第81話 学園迷宮 ② 寂しがり屋さんめ
わたしが自暴自棄になって、学生服のまま隠し通路からダンジョン深層へ向かう頃────学校ではエルミィが大急ぎで仲間を集め、装備を整えて冒険者ギルドへと向かっていた。
◆◇◆
「シンマの王女にカルミアが攫われた。寮で集合、助けに行くよ」
エルミィからの伝声で、仲間たち全員に連絡がゆく。カルミアは王女に叩かれた際にイヤリングが飛んでしまい伝声は受け取れない状態にある事も同時に伝えた。
王女の連れていた数人の護衛から解放されたエルミィは、イヤリングを拾うとカルミアの無事を祈りキュッと握ってポケットにしまう。
ただ、美声君は奪われずに済んだので、急に仲間たちの耳にカルミアの伝声が届き始めた。
王女の側近とやり合ったエルミィは、顔を殴られ負傷しているのも構わず、救出に必要な道具をかき集めていた。
寮の部屋には授業を終えた仲間たちが集まっている。みんなには今もカルミアの独り言が聞こえている。
「カルミアが攫われて置き去りにされたのは【学園迷宮】の最奥の部屋だよ。王女の用意した召喚術師が、そこにスコルとハティという狼の魔物を門番として置いたみたい」
高笑いしたシンマの王女が自分から吐露したことを、エルミィはみんなに伝えた。
カルミアの独り言の癖のおかげで、彼女がいまどういう状況に置かれているのかはよくわかった。
ただ……カルミアという少女は、冷静に魔物の様子や王女の思惑を理解し伝えてくるのに、なぜか大人しく待つのを拒否した。
「────阿呆かぁ?!」
ヘレナ、エルミィ、それにアストリアの声が被る。身を守る為のまともな錬金道具があまり役に立たない風樽君だけだというのに、なぜそうなる……というのが全員の気持ちだった。
カルミアという少女は、独自の考察力で【獣達の宴】へ通じる道を発見して、そのまま実況を交えながら進んで行ってしまったのだ。
「カルミアって、なんで無駄に賢いし度胸あるの」
大人しく待っていてくれれば対処しようがあったのにも関わらず、とにかく独自の論理で突き進むのが、カルミアという少女だった。
「メネス……キミは冒険者ギルドへ行き、先に向かったエルミィと共にギルマスに協力を仰げ。最悪火口に落下してでも深層へと最短で侵入するぞ」
アストリアは二匹の召喚獣の相手をするだけではないと見て、カルミアの向かった【学園迷宮】のルートは捨て、五階層の隠し通路から向かう事を告げた。
メネスはガレオンに伝言するため先に寮から出てゆく。エルミィだけではギルドもなかなか動いてくれそうになかったが、アスト王子からの依頼なら別だ。
「階下に降りるなら、私がお手伝い出来そうです」
アストリアに連れて来られたシェリハが、カルミアから作ってもらった糸を出した。カルミアと同じく手甲型の風樽君に飛び出す糸を出す仕組みのものだ。火口の熱に耐えられるように糸を保護して降りてゆけば、ノヴェルが足場を生成して深層へ行ける可能性は高い。
あとは、ドラゴンの開け穴の上を渡り、穴の先の通路から深層へ向かうかのどちらかになるだろう。
「時間が惜しい。カルミアはどうせ死ぬならドラゴン見てみよう、くらい考えて、構わず先へ進むはずだ」
アストリアの推察は、カルミアの思考を正確に辿っていた。みんな彼女の考えには同感だったようで、全員装備を整えギルドへと急いだ。
◇◆◇
「──は、ハックション!」
おかしいわ。なんかみんなわたしの心配よりも噂話で盛り上がっているような気がする。
わたしが死んでも、わたしの作った装備の効果は落ちないと思うから安心していいわよ。
勢いに任せて来たものの、わたしの人生は十二年で終わりかと思うと寂しいわね。深層の魔物にやられるより、ドラゴンと戦って死ぬ方が伝説になりそうだわ。
わたしが死ねば、あの王女さまが高笑いして蔑みそうね。庶民のくせに出しゃばって無理するから、長く生きられないのよ──オホホホホってね。
まあ、わたしが【学園迷宮】にいない事で、召喚獣が慌てだし追いかける可能性もある。通れる道から来ようと暴れるかもしれないけれど、みんないるのだから死なない程度に退治は頑張ってね。
あっ、暴れるなら先に召喚した術師が解除するかな。あの強さの魔物を召喚し続けて制御出来るかは別として。
それにしても、急遽作ってみたらしい通路のせいか、ダンジョンとしては平坦で何の面白味もないわね。当時の慌てぶりがわかるようだわ。
あと貧弱な服装で、ダンジョン内をトボトボと一人で歩くのって拷問に近いわ。何が出てきても死ぬとわかっているからか、孤独と不安で泣きそうよ。
懐中時計も身につけていないから、時間経過はまったく不明。くたびれたし喉が渇くけれど、魔力は温存したいので、ほんの少しだけ喉を潤す水分を生成する。
わたしやエルミィは、こういう生活魔法のようなのも得意だけど、ヘレナとか、すぐ泣くメネスなんかは緊急用の生活魔法使えるようにした方がいいわね。
どれくらい歩いただろう。魔物の気配がまったくないのは助かるわ。途中休憩をはさみ、足を休めた。それと水分を少し多めに取る。水の半分は喉を潤すことに使い、もう半分は制服の一部を湿らせて汗を拭き、吸い込む。
自分の汗だけど、お腹壊さないでねと我がお腹をさする。給水は出来るし、魔力も回復する。
でも、わたしは食料や塩は出せないからね。自前の塩分は少しでも回収して戻さないと身体がもたない。これも覚えておこう。塩はポッケに忍ばせておくとして、干し肉で靴とか腕当てを作れないかしら。
もうさ──シンマの王女さまへの復讐はこの喉の渇きと孤独に彷徨う荒野の悪夢に決定だよね。
怨霊君を改良しまくって水分塩分を吸収する型にして、眠ったまま干からびてしまえばいいわ。
先輩の吸収の力に、ティアマトの強化で基本いける。休んでいる時は、こうやって妄想でもしていないと心が折れそうなのよね。
だって、さっきから吠え声が聞こえてうるさいんだもの。これ……絶対にドラゴンと何かが戦っているよね。
そしてドラゴンの咆哮が聞こえるってことはだよ、深層に到着ってことになる。もうこの世にはいないだろうけれど、あのドヴェルガーたち、ダンジョンをなんだと思っているのかしら。
────扉を開けたら、そこはドラゴンの口の前でした。
なんて笑い話あったような。でもね、現実はもっと酷かった。何よアレ、ドラゴンだけじゃないじゃない。
勇気を持って扉を開けると、火山の見えるフィールドのような階層で、三十Mはあるドラゴンと、それよりやや小さいけど見たことあるデカブツが戦っていた。
なによ、階層主のボス争い?振動と熱気が凄まじい。ブレスだけじゃないわね。とてもじゃないけど、いまのわたしには対処出来ない魔物が二体同時におりましたとさ。わたし一人潰すのに、戦力が過剰過ぎるわよね。
……って、そうじゃない。あの巨大牛人はダンジョンに湧くの?
しかも深層域だと、三十近くある上に装備付きで魔法もあるのね。そのデカブツを簡単に撃退する、あの火竜も魔力がおかしいわ。
わたしは見た。知った。そして終わった。もうね、ドラゴンの金色の瞳がわたしを捉えているのがわかるの。魔力の網にもかかっているのがわかったわ。
離れていても、ドラゴンのブレスひと吹きでわたしは簡単に消え去るからね。
『そこの頭のおかしい娘、そこで何をしているのじゃ』
あら、これは竜言語? あれ、意味は通じるから人語の念話?
『……ワレは人語も話せる。オマエこそ竜言語が話せるのか。変わったヤツじゃな』
とりあえずひと噛みされずに済んで、消し飛ぶこともなさそう。ダンジョンにドラゴンは似合うけど、大空を舞う姿の方が美しいわね。
『ふむ、面白い考えをするヤツじゃ。オマエは前にも来たな。何故そのような貧相な姿で一人なのじゃ』
ドラゴンさん、暇なの? もう覚悟してやって来たのに恥ずかしいわ。
「性根の素敵な王女さまに放り出されたんですよ。どうせ死ぬのなら、一目ドラゴン族を間近で見たくて」
さあ、食え。どのみち正規ルートをこのまま帰っても、魔物に遭えば終わりだもの。
わたしの肉体が誰のお腹に収まるのかを決めるのは、わたしだ。雑魚い魔物にいたぶられて死ぬより、ドラゴンに一飲みにされた方がましよ。
『望むなら喰らうてやるが、ユグドールのようにワレも外界の空気を吸おうと思うのじゃ。ワレの変わりも見つかったしのう』
サーペントのような胴体の長いタイプの竜は龍と言われていたはず。竜も龍も、通常より知識が高く魔力も膨大な種族が古竜や古龍と呼ばれるだったかしら。
この喋るドラゴンはいわゆる蜥蜴型の竜で、強さや大きさからおそらく古竜にあたる。知識も魔力も、この強さになると差異がわからないというのがわたしの実感ね。
「厳密な違いはよくわからないですけど、外に出るのはいいんじゃないですか。今の時期はお天気も良くて暖かいてますから」
照りつける太陽の下、紅く輝く大きな竜が日向ぼっこしている図はなかなか壮観ね。でもどうやって出るつもりなのかしら。地上までブレスしまくって穴を開けたら街が滅ぶわ。
『オマエ、考えが筒抜けなのをわかっていながら、おかしな考えをするのを止めよ。ここから助けてやるから地上でワレを案内せい』
「御遠慮させていただきます」
『御遠慮? どういう意味じゃ?』
「お断りしますって意味です。巨大なドラゴンなんか連れ帰った日には、混乱を招いて縛り首になりますよ」
どうせ死ぬならここだって決めたのに、ドラゴンなんか連れ帰ってみんなを巻き込むわけにいかないじゃない。
『暴れる気はないとゆうておるのに』
「残念ながら口ではそう言いながら、実際暴れる人って多いんですよ」
冒険者と貴族の戯言は信じちゃいけない代表だからね。この変わり者のドラゴンは、嘘はつかない気もするけどね。
『オマエ、遠回しに助けてやると言うのがわかってて何故断るのじゃ』
あっ、さっそくドラゴンさんが怒ったじゃない。わたしの指摘にぐぬぬってなってるし。
『それなら取り引きじゃ。今、ダンジョンの隠し通路を使って、オマエを救出に向かって来ておる仲間たちにワレがブレスを吹けばどうなると思う?』
ぐぬぬっ、て、小賢しく返されたわ。人質を取るとかドラゴンとして誇りないの? 恥ずかしくないの?
『ぐぬぅっ……取り引きじゃと言うておる。仲間の生命を助けて欲しくばワレを連れて行け。ついでに宝もやろう。ワレはユグドールの爺と違って宝に興味はないからな』
何よ、このドラゴン。話がわかる素敵な竜じゃないの。わたしの弱点を的確に暴いて取り引きを持ちかけるとか天才なの?
『オマエ、心がだだ漏れと言っておるのに。どうじゃ、ついでに金脈とやらの在り処を教えるぞ。まあ、あの牛を倒す力が必要になるが』
財宝という致命的な攻撃に、金脈という強力な追撃を食らって、わたしは負けた。金脈の位置さえ正確に分かれば、デカブツは逃げてなんとか対処出来る。
あれはここで沸くようになったのね。牛人じゃなくて、新種の火牛ね。ダンジョンは考えたら負け。いることは記憶しておかないとね。
『取り引き成立じゃな。ならまずは人のかたちをとらねばのう』
わたしが目を輝かせている隙に、ドラゴンさんは人型に変身した。燃えるような紅い髪に金の瞳のお姉さんだ。魔物の人化の魔法は初めてみるわね。ルーネは人の姿をしていたからね。
「炎系は、ヘレナとティアマトいるから余ってるのよ。雷は使えるかしら」
『オマエ、黒焦げにされたいのか?』
「わたしを燃やしたら使えそうな人来るまで、また待つことになるんでしょ? だったら暴れないでくださいね」
『オマエを放り出した王女とやらは、正しい心の持ち主の気がして来たゾ』
「そうでしょうね。あっちは王女さまでこっちは庶民ですもの。そういや、名前は? わたしはカルミアよ」
『ワレはフレミールじゃ。フレミーでも構わぬぞ』
いきなり愛称呼びとかうざいわね。距離の詰め方下手なのは先輩の得意技だから奪っちゃ駄目よ。
お互い自己紹介をして、握手を交わす。フレミールの手に力が入り痛い。うざいのは事実だもの、仕方ないじゃない。
生命拾いはしたけど、冒険者流の強がりとハッタリをかますのも忘れない。バレバレでもかます意気込みこそ大事なのだからね。