第70話 歓待祭と歓迎の宴 ② 隣国の皇子は耳が悪いらしい
歓迎の宴はこの後は使者として一緒にやって来た大人達と、留学生としてやって来た子供達にわかれて立食式のパーティーに移る。
庶民では絶対に味わえない料理。宮廷料理人達の美味しい料理を堪能出来る機会とあって、わたしは気合いが入った。
「私もレシピを増やせるかもしれないから、凄く楽しみだよ」
ヘレナもやる気だね。エルミィは食べることより留学生達の服装や装備に興味があるみたい。ティアマトと何やら話しに夢中な様子だ。
ノヴェルは学生に扮したメネスが落ち着かないので、側についている。負のオーラが出なければ、充分学生で通じるわよ。
メネスは一応先輩に対して、何かあっても駆けつけられる位置取りをしているのよね。そのあたりは流石だと感心した。
陛下は大人の方々のパーティーへ参加するので、そんなに畏まらなくても大丈夫よ──たぶん。
学生達に料理が用意されたのは小広間だ。中央のいくつかのテーブルに盛り付けられた料理とお皿、飲み物の入ったグラスが用意されていて、好きなものを好きなだけ取って食べられる立食式なっていた。
立食と言っても壁際には小さめのテーブルと椅子が用意されていて、主賓の留学生達の席は正面奥に、互いに喧嘩にならないよう、少し離して設置されていた。
今もこの国のそれぞれの王子が宥めながら、一旦落ち着かせていた。
王子達は成人しているので後は先輩に任せて退出し、大人達のパーティー会場へ移らないと行けないので忙しいかった。
わたしたちの席は、その貴賓席にあたる奥の壁際の隅っこだ。入口側にいるよりも視界に入りづらく、留学生が噛みつきあっているので、目立たなくていい場所だ。先輩の所にも駆け付けやすい。
「ヘレナとノヴェルは絡まれやすいから、席で待っていなさいな」
わたしがそう言うと、エルミィが呆れたように見る。
「君もだよ。メネス、カルミアが動かないように捕まえててよ」
メネスがにっこり微笑んで、わたしの服の裾を掴んだ。ちなみに学生はみな制服を着ているので、メネスも制服を用意したのよね。違和感がないのはいいけど、どうしてわたしまで大人しくしてないといけないのよ。
「カルミアが行くと十中、十は絡まれる。だからボクがかわりに持ってくる」
うぐっ、ティアマトに言われると辛いわね。最近自覚あるのよ。ヘレナたちだけで買い物行っても、すんなり帰って来れる。
でも……わたしが一緒だと何故か冒険者や、輝くおっさんが、なぜか寄って来るのよね。
「ヘレナ、ノヴェルと一緒に料理取りに行ってもいいわ。どうせ、わたしは大人しくしていても絡まれるから」
────先輩からごめん、そっちに行くやつがいる、と伝声が来たのだ。……うわぁ、明らかにいちゃもんつけに来る冒険者みたいだよ。あいつらと同じニヤニヤした顔と歩き方だよ。
貴族ならもっと、優雅に歩いた方が、いいと思うわね。たかが一庶民の女の子が相手なんだからさ。
背が高く身体つきの大きな、いかにも男子な感じの留学生が二人と、派手なお化粧の先輩と同じくらいの背の女の子が近づいて来る。
帝国からの留学生ね。武装は剣だけで売ったら高そうな、装飾の施された鞘に納まっている。
喧嘩……売るなら買うわよ? そう思って身構える。メネスは掴んでいたわたしの服を離して退散しようとした。わたしが逆にメネスの服を掴んで止めた。
力はないけど、振り切って逃げようなんて思わない事ね。目ざとい留学生に目をつけられるからね。
改めて調べてみたら、二十Mあったデカブツの巨大牛人に比べて、留学生の男子なんて、オークよ、オーク。顔はコボルトみたいに噛みつきそうな眼だわ。
わたしをあまりに心配するので、そう先輩にそう伝声した。うがぁぁ────と叫ばれた。もちろん、伝声でね。舌技まで器用だとか、王族は違うわね。
あまりこの状況で先輩をからかうと、留学生より先に先輩に魔銃で撃たれそうなのでやめておいた。
あと逃げ場のないメネスの震えが止まらなくて、わたしまでブルッてるみたいになるから止めてね。
こっちへはしばらく来ないように避難させたエルミィ達からも、色々煩い。
「────バカ、どうして君は喧嘩をいちいち買おうとするんだ」
「──喧嘩しちゃ駄目だよ。殺されちゃうよ」
みんなから、しきりに伝声が入る。大人しく謝ってやり過ごすように伝声が飛び交う。
失敗したわ、これ。こっちからは伝声を切れないじゃないの。壊れたメネスから、エンドレスに呪いの唄を歌われても止められないって事よ。
まあ外せばいいから、改良を考えておかないと。
「おい、お前。さっきからどこを見てるんだ」
三人の留学生がわたしの前まで迫り、止まっていた。なんかいきなり怒ってるし、こうなると面倒な輩よね。
メネスはすでに椅子から立ち上がって、わたしを立ち上がらせようとしていた。
先輩とエルミィから、愕然とした声が届く。危ない場面なのに、笑いそうになるので目の前の災厄に集中しましょう。
「カルミアと申します。宮廷に呼ばれるのは初めてなもので、すみません」
ほら、わたしだってやれば謝れるのよ。なんで謝るのかわからないけど。
「だいたい庶民の分際で、なんで貴賓席に挨拶しに来ないんだ」
庶民の方から、断りもなく挨拶に行く方が無礼じゃないの。文化が違うのかしらね。そんな話、聞いてないわよ。
「分をわきまえていますから。庶民の分際で、挨拶に来られても目障りですよね。その庶民にも分け隔てなくお声をかけて下さる、お優しい先輩方が留学生として来られて本当に喜ばしいです」
ぐふぁ。
ガタイの良い留学生男子の言葉を使って、言葉を返すと──わたしのお腹に乱暴な蹴りが入った。
やばいよ、こいつ。冒険者より足癖が悪い。オークじゃなくて、コボルトが正解ね。
「二度目だ。質問したら答えを返せよ。庶民がどうして宮廷にいるんだ」
小広間の隅っこでのやりとりは注目を浴びている。帝国からの留学生は、そんな注視を気にも止めず、質問を、続ける。
「ロブルタの料理はお口に合いませんてましたか? 入寮されるようですし、寮の管理者には帝国風の食事も選べるように伝えておきますね」
ふらふらと立ち上がるわたしが、そういうとバシッと乾いた音が室内に響いた。
体格が違う男子留学生の平手打ちが、わたしの頬を打った。仲間には怒りを抑えるように伝え、わたしは倒れ込んだ。
「ハッ、しょせんは帝国の影に怯える弱小国。貴族の子女の頭数も揃えられんか」
薄れゆく意識をなんとかつなぎとめて、わたしは成り行きを見守る。
────たぶんわたしは当て馬だ。乱暴な素振りを見せて、敵対心を持つシンマ王国と、中立のロブルタ王国の反応を見てるからだ。
手近な所に都合の良い落ち度を見せた庶民がいた。生贄に選ばれただけの事。たとえ従順に答えても、わたしは叩かれただろう。
留学生の性分はアレとしても、言ってる事は当たり前の事よね。本当になんで庶民がここにいるのって、わたしだって思うもの。
わたしのような庶民がいる理由がなんであれ、正式な貴族の場なら侮られたと取られてもおかしくないわ。相手が皇族王族なら尚更だわ。
だから────逆にわざと粗暴に振る舞って、悪者になった可能性もある。見方を変えると、アスト先輩を助けてくれたんじゃないかな。舐められないように。コボルトみたいなのに、頭は回るのね。
まあ……実際はそんなわけないか。まったく酷いくらい蹴りは容赦なかったし。だからティアマト──貴女の力で殴られたら顔が潰れるから、お返しなんて考えては駄目よ。
いや比喩じゃなくて、現実的に潰せるでしょあなたは。ティアマトが発する殺気に、わたしを蹴って殴った当人がおびえてるわよ。
それとヘレナ、出来るだけお高いお料理を詰めてもらえるようにお願いします。せめてひと口くらい食べたかったわ……。エルミィは飲み物を頼むわね。
わたしは痛みに耐えきれず、ぶるぶる震えたままのメネスの足元で、意識を手放した。