閑話 超合金と艦艇と怪しい奴ら
飯野の独り言と回想
舞鶴合金と日本海技術研究所の出現にプラスして、海軍の自己矯正によって日本海軍の艦艇はずいぶんと変わる。
極端な決戦思考の人間が激減した。だいたいが柔軟な思想を捨てた強硬派であり、左遷されるなど立場が悪くなったのを自覚したのかおとなしい。陸軍同様問題がありすぎて首になった連中もいたことだし。
海軍の初歩に立てる人間の発言力が強くなった。
海上護衛戦隊の創設はその最たる物だろう。通商路の確保。現代海軍の第一命題である。その思想を具現するものとして海上護衛戦隊が創設された。
紆余曲折があり、御蔵級海防艦が建造の運びとなった。ポストが増えて喜んでいる連中も多い。だがその船は裏方だぞ。夢見る艦隊戦には出場しない。
大尉で海軍生活を見限って退役しようとした連中が踏みとどまっている。艦長になれるかもしれないと。
海軍も人材不足が見えているので、肩たたきはしない。
まさか、戦争後半になると大尉艦長が半分を占めるとは思わなかっただろう。
超合金と日本海技術研究所によって、海軍艦艇の能力は急速に向上した。
昭和14年くらいになると海軍や陸軍の他、官僚や民間にも転生者かと思える人物がちらほらと分かるようになってくる。
富山の製薬会社でペニシリンが発見されたり、ブリヂストンタイヤでラジアルタイヤが試作されたり、空技廠でエンテ式の戦闘機を作ろうとしたり、塩野義がサルファ剤を作り始めたり、陸軍で耕運機もどきの軽輸送車を実用化したり、前世では無かったことだらけだった。
横の繋がりを作ろうとしたが、やはり警戒しているようで上手くいかない。みんな偶然を装ったり、たまたま海外の技術情報で見つけたように装っている。
未来知識を搾り取られるのが嫌なのは分かる。地道な接触で信用を得るしか無い。「お仲間ですよ~」が通じない相手もいそうだ。
昭和15年の特別観艦式に特別招待だと言って蒼龍に乗り組むことが出来た。いいのかと思うが、コレまでも機関関連でいろいろな艦に乗っていたのを思い出す。工事中の船と現役バリバリの機密だらけの船では緊張感が違うな。
格納庫の様子が違い戸惑う。側壁は解放されていないはずだが。それとなく聞いてみる。
「格納庫の側面が開いているのですが、転落の危険は無いのですか」 うむ、白々しい。
「あれは換気のためです。通常航行時は閉鎖してあります」 向こうも、おまえ理由が分かるだろ。くらいの目で見てくる。
後で関係者に聞くと「内緒だが装甲扉だ。甲種装甲板の5ミリ厚だ。波浪には負けん」と言われた。いいのか。蒼龍がコレなら飛龍も翔・・いかん建造中の空母もそうなのだろうと思う。
かなり抜けそうだから爆弾1発で飛行甲板や格納庫がボロボロも防げるだろう。と思う。
本日はなんと一昨日の蒼龍に引き続き、海軍からの招待(正しくは召喚)を受けやってまいいりました。横須賀鎮守府内にある横須賀海軍工廠。
その応接間。第何番らしいが緊張で番号を覚えていない。
「よく来てくれました。飯野さん」
「お招きありがとうございます。牧田中佐」
「造船中佐です。造船が無いと別人のところに連れて行かれるか、注意人物として使われますからご注意を。それと、ここには盗聴器はありません。さあ、教えてください。貴方、昭和ですか、平成ですか」
「は?」
「あの世に逝ったときです」
「平成の終わりです。と言うことは」
まさか、こんなところで。
「私は平成11年でした」
奴らの他に初めてのお仲間。
「牧田造船中佐。お会いできてうれしく思います」
「私もです。飯野さんとお会いしたかった」
「何故、私が転生者だと?」
「ねえ飯野さん。トランジスターが今の時代に有るわけ無いでしょ」
「それでしたら、他にいるとは思わなかったしね。あの頃は気配も無かったですよ。舞鶴保養所のおかげです。実用化は」
「舞鶴保養所のおかげも有りますが、あそこはきっかけが無いと手助けしてくれません。それとスーパマグネトロン管を押さえたのも見事でした。あれでアメリカのレーダーは数年遅れる」
「いやあ、照れるな。それでも数年にしかなりません」
「数年は大きいです。アメリカ海軍全艦艇に配備されるのが1945年以降までずれ込むかもしれない」
「全艦でレーダーが使えないとなると」
「アメリカ海軍の強力な防空体制に穴が開くでしょう。夜戦でもやられっぱなしは無くなる。VTヒューズの実用化も遅れるかもしれない」
「日本海軍はどうなのですか。観艦式や蒼龍に招待されたときはあまり見かけませんでした」
「我が海軍も1割程度です。電探の実装率は」
「大丈夫ですか」
「日本電気の他に東芝と日立に高度な技術情報を公開しないと良い物が量産出来ないのですが、それを一部の人間がためらっています」
「どこにでもおりますな。防諜という観点からなのでしょうが」
「そう言われるので、始末が悪いのです」
「そう言えば他の人たちはどうするのですか」
「富山のペニシリンと、塩野義のサルファ剤ですね。ペニシリンはたまたまという言い訳が通用しますし、サルファ剤はドイツの文献から探れますから。ノーベル賞学者は目立ちますよ」
「知っていないと無理ですよね」
「サルファ剤はすでに有る製品の国産化ですから、存在がいたとしても隠せますね。ペニシリンは限りなく転生者でしょう」
「工学系に偏っている転生者ばかり目立ちます。医療系はありがたい」
「本当はペニシリンもやれたのでは?」
「そこまでの知識が無いです。名前やどういうものかを知っていても、今の時代の人にこういう作用が有るから絶対有用だと言えないですよ」
「明らかに怪しい人間ですね」
「それは避けたかった」
「私もです。実はエンテ式をやらせたのは私です」
「造船ですよね」
「東大の航研につてが有りまして。エンテ型で後退翼なら高速運動性が良くないのかな、と」
「あれはまともに飛ぶのですか」
「無理です。2重反転プロペラを使わないと直進も怪しい」
「日本のプロペラ技術では無理ですね」
「試作なら出来るのですよ。ただ、私が目指すのはプロペラでは無い」
「ジェットですか」
「そうです。亜音速機の最高傑作F-86を日本で出来ないかと」
「エンジンが無理でしょう」
「超合金はご存じですよね。あの金属を使えば耐熱性に問題はありません。圧縮段と燃焼段の比率も知っているわけですし、冷却に空気を使うことも知っています。他にも読んだだけですが知っています。それだけでも有利です。燃料噴射装置はそちらがお得意でしょ。問題は潤滑油です。我が国の石油化学技術は欧米より10年以上は遅れている。民間の石油科学技術分野で転生者らしき痕跡が無いのですが・」
「が?」
「第1海軍燃料廠にようやく。100オクタンガソリンの試作に入りました」
「それは凄い。エンジン性能で圧倒できそうです」
「そちらはどうもガソリンをはじめとする留分には詳しいらしいのですが、残油で作る潤滑油とかは詳しくなさそうなんですよ」
「すると、イギリスからですか」
「技術移転の話は付いています。すでに潤滑油工場の建設は終わりそうです」
「エンジン周りに不安は無いと」
その後も話は続いたが、お互いに連絡を取ることを約束してお別れとなった。ラジアルタイヤを試作した奴に会ってみたいな。




