第58話 ダンジョン探索【獣達の宴】 ⑩ 欲するなら差し出せ
先輩が非常に面倒くさい事を言い出した。────言わなくてもわかるよね、と素敵な笑顔で脅し文句を言う。そして、わたしの首に腕を回して狩るのは止めて下さい。
冒険者登録はしてあるそうだ。上位の冒険者を雇って、ダンジョンを実際に体験する機会はなかったようね。下級貴族なら大丈夫でも王族となると裏切られて、拐われる危険性があったからかしらね。
「多数決で決めましょう。反対の人は手を上げて。はい決定!」
わたしに誘導されて、仲間たちは反射的に手を上げていた。そうじゃなくても嫌よね。
「仲間になったのだから、個の意見も尊重したまえ」
もちろん先輩には通じない。わたしの首を締める力が上がる。暴力反対ですよ。
「なんかだんだん甘えるというか、本性あらわして来てませんか」
うざいわね、この人。まあまあ権力ある立ち位置なので、邪険にしづらいのよ。それを盾にして、かまってちゃん攻撃をしてくるのだ。
無駄に知恵が回るので、扱いの面倒くさい人に磨きがかかって来たわね。
「先輩も先輩だけど、君も少しは礼儀というか相手の立場を重んじるべきだと思うよ」
常識について眼鏡エルフのエルミィが正論を語りだす。あなたたちには直接害がないから言えるのよ。
それにいいのよ。このアスト先輩は多少雑な扱いでも、かまわれて嬉しいお年頃なのだから。
「おらがアストを守るだよ」
わたしが忙しいのを察して、ノヴェルが先輩を引き取ってくれた。気が合うようなのでノヴェルに任せることにした。
慣れてないからか、二人はお互い抱きあって匂いにうっとりしている。えっと……動物なの?
わたしたちはいま、新しく作った倉庫の中にいる。資材置き場に素材置き場、先輩の部屋の倉庫からの非常口に、これから脱出口にする小部屋がある。ヘレナの食材置き場とエルミィの錬金道具棚も作った。
わたし用の錬金魔術のための広間もある。簡素なソファとテーブルがあって、だいたい誰かしらいる。残りはリビングのような形になっていて、そちらには先輩が男子寮から持ち出した少し場違いなお高いソファ一式が置いてあった。
もともとあった室内の棚は日常品や、ノヴェルの魔本の試作品などが置かれている。ティアマトとエルミィの部屋には先輩が来れるように、簡素だけど質の良い素材で作られたベッドが入れられた。
────予想しなくてもわかるよね、ずっと居座る気だってさ。好色な王子の噂なんかまったく気にしないようだ。
ダンジョンへ行くと決まったので、わたしはヘレナ達の錬金釜を強化中なのだ。冒険者に階級があるように、わたしが扱う錬金釜も性能に差があるようなのよね。
錬金されたものの性能や、錬成されるものに付与される効果をもとに、わたしが感じた扱いやすさでも順位付け出来る。
ノヴェルに懐いてゴロゴロしてるアスト先輩の錬金釜がいまの所は一番と言える。
認めたくないけれど、あの捨て身で恥をさらけ出す姿が、わたしの心の琴線を刺激したのよ。まあ、単純に物量の違いなんだけどさ。
わたしが認めたくないのは、同類の変態と思われたくない良識が働くせいだわ。
ないないってエルミィが言うならわかるけれど、ティアマトに言われると本当っぽくなるからやめて。
「しかし、アスト先輩がこんな子供みたいな人ならもっと早く紹介してくれても良かったんじゃないかい?」
ノヴェルとじゃれついてる先輩は、大きなニャンコみたいだ。不機嫌に威張り散らしたり、怒らないので仲間からの受けは良い。
「エルミィ、それは吹っ切れた後だから言えることなのよ。子供の純真さは怖いのよ」
残酷と言ってもいいくらい、自分の気持ちに素直に従う。先輩の中にわたしたちとの未来が思い描かれていなければ、きっとあの事件の時にあっさり始末されたと思うのよ。
ある意味、神の雫を追い求める国王陛下よりも王族の責務に忠実な先輩だからね。素じゃないところをみると、教育された怖さなのかしら。
大人になればなるほど判断や決断って悩み鈍るものだけど、わたしとしては先輩が少し大人に成長してて助かったと思っている。
「まあ先輩のことはノヴェルが面倒見てくれるからいいわね。それよりも二人共摂ってきた?」
ティアマトはまめに快適スマイリー君を使ってるので、先に錬金釜の強化を終えた。
ヘレナとエルミィは悔しそうに特製魔晶石をあるだけ差し出した。なにか自分の矜持に負けたのが悔しいみたいね。
わたしが悪魔のように魂を差し出させた感じになっているから、もっと喜んで提出してよね。でも、これで二人の錬金釜も作り直せるわ。
ダンジョンへ行くため、寮長に外出届を出しておく。先輩がついて来てしまうので報告を誰にするか────で、寮長になった。
前の時は知らなくて、後で呼び出されてわたしだけ怒られたのよね。理不尽だけれど、戦闘で何もしていないから罰くらいは受けるわよ。
冒険者ギルドへ行くまでに、うっとおしい冒険者に絡まれるかと思ったのに、珍しく誰も倒れ込んで来なかったわ。
ノヴェルと先輩がほのぼの姉妹みたいな空気を作っていて、邪気いっぱいの冒険者には近寄り難かったのだとわかった。
あいつらがいままで、どれだけ邪悪な心で絡んでいたのかよくわかったわ。冒険者駆除の新しい発想がもらえて、研究熱がわいた。
ギルドへつくと、草臥れ果てたメネスの残骸がいた。受付の仕事が終わるとギルマスに呼ばれて、わたしへの手紙を届けろと毎日のように言われるらしい。
国王陛下にはギルマスが一旦案件を預かり、協力を取り付けるまで待って欲しいと嘆願したようだ。ガレオンの中途半端な頭の毛は、この所の精神的な苦痛で再び後退し始めていた。
「えっ、あなたようやく会いに来てくれたの?」
幽鬼のような表情になってるメネスに腕を掴まれた。不死者ってもっとのろいはずなのに、素早い幽鬼よね。
「────ティアマト、口を塞いで」
わたしは咄嗟に、近くにいたティアマトにメネスの口を塞がせる。騒がれて、仲間を呼ばれると今日は困るのよ。軍団蜂のように職員が集まるからね。
どうしてこの娘は自分から騒ぎを起こして、解雇になりたがるのかしら。
エルミィが別の受付の所へ行き、パーティー登録者の追加を行う。放置するとガレオンまで呼んでしまい大騒ぎになりそうよね。
わたしはエルミィに、メネスをこのまま連れて行くことも伝えてもらった。メネスの使っている装備はヘレナが受付の人から受け取り、ダンジョンへと向かう。
この時間はもう空いているし、余計なトラブルに巻き込まれたくない受付の人は、わたし達にすごく協力的だった。
これが正しい冒険者ギルドの受付嬢の姿なのよ。メネスも少し見習うべきだわ。