マリアナ沖海戦 海牛達の邂逅
二水戦を先頭に一戦隊、二戦隊、五戦隊、と続く。その横には三水戦を先頭に六戦隊、七戦隊、八戦隊と続く2本の単縦陣がアメリカ軍上陸部隊を目掛け24ノットの速力で驀進している。
先ほどから数回空襲を受け、高波・荻風・黒潮・伊勢が脱落した。扶桑と日向は黒煙を上げていたが鎮火したようだ。上空には直衛機がいるが数で押され万全ではない。それでも有り難い。
「九戦隊から発射管を取り上げるのが早かったな」
「さすがにもう一回発射機会が訪れるとは思わないでしょう。それに不安すぎます」
「確かにな」
大和昼戦艦橋では、分遣隊司令長官伊藤整一中将と分遣隊参謀長森下信衛少将が話している。
「陸奥が居ないのは痛いですな」
「仕方有るまい。最強級の低気圧で流されて座礁するとは運が無い」
陸奥はミッドウェー海戦後、呉で大型低気圧に遭遇。係留索が切れ錨も効かないほどの風で流されて大淀を巻き込み座礁した。陸奥は弾火薬庫に浸水するなど艦底部の損傷が大きく、浮揚して修理をするのかそのまま解体するのか意見が分かれている。大淀は構想と現実の乖離で用途が限られたために、呉で最新機材の操作を習得のための練習艦代わりにされていた。海上護衛戦隊への転籍をする直前の出来事だった。
「サイパン島司令部からです」
「これは、逃げているのか」
「そうですね。上陸船団の進路が90度ですか」
「ハワイかな。3000海里有るぞ」
「10ノットも出ていないなら追いつけます。問題はありますが」
「その問題が大きい。戦艦が何隻だったかな」
「15隻です」
「7隻で15隻を相手にするのか」
「最新型は3隻です」
「駆逐艦と巡洋艦も多い」
「駆逐艦が推定32隻と巡洋艦が推定18隻ですか」
「たまらんな」
たまらない相手の艦名を書き出した用紙を見る。戦艦だけだ。
ネバダ、オクラホマ、ペンシルバニア、アリゾナ
ニューメキシコ、ミシシッピ、アリゾナ、テネシー、カリフォルニア
コロラド、メリーランド、ウェストバージニア
サウスダコタ、ノースカロライナ、ワシントン
「下の3隻を除くと懐かしい名前ばかりだな」
「散々、教え込まされました」
「最悪振り切れるが、サイパン砲撃などという事態は拙い」
「撃破するしかないでしょう」
「先は長いな」
中部太平洋の日が暮れようとしている。もう航空支援は望めない。空襲も無いが。
「夜戦。特に乱戦になれば歴戦の見張り員に負うところが大きい」
「休養はさせています」
「電探もあるが細かい状況はやはり見張り員だと思う。あと2時間で敵戦艦部隊に追いつくはずだ」
「30分前に配置に就くようにしてあります」
「あと1時間で西日も沈む。そうすれば太陽を見る不利は無くなる」
「15隻です。勝てます。敵は8隻でしたが1隻を航空攻撃で脱落させました」
「有利なのだが、異常に堅いと言う報告が気になる」
「新しい船だけのようですよ」
「こっちは装甲が16インチ砲防御なのはサウスダコタだけだ。後は14インチ砲防御だ。むしろこちらの方が問題だな」
まとめて相手を叩こうと、43任務部隊から新鋭戦艦3隻が派遣されてきた。これは有り難い。
「逆探に反応。針路前方。複数周波数です」
「方位分かるか」
「算定中です」 「11時から12時です」
「針路を変える。反応が有ったことを報告」
利根4号機が発見したのは敵戦艦部隊だった。こちらを待ち構えているのは予測されていた。速力的に振り切れないなら迎撃するしか無い。
「逆探に反応!発信源、空中至近」
「敵機後上方」
「どこだ!」
「「我迎撃を受く」急げ」
わずかな排気炎を見つけた機銃手が見つけ知らせる。操縦員は必死に機体を動かすが、いかんせん零式三座水偵では回避にも限界がある。
電文を発進するが、発信中に機銃弾が雨嵐と襲ってきた。
「利根4号機。敵艦隊の電波を拾ったようです」
「利根4号機。通信途絶」
「利根4号機の方位に向かう」
「参謀長、水雷参謀」
「「司令長官」」
「魚雷は遠距離で撃ってしまえ」
「よろしいのですか」
「次発装填に時間が掛かる。その間、速力も落とさねばならない。前例に倣おう。全部撃って1本か2本当たればよい。何なら全部外れても良い」
「2射目に賭けるのですか」
「2射目の発射タイミングは各自に任せる。1回目は大遠距離でな。危険物を減らしたいのも有る。幸い敵戦艦の速力は辛うじて次発装填可能な速力だ」
「魚雷装備各艦に命じます」
「頼む」
両艦隊は距離2万で同航戦に入った。既に全艦合計334本の九三式酸素魚雷が発射されている。水雷戦隊は敵レーダー覆域外からの発射を命じた。諸元は、戦艦各艦の電探観測結果を渡している。
速力はアメリカ戦艦戦隊の18ノットに合わせている。このままでいることが大事だった。
戦艦は撃ち合っている。命中弾も双方に発生している。まだ致命的な部分に当たった艦はいない。せいぜい煙を噴き上げている程度だった。
「時間」
まだ届いていないのか。それとも全部外れたのか。
「命中。命中」
見張り員の報告が入る。
電探からも
『命中の反応有り。6本』
「6本か。少ないのか優なのか」
「司令長官。優でよろしいとか考えます。夜間、海流も分からない敵予想進路に水雷戦隊は2万8000から、巡洋艦各艦は2万からの遠距離発射。全弾外れてもおかしく有りません」
「水雷参謀がそう言うなら優で良いな」「マイクを持て」
「司令長官だ。ただいまの射法。全艦見事なり」
敵艦隊は相当混乱しているようだ。電探からは敵隊列が乱れていると報告が有る。
次回更新 9月03日 05:00
334本の九三式酸素魚雷
内訳
第二水雷戦隊 120本
第三水雷戦隊 128本
第五戦隊 32本
第六戦隊 24本
第七戦隊 18本
第八戦隊 12本
計 334本