第88話 悪女と錬金地獄 ② 金の魔力
普段は大人しくて聞き分けが良くて良い娘たちが。大好きな物のことになると変貌する。
わたしの仲間たちも普段は大人しいと思う。なのにまるで人が変わったように豹変するのが、新錬金釜による装備の更新だ。
「今回はわたしが仕切ります。決めた順番を守れない子の分は作りません」
わたしの魔力の関係上、錬金術での更新には限界がある。ノヴェルとフレミールに手伝ってもらったとしても、おそらく三日はかかると予想していた。
優先順位は当然わたしからだ。わたしの魔力を高める事で作業効率が上がるのだから。それでも多分、三日以上はかかると計算した。
魔力が増加した分使用量も増す例の繰り返しのせいだ。それにしても竜の魔力って、本当に凄いのね。
「あと、今回はダンジョンで鉱石の回収をして来てもらいます」
先輩は学園の復旧作業の指揮や、事件の残務処理で忙しい。亡くなった王子達が仕事を受けていなかっただけよかったわね。
先輩の護衛にはルーネとシェリハがつく。先輩がダンジョンへ遊びに行きたがっても止めてね。
ダンジョンへ行くパーティは、ティアマト、ヘレナ、メネスそれにフレミールだ。メネスはギルドから憔悴しきった顔で帰って来たので、ルーネに眠りの魔法で寝かしつけてある。
探索に寝不足は禁物だからね。フレミールとティアマトが入ればデカブツがいても戦闘になっても逃げ切れると思うの。
「鉱石はこの袋に適当に入れていいわ。先輩の部屋の倉庫に鉱石置き場を繋いであるから」
ぬっふっふ、貴女達わかっているわね。金よ、大量の黄金を掘ってくるのよ。
「カルミア、心の声を凄くハッキリ口にしてるよ。というかもう声に出てる」
ヘレナが仕方なさそうに注意してくれる。毎度の事なのにありがたいわ。
「もはや独り言ではないのう」
「欲深いカルミアの匂いも悪くないぞ」
フレミールとティアマトはヤレヤレと手を上げた。フレミールの馴染み方が早いのはノヴェルを通して覗き見していた疑惑があるわね。
ティアマトもこういう時は踏み込むのよね。遠慮していると、出し抜かれると学習したから。
ダンジョン組には、一度学園の迷宮のなかへと行ってもらう。隠し通路から中に入り、非常口を設置して来てもらうのだ。
休校状態で人もいないし、足の早いメンバーなので、誰にも見つからないと思う。
休養たっぷりのメネスに、ティアマトが食事を口に詰めていた。メネスってフレミールやノヴェルを除くと、何気にこの中で最年長のはず。なのに一番手がかかるわ。
とりあえず前の黒パンは回収して、新しい黒パンを持たせた。先輩が微妙に嫌そうな顔をするから、メネスにも専用の物を作るしかないかな。
エルミィを残したのは錬金の補助と、王女さま対策だ。たっぷりご飯食べて、しっかり休んで朝一から騒ぐ。たからエルミィには、廊下用の騒音対策の結界用具を作ってもらったのだ。
ノヴェルは魔力補助ね。器用に加工も手伝ってくれるので助かったわ。
材料の調達には、気の毒な側近の人たちに協力してもらった。まずはルーネの魔法で王女さまを強制的に眠らせる。
怨霊君で酸っぱい夢を見させて、快適スマイリー君で唾液を回収し成分を抽出、なかなかいい組み合わせね。直に口に物を入れるより、量は少ないけど、純度は高いみたい。
「相変わらず王族でもお構いなしに実験するよね、カルミアはさ」
眼鏡エルフが煩い。でも相手は王女さまなので、止める気はないみたいね。
取り出した成分で鉱石を作ってみたけど、嘘でしょ、この王女さまが聖なる輝きを持つなんて。
口から水分を流し込み、怨霊君の出力を上げる。唾液量を上昇させて、錬金釜を作る成分も大量に確保するためだ。
側近の方たちは、廊下で王女さまに怪しい魔道具を使いまくり、拷問のように脱水対策の水を含ませても何も言わなかった。きっと王女さまの人望の賜物ね。
夢の中で溺れて死にかけて苦しんでいる姿を見ても、尊いお姿に見えるのかな。なんたって、闇の聖女だものね。
自分の欲望の為に迷惑をかけ、多くの犠牲を払おうとも、神の為に忠実に行ったのなら、聖女は聖女なのよね。
この王女さまは悪女の鑑みたいな思考の方だ。でも同じ悪女の思考の持ち主がいたのなら、尊敬されるほどの資質だと言うことだわ。
やばい、元王妃様とこのだらしない顔で気を失った王女さま、それにメネスの負と闇の力も合わせると、フレミール並の邪悪な錬金釜が作れそうだわ。
先輩が王宮へと出掛けてしまう前に、ルーネには魔法は解除してもらう。
王女さまの成分と髪の毛を何本か引き抜いて、王女さまの声に反応する吸音装置君も出来た。
エルミィがこれを改良して複製したものを、廊下の天井に貼り付けた。これは音を吸収して、魔晶石化出来るかの実験でもある。ちょうど元気な実験体が毎日やって来るので助かるわね。
エルミィも、王女さまには思うところがあったので活き活きとしていた。
予想以上の成果があったので、思わず倒れそうになったわ。悪女同士の掛け合わせって、想定を軽く上回るものなのね。
濁った黒に、くすんだ金と腐敗した緑紫の入り混じった不気味な錬金釜が出来た。濁った黒はメネスのような真っ黒ではなくて、色々混ざりすぎて汚くなった黒だ。見ているだけで、心がざわつき警鐘を鳴らす。
「すごい毒々しい錬金釜だね」
あまりにも特殊で、招霊君や怨霊君もざわめく錬金釜だ。これって、死霊術師が欲しがるやつだよ。
「エルミィ、ノヴェル。わたしたちは何も見なかった。これはしばらくは封印して、後でフレミールに預けるわ」
元王妃様の怨念が強過ぎて歪んじゃったのかもしれない。封印するつもりなので順序を飛ばし、王女さま用の装具を作っておく。放っておくと、何をするかわかったものではないものね。
「これは頭用装具だよね。王女用なの?」
「そうよ。元王妃様の魔晶石と美声君の応用ね。邪念や、わたしたちへの殺意を吸い出して魔晶石化するのよ。自分で外そうとすると痺れる仕組みよ」
と、いうかわたしたち以外には外せない。ノヴェル以上の魔力があって、ようやくって感じかな。
「この根本に虹色の鉱石を埋め込んだ、兎の耳みたいなのは?」
ぴょこぴょことエルミィが耳をいじる。色は王女さまの銀色の髪に合わせてある。
「それは、邪教徒の崇め称える声を集音したり吸音する装置よ。ほら、王女さまって邪悪な組織からみても逸材じゃない。絶対拐われると思うのよ」
「いや、その拐われやすい人に攫われたのは君なんだけど」
エルミィがため息をついた。なによ。あれは特殊な状況だもの、無効よ。そのための邪念抑制君を作ったから、王女さまには聖女らしく大人しくていてもらおう。
「まあ、私の分もしっかり絞るのは賛成だよ」
「おらも、絞るだよ」
ノヴェルがニコッと、王女さまの特製鉱石を絞った。禍々しい輝きの宝石が出来上がる。この宝石を装具にはめ込み、王女さまの専用にする。
「────完成っと。エルミィ、廊下で伸びてる王女さまの頭にコレをつけておいてくれるかしら」
わたしたちへの無力化を施したので、王女さまが望むならもう一度、話くらいは聞いてあげてもいいわね。
側近の人達も大変だろうから、休ませてあげよう。夕方まで王女さまの事は預かることを伝えると、側近達は大喜びで帰っていった。人望って大事よね。