第96話 先輩を作ろう ③ 先輩、無防備過ぎますね
王都からの街道を西に向かってゆくと緩い丘になっていて、その先々にいくつもの農村が点在する。
ヒッポスに馬車をひかせ、わたしたちはゆっくりと街道を進んでいる。おしりが痛くないように工夫してある。部屋に入ってしまえば、振動も殆ど影響ないのよね。
街道沿いにあるため、王都や宿場町にのお店に卸す作物を育てる農家が大半で、農村にしては建物は立派で裕福さが伺えた。
わたしたちが依頼を受けた農村は、ここよりもっと先の山側になる。だから今回は通らない。立ち寄るとアーストラズ山脈方面へと向かう事になるため、一日以上余分に時間がかかってしまうからだ。
ヘレナの実家は山を迂回するようにつくられた、この街道の先へ進むことになる。この山々から魔物が出るせいで、ヘレナの実家の土地も荒らされたのかもしれないわね。
「あのダンジョンと、私の実家につながりがあるなんて思ってなかったよ」
山から悪さしにくる魔物が多いな‥‥としか、普通はわからないわよね。巨大牛人が出たせいで、期せずしてダンジョンから魔物が追いやられていた。そして近隣の生態系が狂ったわけだからね。
この件は他にも別なものがあるのかもしれない。今は確証のない、わたしの推測なのよね。
馬車で馭者を務めるメネスがキッとわたしを睨む。そんなに見つめなくても、あなたを臭玉で助けてあげた思い出だって、ちゃんと覚えているわよ。
ヒッポスの馬車を中央に、先頭はガレスとガルフが嬉しそうに並んで進む。わたしは飼い主として、虹色の鉱石の特製の首輪を作ってつけてあげた。なんか張り切り出したのよね。
ワンコはわかるけど、狼も尻尾がブンブンするのね。ヒッポスも馬車用の馬装の他に、頭部を日焼けから守る冷感頭巾君をつけてあげたら、嬉しそうに吠えていたよ。大きな口で食べられるかと思ったわ。
そのヒッポスの少し前を、わたしとヘレナとノヴェル人形が歩いている。ノヴェル本人は馭者台のメネスの横で自分の人形を楽しそうに動かしている。
もう一体は倉庫の中にいる。こちらは核の代わりに招霊君が入っている。ノヴェルっぽく見せるために、健気に動く練習中だ。
これが成功すれば、意思を持って動いてくれる護衛になる。招霊君には何としても頑張ってもらいたいわね。
馬車の右側にはティアマトと先輩人形のごっつ君が、左側にはフレミールとエルミィ人形の男型がついている。馬車の中にいるのは退屈だから護衛がてら歩きたいらしい。
馬車の中で王子様型が一番いい席に座り、先輩本人はその後ろの席でごっつ君をメインに操って遊んでいる。
椅子はおしりが痛くならないようにというより、形がおかしくならないように注意しているのよ。だから全席に柔らかな振動吸収クッション付きなのよね。
生体情報は大事なので、先輩やエルミィ以外の型も取る事になった為、なるべく身体は労るようにしているのだ。最近はみんな諦めが早く、協力的なので助かるわ。
ルーネは隣で先輩になりきり先輩人形を使って魔銃の弾丸装填の練習をしていた。もう一体の先輩人形は、王子様型共々シェリハが動かす。お付きのメイドとして、王子様の隣に座っていた。
先輩は自分そっくりの身体と服装の人形に囲まれている事になる。ロブルタ王家の親類の集まりに間違われそうだわ。
パッと見てわからないもの‥‥これ。ルーネが落ち着きなく動くので、一番本物っぽく見えるのよね。
王子様型の反対側にはヤムゥリ王女さまが座り、後方の馬車の中に座る自分の人形を扱っていた。食糧庫と化した二号車だけど、無人ってわけにいかないので役に立っているわ。
二台目にも賓客席をつくり、ヤムゥリさまの左右には、メイド服姿のエルミィとエルミィ人形が乗っていた。エルミィが泣きそうだった。でも必要な事だし二体の自分を操るのに慣れるまでは、大人しく罰を受けてもらうわよ。
わたしを殺りかけたのは二度目なので、表情を取ったくらいで終わらせるわけないもの。
タニアさんとモーラさんは馬車の殿を守ってもらう。メネス以外にも、仲間たちと交流させたい所。でもまあそれは野営の時でも出来るからね。
簡単なようで実際一番難しい位置を、経験値の高い二人に担ってもらえるのは助かるのだ。
馬車の後部が座れるようになっているので、交代で背後を見ながら警戒出来る。それに予備の武器や水なども置けるようにした。
二台目の馬車は、緊急時でもメイド服のエルミィが中から上に出れるようになっている。見張り櫓から弓を射掛けられるように、矢も備えつけてあった。
タニアさんもモーラさんも弓が得意な方なので、そのための二号車配置でもあったのだ。
「おらも上に登りたいだよ」
おぉ、ノヴェル人形が喋った。上手に動かすわよね、この娘。美声君を使って魔法の力をうまく使えば喋ることは可能なんだけど、本当にこの娘は器用よね。
「休憩中に、展望台を作ってあげるわ」
櫓をもう一段高くしてほしいとエルミィからの要望もあったからちょうどいいわ。街道を通る分には高さがあると有利に違いないから
ただしバランスがかなり悪い。移動中に使う時は、予備の補助輪を出すようにして転倒を防ぐ必要がありそうだ。街道上の邪魔な木々の枝はエルミィが風の魔法で切り払う。
────あなた、エルフなのに木々を乱暴に扱ってもいいのかしら……と、少し思った。
王都を出発して最初の野営を行うことになった。場所は王都から一番離れた大きな農村。その少し先の川の畔になった。冒険者として活動するモーラさんオススメの場所なのよね。
「このあたりの農村は、魔法学園の事件の影響はなさそうね」
ロブルタ王国では元々、貴族の数は隣国よりかなり少ない。両国に比べて新興の国なので仕方ない面もあるのか、静かなものだった。
「歴史が浅いと言われればそれまでだろうね。兄上達には気の毒だったかもしれないが、僕としてはロブルタ王国が派閥争いを起こすくらいには大きくなったんだという考えはあるよ」
先輩は休息以外ずっと馬車にいて飽きたのか、排水のための穴掘りをするわたしの側に来て手伝ってくれた。土泥で汚れることなんか、この王子さまは気にしないのよね。
穏やかに暮らす農村の人々を見て、先輩の心境に変化があらわれたのかしら。
「それは考えてはいても、僕が跡を継ぐかどうかとは別の問題だからさ。民の安寧のためになるのなら、帝国の属領に戻る考えもある」
あの国王陛下、娘にはとことん甘いのね。後継問題が片付いたと思いきや、先輩のためなら国土を委ねる気なのかしら。
「君が思うより、父上も母上も国民に対しては真剣に考えているのだよ。ヤムゥリ王女を生かして兄上達は処刑したのを見る限りね」
処分は妥当だけれど、シンマ側の対応を考えると、ヤムゥリ王女さまを処刑しなかったのは不可解に思っていた。
あれ、わたしがいなかったら普通に王都内で国王側と両王子側とで内戦になっていたもの。
わたしがいなかったら、先輩はメガネ男子や取り巻きに寝首を掻かれていたんじゃないかしら。
「先輩、まさかと思うけどわたしたちを始末しようとしているのって……」
私は土を掘る手を止めた。タニアさんとモーラさんが馬車から出て来たからだ。
わたしと先輩の話は、何気に仲間たちの耳に入っているのよね。陰謀に利用された当事者であるヤムゥリ王女さまも含めて、みんな何があってもわたしと先輩に味方するつもりでついて来ている。
「野営でお風呂に入れるのはありがたいわね。あれって空間魔法なの?」
タニアさんの目がキラキラしている。まあ、探索メインで仕事をしている方なので野営も多いと思うから気持ちはわかるわ。
「フレミールの魔法ですよ」
彼女の正体は冒険者ギルドの上層部の中で、最重要機密として認識されている。王都の冒険者ギルドの戦力全てをぶつけても、古竜であるフレミールには敵わないと思われていた。
ただでさえ強い古竜に、今はさらに力を与えた馬鹿な錬金術士がいたようで、何度かギルドの幹部たちで会議が開かれたそうね。
なんだかギルドにも狙われ出してる気がするわね。ギルマスの頭髪は、わたしの手の中にあるから問題ないかな。
「はぁ、膨大な魔力あってこそなのね。いまのパーティ抜けてカルミアちゃんの所に入れてもらいたいよね」
お二人が相性良いなら歓迎したい。少し調べておかないとね。スマイリー君の出番よ。回収お願いね。
タニアさんたちが見張りを交代する間に、ヘレナたちも順番にお風呂に入り、汗を流す。
ノヴェルは、エルミィと新しく作った櫓の展望台から全開索敵君を試してもらっている。
およそ百Mの範囲を質量と熱源と魔力を探知して認識する仕組みだ。動きから敵かどうか精査して知らせてくれるはずなのよね。膨大な情報を適当に取捨選択するので、正確に知る範囲は二十Mだろう。
怪しい動きをすると味方でも敵と認識してしまうのが欠点ね。でも、いまのわたしたちにはその方が都合が良かった。
わたしは先輩と一緒に最後にお風呂へ入る。話が途中だったので気になるもの。
「それで、先輩の家系は味方を信じさせて殺る伝統でもあるんですかね」
背中を流し合いながら、先輩に尋ねる。ひねくれていて面倒臭い家系よね。
「必要なら、そういう決断を取るのが王族の努めなのだよ。僕には出来なかったが」
例え友達だろうと恋人だろうと、国家のために苦渋の決断をしなければ、ロブルタ王国はここまで発展出来なかったという。
「君達はあまり政治的な話しは興味ないのを知っていたから、僕も黙っていたんだ。母上が僕を殺すつもりなのは、血筋を残すことよりも、王国を存続させるためにそれが最善と考えているからさ」
国のために、最愛の娘まで生贄のように生命を奪う。血の繋がらない兄たちならまだわかったけれど、あの王妃様は徹底しているわね。
寮に探りを入れさせたのも何度かの交流で性格を把握して、行動を煽ったのかもしれない。
「父上より、母上の方が現実をよく見ていて、良く言えば愛国者だ。母上は身分の低い貴族の娘だったから、王家の存続よりも国家の存続に動くというだけなのだよ」
先輩が歪んでいるのは、王子として育てられるようになった事よりも、親子の情愛を受けながら、必要なら殺される事を強要されての結果だとわかった。
「母上はとことん現実主義者なのさ。元王妃、つまり僕の義母とも仲は良かった。でも国を守る方針で、義母が他国の異教徒の力を借りようとしたから殺害されたんだ」
元王妃樣も、当人の考えの中では国のためにやったつもりなのね。だから怒り恨んでいる。でも、現王妃様から見ると、国の根幹を揺るがす売国奴に映った。
やろうとしている事は似ていても、方向性の違いっていうのかしら。ただ王妃様の判断は正しかったと思うわね。
異教徒達は多分ドヴェルガー達を滅ぼした連中よね。少なくとも関わりはあると思う。招霊君の様子を見る限り、迷うけどろくでもない輩なのは確かだもの。
「それにしてもなんで、隙だらけなのにわたしたちを殺さなかったのかしら。面倒な手を使ってでも、始末しようとしていたのに」
機会はいくらでもあったわよね。王宮だって、寮だって。
「国家を存続させるために、王族を排除しても、信頼は失うわけにはいかなかったからさ。それにキミは異質だ。母上も僕と同じく迷われている気がするよ」
良かったわ。少なくとも、王宮でのやりとりは本物のようだ。食い意地が張っている娘たちもいるので、毒殺だって簡単だったと思うのよ。魔道具や、ルーネの力で、効かなかったかもしれないにせよ。
いただいた贈り物に毒を混ぜても良かったと思うのよね。
「君が自分で言ったのに忘れたのかい。ローディス帝国とシンマ王国が仲良くするために、ヤムゥリ王女を帝国へ送りつけて皇子と結婚させればいいってさ」
皇子様が面倒臭い事を言っていたから、王女さまの存在を有効利用するつもりだったのよね。
「まあ、君が深く考えずに行動するせいで話しがややこしくなるのは実感しているよ。母上としても、僕によく似た人形を作るなんて思ってなかっただろうからね」
先輩は殺されかけていたのに、お母様の事を好きなのね。憎んで嫌ってるわけじゃなく、国のため、母のために役に立ってくれと心で詫びながら決断されたのがわかるのだろう。──本当にお芝居が上手い方だわ。
「母上の困惑は良くわかるよ。異教徒達に僕を狙わせるつもりが、妙な手段で僕を守り、恐ろしい戦力をいつの間にか抱えこんでるんだ。そして囮になりながら、自ら罠を食い破りに行こうとするのだから」
恐ろしい戦力とは、フレミールのことよね。彼女に関しては、わたしの力というよりもノヴェルのおかげよね。
「とりあえず、先輩には死んでもらいましょう」
────わたしは無防備な裸の先輩に、プスッと毒針を刺した。