第89話 悪女と錬金地獄 ③ 一人でもやっていけるように
王女さまには再びわたしたちの部屋に入って頂いた。ただ王女さまと違って、わたしは忙しいのよね。王女さまが暴れた時、仕留められるティアマトやフレミールがいないので不安だ。
仕方ないので枷を作成することにした。管理のおじさんにもらった硬く重たいタングステン鉱石を、ノヴェルにさらに圧縮して球状にしてもらう。
両足に足枷と重しををつけておけば、ヘレナみたいに強化の魔法が使えないとまともに動けないはずだ。枷は肌を痛めないように、保護材を挟んでおいた。
気を失ったままの王女さまはソファに寝かせて、気がつくまで放っておいた。さっそくエルミィが王女さまのおでこに吸音装置君を貼り付ける。頭の装具は、王女さま自身の声を吸音してくれないからね。
「こうしてみると、靴って大事よね」
王女さまの足枷を作っている時に閃いた。指輪とか首飾りとかは目立つし、奪われやすいのよね。でも靴って、奪う順序としては後のほうだと思うの。
盗賊や山賊などに捕まった時、身ぐるみ剥いだとしても、靴までご丁寧に脱がして奪う例は少ない気がするのよね。
わたしの故郷では靴はよそ行き用で、普段は履かない人も多かったから、そう感じるのかもしれない。
冒険者になってからは、わたしもよく履くようになった。安い素材でも使えて、付与も付けやすいのよ。
「カルミア、いっぱい集めて来ただよ」
ノヴェルがダンジョン組の連絡を受けて、先輩の部屋から大量の鉱石と金鉱石を運んで持って来た。
ふおぉぉ──金よ。
黄金なのよ────。
────お宝よ。
……素晴らしいわね。
────どうしましょう、どうしましょうかしら。興奮が止まらないわ。
それにしても、もう深層に着いて金脈を掘り起こしたというの?
‥‥もしかして移動する時って、わたしがいるせいで進行速度が鈍っていたのかな。
「いまさらだよ。それより錬金魔術師として、金を造るのではなく使うのかい」
この眼鏡エルフは同じ錬金術師なのに、足も速いのよね。ノヴェルだけよ、わたしの味方は。
そんなことより今は金よ。金は錬金術と相性が良いのよ。魔力や魔晶石を投入すると、術師の技量に関係なく希少な鉱石に変化させやすいし、精製して純度を高めるだけで装身具の見栄えが格段に上がるんだから。
「でも金って、その足枷の鉱石ほどではないにしても重いよ」
エルミィはノヴェルが簡単に精製してゆく金の欠片を見ても、通貨の価値としての興味は薄いみたい。お高いシーツくれたし、彼女の部族はお金持ちよね。
「靴のボタンとか、剣の鞘の止具とか、少しだけ飾りの部分に使うから大丈夫よ。何かあった時に困らないようにね」
わたしは貧乏だったからね、恩恵を得られている内に、みんなが困らないようにしておくのも役割の一つだと思ってる。
だってヘレナやメネス以外、みんなお金に関して無頓着なんだもの。騒動が起きても王国は暴動もなく、商人による物流も動いている。
でもね、一歩間違えれば派閥争いによる動乱が起きていたかもしれないのよ。
エルミィもティアマトも仕送りが止まったら、いまある手持ちでやっていくしかないのが分かっているのか微妙なのよね。
先輩なんかご飯も一人で作れなそうだから、ルーネの鉢植君に食べられる食物も植えておこう。
「うぅ、頭が痛い‥‥」
金の魔力で、悪い王女さまが目を覚ました。この金塊は、装備に使うものだから物欲しげに見てもあげないわよ。
「ち、違うのよ。どうして私がここにいるの。えっ、なんか頭痛いと思ったら耳?? 痛っ、足が重い、何これ」
気絶から覚めて早々、これだけ騒がしい人もいるものなのね。エルミィのおかげで、聞こえる声量は抑えられているわね。これなら会話になりそうだわ。
「それで、行くあてないからここへ来たのは本当なの」
一応、側近の方たちからも確認した。、実際見たわけじゃないからね。
「本当よ。でもアスト様が女性であることは本国にも、側近達にも言ってないわ。私も身の置き場くらい考えるもの」
悪女だけに知恵は回るようね。余計な脅しをして来たら、特製辛苦粉を口と鼻に突っ込んであげるつもりだったのに、残念ね。
王女さまが身震いした。素直に答えたから、しないわよ。
「ここへ来たのも、寮のお部屋を一部屋お借りしようと、お願いしに来たのよ」
価値を失った王女さまの立場では、王都の高級宿に泊まり続ける予算も当然打ち切りになる。
取り巻きの留学生や護衛の騎士達が国へと帰ったのも、王女さまについていても出世が見込めないのと、滞在費用の問題からだった。
そうなのよね。お金がないと、そうなるのよ。意外とこの王女さまは経済観念がしっかりしていた。寮長ではなく、先輩に寄って来たのは、滞在費用も考えてのことだったのね。
悪女って、計算高い悪女なのね。そのわりには、突発的な行動が危ない人なんだけどさ。
感情が高ぶり興奮すると、欲望のままに動くらしい。あ〜、だからメネスと近い波動なのね。
あっちは闇が深いけれど、王女さまは闇に豹変する。仕返しは別として、今後を考えると王女さまは手駒に欲しいのよね。でも猪のように突進されて、揉め事を増やす気もするので迷う。
感情を抑制するのは、この王女さまから得られる成分の質を落としかねないので避けたい。
邪悪なままで問題を起こさない良い方法が見つかるまで、隔離しておくのが正解かしらね。
「寮の部屋って空いてるのかしら」
王女さま待遇しないならありそうね。でも、駄目かな。
「男子寮は皇子や帝国の留学生が帰ったから空いてると思うよ。女子寮は、防犯的な面やお風呂が人気で選ぶ生徒も多かったから、空いてないと思う」
強いて言うなら先輩の使っている階の小部屋がある。ただ、興奮して先輩の寝首を搔きに行かれても困るからね。
「あ、あの、そこまで猟奇的におかしくはならないから」
この王女さま、わたしを殺しかけたの忘れてるのかしら。いい神経してるわね。
「忘れてないわよ。あの時は興奮とか、関係なく邪魔な存在を消したかっただけだから」
恐ろしいくらい正直ね。それを欲望丸出しに動く、衝動そのものだと言っているのよ。
わたしはふと、倉庫を見渡す。いまのベッドの配置は、わたしとノヴェルとヘレナの組と、エルミィと先輩とティアマトの組が元の部屋の部分で寝ている。ルーネは先輩と一緒だわね。
メネスとシェリハとフレミールは倉庫内に新しく用意した。その隣に檻を作って、寝るときは外から鍵を掛ければいけそうね。
わたしの案を聞いて、エルミィがにっこり頷いた。この娘‥‥怒らせると怖いわね。
王女さまはあんまりな待遇だと躊躇った。わたしたちといられるメリットを瞬時に頭に浮かべ了承した。
扱いが酷いとか叫ぶと思ったのに、装置が効きすぎたみたいだ。本心はどうか試しに頭から装置を外す。
期待通り、激しく毒を吐き散らかしたので、エルミィが物理的に眠らせていた。
「ねぇ、王女さま。わたしあなたの名前知らないのだけど、何て名前よ」
「おらも知らないだよ」
王女さまと、エルミィがいまさら? と驚いていた。興味ないし錬金の成果に影響がなければ、処刑に賛成していたものね。
禍根は残さないのが一番よ。わたしも先輩の災禍に巻き込まれたから、よくわかっているのよ。
ある意味この王女さまも、その巻き添えで利用されたわけよね。欲望ありきなので、同情は出来ないのは仕方ない。
「これだから庶民は無礼なのよね。いい──私の名はヤムゥリよ。ヤムーと呼んで頂戴」
出力変更したら悪女というか、構ってちゃんみたいになった。まぁ、適度に毒を吐いてる方が、興奮も抑えられそうだからいいかな。
フレミールもフレミーって呼べって言ってなかったかしら。案外お調子ものなのかもね。
ダンジョン探索組と、先輩たちが戻って来るまで、ヤムゥリ王女さまは予定通り放置しておく。
話しかけて来てうざい時はエルミィが、気絶させていた。あの娘はあの娘で何やら薬を開発して、ヤムゥリ王女さまを実験台にしている。危ない眼鏡エルフだわ。
側近が迎えに来る頃には、はしゃぎ過ぎて疲れたのか、王女さまがぐったりしていた。
簡単に経緯は説明しておく。今日はともかく、今後はわたしたちが預かると知ると側近たちが歓声をあげたわ。
宿に帰ったら、ゆっくりと休ませるように伝えておいた。王女さま……あの頭のまま帰ったわね。側近たちのウケは良かったから、そのままにしておいてあげた。