第69話 歓待祭と歓迎の宴 ① 国家権力の乱用
隣国から留学生達がやって来た。表向きは友好の使節団体となっているので、歓待祭と称して王都の南通りと西通りで歓迎パレードが催された。
王子達はそれぞれ支持する派閥を率いてお出迎えだそうね。南のローディス帝国からの留学生達と、西のシンマ王国からの留学生達を、争うように迎え入れに行った。
わたしたちはどちらのパレードを見るか迷っていた。王宮のある中央通りでまとめてやればいいのに、と思う。
「仲が悪いし、同日に重なると思ってなかったみたいだね」
眼鏡エルフが仕入れた情報を得意気に披露する。どうせ情報源はエイヴァン先生でしょう。
せっかくの機会なので両方行こうとした所に、先輩から連絡が届いた。美声君からではなくギルドからだ。宮廷へ来て、先輩の学友として側にいて欲しいと、ギルドを通した依頼をされたのだ。
ギルドを通したのはメネスにも来てね──っていう先輩からの脅しだ。自分で運んで来た手紙を持ってメネスが身震いした。
「冗談よ。ただ両国の使節団が一同に介するとなると、絶対に揉めるわよね。不測の事態に備えたいのよ」
あぁ……お祭り見てみたかったわね。わたしの住んでいた田舎町にはお祭りはなかったからね。娯楽なんて、たまに来る吟遊詩人とかいう唄歌いくらいだものね。
先輩の学友と言っても、学年も学科も違うのに、いいのかなって思う。メガネ男子のせいで、身分の高い貴族の子は取り巻きから外れてしまった。
先輩の代は側近不足というか、身分の高い子息や子女は貴族院へ行ってしまったのよね。
他の魔法学園の取り巻き希望は、伯爵令嬢達と似たりよったりの立場らしいから仕方ないのかもしれない。
「それなら平民でもいいからと、護衛出来そうなわたしたちが選ばれたわけよね」
────うん、多分嘘だ。だいたい先輩の同学年の御学友の席は、もっと大広間の後ろの隅っこだもの。
宮廷内の立場的に、アスト先輩の立場は弱い。しょせんはまだお子様扱いの第三王子だからだ。
もともと異色の立場な上に、ぼっちだし。何より二人の兄達は成人していて、跡目争いを始めようというくらいなのよね。当然、派閥貴族達も揃っている。
魔法学園では、先輩が留学生達を迎える立場として最高の責任者になる。でも、この式典では国王陛下に二人の王子達こそ主役なのだ。
それと呼ばれてみてわかった。わたしたちがお偉い方々の近くに配置されている理由は、先輩のせいじゃない。見えない圧力のせいだ。現実というか事実上、見えないのは毛髪なんだけどね。
国王陛下並びに神の雫を欲する御偉方が結託して、先輩にわたしたちを呼ぶように圧力をかけた……が正解なのだと思う。
緊張感のある他国の使節団を迎える場で、見えない頭髪の心配をしていて大丈夫なのだろうか。
そんな理由で上級貴族の座る席に、庶民の子供を座らせる愚行。そんな頭のおかしな事をするから、美髪の神様が異様さを気づかせようと髪を抜くんじゃないかしら。髪だけに。
そんなわたしの妄想をよそに、式典は進む。到着を告げる前触れの管楽器が、宮廷の外から鳴り響く。魔法学園の卒業生在校生合同の、合唱団と楽戯団による演奏が始まった。
学園にはいわゆる聖歌隊などにつくために学ぶ魔法歌唱科や、魔法楽器科などがある。ノヴェルが迷っていた学科ね。個人で歌や楽器を使い生業をたてるものには、わたしの故郷にも来た、吟遊詩人などがいるわね。
こちらはまた別の学科があるようね。ノヴェルの唄なども、これにあてはまる。そうした個人向けの音楽は、独唱魔術科や独奏魔術科で学べるのだ。
音楽に携わる個人も団体も、外交の場や、お祭りのときなどに大活躍する人気の職業の一つでもある。
ノヴェルが楽しみにしていたし、演奏を間近で聞きたかったわね。演奏は宮廷前の広場で行われている。招待なしには、たぶん行っても見れなかっかただろうから、依頼が来て良かったのかな。
「……おらも唄いたいだよ」
ノヴェルが宮廷の大広間まで届く歌声に反応して、うずうずしている。自重して我慢してるのが可愛くみえるわね。
「あなたの美声は、人の心を動かし過ぎるから却下よ」
わたしがズバッと駄目出ししたので、ノヴェルが泣きそうなった。ヘレナがわたしの言い方が酷いよと、軽く肘で小突いてノヴェルの頭を撫でる。
「なにをやっているのだ、君たちは」
横目でわたしたちを観察していた先輩から伝声が届く。場をわきまえろという事ね。わかっていますよ。でもね──輝かしい頭ばかりが邪魔して、前が見えないのよ。
国王陛下や先輩、それに王子様方は、謁見用に築かれている一段高い壇上に席がある。大人達の影でコソコソしてても、席の端の先輩からわたしたちは丸見えね。
この日の先輩は第三王子として席についていた。だからなのか二人の兄達より華美にならないように、野暮ったい服装をしている。
たぶんわたしの作った剣や魔銃が目立ち過ぎるのを隠すために、あえてそうしているようだ。
「派手なばかりでも、駄目ってことね」
衣装と同様に、王侯貴族は場に相応しい服装というものが求められる。国王陛下は別として、誰が主役かよくわきまえたいのなら、この色んな意味で輝かしい席から外して欲しかったわよ。
────輝かしい人を中心に選んだんじゃないのかしら……人選を疑ってしまうわ。
だって国王陛下の眼光が息子達や来訪する二つの使節団じゃなくて、わたしを食い入るように見てるんだもの。わたし……おさっんに興味ないのよ。
先輩には悪いけど、あえて言わせてもらいたいわ。たとえ国王陛下だろうと無視よ、無視。お抱えの宮廷魔術師なり、錬金魔術師なりに頼めばいいのよ。高いお給金貰っているの、何のためよ。
わたしは玉座の視線など気づかないふりをして、使節団に注目する。眩しいのもあるけど、もう荒野は見飽きたわ。
前にいる貴族達の隙間から見えた使者は、気温の高い地域らしい衣装のシンマ王国と、ロブルタ王国と同じような気候のローディス帝国の衣装では、かなり違うのですぐにわかった。
「どっちも伝統的な衣装なのかしらね」
シンマ王国の衣装は術師の記憶の中で見た冒険者ギルドの職員達の服装によく似ていた。
この地がドヴェルガー達の国だった頃に、最初に協力していたのは西の王国だったのかもしれない。
ドワーフ達の感情を利用してドヴェルガー達を追い払い、あとから冒険者を送り込んでダンジョンを専有してロブルタ王国の基礎を築いたのがローディス帝国だ。
二つの国の仲の悪さはその当時のいざこざが要因なのかもしれないわね。
どのように話が伝わっているのか、両国へ行って調べてみないとわからないものだわね。まあ都合よく改竄されてるでしょうけどね。
両国がロブルタ王国に肩入れするのは、互いに自分達こそロブルタ王国の基礎を築いたのだという自負の証しなのかもしれない。
「ヘレナ────ちょっと考え事するから頼むね」
わたしはこれでも学習したのよ。デカブツの遭遇時に、先輩に庇われたのを反省した。考え込む前に先に声をかけておくのだ。危険のない場合は良いのだけどね。
見た目は荒れ果てているとはいえ、一応ここは失礼な言動をすれば首が飛ぶ危ない場所。だからヘレナに、わたしのことを頼んだ。
なにを考えるかって? それは、生き残りのドヴェルガー達の行動についてだ。住まいを追われたドヴェルガー達は荒野へと逃げた。ハゲ頭の事じゃないわよ。
────あの記憶の中でノヴェルは山を築き、住居の為の穴を掘っていた。
ドヴェルクの能力が【ダンジョンメーカー】 だとするなら、秘密の通路や隠し通路のダンジョン化はわかる。
ノヴェルは唄うことでも魔力が高まるし、能力を発揮する。ただ楽しく唄う分には関係なさそう。でも気持ちをこめた当時は、そんな事を知らずに効果を発揮していたはずなのよ。
──そこで問題。今は去ったと思えるドヴェルガー達の住処って、どうなった?
わたしの仮説が正しいなら、術師はシンマ王国の出身……か近しい国。たぶん本国からの支援を期待出来る地に移ったはず。
ドワーフが追跡を諦めたのは、荒野に用などないのもある。それにそこが大陸の名前からとった【黒の大地】 と呼ばれる魔物の領域なのと、シンマ王国に近いせいだからじゃないかな。
そう考えるとドヴェルガー達を捕らえたか追い出したのは、当時の帝国。シンマ王国も版図に加えようとしていたのかもしれないにせよ、友好的ではあった。
まあ、過去のことなので、当時の思惑はどうしようもない。わたしの予測でしかないし。ただ【黒の大地】ってさ、ダンジョンがあり近くには街だってあるのよ。
魔物もいるし、不毛の荒野ではなくダンジョンのある山には木々が育ち、小さな街まで小川が流れる田舎の風景を築いていたのよね。
────そうなのよ、わたしの住んでいたあの辺鄙な田舎領主の街こそ、黒の大地】 のたる土地なのよ。
……ん? えっと待って。あのダンジョンって──ノヴェルが造り出したってことになるんだよね。
たぶん、元々は魔物も棲息するくらい魔力に溢れた土地だったはず。ノヴェルの大地の能力で、逆に魔力が活性化して豊かな土地になったのだと思う。
ドヴェルガー達はこの地から去ってしまったし、あの時代から随分と時が流れているから確かめようはない。
ひょっとすると、ノヴェルを連れていけば覚えているかもしれない。秘密の通路みたいに覚えているけど、見知らぬ形に変わっている可能性は高いだろうけどね。
ヘレナから合図されて、わたしは思考を止めた。うん──なかなか面白い事実が仮定出来たわ。
夏の長い休みに、みんなでヘレナの実家へ行く話しがあったから、わたしの故郷へ行くのも加えてもらおう。
わたしが考え事をしている間に、使節団は大広間の中央に設けられた席についていた。ロブルタの国王陛下から、友好と歓迎の挨拶を受けている。
使節団は留学生の生徒達と友好の使者を合わせて各二十名ずついる。その他に、この場にはいない側仕えの従者の方々や、メイドさんやらが三十名ずつ来ている。
正式な友好の使者や一国だけならもっと大規模に人数も増やしてやって来るそうだ。今回の名目は、留学だからね。
敵対心を持つ国同士とはいえ、人数を小規模に絞ってもらったのは正解だったかもしれない。
ゴブリンとコボルトの群れが出会ったらきっとこんな感じだわ。ここまで敵意剥き出しに、側近が意識しあうのも珍しいわよね。