第60話 ダンジョン探索【獣達の宴】 ⑫ どっちがお飾りか
わたしたちは先輩とメネスに合わせて、休憩を充分に取った。メネスは受付嬢としては微妙でも、経験豊富な冒険者なので軽めの食事と仮眠で充分回復した。
先輩は冒険者として探索するのは不慣れなので、後衛のわたしとエルミィそれにノヴェルが必ず側につくようにしていた。
「そこまで過保護にしなくても、戦える。子供扱いしないでくれたまえ」
魔物と戦えなくて不満らしい。仮にも王族なのだ。契約を交わした護衛対象でもあるから、そりゃ大事にいくわよ。
「いいから大人しく寄生していてくださいよ」
いるのよね、お飾りなのに余計な口出しをする偉い人って。
「君こそ、まったく魔物を相手にしてないのではないかね」
ぐはっ、この先輩め。わたしが戦闘になると役に立たないことを早くも見抜きやがりました。戦おうとすると、ヘレナやティアマトが怒るのよ。
エルミィなんて同じ後衛なのに、弓と魔法で支援が上手だからって、常に参戦してるのよ。ノヴェルも、いつの間にか背後に来た魔物とか刈り取ってるのよね。
「うん、やはり実地に出てみるものだな。君が仲間にどう扱われているのかも、よくわかったよ」
先輩がニヤつく。弱みを握った小悪魔がいるわ、最悪だわ。メネスが加わったので、お荷物係のわたしとお飾り状態の先輩がいても、負担の幅は変わらないみたいね。
今回は出番あるかと思ったのよね。でもヘレナは剣を、ティアマトは手袋を、エルミィも今度は弓を強化したので余力があった。
「────ついただよ」
ノヴェルがとくに何もない、部屋のような通路のような所で止まる。
【獣達の宴】 は広く深いダンジョンだ。さっきメネスを着替えさせた袋小路のような通路がいくつもあって、迷宮を形どっていた。正規の道を進行していくのなら、こうした脇道を通るものは少ない。
とくに地図も出来上がっている浅い層なら、初心者もわざわざ寄らない。
「この階層をわざわざ狩り場にする新人パーティーなど、滅多にいないから見つからないわけだよね」
エルミィが感心したようにいう。通路を作った当時から、すでに踏破され地図の出来ている場所だもの。熟練の探索者も念入りに探さなかったと思う。
ギルド関係者のメネスがこんなところにもう一つあったの……と呻いていた。ギルドの渋滞作戦が続いていれば、ここもいつか見つかっていたかもしれないわね。
ティアマトが壁に近づき匂いで探る。ノヴェルのおかげで匂いの区別がつきやすくなったらしい。
わたしもみんなも多少の違いは視認出来ても、匂いでは魔力の判断なんて出来ないからね。
「あったよ」
ガコッ──という音と共に、岩の扉が開いていく。地上からの秘密の道を作ったというけど、ドヴェルガーの作成した通路はダンジョンのものより床や壁に天井までがとても綺麗なのよね。
行ったことはないけれども、遺跡のようなダンジョンみたい。無駄にこだわるのが職人っぽいから好ましいわ。
「これは掘ったというより、簡素な意匠の施された空間を通したかんじか」
先輩が壁に明かりを近づけ、感心したようにうなずく。ノヴェルが唄いながら通路を広げてたのと似てるわね。
ティアマトの鼻といい、魔力の使い方の癖とでもいうのかな。調子が良いとか、ノッてると無意識に影響力が増すのかも。
この秘密の通路って、結局の所は空間拡張の類なのかしらね。ダンジョンの近くに、ただ穴を掘り進めても望む場所につながるとは限らないし。ダンジョン内では掘り進める事が出来るのに、謎が多いわね。
世間的には、大地系の民は似たり寄ったりだと言われている。でも実際は種族によって特殊能力は様々だ。
鉱石人と呼ばれるジェリド族や宝石人と呼ばれる宝魔族は、わたしたち錬金魔術師が欲してやまない石ころを金に変えるような力を、生まれながらにして持つ。
魔力にもよるし、技量差はあるようだけどね。強欲な時の権力者に追われて、迫害され人前に姿を表さないと言われる幻の種族。
地霊族の代表的なノッカー達は、地下の魔力たまりから生まれたといわれ、魔力石の結晶を探し出すのが得意だ。ドワーフは鍛冶や鍛造が得意で超高温の魔力炉でも扱える。
ドヴェルガーはというと、大地の魔法に装飾が得意。ドヴェルガーだけ、同族が持つ特技しかないなんておかしいと今ならわかるわ。
ノヴェルを知ったから、あえて提言したくもなるわよね。ドヴェルガーの中に生まれる個を差すドヴェルクこそが、異界を紡ぐものの能力を持つって。
ジェリド族のように、ドヴェルガー達は秘密を知る者達に狙われたんじゃないかな。その特異な能力のせいで、世界中の強欲なものから狙われている。そしてダンジョン内では、ダンジョンの主に狙われる。
術師の記憶を見た限り、ドワーフ王は気づかなかったみたい。全てわたしの推測に過ぎないのよね。
ドヴェルガーが大地の民のありきたりな能力しかないように思わせたのは、彼らを守るためだったのかもしれないのだから。
「……?!」
思考に耽っていると、先輩に押し倒された。えっ、何かしら。急に発情期なんて聞いてないわよ。告白でもしたいの?
「カルミアのバカ! 戦闘中まで意識をとばさないでよ!」
エルミィが怒鳴りながら、魔物へ反撃の矢を射掛けている。先輩がとっさに庇わなければ投げつけられた岩で頭が吹っ飛んでいたわね。
護衛対象に護衛された、なんて言ってる場合じゃない。
「──なにあれ、ミノタウロス?」
二十M以上はありそうな巨大な牛の魔物。人族の巨人がいるのなら、ミノタウロスの巨人がいてもおかしくないじゃん……みたいな魔物だ。
「いったん下がるよ。あんなの無理よ」
考え事をしてたのは後でごめんなさいするとして、逃げの一択を取る。ドヴェルガー達が荷物置きのために広めに作った部屋のようだけれど、ダンジョンと融合したのか更に拡張されていた。
【獣達の宴】がこの抜け道を作ったものに対して罠を張っていたのかな。通路が狭いので追ってはこれず、砕いた岩を投げつけてくるから厄介だ。飛び散る石の破片が思わぬ怪我を与える。
安全そうな秘密の入口付近まで戻って来たのに、ダンジョンが崩れるんじゃないかってくらい地響きが酷い。
「ごめんだよ。おらも知らなかっただよ」
ノヴェルのせいじゃないのに、みんなを危険に晒してしまって落ち込んでる。ドヴェルガー達がいた時代は、少し大きい程度の部屋だったそうだ。
「農村にオーガが出始めたのと、関係しているのかもね」
わたしはドヴェルガー達の作った通路が農村付近にあるんじゃないかと想定していた。こんな巨大牛人がいるのは考えてなかったけどね。
「あんなのが低層にいるなんて知れたら、王都が混乱に陷るわ」
メネスが秘密の通路も魔物も、報告なんて出来るわけないと嘆く。わたしの見解を聞いて、ダンジョン内から出てきた強い魔物に追われたのがオーガ達だと気がついたようね。
農村を襲ったオーガ達も強い魔物も、アレの出現に怯えたのかもね。
「ひ、他人事みたいに言ってるけど、低層であの強力な魔物なのよ?」
「落ち着きなってメネス。巨大牛人はひとまず出て来れないし、オーガ以外の魔物の話はまだ上がってないんでしょう」
魔物の大暴走の前兆な気もする。メネスの心が限界だからか、先輩もエルミィもわたしと目を合わせて首を振った。
ダンジョン内に溢れなかったのは、ドヴェルガー達の仕掛け扉のおかげだろう。
それにしても脱出口を作りに来たらもっと厄介な魔物が罠を張っていて、王都滅ぼすつもりで待ってました……なんて国王陛下やギルドマスターに報告しても信じないよね。
悪いやつの陰謀かもしれない。跡目争いや頭髪のことより、偉い人達には国防のことをもっと考えてほしいものだわ。
「君は……まあ今は良いとするかね」
先輩が何か言いたそうね。助けてくれたお礼はちゃんとしますよ。
わたしは秘密の通路のダンジョンへの出入り口付近に非常口の出口と、寮の倉庫への入口をつくる。
「それじゃ、確認してみるわね」
作ったものの責任として最初はわたし自身が飛び込む。昔作った倉庫も、ダンジョンから素材の投げ込みは成功した。でも人体では試していないのよね。通り抜ける異空間で死ぬ可能性はあった。
わたしが率先しないと非常口の時に楽しんでいた先輩が、僕がやるって言いだしかねない。距離もあるので、まずはわたしが実践してみるのだ。
「────成功ね。これは魔物を入れないように工夫すればいつでも行けるってことかな」
膨大な魔力が必要な転移陣なんかを設置すればもっと簡単に出来ると聞いたことはある。
でも転移陣に必要な素材や魔法が特殊で、お金がかかる事もあるそうだ。これは不安定だけど、それらよりも安価で魔力も少ない。
「でも、変にダンジョンとつなぐとドヴェルガー達の二の舞いかな」
そもそも入口と出口を別々にしか作れないわたしの魔力と知識では、まだドヴェルガー達や術師の記憶の人より能力が不足している。
確認は出来たので、わたしはダンジョンへと戻ると入口は外しておく。
「いいの?」
ヘレナとティアマトはいつでも修業に行けると喜んでいて、あからさまにがっかりしていた。
「寮がダンジョン化しても困るから、設置は使用時に逃げ込むだけにしておこうと思ってね」
面倒でも危機管理は大事。非常口も倉庫からの一方通行で普段は閉じた状態だ。
そうだとしても魔物の件を片付けてから、地上に作り直す方が良さそうね。この件はあとでみんなで相談して決めるとしましょう。
2023 8/18 アルデバランの大きさを、十M以上はありそう→ 二十Mはありそう、に変更しました。