第99話 先輩を作ろう ⑥ 下手な演技は一度まで
「先輩、どうして────」
心臓を一突きした後、治癒などさせないよう、確実に殺すために刺客は徹底していた。強引な斬り上げで先輩を殺し、呆然とするわたしたちを見てニヤッとしていた刺客の姿が消えた。
「いい加減、その下手な演技をやめたまえよ。二度目は飽きる」
先輩がルーネに変わってもらい、もう一体の先輩人形に乗り込んだ。
「ホッとひと息ついた所に転移して来て、心臓一突きとか────性格悪い輩ね」
「性格が悪いのはどっちじゃ。ワレの槍の勢いを削いだのオマエじゃないか」
フレミールの槍が強過ぎるので、風樽君で緩和したのだ。異界の勇者の転移は発動が遅いから、魔力の集まりでバレバレだった。その時にはもう、先輩は真っ先に身体から逃げていたし。
────ヒャハハ、あいつらの大事な王子様を殺してやったぜぇ〜〜って、呟いていたから、冒険者パーティにボロ負けしたのね。
転移で戻った異界の勇者は、先輩の死んだ報告をするくらいの生命は残されているはずだ。バレるまで時間稼ぎにはなると思う。
なんか‥‥あとからさらにヤバい気配近づいて来たから、あの場は逃げて正解だったわね。
「あのさ、アスト王子様、死んだんじゃないのかい?」
あっ‥‥この二人まだ説明ちゃんとしてないんだっけ。わたしは倒れている先輩人形の状態を診ながら経緯を説明する。
「はぁ、それでいまはその中にアスト王子様がいて、カルミアちゃんの首を締める動作をさせているのね。何故首を?」
わたしにも先輩の行動はわからない。結構難しい動作のはずなのよね。そんなに締められると、落ちますよ、わたし。
「これは多分、わざわざフレミールの邪魔をして、身を挺して守らずに殺させやがったよ‥‥この後輩って意味です」
人形だとわかっていても、庇えよって、普通は嫌でしょ。
「普段は王子様としているのなら、偽物でも庇うと思うよ」
意外と忠義心の高いモーラさんにダメ出しを受けた。フレミールやヘレナが対応していたし、わたしのように動けない人もいるわよね。
先輩人形に首を締められても嬉しくないので、冒険者パーティには頑張って異教徒達を一掃してもらいたい。
逃げるとは言ったものの、あの冒険者パーティだけで、全て片付けられるとはわたしも思っていない。
旧街道を不死者の群れや魔物の大群や異教徒達が追いかけて来る可能性はあった。敵が新しい街道へ出て来ないように、わたしたちは休息がてら野営を行う。
先に見張りをしてくれたティアマトを休ませ、交代で見張りは行う。遊んでるわけじゃないのよ。これで終わりと思っていないので、対策を強化する休憩でもあった。
壊された展望台を直したり、八門式風樽砲をアスト号とヤムゥリ号と呼ぶ事になった馬車のそれぞれ前面部と後面部に取り付けた。
砲弾はわたしが作った試作玉を参考にルーネとノヴェルが作ってくれている。
「おら、やっつけるだよ」
「カルミア、狩る。手伝うョ」
休ませたいのに、手伝ってくれるいい子たちよね。
「ヒッポス、貴方の背中にも魔法障壁の翼を展開出来るようにするから、弓矢や投槍は自分でなんとかするのよ」
ヒッポスはクォっと返事をした。矢や岩を弾き返していたので、大地系の魔法が得意なんだと思う。どうしても重く鈍い巨体を狙われやすいので、装甲を厚くし魔法耐性をあげたのだ。
ガレスとガルフはヒッポスになつき、羽を設置すると布団がわりに寝床にした。いや、貴方たちの眠る場所のためにつけたんじゃないからね?
「カルミア、対空武装を作れない? 今回はタニアさんたちがいるけれど、次を考えるとさ」
グリフォンいたものね。集団で飛来されたらエルミィ一人で対処は難しい。それにフレミールみたいなドラゴンには、威嚇射撃くらいしたいわよね。
「アスト号の馬車の屋根後部に、全方位回転式の長距離投擲砲を設置しましょう」
わたしの投擲の目的は当たるかどうかよりも、嫌がらせが中心だからね。上空を取って優位を保ったつもりの所に、ネバネバの蜘蛛の糸のような投網が広がって翼に絡んだら、グリフォンやドラゴンだって嫌だよね。
臭玉とかで、暴れて乗り手を落とすかもしれないし。ネバ臭い糸を作ればいいのかしら。
「ワレが飛んでいる時にそんなものを蒔くのは禁止だ」
矢弾を受けるより嫌だそうだ。竜化するとデッカイのに敏感なのよね。二枚の円形の土台をつくり見張りをしていたフレミールに手伝ってもらい、投擲砲を設置する。
砲台のある土台は盾付きで、矢弾くらいは防げる。足で回転出来るようにしたので、気をつけないとグルグル回る。ヤムゥリ号の櫓の方向だけ射線が塞がれるけれど、一応頭上を含めて全方位の射撃が可能になった。
「旧道から魔物が多数来るよ」
野営についてから、だいぶ時間が経っていた。わたしが馬車の改造を行っていると、索敵中のメネスから魔物の群れがやって来ると報告が入る。逃げるようにやって来た百近い不死者の群れだ。
ルーネは王子様型の新しい人形に乗り換え、先輩と一緒に浄化炎弾を装填した魔銃で先制攻撃を放つ。
ごっつ君と王子様型の人形がなくなったので、シェリハは作ったばかりの長距離投擲砲に乗り込む。メネスはエルミィと入れ替わり、アスト号の八門式風樽砲を、ヤムゥリ王女さまは同じくヤムゥリ号の砲に着く。
タニアさん、モーラさんは先制の弓矢で遠距離支援をしつつ、ヘレナやティアマトと抜けてくる魔物の迎撃に向かった。
「遠距離攻撃の手数があると、大集団相手は楽ね」
一体ずつ相手にしていたらさっきのように囲まれてジリ貧になって終わる。敵集団の列に対して、ヒッポスが移動して平行になった。おかげで新兵器の全火力が当てやすくなったわ。
わたしはノヴェルと先輩達の守りについている。ガレスとガルフはヒッポスの警護だ。フレミールは試作の臭玉を嗅いでしまい、倉庫のベッドでダウンしている。
好奇心が強いのも考えものよね。嫌がりながらも、どんなものを空中に撒くつもりなのか、自分から嗅いだのでわたしのせいじゃないからね。
ドジっ娘の古竜は放っておいて、魔物は一体残らず殲滅した。復活されると面倒なので魔晶石を抜いて回る。
「あの冒険者たち、敵の主力しか叩いていない可能性あるわね」
押し付けて逃げて来たわたしたちが言うのもなんだけど、あいつらも目的だけ達成したら退散するかもしれないわね。
「あの旧道の拠点から直進されると、移動はギリギリになるな」
元の大きさに戻った先輩が、地図を示して移動を急がせた。
腐った嫌な臭いをお風呂で綺麗に洗い流した後、わたしたちはヘレナの実家へ急行する。
オーガの時は凌ぐことか出来たようだ。でも今回は数の桁が違う。
あの冒険者たちが逃げるのは良いとしても、気を利かせてヘレナの実家のある街を守ってくれるかは微妙だよね。
「大丈夫だよ。魔物だけなら領主様もお父さんも、戦い慣れているから」
ヘレナってば、無理して強がってるわね。わたしがヘレナを抱きしめようとしたら、先輩に先を越された。この先輩、こうして普通にしてると凄く良い指導者なのよね。
「ヘルマン卿は王宮の護衛騎士でも知る強者だ。僕らが行くまで持ちこたえてくれるさ」
ヘレナのお父さんは有名な騎士だったのね。先輩の話しでは旧領主様は凡庸な方だけど、そのぶん他人の話しを良く聞く人だそう。娘の新しい領主様が最近継いだらしく、戦闘能力はかなり高いらしいわね。
それでも先に一戦交えて数を減らせて良かったかも。あの冒険者たちが現れたタイミングを考えると、ヘレナの実家に先に行っていたら、魔物の大群に準備不足のまま挟撃されていたものね。
それに‥‥先輩が成長している。胸じゃなくて心がね。少し寂しいけれど、王さまになるにしても、一介の冒険者にでもなるにせよ、心情を分かち合える仲間たちがいると違うものね。
先輩は先輩なんだけど、どこか童心を残したお子ちゃまみたいで、みんなもハラハラしていたのよ。
「そういう穿った見方をするのは君だけだ。失敬な」
照れ隠しなのか、ヘレナを抱きしめながらわたしをお辞儀させた形で首を締めるという、新手の技を使う。わたしは声にならない悲鳴をあげた。
◇◆◇
異教徒の隠し砦から、魔物が大挙して逃げ出したために近隣の魔物までもが人里へと押し寄せた。
森の様子の変化に以前から違和感を覚えていたルエリア子爵は部下の助言に従い、逃げ込んだ人々を賄うための食料や衣類などを少しずつ集めていた。
王都の政変の影響で食料を抱え込んだ商人が結局の所は商品を持て余す事になったため安く購入出来たのも大きい。
いざ魔物の大発生が起きても慌てず、逃げて来た領民を迎え入れる事が出来た。
ルエリア子爵は援軍の到着するまで籠城を決めた。とてもじゃないが、子爵領の抱える騎士団たったの十二名と、警護兵三十名では太刀打ち出来る数ではなかった。
冒険者達もギルドに在籍するものはわずか二十名ほど。その中でも一番の高ランクパーティーがCランクなので、討って出て勝てるはずはなかった。
出来るのは一旦やり過ごして、分散するまで凌ぐこと。他領に向かったとしても、数さえ減れば戦える。
脳筋で知性は凡庸の領主の子とは言われるものの、新ルエリア子爵は無能ではなかった。
そして、援軍はルエリア子爵が思ったよりも早くやって来てくれた。
◆◇◆
「メネス、ヤムゥリ、シェリハ、砲撃開始!」
先輩は王子型の先輩人形に乗り込み、号令をかけた。やはり遠距離攻撃は有効的ね。
ベヒモス・ブルの引く二台の馬車はわたしの魔改造によって、戦闘車両にかわっている。強襲を受けた魔物達は、剥き出しの粘膜を刺激する新手の攻撃に大混乱になる。
距離が詰まった所でエルミィ、それにタニアさんとモーラさんが弓矢で射撃を開始する。先輩とルーネも火力の高い魔法弾で銃撃を開始した。
ルエリア子爵の領主街から歓声が上がる。援軍の数は少ない。しかし魔獣に引き入られた戦闘車両からの攻撃は、魔物の大群に引けを取らなかったからだ。
「────ヘレナ、ノヴェル、フレミール、斬り込むよ」
わたしが魔物達の素材から新たに錬生して、つくり出したのは海を駆けし馬だ。速さと、魔法耐性の高い馬で、ファルー、ベルー、ジルーと名付けられた。
砲撃で漂う臭いに目や鼻がやられないように、顔に覆面をしている。叩き起こしたフレミールはしかめっ面をしながら、しっかりマスクと覆面までつけていた。窒息しても知らないわよ。
ティアマトは拳が武器のために馬に乗らず先輩達のフォローをしてもらっている。わたしは、何故かノヴェルと一緒だ。
「おらも行きたいだよ」
ずっと馬車の護衛ばかりだったので暴れたいらしい。そんな脳筋な娘に育てた覚えないのに。先輩は生命を、ノヴェルは特技を狙われ攫われるかもしれないので、わたしが一緒に駆ける事になったのだ。
馬に対抗意識を持ったのか、ガレスとガルフまでわたしたちについて来た。これは先輩の指示で、わたしたちを心配しての事だろう。
三頭の馬は乗り手の思うように動いてくれる。ヘレナは砲撃から逃れてゆく魔物を、フレミールは逆に混乱する魔物の方へ突っ込んでいった。
わたしとノヴェルは、馬車と街の門へ殺到する魔物達を打ち払う。ノヴェルの邪魔をしないように、わたしは先輩の使う魔銃の予備で、弾丸をぶち込むだけしか出来なかったけどね。
わたしたちの動きを見て、ルエリア子爵も打って出た。なんだかんだ他領へ魔物を流してしまうと、他領も準備不足だろうし、土地も荒れる。子爵としても不本意だったようね。
一騎だけヘレナの方へ馬を走らせ共闘している騎士がいた。ヘレナのお父さんだと、彼女の表情ですぐにわかった。
親子の久しぶりの再会が戦場とかアレだけど、あの親子に取っては魔物退治で肩を並べるのは、日常の一幕だったわね。ヘレナが嬉しそうなので良しとしましょう。
騎士団と領兵の参戦で、馬車からの砲撃は止めさせた。ルエリア子爵側も、戦場に漂う臭いには気づいていたようで、それなりに臭いの対策をして出撃していたようだ。
それでも魔物が持つ臭いや血臭はかなり臭う。吐き出す騎士や警護兵は何人かいた。
風向きによっては、しばらく街中も大変な事になりそうだわ。それはわたしも考慮していなかったわ。
ルエリア子爵領のみなさん、ごめんなさい。