第73話 コスモテラリウム
ようやく宮廷料理の数々を、たっぷりと堪能出来た。お腹ぱんぱんになってしまい、みんなは先に寝てしまった。ヘレナとノヴェルのぽっこりお腹が可愛らしいわよね。
わたしは倉庫の工房で、国王陛下に贈るための薬を作製していた。
何事もなければ、明日また医務室で施術を行うことを告げてある。出来るだけ身を清めてほしいことも。
何か起きる可能性を考えておいたのは、留学生達がわたしに絡んで来ると思ったからだ。
えぇ、どうせわたしは庶民ですからね。皇子に蹴られ殴られ馬鹿にされたおかげで、今まで大人しかった連中が、狂喜の笑みを浮かべて殺到しそうだわ。
……庶民の分際で悪目立ちしていたから、相当恨まれていそうよね。
それと、こちらにも予定があるのよ。皇子様だろうと王女様だろうと、文句があるなら先にお伺い立てなさいなって言いたい。わたしの事だから、たぶん言ってしまいそうだ。
まあ──お偉い方々は庶民の叫びなんて無視するんだろうね、まったく。
一人作業をしているのは寂しいので、わたしはルーネ専用のバスケット型のゆりかごを天井から吊るしていた。
ルーネはまだ人形のように小さい。十年ほど魔力の土を与え続けると、わたしのような人族の娘くらいの大きさにまで姿を変えられるようになるらしい。
与え過ぎても駄目らしく、魔力過多による暴走で凶悪化するそう。匙加減が難しいのよね。
ルーネの場合ははじめから知性が高く、ノヴェルの魔本で言語も覚えたくらい賢い。魔晶石を渡しまくっても、暴走せずに自分で適度に使うので育成は楽だわ。
それに……わたし達と同じ料理も食べていたりする。アルラウネなのかどうか疑わしいわよね。
「────そんなルーネに朗報があります」
ビクッとルーネが身震いした。うん、勝手に寝床を移動してごめんなさい。眠ってる所を起こしてびっくりしたよね。めちゃくちゃ怯えてるけど、食べないって。
「カルミア、ルーネハ、オ話シ聞クゾ」
ルーネが喋ったわ! ──って喋るのは知ってるの。木人や花人にも言葉のようなものがあるからね。
でも今はわたしたちの言葉を使って喋ったのよ。ノヴェルや先輩の口癖がうつったようね。
「──ノヴェルノ本ハ好キ」
わたしも読ませてもらったけど、あの娘の本は、仕掛けを抜きにしても面白いのよね。
内容はノヴェルが昔に聞いた御伽話みたいなのだけど、ノヴェルの技量で飛び出す絵柄が凄く迫力あるのだ。
「言葉を覚えて喋れるようになった以上、ルーネも学校で学びたいと思うわよね?」
ヘレナやノヴェルがその日にあった学園内の話しや街の事を話すので、興味を惹かれているのは知っている。
先輩の護衛をメネスだけに任せるのは不安だし、彼女にも負担が大きい。
ルーネを先輩につければ、先輩の魔法耐性が格段にあがる。とくに精神関連は魔道具を作るよりも、ルーネがいる方が防ぐ能力が高くなる。
「オ勉強スルー」
ぬふふっ、いい娘だよルーネは。さて、彼女の同意は得たので移動手段の確保をしないとね。
植物属というのかしらね。木人とか花人って、成長すると人型になって歩き回る。宿り木みたいな本体があって、個々の個体の持つ魔力で、動ける範囲や使える能力が変わるらしいのよね。
わたしもまだ勉強不足なので、詳しくわかっていない。もともと生態系が謎な種族だからね。
いまのルーネの本体は、ノヴェルが改造して、直した箱庭の中にある。窓際に飾られている箱がそれだ。中で育てられてる草木は、可愛らしいものばかりじゃないけどね。
わたしが作ろうと思うのは、ノヴェルが最初に作った魔力の檻だ。あれをさらに小さくしたもの。ちょうどこの、ゆりかごを球体に閉じ込める感じね。
球体には魔力耐性と物理耐性を高めた、硝子を錬成してみようと思う。
鍛冶の場合は珪砂や石灰なんかを高熱で溶かしてで鉱石を溶かして作るらしい。錬金術では素材を投入して魔力によって物質を錬成する。
錬金魔術科で講習を受けるまでは、鍛冶屋と錬金術師の違いって、むさ苦しいおっさんか、陰気臭いおさっんの違いくらいにしか思ってなかったのよね。
講習を受けて学べたのは、鍛冶はとにかく熱。溶かせるかどうか。いかに熱量を高め保つかも重要で、錬金釜のように鍛冶屋も自前の炉を持つくらいだ。
熱で鉱石を溶かして思うままの形状にする。錬金術同様に、別の金属や素材を融合させるのも、熱量なのよね。
あくまで鍛冶の触りの部分だけど、むさ苦しいのじゃなくて、暑苦しいのは仕方ないのかもしれないと思った。
錬金による錬成は、魔力で決まると思う。個々の素材を錬金釜にぶち込んで一つの物を作るわけだけど、溶解も分解も融合も魔力が全てを決めると思ってる。
あとは想像ね。魔法と同じで、こうすればこうなる、って決まりが求められる一番の理由が想像をしやすいから。
これは錬金魔術科の授業を見てて思ったのよ。教科書通りに素材を用意して、順番に投入すれば、足りない魔力は魔晶石が補ってくれる。
だから失敗は少ない。でも面白くない代物。わたしの錬金釜を失敗作って笑う生徒ばかりだったけれど、本来錬金魔術師の錬金釜は違って当たり前なのよ。だって芸術作品と同じで、求める理想が違うのに、同じものになる方がおかしいのよ。
「カルミア頭ワイテルーッ」
うぐっ、ルーネにまで指摘されたわ。気を取り直してノヴェルの錬金釜で、ノヴェルとヘレナの成分を投入する。まずは魔力の檻もどきを作る。硝子素材は珪砂と石灰に、エルミィとティアマトの鉱石を少しずつ投入した。
出来た素材を今度は先輩、メネスの錬金釜で成形してゆき、最後はルーネの錬金釜で仕上げる。
綺麗な硝子の球体が出来たわ。ちゃんとゆりかごが中に収まり、カルミアタイトを核にして魔力の土でかごの中身が埋まっている。
「ホォー凄ィ綺麗ナノ」
うぅ、手のひらの大きさのルーネが感動でフルフルしてるのもかわいい。
「これは、浮揚式鉢植君よ。中は箱庭と同じくらいの広さだから入ってご覧なさい」
球体の大きさはルーネより少し小さい。でも頭さえ入れば中に入れるのだ。ルーネに合わせて成長するので、最終的にはわたしの頭くらいになる予定だ。
この浮揚式鉢植君は簡素な作りに見えるけれど、わたしの理想の結晶よ。
「カルミア、浮イタヨー」
そうなの、魔力で浮くのよ。ルーネの魔力を使わずに、魔晶石でも補えるのが良いでしょ。
先輩用にネックレスを新調して、浮揚式鉢植君を収容させる。授業中や移動中は、一緒にいてもらいたいからね。
勉強するにも胸元なら邪魔にならないし、ルーネも中から見られるでしょうから。
「ルーネ、本体は以前のまま箱庭にあるから、カルミアタイトの側に、自分の分体の苗木を植えておくのよ」
本体から離れすぎた所で活動すると、いまのルーネが枯れてしまう。マンドラゴラのように魔物として、本体ごと移動している時は問題ない。
だけど、それだと本体を駆除されたらおしまいだ。
苗木が育てば本体と分体を行き来出来たり、分体を増やしたり、本体がやられても分体を本体にしたり出来るそうだ。それが全部本当にルーネなのかどうかは、検証してみないとね。
生態については、本当によくわからない種族って多いわよね。アルラウネも魔物としてしか情報がないから、謎が多い。
トレントやドライアドといった種族との違いも知りたいものね。だいたいノヴェルの種族だって、いまだに確証のない状態だもの。
ルーネは自分で種をまき、成長を促す魔法をかけた。箱庭と同じ感じなので、泉もあるし、魔晶石置き場もある。自分の苗木にかける生育の魔法だけは、魔晶石での代用は駄目らしい。
「わたしたちと先輩が別行動の時は必ず先輩についていくんだよ、出来る?」
ルーネを先輩の側に置くもう一つの理由は、当然魔晶石の回収だ。専用の収納よりもルーネの所なら安心だもの。
浮揚式鉢植君は比較的頑丈だ。デカブツに踏まれても割れないし、魔法攻撃は霧散し吸収する。圧倒的な魔力は別として、壊せるのは作製したわたしだけ。ルーネ本人にも壊せないのよね。
浮揚式鉢植君に魔力のほとんどを費やしたので、さすがにきつい。
「ルーネ、先輩が朝早くお風呂に行くから、その時は一緒に行ってあげてね」
わたしが起きれないので、ルーネに説明してもらえば大丈夫よね。
寝ている先輩の首にネックレスをかけてると、ルーネはふよふよと球体を浮かせて先輩のところまで飛んで行った。
これでひとまず安心ね。そう思って寝ようと思ったのに、わたしのベッドで手足を広げて大胆に眠るメネスの姿があった。この娘、探索者なのに、無防備過ぎない?
ベッドを取られたわたしは仕方なく、ぽんぽこお腹のノヴェルのベッドに一緒に寝かせてもらった。