第79話 錬金魔術科 ② 新講師
わたしたちは王宮に泊まってゆくことになった。わたしたちは来客用の客室ではなく、先輩の部屋の大きなベッドを横に使って眠ることにしたのだ。
お酒臭いメネスは一番端で暴れないように縛りつけられ、スマイリー君で酒気を抜いている。酒精が混ざるとどうなるのか試用に沢山ほしいわね。
いくら大きなベッドでも八人で寝るには流石に無理かな。でもルーネは小さいし、ノヴェルもお子ちゃまサイズなので、意外と余裕があった。
「一度やってみたかったのだよ」
先輩は家族みんなでやりたかったみたいね。でも兄さん達が嫌がって実現しなかったみたいだ。
────先輩って友達もいないし、家族にも嫌われていて結構寂しい幼少期を過ごして来てるよね。王都にはこんなにも人が溢れているというのに……なんてね。
それにしても先輩は今、寮住まいでベッドは使っていないはずなのよね。なのに王宮の部屋のベッドまでふかふかでいい香りがする。普段から手入れが行き届いている証よね。
先輩って、このふかふか高級ベッドで寝て育って来たのに、よく寮のわたしたちの部屋のベッドで寝れるわよね。
王族だと、こんなベッドで寝れるかって思うと羨ましいわ。倉庫に持ち込めないかしら。
「君達といると安心感が違うからだよ」
潜入の達人でもない限り、ティアマトが真っ先に気づくものね。留学生が来てからは、入口や窓に風樽君を設置して防犯対策もしている。
それに第三王子に存在されると、迷惑な勢力は他にもいるだろうから。
王宮内だって安全じゃない。兄王子達は大人しくしてても、謀略に長けた貴族が刺客を放つかもしれない。
みんなで寝ようとなったのは、先輩を守るためでもあった。
朝は王宮自慢のお風呂へ入ることが出来た。庶民の王宮探検ツアーみたいになって来たわね。
学園の寮のお風呂も大きいけれど、王宮のお風呂は造りが豪華だ。浴槽は泳げる広さで、ノヴェルとルーネがプカプカ浮かんでいた。このまま持って帰りたい愛らしい絵面よね。
「国王陛下との約束条件に、王宮のお風呂使いたい放題を入れておくべきだったわ」
毎日通うのは無理でも、授業のない日にお風呂に入るためだけに通いそうよ。庶民が何言ってるんだって怒られそうだ。
髪を洗う薬液や、身体を洗う粉薬は噂のヴィロノーラ商会のものね。こちらは高級だけど、品物は高いなりにちゃんとしていた。
────お風呂の後は、国王陛下と王妃様を交えた朝食会に招かれた。国王陛下は髪の毛がふさふさになったのを自慢したくて仕方ないらしい。
部下達は嘘でも真実でも褒めるので、あてにならないみたいね。まあ国王陛下だもの、当然だわね。
でも──わたしたちは嘘はつかないかわりに興味がないのよね。おっさんの髪の話しを興味津々に聞く人間って、同類の髪の薄いおっさんだけよ。
王妃様には喜んでもらえたのだから、それで満足しなさいな。一食浮いたのは助かったので、お世辞を言ったら心が籠もってないと怒られた。本当に面倒臭いおっさんだわ。
国王陛下も王妃様もわたしたちには優しかったと思う。不敬罪で罰せられる事は一度もなかったもの。
────ただ本当の顔はわからない。王族や貴族のなかには穏やかでにこやかな顔で、冷酷な命令を下せる人はいるものだからね。
お腹パンパンなヘレナと、ブツブツ言いながらぐったりしているメネスを、エルミィとティアマトが背負う。
わたしたちはようやく王宮から寮へ戻った。しばらくメネスは使いものにならなそうだ。先輩の護衛は以前のように、シェリハについてもらうしかないね。
錬金魔術科に新しい講師がやって来た。新しいというか、臨時講師のエルミオ先生だ。元々担当講師だったので、エイヴァン先生の後を引き継いでもなんの問題もなく、授業を進めてくれた。
エルミィのお兄さんなのに、そっけないというか目も合わせない。仲が悪いのこの二人?
「────違うよ。兄は研究魔だから、迂闊に話しかけると止まらないんだよ」
好奇心の強いのは、エルミィと同じらしい。エイヴァン先生と違い錬金術に関しては本職なので、わたしとしては熱を帯びてくれた方が助かるわ。
「あまり目立つと王女に絡まれるよ」
やることが沢山あるので、留学生達にはかまってられない。こちらの都合など考えてくれる人達ではないけどね。
エルミィの忠告を聞いて大人しくしていたのに、わたしってば根っからの問題児なのかしら。自分の性質に凹むわ。
静かにやって来たのは王女さまじゃなくて、講師……エルミィのお兄さんだ。
「面白い錬金釜を持っている娘のことをエイヴァンから聞いたが、これは素晴らしいな」
わたしが授業で使うのはヘレナ専用釜だ。最初に授業で作ったので、改良されても使っていた。授業の度にいくつも持っていくのも大変だからね。
それにしてもエルミオ先生は普通にしてれば美形エルフなのに。研究に没頭しているせいか、小汚く髪までボサボサだ。
自由に実習の時間なので目立たずに済んでいるけれど、殺意の混じった視線が刺さって頭が痛いわ。
「なるほど──特殊な魔晶石を使って鉱石にしているのか」
おっと、分析が早いわね。とくに魔晶石で鉱石を新しく作ることが、もうわかったのね。エルミィから聞いたのかしら。
「この分泌物の成分、これがどうして作れたのだ」
成分の心当たりに検討がついた様子。でも作成方法はわからないようでホッとしたわ。
分泌物を錬金釜へ投入して専用のものにする手段は実は一般的にある手法だ。血晶石とか魔血晶なんて呼ばれてるものがよく見受けられた。
吸血鬼族の血や竜の血なんかは有名な話よね。
使用者の能力を高めたり、使用制限をかける時に使うため、契約や封印、結界なんかの魔法と相性が良いのよね。
「いや、これは魔力に対して質が高すぎるね。魂晶石の域に達する代物だよ」
あれ、なんか既視感を感じるわね。この独りの世界に没頭してブツブツ言ってる危ない研究者の姿と、いつものわたしが重なる。
あぁ………これは普通に引くわね。この人、いま授業中なの忘れてるわよね。
「昔からこうなんだよ。エイヴァンがやって来たせいで、臨時講師にされても研究に没頭出来るから良かったくらいにしか考えてないのさ」
エルミィが呆れたように立ち上がり、先生の耳を引っ張った。
「授業に集中してください、エルミオ先生」
エルミィはそう言って、先生の手からわたしの錬金釜を取り返してくれた。何か手慣れてるわね。どうりでわたしを正気に戻すのも上手いわけね。
エルミィが錬金釜の扱いに長けているのも、この兄あってのことだとよくわかったわ。
臨時講師から新担当講師として初日だというのに、エルミオ先生のお披露目は酷かった。生徒にエルフ自慢の耳を引っ張られながら説教されて、涙目の悲しい初授業となっていた。