第61話 ダンジョン探索【獣達の宴】 ⑬ 魔力銃をつくる
非常用の脱出口の設置は出来たので、ノヴェルに土の魔法で隠してもらう。うまく隠蔽してるけど、探索者ならバレるとメネスに指摘された。
まあ一時しのぎなんで、すぐにわからないのならいいのよ。メネスが報告しないで黙っているのなら、冒険者たちに見つかる可能性は少ない。魔物の大暴走と聞いては調べないわけにいかないよね。
討伐隊が組まれれば、秘密の通路が発見される可能性だって高いもの。
わたしたちはギルドまで戻り、帰還報告を済ませると寮まで戻ることにした。先輩の無事な姿が確認されたし、何かあれば彼女に全部責任が行くからと、夜番の受付職員は一切余計な口を挟まないでくれた。
真夜中になっていたので、流石に絡む連中はいなかったよ。
メネスもそのまま連れ出し一旦寮の部屋で着替えて、みんなでお風呂へ行くことになった。もちろん先輩も一緒なので、メネスが目を白黒させ困惑していた。
────よからぬ事を考えてしまったのだろうけど、王子だと思っているから仕方ない。
先輩にはギルド職員でもあるメネスを、仲間に引き込むことは伝えてある。結構精神的にいたぶられ続けても頑張る娘だ。先輩の駒に入れておいてもいいと思うのよね。
アスト先輩の秘密と魔物の大暴走の話しで、メネスが湯船で泡を吹いて倒れた。
ギルマスからの圧力続きで心身が弱っていた所に、一国を揺るがしかねない情報を二つも叩きこまれたわけだ。もう無理────と呟いていた。
「ティアマト。あの娘を寝かせて、持って来た快適スマイリー君を身体にかけてあげて」
この際だから気絶している間に身体に溜まった毒素を吸い出して楽にさせる。
「僕にはこれはしないのかね」
興味深そうな目で、先輩はスマイリー君をふにふに触る。
「先輩はもともと肌が滑らかなので、効果が薄いんですよ」
男装させるよりも、お姫様として隣国同士を手玉に取らせた方が良かったんじゃないのって思う。それくらい艶があるからね。あと……もっと濃い成分があるので、先輩に関してはいまさらよね。
ヘレナとノヴェルは快適スマイリー君の邪魔をしないように、受付嬢の髪を梳いて優しく髪を洗っていた。ティアマトはスマイリー君に慣れてるので抽出した魔晶石を回収しつつ、移動させていた。
「それで、これからどうするんだい」
わたしと先輩の側にエルミィが入って来た。
「あのデカブツをなんとか片付けたいわね」
「君は度胸もあるし頭も良いのは知っているが、あれは我々には無理ではないかね」
「矢は刺さっていたように見えたよ。でも傷ついたかどうかは微妙だね」
先輩の分析では勝てないそうだ。エルミィも、強化したばかりの弓矢がまったく通じていないのでショックを受けていたわね。わたしが言うのもなんだけど、戦闘で役に立たないのって辛いのよね。
気絶から戻ったメネスを連れて、お風呂場から出て部屋に帰る。全員軽く夜食と水分をとって歯を磨く。
本当はこのまま休みたい所ね。不安で眠れないものもいるので、倉庫で会議を開く。
「魔物の群れは、どのみちわたしたちだけでは人数が足りないわ。討てなくはないけれど、討ち漏らした際の保険は必要だからね。メネスからギルドへ報告してもらい対処してもらいましょう」
デカブツが陣取っていたせいで、どういう形でダンジョンの秘密の通路と地上に繋がっているのかは調べることが出来なかった。
魔物の大暴走がダンジョンと関連するのは知識ある冒険者なら知っているし、察するはずよね。
秘密の通路を脱出口にしたかったのに、この状況では仕方ないわね。今度、農村の安全を確保した後に採取に出かけて、ノヴェルに脱出用の小部屋を作ってもらおうと思う。
最低限の荷持つを置いて蓋をして、エルミィとルーネが植樹の魔法で隠せばわからないわよね。
「問題はさっきも言ったようにデカブツね。ただ戦って勝つ必要はないの」
わたしはひとまず錬金物量作戦を提案した。通じるかどうか、投げ込んでみて試す。
まあ殆どは嫌がらせをだね。デカブツに効けばそれを主体に戦いの軸にする。
「近づくと危ない。でも臭い玉でも効いて悶えて倒れでもしてくれればいいよね。ヘレナやティアマトも踏み込んで頭をかち割れるかもしれないし、わたしも口に色々放り込んでやれるわ」
あんな怪物を真正面から戦おうなんて考えるのは、頭がどうかしている人だけだ。わたしとしては逃げられるなら逃げたい所なのよ。
ヘレナや先輩は戦闘に不安を感じながらも、農村の事が気になってる。ノヴェルはあんな魔物がいた事に責任感じてるし、ティアマトとエルミィは攻撃が通じなくて悔しがってる。なんだろう……あれを見てもみんな実際は戦意喪失してないのよね。
あっ──でもメネスだけは、わたしたちだけで挑むなんて無茶よと主張していた。色々知ってしまい、自分がこのメンバーの一員になったことを受け入れてるのは凄いわ。
「メネスの感覚は正しいわ。でも、やらないと、魔物の大暴走は収まらない。それに、美味しい秘密はなるべく確保しておきたいものね」
わたしの言葉にメネスがガクッとした。仲間たちはわたしならそういう、みたいな目でみる。先輩だけはわたしの意図に気づいて、目を輝かせていたわね。
そう……わたしはどんな手を使ってでも、あのデカブツを倒した武功を先輩に加えたい。出来るなら魔物の大暴走もわたしたちがダンジョンから仕掛けて、間引いて壊滅出来たのならと思っていた。
デカブツを倒してあの部屋を中心に落とし穴を築き、入口の魔物を呼び込んで間引いていく。危なくなる前に正規ダンジョンへ逃げ、仕切り直して引き入れた魔物を個別に狩ってゆく。
デカブツがいなくなれば、魔物は安全? なダンジョンから出にくくなると思うのよね。あとは内部を調査して状況を確認するだけだ。脱出口は、ダンジョンへやってくるためにも使えるからね。
先輩とエルミィあたりが、わたしの意図に気づいたみたい。いまは、わたしがただの金の亡者と思ってもらえばいいわ。
目的が農村を守るとかより、わたしのための方がなんだか意気があがるのよね、この娘たちは。謎の連帯感を発揮するの。
明日は授業も休みなので、みんなをゆっくりと休ませた。先輩もメネスも泊まって行くことになり、メネスはノヴェルのベッドを使わせ、ノヴェルがわたしと同じベッドで寝た。
翌朝、先輩は自分の部屋へ一旦戻り、メネスもギルドへ仕事に帰った。
作戦は夕方から行う事になった。メネスには念のために、ギルドでわたしたち用に、ダンジョンへの探索許可証を発行してもらう。それからこっちへと来てもらう事にしてもらった。
仕事を途中で抜けると、ガレオンにうるさく言われるかもしれない。その時は許可証の先輩の名前を無言で指して、微笑みなさいと伝えておいた。
メネスに足りないのは、職場の同僚のような無言の笑顔だとわかったわ。わたしは何も知りません、関わりませんと笑顔一つで示す事が出来るのだから。
ヘレナとティアマトは保存食用の食材と、わたしの錬金用の素材の調達に街の市場へ向かった。
エルミィには管理課へやはり素材の調達をしに行ってもらう。錬金術で有用な薬品づくりを手伝ってもらった。
ノヴェルはわたしの錬金術のサポートと、暇した先輩が来た時に相手をする役目だ。
「ノヴェル、この壁の先に貴女くらいの背の入口で小部屋を一つ作れるかしら」
みんなが出払ったあとに、資材置き場の一つの部屋へ入りノヴェルに相談する。危険については承知しているから一度は諦めたわ。
でもいちいちギルドを通すのって面倒臭い。工房からダンジョンへ行ける便利さを知ったいま、往来出来るようにしたいのが研究者の性よね。
そこでノヴェルに相談したのはダンジョンへの帰還専用の部屋だ。戻って来た時は基本閉じてしまう。小部屋にしておくことで、魔物に追われても大型の魔物は入れないようにする。魔力溜まりは、スマイリー君が食べて解決してくれる形だ。
「カルミア悪いお顔、好き。おら、やってみるだよ」
────ぬっふっふ、作ってしまえば止められない。みんながいない隙にノヴェルが小部屋を作る。
狭いのでノヴェルは簡単に作ってくれた。部屋は六角形になっていて、天井はガレオンよりやや高いくらい。
「────うまく出来ただよ」
わたしに褒められて、フンスって鼻息を荒げるノヴェルはかわいいわよね。でもあなたも共犯よ。
わたしに頼られたことで、昨日の落ち込みも忘れてくれたみたいね。良かったわ。
わたしはここに出口だけ設置しておく。小部屋の入口は板きれの余りと鉱石で扉を錬成して、ノヴェルに接着してもらい、古いシーツで隠す。
念のため魔力計を置いて、警報が鳴ったらスマイリー君を投入する事にした。
わたしはデカブツ対策にもう一つ武器を考案する。探索者が時折使う投擲武器の大型固定式のものだ。
クロスボウとか呼ばれている弓と、形式は似てるわね。あちらは矢を飛ばすだけで使い道は少ない。しかし、これはアイテムをぶつけるのよ。射出装置に近いのかな。
アイテムを仕込んで、固定台に乗せて使うと命中率をあげられる。まあデカブツは身体がでかいので、狙う必要はない。むしろ岩を投げ込まれる前に、その場から退避したいくらいだからね。
使えそうな効果を考えて、作り出来たものは袋にわけていれていく。目潰し系や臭い玉系は、わりと有効だと思う。ただし暴れて危ないかもしれないので、魔法で防御効果を下げるものや、筋力を弱めるものを作っておいた。
うまく膝をつかせ動きを鈍らせたあとに使えば、エルミィの矢も通ると思う。メネスは自分の投擲武器の扱いを見せてやると息巻いていたけど、射程距離ってそんなにないわよね。
「おらも手伝うだよ」
ノヴェルがわたしの固定式投擲武器を改造して、誘導保線のついた砲身をつけてくれた。砲身はクロムシルバー色に輝き、ノヴェルが装飾をしておしゃれな武器になった。
携帯型なので、あまり大きな物は飛ばせない。でもアイテムを円型につくれば正確に遠くまで届きそうだ。
「ほぅ────魔銃みたいだな」
名前をどうするか考えていると、暇になった先輩がやって来てわたしとノヴェルに声をかけた。
「魔銃って、異界の人が自慢気に言う武器でしょう」
異界の出自にもよるけれど、火薬の爆発で弾丸を飛ばしたり、炸裂させたり、魔法を飛ばしたりする武器だ。製造方法が複雑な上に手入れが大変だという話を聞いたことはある。
素の状態なら弓矢より威力があるし射程距離も長いらしい。あくまでちゃんとした弾丸や火薬の配合が必要なのよね。
「護身用に、魔力銃を造ってみますか?」
火薬の方は現物を見てみないと想像しづらい。魔力銃なら魔法の原理で弾なり刃なり飛ばせばいいのでしょ?
目をキラキラさせて頷く先輩。わたしはノヴェルと顔を見合わせて、想像を共有した。弾はちょうどエルミィの矢の鏃に使うつもりで造った着弾式回転鏃君がある。
ぶ厚いデカブツの皮に矢が刺さった時に、回転した鏃がより深く喰い込む仕組みだ。
先輩から聞いた話からわたしが錬成して弾丸の形に変え、ノヴェルが仕上げる。わたしの錬成が落ち着くまでは、ノヴェルがうまく修正してくれるので助かるのよね。
完成度合いを高めて洗練させるひと手間は、惜しんではいけないのよ。
魔銃はノヴェルタイトをヘレナの新しい釜で錬成した後、先輩専用釜で再調整した。
魔銃の本体は錬金釜と同じ色濃い群青に細やかな銀の粒が散りばめられ美しく輝く。
「弾丸は魔銃の魔力で、実弾も魔力弾も撃てます。先輩専用釜で仕上げたので魔力は自動で回復しますが、この魔導回路の板をはめ込めるので、魔晶石での魔力を回復も可能ですよ」
この魔導回路の板に、メネス成分の特製魔晶石を含ませたものを使うと、魔法を霧散させる弾丸を撃てる。
────あの娘、闇が深いせいか錬金釜まで漆黒になったのよね。ヘレナとノヴェルの成分で、魔銃そのものが破損しても自己修復する。
やばいわね。ノヴェルとの合作はわたしに足りない魔力を補ってくれるから、錬成の幅が広がる。ただ瞬時に破損が直るとか、故障が回復するわけではないのから過信しないでね。
ノヴェルが銃身に王家の紋章を施し、金で加工して完成する。先輩が魔銃を気に入って頬ずりしている間、わたしはエルミィに叱られポカポカ叩かれていた。
あの鏃はエルミィのために作ったものなので、先輩とはいえ他の人に使われるのが嫌だったらしい。
この娘たちの感性がいまいち掴めないわね。エルミィとか辛辣だしそっけない割に、特別なものを欲しがるのよね。
結局、鏃はメネスの魔力霧散させる着弾式回転鏃君 改を作り直し、羽根には速度を増す付与をつけた。射程、威力、速度はエルミィの弓矢の方が先輩のものより上昇した。
まったく……これから巨大牛人に挑みに行くのにヘロヘロになってしまったわよ。