーが自慢げに語り出す。
「キレイなだけじゃないわよ。
魔力を帯びた花の蜜を蜜蜂に集めさせて、色んな薬草を混ぜて作った特注品よ。
舐めたら傷の治りが早くなるわ。
ボロボロで可哀想な勇者にあげる」
「じゃあ有難く頂戴するけど…なんか勿体ないな」
「そんなこと言ってないでさっさと食べなさいよ。
本来の使い方で使われない方が勿体ないでしょ!」
それもそうかと思って、思い切って口に入れた。
ラムネの様なシュワシュワが口に広がる。
刺激があってから、爽やかなミントの香りと柑橘系の味に蜂蜜の風味が遅れて来る。
「この飴美味しい!」
「バカ!おやつじゃ無いのよ!」
仮面の目が吊り上がる。本当に表情豊かなお面だな…
こんな炭酸っぽいお菓子しばらく食べてないので新鮮に感じる。
もう一個くらい欲しいな…
「訓練中の兵士や栄養不足の難民に配るための物よ。
嗜好品じゃないわ、医療物資よ」
「すごいね、これなら治療も楽だね」
「人によっては吐き出してしまうけどね。
あくまで薬だから食べすぎると体が暴走したり、奇形になるからオススメしないわ。
あと妊婦や子供にも安易に勧められないわ」
「用量用法を守らないと危険ってことか…」
この世界の回復薬はいくらでも使って良いってもんじゃないんだ…
覚えておこう。
「ところでマリーはどうやって入ってきたの?」
「ベティがイール兄様のせいで療養中でしょう?
先にベティの所に行って、この飴と引き換えに彼女から許可もらったの」
そう言って手の平を見せる。
黒い皮の手袋に何やら呪文が青白い光に包まれて浮かび上がる。
「ベティが良くなるまで私が来てあげるわ」
「えっ?!」
「何よ…不満?」
明らかにマリーの声が不機嫌になる。
「いや…だってファーストコンタクトが…」と口ごもった。
マリーも思うところがあったようだ。
「あぁ...あれは悪かったわよ。
でも警告くらいにはなったでしょ?
現にお父様は入室制限かけて他の兄弟たちも入れなくなったんだから」
「え?どういうこと??」
「アホね。
好き好んで勇者に会いに来る奴はいないけど、隙あれば勇者を殺そうとする奴は居るってことよ。
お父様はしっかりしてるようでガバガバなんだから」
最後のアンバーの悪口だよね…
「じゃあ…マリーはわざと騒ぎを起こしたの?
アンバーに叱られるのに?」
「やっと分かったの?平和ボケしてるおバカさん。
下手にイール兄様を刺激しないように、せっかく道化師を演じたのに無駄になっちゃったわ」
やれやれと頭を振ってマリーが肩をすくませる。
「私もイール兄様の人間センサーに引っかかるのよね。
ペトラ姉様はそんなことないのだけれど…」
マリーは困り顔で「うーん」と考えるフリをする。
何だか憎めないキャラクターだ。
どうやら知らないところで助けてくれようとしていたらしい。
マリーは本当は悪い子でも無さそうだ。
「だいたい、私があんな中途半端なイタズラで済ますと思ってるの?」
「やだ、何それ、怖っ!!」
「うふふ、今度の機会があったら楽しみにしててね勇者…」
怖い事を言いながら笑うマリー。
彼女の仮面の口元が微笑んだ。
「いつまでも勇者って呼んでたら違和感でムズムズするわ。
貴方勇者らしくないし、私もミツルって呼ぶことにするわ」
「いいよ、それで」
僕が頷くとマリーの仮面がまた笑う。
なんか昔のCGアニメでこんな感じのキャラいたな…
「ところでミツルにお願いがあるのよ」とマリーが話を切り出した。
「イール兄様を阻止できなかった事は本当に悪かったと思ってるわ。
だけどね、こんなこと言うのも変な話だけど、イール兄様にチャンスをあげて欲しいの」
「…チャンス?」
「仲直りしてくれない?イール兄様と…」
「…え?」僕の思考が一瞬フリーズする。
何を言ってるんだと思うが、マリーは話を続けた。
「このままだとイール兄様は追放されるわ。
イール兄様から謝るなんて絶対にありえないもの...
彼が追放されれば次期女王のペトラ姉様の地位も危うくなるし、何よりもお父様の立場もかなり悪くなる。
国が傾く可能性があるのよ」
「でも、彼が素直に仲直りするとは思えないけど…」
「そこは貴方が大人になってあげてよ。
イール兄様はいつまでも子供みたいなところが抜けないから本当に困ってるのよね…」
マリーがまた困ったように頭を抑えてため息を吐く。
「あの、お頭が子供のエルフに比べれば、頭だけ狼の弟の方が王様に向いてるわ…」
「マリーは王様候補じゃないの?」
確か彼女も王女だ。
アンバーと同じ不死者だし、その可能性も十分ありそうだが…
「この国は一応連邦制でね…
ちゃんと議会に承認されないと王にはなれないし、いくつか面倒なルールがあるのよ。
直接の血縁関係にある御子に王位継承権は与えない。
続けて同じ種族の王は出さない。
王位継承権は、複数の部族から迎え入れた王の養子の中から選出すること…」
「何で自分の子供を王様にしたらいけないの?」
「偉大な王様の子供は、必ずしも偉大な王にはならないってことよ」
マリーが冷ややかにそう言って、さらに僕の考えそうなことを解説した。
「同じ種族からというのも似たような理由よ。
この国はものすごく多くの種族で構成されているから、パワーバランスというものを非常に重視するの。
同じ一族からずっと王様が出続けたらその種族を優遇することになるでしょう?
公正さを期すため、先王と議会で相談の上決められる。
今現時点で、ペトラ姉様が次期女王として王と議会から選ばれているの」
「…えぇ…面倒くさい…」眠くなってくる。
「バカね、国の運営なんて面倒の塊よ」
ご尤もです…
「そんなわけで、お父様と同じ不死者である私は元々王位継承権はないの。
でも王位継承権は無いけれど、王の近くで補佐する事はあるし、名代で、王の名を使って仕事もすることが出来るわ。
権限自体はそれなりに持ってるのよ」
「偉い人なんだ」
「当然!」エッヘンと胸を逸らしてマリーがふんぞり返っている。
「まあ、だいたい分かったけど、僕とイールが仲直りするのとどう関係してるのさ…」
そこがどうにも分からない。
「まぁ、直接的ではないけど…」
また仮面が困り顔になる。
「一番分かりやすく言うと、お父様と議会がペトラ姉様を女王にする条件として、補佐役にイール兄様を付けることを条件にしたのよ。
それがイール兄様の追放で前提が覆れば王選をし直す必要が出てくるわ」
「イールって子供みたいなんでしょ?
あんな瞬間湯沸かし器みたいな奴が王様の補佐できるの?」
「いつもああって訳じゃないわよ。
ペトラ姉様の事を一番に考えてるし、彼だって長生きしてる分知識も知恵も持ち合わせてるわ。
人間嫌いなのはほとんどの種族や部族がそうだもの。珍しくないことよ。
問題は感情的になりやすいのも事実だから単独での王様には向いてない。
事実上の双子での共同統治ね」
「もう、難しい話で眠くなってきたんですが…」
「この根性無し、あとちょっと頑張りなさいよ」
どうにも口が悪いが、子供のような姿が一役買って、彼女の印象が悪い方に傾くことはなかった。
「とにかく、今回のステファノの件は想定外よ。
イール兄様の大親友だったんだもの、無理もないわ…」
「そういえば、イールも言ってたけど、そのステファノって誰なの?」
まだアンバーからも聞いてない。
マリーは少し迷う素振りを見せたがすぐに口を開いた。
「ステファノはウィオラ姉様の夫よ。
昔のこのお城に出仕してたエルフで、土の精霊に《愛された》エルフだったわ。
その頃はまだ不便だったから、堤を作ったり、道路を整地したりする土木事業の責任者に抜擢されたの」
「そういうこともやってるんだね」
「どこの国でも土木事業は大事よ。
流通を充実させるには歩道や運搬用の道の舗装が必要だし、農地や牧草地では水害は困るけれど水源を確保する必要があるわ。
国の根っこになる部分を疎かにすれば国は良くならないわ」
「それはアンバーの指針なの?」
「ええ、そうね。
意見を入れて貰うまで大変だったみたいだけど、必要不可欠な事だと納得してもらうまで話し続けたわ。
魔王の国なのに、荒廃してないし、モンスターも少ないとか思ったでしょう?」
「まあ、確かに…」
「安定した収入さえあれば、鬼人族も小鬼族も人を襲う必要は無いわ。
お父様が求めるのはどの部族も飢えることなく、争うことの無い国よ。
理想が高すぎて夢物語みたいでしょう?」
「そうだね」と僕は笑った。
そうなると良いなと思う。
やっぱりアンバーはスゴい…
「…話が逸れたわね。
まあ、取り敢えず、そんな感じでステファノはお父様のために働いてくれたわ。
イール兄様やカストラ兄様も土木事業の勉強として一緒に結構長い間過ごしたわ。
本当に仲良かったのよ…」
残念そうにマリーは俯いた。
「可哀想なウィオラ姉様…
もうすぐ子供が生まれるって時に…」
「…それは…」
咄嗟に言葉を探したが、僕の中にそれは無かった。
重い沈黙の後にマリーがフォローするように言った。
「ミツル、あんたのせいじゃない…
皆そんな事百も承知よ。
だけど、頭では分かっていても、私たちにも感情があるの…」
「…うん」
「イール兄様は馬鹿よ、感情で動く大馬鹿よ。
でもあの方は良くも悪くも性質が純粋なのよ」と彼女は血の繋がらない兄を評した。
「悪い人ではないわ」と言うマリーは残念そうに見えた。
「とにかく、僕が彼と仲直りしないと皆困るって事?」
「ものすごく簡単に言うとそういう事」
まあ、難しいことは分からないが、イールにはイールの言い分があったらしい。
ただ、頭に血が上って突してしまったと…
罪のない人が死んでいる。
しかも子供が産まれる前に殺されるとか、全くもって申し訳ない…
産まれてくる子供と奥さんの事を思うと申し訳なさすぎる…
「…分かったよ」
仕方ない…
相手は頑固ジジイらしいので、ここは頭の柔らかい若者である僕が大人になるとしよう。
「イールと仲直りするよ」
「嘘でしょ!」僕の答えが想定外だったようでマリーが驚愕の声を上げる。
一瞬耳がキーンとなるほどの大声だ。
「あんたの本気で言ってるの?!
殺されかけたのよ!」
「…仲直りして欲しいんでしょ?」
「そうよ!そう言ったわ!
でもそんな簡単に了承できることじゃないわよ!
もう忘れたの?!馬鹿なの?!」
マリーが僕に詰め寄る。
自分で言い出したくせに、馬鹿呼ばわりは無いだろう。
僕は少しムッとしたが怒っても仕方ない。
それに僕が本当にしたいのはそこじゃない。
「ねえ、マリー」
「何よ…やっぱりやめたとか言って私を振り回さないでよ」
「そんな事言わないよ。
イールと仲直りしたら、ウィオラにも会えないかな?」
「はぁ?!何言って…」
「人間のしたことを謝りたいんだ」
僕がそう言うと、さっきまで表情を写していたお面が急に真っ白なのっぺらぼうになった。
「うわ!脅かさないでよ!」
僕が驚いていると、マリーの仮面に表情が戻った。
困ってるように眉根を寄せ、口がへの字に曲がっている。
なんとも言えない表情だ。
「…ミツル、それ本気で言ってるの?」
「できることなら…」と僕が言うとマリーは「そう」とだ言って少し考え込んだ。
「それは私では返事出来ないから、お父様に伝えておくわ」
「うん、よろしく頼むよ」
「変な勇者」と呟いてマリーの仮面は少し笑ったようだった。
「さて、長居しちゃったわね。
休まないと良くならないから少し寝た方がいいわ。
カッパー君はあなたの事が気に入ったみたいだから置いていくわね」
「えっ!それは困る!」
「枕元で気持ちよさそうに寝てるわ」
僕が恐る恐る視線を落とすと黒い大きな蛇がとぐろを巻いて枕のすぐ脇で寝ている。
「うわぁぁ!いつの間にぃ!」
「彼静かで大人しいい良い子よ。
ベティの代わりに少しだけ添い寝してもらいなさい。
また迎えに来るわ」
「ベティに添い寝してもらったことなんてないんだけど…」
「そうなの?残念ね」うふふ、と笑って、軽い足取りでマリーが部屋を出ていこうとする。
出入口の綴織の前で立ち止まってマリーは燕のように身軽に体を反転させた。
「ありがとう、ミツル」
そう言い残して、彼女は僕に返事する間も与えずに部屋を後にした。
「本当に置いていったよ…」
部屋に増えた同居人に話しかけたが、カッパーくんは無反応だ。
できるだけ視界に入らないようにしながらベッドに横になる。
「どうせなら猫でも置いていってくれればいいのに…」
長毛のふわふわの猫でもいいけど、やっぱり和猫の方が落ち着くな…
アンバーに頼んだら1匹くらい用意してくれないかな…
そんなことを思いながら目を閉じる。
まぶたの裏に浮かんだルーの姿を思い出しながら僕はゆるゆると眠りに落ちていった。




