第87話 悪女と錬金地獄 ① しつこい誘い
授業は休止中でも、やる事は沢山ある。まずはシェリハとフレミールの専用錬金釜を作る必要があるわね。シェリハは以前から抽出済なのに、かなり待たせてしまったわ。
それに冒険者ギルドマスターのガレオンにハゲ薬──じゃなくて毛生え薬を作って渡すのと、王妃様には追加の美容液を作る。
エルミィとメネスの為に、考案中の探査の瞳を開発したいし、フレミールから成分を取ってヘレナの剣も炎の能力強めたいよね。
あとはあれだ、先輩のパンツだ。もう跡継ぎ確定なんだし、男でも女でもどっちでも良くない?
「君の手作りが良いのだよ」
それだと違う意味に聞こえるわよね。庶民なら誤解されますよ、先輩。性別は関係なくて、履き心地が良いから欲しいみたい。わたしは別にパンツ職人ではないのよ。
ヴィロノーラ商会の下着はお高いけど、最高級品だけあってお肌にも優しいのに。先輩専用に触って確かめながら作っているから、材質では負けても履き心地は勝つみたいね。
ノヴェルがルーネの為にミニ魔本作りを挑戦してるので、わたしもペンダントタイプの錬金釜を作ろうと考えている。使える素材は限定されると思う。でも急場の際に、錬金釜があるのとないので違うのよ。
あとは……う〜っ、ダンジョンに金を掘りに行きたい!!
最大の障害物が仲間にいるんだもの。出稼ぎの鉱夫にだってなるわよ。
皇子様のやつに貧乏ぶりを同情されたのよね。費用請求した時に皇室に入れば好きなだけ費用をかけて錬金魔術の研究をさせてやるぞ、と憐れまれた。
庶民の研究者が喉から手が出るくらい欲しい、宮廷付きの立場。研究費用使いたい放題。危なく魂を売る所だったわ。ロブルタは……先輩が未来の王なら貧乏王家確定だもの。
そうして、錬金釜を相手に寮の部屋に籠もっているとまたしても来客が告げられた。いや‥‥まあね、まだこの国にいたのは知っていたわ。けれど、どうしてわたしなのよ。
間違いなくあなたは、わたしを憎んで殺そうとしたじゃないの。殺すくらい嫌いなやつにわざわざ会おうとする神経がわからないわ。
悪い王女さまのお茶の誘いなんて、一服盛られるに決まってるのに行くわけないでしょうが。
「君、自分が先に特製辛苦粉盛ったの、また忘れてるでしょ」
正論眼鏡エルフのエルミィが呆れて、ヤレヤレと首をふる。あれは元王妃様を追い出すためだもの、仕方ないのよ。
あっ、邪な魔晶石のこともあったわ。忘れてたよ。暇な王女さまの相手なんてしてられないわよね。
あの元王妃様の生み出す魔晶石ってメネスみたいに黒いのよね。メネスのと違ってドス黒くて汚い? っていうのかな。
わたしが煽るとより濃い魔晶石になるけど、出来た魔晶石は呪われそうで使い所が難しいのよ。
同じ日に、しつこく三度ほど使いを送って来たのを全部断っていたら、王女さま本人が乗り込んで来た。暇過ぎて危ない薬にでもハマったんじゃないでしょうね。
それにしても王族ってみんなしつこいのよ。ただこの王女さまは、何気にわたしの事をよくわかってる。手紙とか、そういうの無視するから。
確かに用があるのなら、自分から来なさいよとは言ったわ。だからって、殺そうとした格下庶民の所へわざわざ来訪するかな。お茶飲み友達くらい、いないのかしら。先輩も王女さまも友達づくり下手過ぎるわ。
「君も似たようなものでしょうに」
眼鏡エルフが、ちょいちょいうるさいわね。あなたも変人の部類で偉そうに言えないわよ。
帝国の皇子と違って、王女さまはシンマ王国専用の領事館みたいな所に宿泊していた。わざわざそんな所から来なくてもいいのに。暇ならあの気持ち悪い皇子様みたいに、さっさと帰ればいいのよね。
わたしが強気なのはロブルタ王国の王子達が処刑されて、対外的な遠慮をしなくていいからだ。
「だって、もうこの国に王女さまの嫁ぐ相手はいないものね」
「そうだけど、そう考えるのは君だけだと思う」
エルミィは真面目ね。仕方ないので王女さまだけ部屋に招き入れて、話しを聞くだけは聞いたわ。
三人の王子の誰でもいいから、咥えこんで連れて帰れと厳命されていたらしい。下品で乱暴な言いようだわね。でも第二王女の役割なんてそんなものだそうだ。
「……ふぅん、そうですか。王女さまはお可哀想ですね。同情はしませんが。じゃあ、さようなら」
お茶もお菓子も出した。もちろん毒は盛っていないわよ。飲んで食べてお話したから充分よね。
触れると叩かれそうなので、風樽君を使って王女さまを座った椅子ごと無理やり出口へ押しやる。
怪我をしないように椅子に括り付けてあるから、引っくり返っても安全に運べるのよね。
話があるというから、お話は聞いた。でも、わたしと王女様の関係って、結局は庶民と王族だ。話し合ってもわかり合えるわけない。
それにわたしは、彼女から一方的に暴力を受けただけの間柄だもの。拉致られて殺されかけたのに、どうして和やかに会話が出来ると思うのかしら。
なんというか王族が普通じゃないのは知っているけど、まず謝罪しなさいよね。王女さまが、「殺そうとしてごめんね、テヘッ」 とか言って来たら、ダンジョンに放り込んでやったけどさ。もちろん深層直行でね。
隣国の皇子と王女さまを知る今となっては、先輩がまともで優しいんだとわかる。変態なのは仕方ないとしましょう。
「ねぇ、騒がしいけどいいの?」
ヘレナが心配そうに扉を見た。王女さまを追い出したあとも、扉をガンガン叩いて何か叫んで煩い。授業がないので他の寮生には迷惑よね。
でも騒いでいるのがシンマ王国の王女さまだとわかると、文句を言う前に部屋に戻っていったみたいだ。騒がしいのはわたしのせいじゃないの。でもなんか毎回申し訳ないわね。
王女さまはヤバい悪霊みたいで、なんだかわたしたちも嫌な気分になるわね。
「そういう問題なのかな」
ヘレナは優しいわね。構ってちゃんは相手をしたら負けなのよ。王女さまの暇つぶしに付き合う時間がもったいないのよ。
「だいたいさ、良いも悪いも話は済んだもの。王女さまも暇なら、さっさと国へ帰ればいいのよね」
友達がいないにしても、殺そうとするほど嫌いな庶民しかいないわけないでしょうに。
王女さまはとことんやるつもりだ。ゲシッゲシッと蹴る音がした。扉は結界とノヴェルが大地の魔法で壁ごと強化したので、そう簡単に壊れない。
「────しつこいわね。籠城作戦なんて無駄なのに。いいこと、ここから彼女たちを出しては駄目よ。出たいなら、私と話をさせなさい」
廊下にいる王女さまと側近の声は、空気孔を通してまる聞こえで、見張りを残してお風呂やトイレに行く時に捕まえるつもりのようだ。
「先輩そういうわけなので、戻ってくる時は、御自分の部屋から入って来てくださいね。あと、みんなトイレを借りますね」
結局使わずに済んだ非常用の扉が有効活用された。襲われたのはわたしたちで、少し意味合いは違うけれどね。ある意味、王族に襲われるという想定通りになったわね。
王女さまが暴れ疲れて帰ったあと、ヘレナが見張りに残された側近の人達のために、飲みものとおやつを差し入れていた。涙を流して感謝していたわね。王女さまと一緒に来たのに、飲まず食わずでそのまま残されたので当然か。
念のため、王女さまが暴走して女子寮ごと破壊をしようとしたら、気絶させてでも止めて欲しいとお願いしておく。すでに校舎破壊してるからね。
「王家に仕えるのも大変ね。それにしてもなんであんなに食らいつくのか不思議だわ。それとも、そんなにわたしが憎いのかしらね」
以前ならわたしが授業で使う材料を使い過ぎるから苦情がきたり、騒音とか臭いに対して非難されたりしたものだ。怖い輩がいると黙ってしまうよね。
そして王女さまが国に帰ったら、騒いでうるさかったのは王女さまなのに怒られるんだろうな。
「本国でも居場所と立場がないから、ロブルタに居座る可能性は高いようだな」
ロブルタの王宮に、シンマに送った緊急の使者が戻って来た。事件の真相を伝えた返事は、王女さまの処遇は全てロブルタ側に任せるとの事だった。
「ロブルタの好きにしてくれて構わないそうだ。シンマ側は今後一切、王女に関して責任を負わないともとれるかな」
シンマ王国は事の真偽を問うことなく、あっさりと見捨てたようね。
「‥‥そのことを王女様は?」
「当然、知らされているね。いま王女についている護衛は、扉の前の二人と世話焼きのメイドだけさ」
王女さまが事件を引き起こした時点で同行者の半数が、先に本国へ引き上げてしまったらしい。逃げたとも言うわね。
「道理でしつこいわけね。殺そうとした相手に縋り付こうなんて、小悪党に成り下がりかしらね」
「そうでもないさ。彼女は僕の秘密を握ったはずだから、黙秘を種に保護を求めるはずだよ」
元王妃様と身体を共有した時に、ロブルタ王家の秘密を知った可能性は確かにあるわね。
「でも先輩のことを暴露してロブルタが混乱すれば、王女さまも困らない?」
庇護を求める相手を潰しては元も子もないわよね。王女さまはたくましいから帝国にでも行くのでしょうね。だけど混乱で先輩の首級があがれば、原因をもたらした王女さまも狩られると思う。あの皇子、先輩は大事なようだから。
「まぁ、庶民のわたしには関係ないから王女さまがどうなろうと興味ないわ」
混乱が起きたら、先輩攫って逃げるって決めてるからね。フレミールが加わったので、飛んで逃げる手段も考えておくかしら。
「オマエ、ワレを荷馬車替わりにするつもりか」
「荷馬車じゃないわよ、揺り籠よ。青い空に、陽光に輝く紅いドラゴンとかカッコい良いと思わない?」
「──うむ、悪くはないな」
まったく、フレミールも隙あらば構って欲しがるのよね。そんなぼっちドラゴンの錬金釜は濃い真紅に、白い輝きが付いたものになった。
魔力が高いノヴェルの専用釜よりもさらに一段効能が高い感じね。
ルーネとミニ魔本について調整していたノヴェルの目がわたしを見る。なんて目ざといのかしら。やめて、その目で見ないで。専用釜のランクアップと、装備更新の繰り返しは本当に魔力酔いがキツイのよ。