第64話 ダンジョン探索【獣達の宴】 ⑯ 悪口じゃない、事実だと言いたい
地上からの秘密の通路の入口は、土砂崩れでかなり壊れていた。洞窟を見つけたと思った熊か狼が入り込み、獣の匂いを嗅ぎつけたダンジョンの魔物達が、この出入り口に気づいて出てきたという事だろう。
「まあ──わたしの適当な予測だけどね」
入口近辺は魔物達に踏み荒らされていて、魔物という防壁がなくなった今、誰かやってくれば簡単に見つかってしまう状態だった。
調査が入って見つかるのはともかく、デカブツが外に行けるようになってはマズいわよね。そもそもあんなデカブツって、しょっちゅう湧くの?
わたしたちは急いで秘密の入口までゆき、修復という名の隠蔽を行う。ダンジョンから魔物が溢れた以外の理由も作らないとね。
ノヴェルには門と扉を直してもらい、エルミィは植物の種を撒き、魔法で促成をする。見た目で誤魔化されると、ここに何かあると魔力探知しながら探さない限りは簡単に見つからない。
荒れた地面と汚れは埋めて、ハナダケの種を蒔いた。ハナダケは幻覚成分を放出して鳥や動物や昆虫を迷い込ませその糞や死骸などから養分を得る。
依頼で採取が必要な時以外に近づくのは遠慮したい植物だ。だからこそ群生させておく。
「カルミア、いくつかの集団が村の方や、別の方へ向かっているよ」
ヘレナとメネスには魔物の群れの足跡を追ってもらっていた。集団の大半が知能の高いオーガのようだ。ミノタウロスは意外と臆病なので、ダンジョン近くに残っていたみたい。
「ティアマト、先輩の護衛をしながらヘレナとメネスを連れて村の方へ行ける?」
「いいよ。アストはそれで平気?」
ティアマトとノヴェルは先輩を呼び捨てで呼ぶ。先輩本人はそれが嬉しいみたいで気にしていない。メネスと先輩がいれば、冒険者の討伐隊と鉢合わせてもごまかせるでしょうから。先輩に対する不逞の輩がいるかもしれないので、そこは気をつけてほしい。
それと念のためにヘレナとメネスは討伐の証になる素材の部位や、魔晶石をリュックに詰めて持たせた。
先輩の武装を見れば倒せなくはない魔物だからね。現地でこうして出会う事で、アスト王子の武勇伝つくりの一環になるのよ。
「農村まで行ったら、魔物の大半は片付いたと教えてあげて。村が襲われている可能性もあるから周囲にも気をつけて」
四人が農村へ行って帰って来るまでに、わたしとエルミィとノヴェルは荒れた山の中の森を修復して回る。
環境保全じゃないよ、あくまでも秘密の通路を隠すためだ。脱出口に向いた場所を探すのも忘れない。
◇
王都の冒険者ギルドは、探索者を含めた偵察パーティーの証言を重く見て迅速に動いていた。
ガレオンも、髪の事以外はギルドマスターとして優秀だ。メネス以外の職員にはとても人望がある人なのだ。
移動速度の早い、二つのパーティの先行隊がすでに農村まで来ている。後続のために設営を行っている様子がうかがえた。
そのパーティには探索者のタニアもいた。予想通りだったので、メネスが交渉に入ることになった。
「────五百はいたはずよ? あなた達だけで倒せるわけないよ」
ただの五百じゃないのは、タニアも自分で確認している。オーガやミノタウロス、それらの上位個体がちらほらいた。
Dランク程度の下級ランクパーティ、それに銅級混じりの新人達ではとてもじゃないが不可能だった。
しかし……メネスがここにおわすお方をどなたと心得る────と紹介した人物なら話が変わる。若いけれど、王家の紋章に身を包んだ第三王子その人であった。
当然のことながら、冒険者達がざわつく。タニアも驚く。ギルドマスターからは内密に第三王子の参加を聞いていたからだ。まさか機敏性に富む自分達よりも早く到着し、討伐を行っているとは考えてなかった。
アスト第三王子は機能性と防御性に優れた軽装鎧に、防虫効果の高いマントをつけている。どれも王家の紋章を際立たせる色濃い群青に染まっていて、魔法の力も感じられた。見慣れぬ美しい魔銃と細身の剣を腰に差し、口にはマスクや耳には耳あてをしていた。顔を隠していても美男子ぶりが伝わるようだ。
タニアは、アスト王子が連れている剣士と拳士が王子の学友で、以前一緒に隠し通路を攻略した者たちだと気づく。
メネスがこの所、第三王子案件で動きギルマスとやり合っている話も聞いていたし、そもそも魔物の大暴走の兆候を知らせたのは目の前のメネスだ。
村人からメネスのおかげでオーガが寄り付かなくなった話も聞いていた。優秀な探索者にしてギルドマスターともやり合う胆力のある職員。それが自分も目をかけて可愛がるメネスという後輩な事に、タニア自身も誇らしく思っていたものだ。
目の前に百体分の素材や魔晶石を提示されて、残敵掃討の依頼報酬の足しに使うように言われては、さすがにタニアも文句など言えなかった。
結局無駄足に近くなることの不満を見据えて配慮する、アスト王子も只者ではないと感じた。
メネスや王子達はもう少し近辺の調査をしてから帰るとのことだった。タニアもそれは賛成した。討ち漏らしはどうしても出るからだ。
派閥争いに明け暮れる兄達よりも、第三王子の方が民衆のために迅速に動いて危機を解決していた。
少なくとも被害を受ける可能性のあった農村の人々や、この現場に関わる冒険者達はアスト王子を支持するだろう。
冒険者ならば先を越された事や、獲物の横取りを快く思わない。しかしアスト王子は違う。要請を受けた冒険者達を徒労に終わらせないため、後始末までしっかりこなす気前の良さもみせる、素晴らしい後継者に思われた。
危険を顧みず民衆のために率先して動く英雄王子────美しい容姿と相まって急速に人気が高まってゆくのは間違いなかった。
◇ ◆
「それで──強欲な君が素材をただで譲ったんだね」
魔力切れにならないように、わたしたちは休息を入れた。エルミィもノヴェルも魔力バカなので余力はある。でも……わたしは倒れるからね?
相変わらず口は悪い眼鏡エルフだけど、政治絡みの駆け引きに感心していた。
「まだよ。ギルドにはメネスが直接もう百体分の素材を出すし、わたしたちからもさらに百体分出す。もちろん半分は売るわよ」
計三百体分の魔物の素材が供出、売却されれば、魔物の大暴走は鎮圧されたと思うはず。先輩たちに討ち漏らしを示唆させたのも、残敵がこの辺りにはいないと思わせるためだ。
あまりしつこくこの辺りを探索さると、こちらにも都合があるので困るのよ。五百くらいいるかもしれないというのは、正確に魔物の数を数えたわけじゃないものね。
先輩をダシに使って名誉と功績つくりに見せて、本命は秘密のダンジョンの確保。支出は供出分などの売却額で補填出来るからね。
「小部屋を、ノヴェルに作らせているあたりから怪しかったけどさ」
冷めた目でエルミィがやれやれ、と言った表情をしている。翡翠色の瞳はキラキラ輝いている。けなしているのか褒めてるのか、その顔だとわからないじゃないの。
「せっかく王族を出資者に出来る機会なのに、あの先輩ってわたしとさほど変わらない貧乏王子なんだもの。権威だけでも利用して荒稼ぎしないと、玉座に座るにしても逃げるにしても、経済的に回らなくなるわよ」
わたしが力説していると、苦い表情の先輩たちが帰ってきた。話し声を聞くには遠かったはずなのに、先輩が怒ってるように見えるのは気のせい?
農村で、またメネスが何かやらかしたのかしら。
先輩がにっこり微笑むと青い残像を残して、わたしの背後から首を締めた。
「君の会話は、全部僕に丸聞こえなの忘れてないかね」
そういえば先輩、耳あてしてたわね。そしてわたしの口の中に魅惑の美声君がいて、山の中なのでお互い連絡取れるようにしたんだっけね。
ノヴェルはともかく、エルミィは絶対わかってて誘導したわよね。狡猾過ぎるわ、この眼鏡エルフめ。先輩が首を締めながら、空いてる手でわたしの頭をぐりぐりする。
地味に痛いのでやめて下さい。でも思ったより貧乏なのは事実なので発言は撤回しませんからね。
────いや、本当にお金がなくて悲しいのよ。先輩に弄り回されぐったりするわたしを、みんなはもう慣れた様子で放っていた。
メネスが、黒い微笑みを向けるのが悔しい。罰としてわたしは耳飾りタイプの受声器の開発を命じられた。
いつどこでわたしが悪口を言っても、わかるようにしたいのだとか。わたしの生活の会話の全てが丸聞こえとか嫌なんですが。
「魔力で選択出来るのなら、今後あった方が何かと便利だろうな」
「カルミアはどうせ隠し事なんて出来ないから、みんなに知られても変わらないよ」
もっともらしい言い方で、全員欲しがるので、魅惑の美声君とセットでつくりなおす事にした。
ティアマトは現実的だけど、ヘレナさんは辛辣だよ。魔道具を一緒に作って魔力同調させておく。失くしたり奪われたりしても、わたしたちにしか使えないようにしておくのを忘れない。
魔力を上書き出来るような相手なら、魔道具にわざわざ頼る必要もなさそう。まあ、悪用されても嫌だし、わたしの生活の様子を世に知らしめたくはたいものね。