第95話 先輩を作ろう ② ツルツルの方が似合うわよね
人形はノヴェルのものと、ヤムゥリ王女さまのものを作った。ノヴェルにはヘレナが、王女さまにはメネスが補助につく。
エルミィが勝手にやらかしたおかげで、存分にエルミィ人形作る理由も出来たわ。
エルミィの人形も男女それぞれのタイプをつくることにする。そもそもエルフってそんなに街中にはいない。でも冒険者には結構いるのよね。
エイヴァン先生もそうだった。魔法が使えて、狩人としての腕が高い。だから高ランクのパーティほど欲しがる人材というのがわかるわ。
「先輩とノヴェルとエルミィの人形で、ひとつのパーティ分になったわね」
護衛のかさ増しが出来たので、次は馬車造りを行う。馬ってワンコやニャンコと違って維持費が高いのよね。
この世界の馬は、重馬と呼ばれ荷運びや乗り合い馬車などで活躍する大型の馬がいる。
荷物なしで全力で走っても、大人が走る速度より少し速いくらい。でも力は強いのよ。馬車に大人を八人くらい乗せても簡単に引っ張っていける。
「馬も人形にすれば維持費も魔晶石で済むんじゃないの?」
それはわたしも考えた。どうせなら魔晶石を自前で産み出す元王妃様の、呪いの魔晶石を核にするとかね。
「それは災いの魔物を放つ未来しか想像出来ないから、やめておきたまえ」
ほらね、先輩ですら止めるもの。とりあえず牽引するものは後にして、馬車の荷台の設計を行うことにしよう。
二つの部屋の倉庫は外して持ってゆき、一つは荷台に設置する。もう一つは倉庫内に設置すれば良いからね。
移動手段に使う馬車は出発前日に王宮へみんなで移動しておいて、王宮内の敷地で当日披露することになった。
戦闘を想定して、馬車の外装は特に頑丈にしないといけない。だから素材に関しては贅沢にデカブツの角や牙を利用する。強度の高い素材で荷台の骨組みにするのだ。これらは鉱石や魔晶石で耐久力と魔法耐性を高めておいた。
馭者台の席の他に、王子様が座る席と従者の席、護衛四人分くらいの席を確保した。残りの部分は倉庫の扉になる。
ヘレナが厨房がほしいというので、もう一つ扉を作る。こっちにはお風呂とトイレも作ることにしよう。ヘレナはフレミールとノヴェルを伴って、外へ扉の作成に向かった。
なるほど‥‥こうやって後から部屋を付け加えていく事で、わたしの住んでいた近くの洞窟も、ダンジョンの様相になっていったのかもね。
わたしはノヴェルの人形をもう一体追加することにした。予備はいくつあってもいいからね。
それにしても、こうなると馬車ではなくて、移動式のお家だわね。わたしの住んでいた小さなお店よりも広いし。
ノヴェルの作り出す空間はダンジョンみたいなものだから、内部に溜まって行く魔力を消化してゆかないと、魔物が出る可能性もある。そうならないように、スマイリー君で魔晶石化したり、ルーネのように魔力を消化してくれる植物などで対応している。
種子さえ手に入れれば、ルーネが育てる協力してくれる。素材も取り放題になる。錬金術の研究者が植物系の魔物や、宝石人を血眼になって探す理由がよくわかるわ。素材使い放題なんて夢のような事だもの。
旅の準備はそうしてバタバタしながら終わった。忙しいのに、準備の途中で冒険者ギルドのギルドマスターが血相を変えてやって来た。
メネスが本命の薬をあのまま渡し忘れてしまい、すっかりガレオンはツルツル頭が似合うおじさんになっていたからだ。
泣き出すメネスに黒パンを被せ、ガレオンは面倒なので寮の応接室で施術し神の雫を塗ってやった。もちろん取引の機会をギルマス側から持って来たのを利用する。
メネスの手落ちなんだけど、髪様の力は偉大なのよ。たっぷり恩を感じさせてから、タニアさんと女狩人のモーラさんを格安で護衛してもらう事が出来た。
本来は王族の護衛とか報酬が高額になるもの。タニアさん達に支払うその補填分は、ギルマスが自腹で支払うことにしたようだ。
念願の髪が綺麗に生え揃ったので、ガレオンはご機嫌で帰って行った。初めからあげる約束なので、乗り込んで来てくれて、わたしとしても儲けたわね。
それは別として、メネスの涙の回収手段が一つ失われて辛い。でも約束は約束だ。仕方ないから、別の手を考えようと思う。
旅行前日、わたしたちは先輩の部屋の倉庫の扉を先に回収した。それと自分たちの部屋の扉も回収する。
旅先に持ってゆく荷物は、倉庫に入っているので、力の強いティアマトとフレミールがそれぞれ扉を運んでくれたので助かったわ。
わたしがどんなに踏ん張っても、地面に張り付いてピクリともしない重さなのに。ちなみに馬車は扉の重さも考えて、耐重量に関しても丈夫に設計している。
重さで壊れる事はないはず。でもこの重すぎる馬車を重馬で引けるかしら。積載量が心配になるわよね。
「ノヴェル、これに大地の力を込めてくれる?」
わたしは創り出す魔物を変更することにした。ノヴェルにより大地の力を高めて、強力な魔獣を構成するのだ。
創造しやすいのはフレミールのようなドラゴンよね。でも、ドラゴンを駄馬替わりに使うとフレミールが煩そうなのよ。
牽引用の魔獣錬生にも、デカブツの角を削ったものを使う。大地の力がさらに高まるからね。
そのほかに馬の骨やマムートの牙を混ぜたのに、誕生したのは牛でも馬でも象なかった。
「どちらかというと牛か河馬に近いのかしら」
河馬なんて素材に入っていないのに。牛っぽさは出たけれど、デカブツの要素は量のわりに少ない。
わたしはこの大地の獣をベヒモス・ブルと呼ぶ魔物とした。名前はヒッポスだ。
「ヒッポス、あなたに装具をつけて馬車を引いてもらうわよ。出来るかしら」
ヒッポスがブモォ──と返事をする。いい子ね。何も言わなくてもヒッポスはしゃがむように伏せた。ヒッポス用の装具をつけやすくしてくれたのね。なかなか賢いじゃない。装具をつける前に虫除けの粉をまぶして塗り込んであげる。
大きいのでエルミィとティアマトが上を、ヘレナとノヴェルが足元へ塗り込むのを手伝ってくれた。
「さあ、引いて見て」
ヒッポスは立ち上がると二M程、体長は四M程あるので、馬車も楽々引いていた。
重馬よりも力もあって、そこそこ足も速い。急ぐ旅ではないにせよ、逃げる時に役立ちそうだ。
「それと番犬がわりに、このガレスとガルフを、つけておきましょう」
わたしは前に見た魔狼の姿を想像した。拾った素材に魔晶石を足して、二匹の狼を錬生した。
ルーネといい魔狼といい、メガネ男子は良い素材を残して逝ったわね。おかげで強力な魔獣の着想が得られたわ。先輩の色香に惑わされて人生を狂わせなければ、名を残す召喚師になったんじゃないかな。
「誤解を招く表現はやめたまえ。番狼なのはよいが子狼ではないか」
先輩に背後を取られて首を狩られる。暗殺者より、暗殺能力が向上していませんか。
「この子たちは馬車の扉の番だからこれでいいんですよ。それにヒッポスに魔力を使って、わたしに魔力がないんだもの」
馬車を錬生して、内装も仕上げ直して、車輪も円形盾を付けたり、馭者台の日除けと、風樽君を設置したり魔道具ランタンを吊るしたりと、大忙しだった。
ヒッポスや装備に思ったよりも魔力を消費したので、わたしはヘロヘロになってしまったのよ。明日から旅に出るというのに、出発前から爆睡になりそうだわ。
王宮では、静かに歓送会が行われた。国王陛下はずっと心配していたわね。すでに暗殺者が王国に入りこんでいますとは、流石に言えなかったわよ。
先輩も、言えば止められるのわかっているので黙っている。施政者としては駄目なんだと思う。
でも一人の人間として、友人たちと一緒に過ごしたい気持ちを、わたしは尊重したい。
翌朝……王妃様からの大量の贈り物を馬車に詰め込んで、わたしたちは出発した。行き先はみんなで最初に決めていたとおり、ヘレナの実家に向かった。
人形のおかげで大勢で移動しているように見えるので、見送る陛下も王妃様も安心してくれるわよね。
「王族が移動するのだから、本来なら百でも少ないはずだよ」
今更何を言い出すかと思ったら、護衛が少ないですって。
「そうね。私達も留学生としてやって来た時は先発に三十、私を含めた後発が五十、影でついてきたのが四十はいたから百名は越えていたわ」
ここぞとばかりドヤるヤムゥリ王女さま。あなたは今、見捨てられて一人も残っていないのだからドヤるのは止めた方がいいわよ。
さっそく眼鏡エルフに、護衛なんていないじゃんと言われ喧嘩になる。まだ街中なんだから、あまり目立つ事はやめようね。
「いや、今更じゃない?」
護衛依頼で一緒に付いて来てくれる事になったタニアさんが、呆れて言った。
「変わっている娘だとは聞いていたけど予想以上だよ」
狩人のモーラさんまで、わたしを見て何か言いたげだ。なんかやたらと視線が集まるのは、敵が何か言いふらしたのかしらね。
「カルミア、こんな大きな魔獣に馬車を引かせていたら、目立とうとしてるようにしか見えないよ」
ヘレナからまともに正論を叩きつけられた。うん、わかっていたわ。
ヒッポスに余裕があるので馬車をもう一台出して連結した。後ろにつけた方は、王妃様からいただいた小麦や塩や砂糖など日持ちする食料品の山だ。政変に備えて王妃様が少しずつ備蓄を増やしていたものだそうだ。
「ワレには悪目立ちして、誘いこんでいるようにしか見えなんだ。百名はともかく二十前後の人数など企む側から見れば隙だらけじゃ」
世間知らずのドラゴンにまで駄目だしされたわ。
「有象無象が百名いても役に立たなければ同じだ」
ティアマトがフォローの言葉をかけてくれた。でもね、半分近くが人形なので、慰めになってないのよ。
わたしたちは結局いつも通りに騒ぎながら、王都の門をくぐり抜けるのだった。
2023年7月14日、タイトルを「ベヒモス·ブル」 から、「先輩を作ろう②」に変更。