第71話 歓待祭と歓迎の宴 ③ 国王陛下のお見舞い
────……清潔なベッド、知らない天井。わたしが目を覚ましたのは、宮廷の医務室だった。
なんかお腹が重い。ノヴェルがわたしのお腹を抱えて、よだれをたらして寝ていた。癒やしてくれてる······わけじゃなさそうね。
大量のよだれが、溢れるくらいにあふれていて、もったいないわね。
「……カルミア、痛くない? 大丈夫?」
ベッドの横にはヘレナがいた。心配してずっと側にいてくれたのね、ありがとう。蹴られた時は呼吸も出来ないくらい痛くて苦しくかった。叩かれた後は、痛みを感じる前に気を失ったのよね。
「ごめんなさい、カルミア。怖くて何も出来なかった」
メネスが泣く。あぁ、ここにも貴重な涙がこぼれ落ちてゆく。
「いや、あなたが手出しすると色々とややこしくなるから何もしなくて正解よ。むしろ空気を読まないあの留学生に、巻き添えにされなくて良かったわ」
冒険者ギルドからの支援のための護衛って言っても、人材不足を馬鹿にされて終わるのがわかる。殴られ蹴られ損でも、揉め事を大きくしないためにはこらえるしかないのよ。
「先輩たちはまだ宴?」
気を失う直前に、先輩からバカバカと、連呼された気がした。叩かれて、蹴られた所より耳が痛い気がするわ。
「アスト先輩は残って、盛り下がった場の接待役を頑張ってる。エルミィとティアマトが、ちゃんと警護を続けてるから心配ないよ」
何事もなかったように、とはいかない。でも侮っている格下の国とはいえ、王族の先輩の顔をこれ以上潰すような真似は、どちらの留学生も控えてくれたようね。
「────結局、ひと口も宮廷料理を食べられなかったわ」
わたしは上半身だけ起こしてもらいノヴェルの頭を撫でた。頬もお腹も痛みはない。ヘレナが自分の薬を使って治してくれたみたいだ。
「……あの人、許せない」
ヘレナが怒ってる。わたしはヘレナと、ついでにメネスを抱きしめる。
「あれが、普通の反応なのよ。先輩が異常なのを忘れたら駄目よ」
先輩は全てをなげうって逃げ出す覚悟もあるから、分け隔てがない。ぼっちだから友達を自分から逃がすような真似もしない。
貴族の子供でも、跡継ぎと確定しているような子供は、時に横暴で理不尽極まりない行動をするものだ。
貴族の面目を庶民が潰せば、殺されても文句が言えないのが貴族の社会なのだから。
「わたしたちは仲間で、冒険者パーティーでもあるからね。先は長いのよ。敵と味方は自分たちの目でよく見極めないとね」
────ただの嫌な奴だったら、宿舎にしている寮の中に臭い玉でも放り込んでやるわよ。毎晩ね。
「私、立場上は止めないといけない。でも……カルミアがやるなら私もやるわ」
メネスがすっかり過激になった。ギルドで過酷な労働条件で働き続けるより、先輩について良い目を見た方が得だものね。わたしの為といいつつ、しっかり打算が働くメネスは嫌いじゃないよ。
その点、ヘレナは騎士精神が強いので気をつけないとね。せっかく王族と知り合ったのに、ヘレナの忠義は、なぜかわたしに向いている気がするのよ。
「歓迎の宴が終わったら、先輩たちを連れて寮にさっさと帰りましょう。ここにいると留学生以外にも面倒そうなのが来そうだからね」
ご馳走はヘレナが宮廷の料理人にもらって来てくれていた。さすがヘレナ、わかってるわね。料理人の人たちも小広間での騒ぎを知っていた。暴行を受けたわたしが宮廷料理を凄く楽しみにしていたと話をした所、ケースにたくさん詰めてくれたそうだ。
「みんなも食べてないんだよね?」
ノヴェルがわたしの治療したての柔らかいお腹をかじりそうなのは、ご馳走をおあずけされたからだね。あなたは見かけによらず、顎力も強いから噛じらないでほしいわ。
「エルミィ達も、きっと食べるどころじゃないと思うよ」
「なら尚更ね。はやく帰ってみんなで食べましょう」
ヘレナがもらって来た料理は、ノヴェルひとりくらい入りそうな量なのよね。どういう風に話しを進めればこうなるのか、わたしにも教えてほしいわ。
わたしにちょっかいをかける街の冒険者たちは、撃退しても財布の中身がすっからかんな事が多いのよ。
せっかくやっつけても貢ぎものになってないから赤字なのよね。宝石くらい吐き出せって、言いたくなる。
馬鹿な話をしていると、部屋の入口の扉がノックされた。宮廷の護衛騎士がお客さんを案内してきた。
傷は治ったにせよ、一応怪我人なので、このままでもいいならと許可をもらった。だって、宮廷の医務室なんかにやって来るような人の身分が、庶民なんてことはないと思うからね。
────やって来たのはおっさんだ。どこかで見た顔だ。でも、なにかが足りない感じよね。
「皇子に殴られたと聞いたが、大丈夫みたいだな」
どこかで聞いた声と顔。髪を足すと似た顔があるわね。それに……あの乱暴な留学生は皇子なんだ。どおりで偉そうにするのが慣れてるはずよ。それよりこの顔、よく見た顔だわ。
「────あっ、おじいちゃん先生だ」
わたしはポンッと手を打ち納得した。最近容姿が変わったせいか、やたらと元気なのよね。おじいちゃんとはいえない雰囲気だけど、あの顔をもう少しだけ若くし薄くしたらこうなるわ。
「ん? おじいちゃん先生と呼んでいるのか。アルベロという名前で学園の講師をしているが、あの人は元学園の理事長で、この国の先代国王だぞ」
あのおじいちゃん、そんな事一言も言わなかったよね。だから、わりと好き勝手にやれてたのか。あれ……じゃあさ、おじいちゃん先生に似ているこのおっさんは?
「それで失礼ですけど、おっさんは誰?」
聞かなくても、もうわかってはいるの。でもね──認めたくないのよ。出来ればただの、おっさんであって下さい。
「わしは、ロブルタ王国国王の、アヴロドだ。お前たちの仲良くしているアストリアの父だ」
薄目の頭を除けば確かに先輩の父親らしく、いいお顔だわ。おじいちゃん先生も、若返ってから学生にもて始めてるからね。国王一族の血統なのかしら。確か王子二人も、同じ世代の方々より薄く感じちゃうもの。
もって、あと十年ってところね。国王の頭をみながら、わたしは王子二人の将来を考えた。
「そのことだが、先代が頻繁に訪れるようになって、面会する度にこれ見よがしに自慢してくるんだ」
おじいちゃん先生の自慢が、うざい域に達してキレたようだ。国王陛下が良い機会だと、わたしたちを呼ぶことを強行したのもそのせいね。
────つまり、今回の件はおじいちゃん先生のせいってことね。
「手順を踏んで、冒険者ギルドに手紙の配送を依頼もしたんだがな。ギルドマスターのガレオン氏に、紹介状を出してもいたんだぞ」
国王陛下が圧力をかけるように、わたしの側にいたメネスを睨む。色々話を耳にしているようね。
先程まで先輩を通して将来の安寧を図っていたメネスが震える。ギルマスなんかより怒らせてはいけない人だもの、仕方ないわよね。
最初の依頼書を燃やしたのはわたしだ。後の手紙の処分を頼んだのもわたしだ。でも国王陛下から、どれだけ手紙が来ていたかなんて知らないからね。
「────わたしの真似をして、精神的抑圧解放のために、燃やしたり破り捨てたりした?」
みるみると顔を青黒くして、嫌な汗を吹き出すギルド職員。きっとガレオンと揉める度にやらかしたのね。
わたしが指示した分はわたしのせいでも構わない。でも……やらかした分は知らないわよ。
「あなたからはわたしが傍若無人に映るようね、メネス。でもね、それは単にわたしが、揺るぎない優位性を保っているからなのよ」
相手が自ら弱味を晒してるんだもの。戦わずに勝てるに決まっている。部位欠損を治すという神薬でも頭髪の病は治せないという。しかし──わたし治したのだから。
正確には頭髪の減少は、加齢だったり怪我だったり理由は様々だ。神薬は、肉体の破損の修復は可能だ。頭髪の薄い理由の一つ、怪我や火傷はたち出どころに治すはず。
でも頭髪は体毛ではあるものの、怪我をして失ったわけじゃない。怪我ではないものは、治療しようがないのよね。
不毛の大地に実りのないことばかり嘆いて、大地の改善をしようとしない。もっとも改善しても自然の機能を失った頭皮に実りを戻すのは難しい。だからこそ奇蹟奇跡って騒ぐのね。
「まあよい。アストにも伝えさせたはずだが、薬を作ってくれるのだろうな」
なんか期待に目を輝かせて気持ち悪いわね。先輩のお父さんだから我慢するしかない。
「国王陛下なんだよぉ……」
メネスがなんか呟く。陛下だろうと、先輩のお父さんには変わりないわ。
「えっと、先輩からは『国王陛下に会ったら、尊厳を汚さないよう注意してくれたまえ』 って言われただけですよ」
「なぬっ?」
先輩とお父さんの間に、情報に齟齬が生じたようね。
わたしはもう毛生え薬には興味ないって、言っても言っても来るのよね。あの薬はティアマトの成分があって成り立つ代物で、時間をかければ代用品でも出来ますって、教えたはずなんだけど。
国王陛下は御自分のことよりも、息子二人の心配をした方がいいのではないかと思うわ。相当早く荒れてくるわよ。
ヘレナとメネスが両側からわたしの腕を取り、もう止めてと伝声で訴えてくる。心配し過ぎよ、二人とも。
あのアスト先輩の父上だもの、ノリがいいから、暴言さえ吐かなければ懐は深いはずよ────たぶん。