第66話 美少女とおっさん
先輩に脅されて開発した伝声耳飾り君と魅惑の美声君の一式が完成した。
「──変声機能はついたままで、伝声する時は発色でわかるようにしたから」
わたしは目を輝かせているヘレナとエルミィに装着させてみた。ヘレナの耳飾りはヘレナ特製魔晶石をノヴェルに加工してもらっていて、紅に輝く宝石みたいな飾りがついている。
エルミィのは碧、翡翠の色だね。ティアマトは紫、ノヴェルは銀。先輩は群青、メネスは真っ黒だ。一応ルーネが茶で、仲間に引き込む予定のシェリハが白にした。
わたしは虹だとややこしくなるので橙に調整した。
「ヘレナ、まずは変声で先輩がやるみたいに声を変えてみて」
試したくて仕方なくて、うずうずしているヘレナに声を発してもらう。
「わたしはヘレナです」
ヘレナの変声は成功した? なんか凄くおっさんの声だから、いきなり失敗したのかと心配になるわ。
彼女に確認すると想像した通りの声になったみたいで、おっさんの声なのに嬉しそうだ。
あぁ……なんか例え暴漢が襲ってきても、戦わずして済みそうだわ。この声だけで萎えそうだものね。
この愛らしい少女の姿で、ガレオンみたいなおっさんの声とか聞かされても、恋せる男の子はいるのだろうか。ヘレナが幸せそうなのでいいんだけどさ。
「それじゃ声を変えたまま、エルミィに伝声してみて」
気を取り直して、眼鏡エルフにも検証に参加してもらう。予定では声を変えても受け取る側は、色で発声者の声を再変換して聞くので問題はないはずなのよ。
「────エルミィ、聞こえますか。大好き」
ヘレナは自分の脳内でわざわざおっさんの声にして、エルミィへと声を届けた。眼鏡エルフは嬉しそうに頷く。
「エルミィ、聞こえますか。大好き────って言ったんだね。ヘレナの声も変わらずバッチリだよ」
ちょっと照れてるのか、とんがり耳が赤い。一応、再変声なしでも聞けるようになっていた。その時は発色の点滅でわかるのだ。
耳飾りの自分の特製魔晶石が、発動時の魔力補助するから魔力の少ないヘレナでも負担はないと思う。
どちらも先輩の錬金釜で仕上げたので、魔力吸収もついている。そのため自動で魔力を補充するようにしておいた。
美声君には、毒無効と浄化をつけてある。耳飾りには魅了無効と幻覚無効ね。無効というより無効化率上昇に、耐性付与という感じだ。
これは魔力により完全ではなくなるので、絶対じゃないと認識しておくためだわ。ルーネのおかげでほぼ完全に近いのだけどね。
エルミィの眼鏡も、彼女専用の新しい錬金釜で作り替えてある。魔力による視界の最適化は、霧の中や暗闇、眩しい光の中でも見える。霊体や時間軸の違いに事象の歪み、目を瞑っても見ることが出来るようになった。
「強力な結界を張られちゃうと、伝声は使えなくなるから注意してね」
魔法防御的な結界なら、視認出来る距離くらいは通じると思う。でも魔力遮断みたいなものは無理だわ。
わたしの魔力のなさが要因の一つになる。魅惑の美声君の目的は、あくまで先輩の性別を誤魔化すためだったからね。多くを求められても困るわ。
「ヘレナ、あなたの気持ちはわたしにはわからないけれど、そういう理由だから自制してね」
わたしはヘレナの声は好きなので、おっさんの声にしたがる彼女の気持ちは本当によくわからない。わかるもんですかって思う。
風邪で喉を痛めたくらいの声なら許容範囲よ。でも学校の中では控えてほしい。
「うぅ……わかったよ」
一人だけ取り上げられたくないのか、ヘレナは承諾した。いや──街中の往来でも、絡まれた時以外はやめてね?
ロブルタ宮廷から先輩が戻って来た。宮廷で得てきた情報から、留学生は次の休みの後に到着予定だとわかった。それまでにわたしは全員の装備の更新と、先輩の特殊装備づくりを間に合わせなければならなかった。
先輩は、国王陛下から魔物の大暴走の話しや、巨大牛人の説明を求められたそうだ。
魔物の群れについてはギルドマスターからも報告が上がっていたので、それほど大きな問題にならなかった。
デカブツについては神の雫に関わるから黙っていれば朗報届けますよ……と交換条件を匂わせ誤魔化したようだ。
すでに問題は解決された後なので、国王陛下は先輩の取り引きを受け入れ黙る事にしたようだ。····髪って罪深いわ。
錬金魔術科の授業中に、特殊魔晶石を生成しておく。エイヴァン先生には何度か注意は受けたけど、見逃してくれた。
放課後は寮に戻り、倉庫で作業を続ける。周りに気兼ねなく研究や作業に没頭出来る空間を作っておいて正解だったわよね。
日課のお風呂で身体を癒やし、魔力回復に務める。このゆったり時間があるのとないのでは、わたしのやる気が違ってくるのよね。
卒業してしまった後、以前のお風呂のない生活に戻れるのかしら。政争のゴタゴタよりも、わたしにはお風呂問題の方が重要だわね。
先輩にそれを知られると首を狩られるだろうけど、わたしには本当に大切なことなのよ。
お風呂の後はみんなで夕食にして、嫌がる仲間から装備を回収する。順番に新たな錬金釜で強化し直し、備えるためだ。
虹色の鉱石を装備品から回収して、メネスやルーネの成分を加えたいのよ。
みんな中々しぶとくて手放さない。なんでそういう時だけ執着凄いのよ。性能上がるんだから、喜びなさいな。
体力で劣るわたしは仕方なく、新しい錬金釜で作った虹色の鉱石を作ってみせた。
輝きの違いに真っ先に気づいたノヴェルが欲しがるので、わたしは鉱石を引っ込めて無言で彼女の前に手を出した。
──ノヴェルは名残り惜しげに装備品をわたしへ差し出す。わたしが悪い領主様みたいになるから、そんな悄気げた顔をしないで欲しいわ。
今回は全員の主装備に虹色の鉱石を装飾としてつける事にした。その方がわたしの付与が増やせるし、強化しやすいのに気づいたからだ。
ノヴェルは魔力が高いのでメネスとルーネの成分を使った天使の槌鉾に改良した。
鉾での攻撃時に魔法を霧散させ、状態異常を付与する。本体と槌部分はノヴェルタイトを使っているので、傷ついても再生がかかるのだ。
「────わかる? これが錬成しただけの基本の状態。虹色の鉱石があるから、四つの付与をつけられるのよ」
錬金釜の強化で各専用釜の効果が、いまは三つもつくのよ。その他に四つの付与を得られるのだから、あなたたちも強化したくなったでしょう。
錬金釜の力もあるけれど、おじいちゃん先生の授業で効率化を理解したのも大きいわ。あの先生、最近やる気に満ちているからね。
「わ、私の剣もお願いします」
ヌッフッフ〜、最近ヘレナが堕ちるのが早いわね。良い傾向だわ。何せ主装備に腕輪をつけるとなると、わたしの魔力では全員分は一度に作れない。
今日は魔晶石準備の段階で、もうくたびれてしまったからね。ティアマトがヘレナに出し抜かれてショックを受けていた。即断即決のあなたも出遅れることがあるんだと、逆に新鮮だったわ。
──わたしはというと、ヘレナの装備を更新した所で力尽きる。毎回こんな感じで錬金、錬成を繰り返しているためか、基礎の保有魔力そのものが増えた気はする。
でも錬金釜のランクも上がって使用魔力も上がっているせいか、実感わかないのよね。