第63話 ダンジョン探索【獣達の宴】 ⑮ 些細な事など覚えてられない
わたしたちは慎重に、横たわる巨大牛人に近づいてゆく。まだデカブツの呼吸は完全に止まっておらず──巨体が動いていた。誘い出して襲うにしては、静か過ぎる。
「──ねぇ、コレ酔っ払ってるんじゃない?」
エルミィが胡乱げな顔でマスクをつけて臭気を防ぐ。そしていろんな臭いと液体と、血に塗れたデカブツを見上げる。
「わたしが傷を悪化させるために撃ち込んだお酒の玉が、身体中に回ってようやく効いたというの?」
意図はあった。でも期待して狙ったわけじゃない。というか獣系にありがちなブチ切れ大暴れではなく、酔っ払っておかしくなっただけなのか。
「つまり……まだまだ倒せてないってことだよね」
ヘレナがうふふ、とやばい笑い方で剣を構える。巨大牛人がタフ過ぎる。デカいだけあるわね。
寝っ転がって動かないのを幸いに、全員でデカブツの喉を一点集中で攻撃する。酔いつぶれていたので、魔物の自動魔法防御も働いていない。今度こそ総攻撃は成功し、泥酔状態の巨体は動かなくなった。
それにしても……学園に入って仲間に出会えて、得たもの全部出し切って、まだ倒せなかったのね。
「いや、こんなに大きい魔物、新人パーティーで倒す方がおかしいって。Bランクパーティーでも厳しいよ」
草臥れた顔で、メネスが呟いた。そういう彼女もその一員なのよね。
「ヘレナ、エルミィ、ノヴェル、魔力残ってるなら解体一気にやるから手伝って」
ヘレナには巨大牛人の角を切り落としてもらう。ノヴェルは爪や牙を、エルミィが皮を回収する。倒した後なら、魔法が簡単に通じるようで良かったわ。ティアマトとメネスには先輩を守りつつ、魔物を警戒してもらった。
「おっきい角や魔晶石だね、持って帰れるかな」
ヘレナが大きな角二本を紐で縛るのに苦戦している。皮はわたしが水の魔法で洗浄したあと、エルミィに乾かしてもらった。色々ついていて、臭いし汚いからね。血肉は保冷ケースに採取して保存する。
今後も出るかわからないから、研究用にほしいのよね。素材用の入口に運び入れるには、わたしの鞄の大きさまでになるから無理ね。ノヴェルに作ってもらった小部屋なら、人が通れる大きさまでならいける。
問題は保管場所だね。ノヴェルに作ってもらうのもありだけど、しばらくは先輩の部屋の倉庫が空いてるので、そこにまとめて置かせてもらうとしよう。
「ティアマト、ヘレナと護衛交替して、運び入れるの手伝って」
ふんグゥッ〜っ──────!!わたしの力では剥ぎ取った皮一枚を引き摺るのも無理だったよ······ピクリとも動かない。
「君は無理だとわかっていても、全力で向かうのだな」
先輩が面白い生き物を見るような目で、わたしを見る。やれば出来るかもしれないじゃない。
ティアマトを呼んだ手前、少しでも手伝おうと頑張ったのよ。なんでティアマトはこんな重たいものを、片手でズルズル引っ張っていけるの。魔力強化もしてないのよ、あの娘。絶対に体重比がおかしいって思うのよ。
「──ねぇ、カルミア。こんな部屋なかったよね」
エルミィが眼鏡をクイッと上げて、わたしの前に立ちはだかる。ええぃ、面倒な眼鏡エルフね。今は運び入れるのが先よ。皮や牙は小部屋から倉庫へ通せたんだけど、角や魔晶石は引っかかった。
魔物が来てもこれなら安心とか言って、出入り口をノヴェルが通れるくらいの大きさにしたアホは誰よ。
ノヴェルが仕方なく入口を改装する。魔力で幅を少し拡大収縮出来るように変えられた。それに扉は防犯防御用になった。使う魔力は少し増えたけどね。
ノヴェルってば、そんなことも出来るんだね。あっ、そうか──ダンジョンの秘密の出入り口もそういう仕組みか。
ヘレナやティアマトや先輩は喜んでいたけど、メネスはギルドに知られたら懲罰を受けると泣いていた。眼鏡優等生のエルミィは、みんなズルいとぼやいた。
どうも放っておくと暴走しがちなわたしを叱る役がエルミィとなり、みんなは本来その補佐役をしていたみたい。
「みんなが盲信してしまうより、僕はいい考えだと思うよ。僕も君たちにはそういう役割を期待しているからね」
先輩はうまくまとめてる。でも貴女の部屋にデカブツの素材を保管する事で、責任問題の追及を免れようと思ってるので信用しちゃ駄目ですよ。意外とこの娘たちは強かですからね。
洗浄はしたのに、血なまぐさい匂いは完全に取れない。死臭というか血の匂いそのものよりも、獲物が死んだ時に垂れ流す糞尿の量がたまらなく酷く臭う。それもあの大きさだからよけいに多い。毛皮など一回二回洗ってみても、染み付いた臭いが消えてくれなかった。
冒険者が臭いの平気なの、そのせいなの? そんなわけで、先輩の部屋は大変な事になっていた。
────後日、先輩の秘密を知る使用人が清掃と備品の補充をするためにやって来た時に、大騒ぎになりかけた。
まさかの大量殺人を疑われた先輩は、国王陛下からの呼び出しをくらい、説明をする羽目になった。それはまた先の話しになる。
素材を運び終えて、お風呂で汚れを洗い流し、軽く食事をする頃にはまた夜中になっていた。
先輩は寮生に会うとまずいので朝までお風呂は我慢するかわりに、快適スマイリー君を使いたがったので、ベッドで勝手にやってもらった。
「エルミィ、悪いけど休む前に薬の補充だけ頼むわよ」
デカブツは倒したけれど、明日は出来る限り魔物を間引きたい。落とし穴を作るのはノヴェル、上に被せる偽装床は盾を作ったエルミィになるので、早いところ休ませて上げたいの。でも、頼むわね。
戦闘での負担の大きかった、ヘレナとティアマトは流石に爆睡していた。明日もまた、一番厳しい前衛をこなす事になるからしっかり休んでね。
「私はギルドに戻るよ。今日の分の処理と、明日の分の書類を作った後は休むから」
完全に開き直っているメネスは、なんだか頼もしいわね。ギルド職員を味方につけておいて良かったわ。
きっと明日もガレオンに虐められて涙目でやって来るのだろうけれど、うるさかったら神の雫をチラつかせておけば黙るわよ。
翌朝、目覚めたのは先輩がお風呂から戻って来た後だった。流石にいつも早起きのエルミィもくたびれていたようで、ギリギリまで眠っていてヘレナが起こしていた。
メネスが同じくらいの時間にやって来た。この娘……かなり厳しい戦闘やギルドのあれこれを押し付けているのに何故か元気だ。
「ギルドの方が三日徹夜で働き通しとかあるから、休める名目がある分だけ楽なんだよ」
ギルド職員の一員で受付嬢の仕事と、冒険者パーティーの一人としての仕事は別々の扱いだそう。収入は上がるけれど休みもないし、使う暇もないよね。
自分が不幸な職場環境にあることに気づいていないのって、ある意味幸せなのかしら。
わたし達は装備を整え直して、再びダンジョンへ向かった。デカブツの大広間は異臭もなく、荒れた地面や壁が残るのみだった。
「────いいノヴェル。向こうの通路から、瓦礫のない通りやすい道を選んで穴を掘るのよ」
「わかっただよ。おら頑張る!」
「蓋はなるべく大きく作ったけれどさ、被せられる範囲で頼むよ、ノヴェル」
「おらがエルミィに合わせるだよ」
ノヴェルの開けた穴に、エルミィも罠用の蓋を被せていく。わたし達はエルミィの作った蓋を運ぶ係だ。これならわたしだって運べるわ。
深層へ向かう隠し通路と違って、こちらはダンジョン化しているのか、小部屋や大部屋が出来ていた。
ただデカブツの存在のせいで、魔物がまったくいない。わたしたちは罠を作りながら地上へ向かった。
多数の呻き声がする。これは魔物ね。
「────気づかれたわ」
どうせ見つかるのが前提の作戦なので、わたしは何発か適当に酔狂玉を撃ち込む。動きが鈍れば儲けものくらいなんだけどね。
オーガ、オーガファイター、ミノタウロスなど、斥候に出たタニアさんの報告通りだ。メネスが情報を仕入れて来てくれたので、わたしの嫌がらせ玉はそうした魔物に合わせている。
「思った以上に数が多いね」
よく農村が襲われなかったものだと思う。この数はさすがに村の存亡に関わるわ。
「貴女……まさか、本当に自分のした事を忘れたの?」
メネスが退避行動に移りながら、口をパクパクさせていた。わたしの顔に何かついてるのかしらね。
「カルミアが彼女に渡したアイテムの異臭騒ぎで、魔物側が警戒したんだよ」
わたしが度々忘れるので、エルミィがかわりに教えてくれた。そんな昔の事を覚えてるわけないじゃない。
「なによ、事前に対策施せていたんだから褒められても、責めるのおかしいじゃない」
わたしの発言でメネスがキレた。でもあっさりティアマトに掴まり、叱られる。ほんと、遊んでいる場合じゃないのよ。
デカブツの後なので、どこか気が緩んでるのかも。相手は大群なのよ。巨大牛人より対処は大変なのは変わりないのに困ったものだわね。
◇
デカブツ相手に猛威をふるった酔狂玉は思った以上に効いたみたいで、まっすぐ走れない魔物は肝心の罠を踏まずふらふらと散ってしまう。
そしてあちらこちらで魔物同士の争いになって、勝手に数を減らしていった。予定外の結果だけど良しとしましょう。
結局────魔物の群れはデカブツの大広間まで導く必要もなくなった。デカブツでも堪えきれず酩酊したものだからね。おかげで魔物達はわたしたちで狩りきる事が出来たのだった。