第56話 依頼殺到
わたしのもとに、冒険者ギルドから緊急案件と称した指名依頼が急激に殺到していた。原因はわかっているのよね。生還希望者達だ。
管理のマルカスおじさんの時は、まだ年齢的には中年で若い。生活改善でもしたのだろうと、信じてはもらえなかったようだ。
直近の施術で冒険者ギルドのギルドマスターのガレオンという失敗例もいたため、危険もあると考えられていた。
しかし────中途半端になったのはガレオンが欲をかいたからで、効果は出ている。そして奇跡が起こった。
先駆者の付与魔術講師アルベロが枯れ果てた山野に、雪の樹木を広げて見せたのだ。老いて散るのみの山野の見事なまでの雪化粧。
若々しく艶々な色彩ではないことが、逆に効果の高さを感じさせたようだった。
重ねた年齢が違う二人の完全なる生還者は、わたしの名前を出した。いや、秘密にしろって言ったのよ。ギルマスの騒ぎで流石にわたしも懲りたからね。
あの人達、わりと偉かったり人格者だったりするのに、髪の事になると取り憑かれたように狂うから怖いのよ。
こちとらかよわい貧乏庶民の少女よ? 持てるものと持たざるものとで、勝手に戦い始めるから迷惑この上ないわ。
招霊君の予備にはいつでも対処出来るように、彼らの残り少なかった髪を入れてある。ギルマスは強い上にしつこいから、ギルドへ行くときは必ず持って行くようにしていた。
先輩から宮廷でも騒ぎになっていると証明するように、どっかの公爵やら騎士団の団長やらの名前が依頼にあった。
なんかメネスが、やつれきった顔で持って来た数ある依頼の中には、一際豪華な封書に国王陛下の印璽のされたものまであったから驚きだよね。
「あのね、カルミアさん。全部とは言わないけど、いくつか優先して受けてほしいのわかるわよね?」
あのギルマスが、顔を真っ青にして念押ししてきたらしい。普通に考えれば、国王陛下からの緊急依頼は最優先事項だ。
わたしが一度でも拒否をしたら救いはないと身を持って教え込んだからかだろう。ギルマスは奇跡はそう何度もおきない事をよく理解していた。
メネスはたかが髪の事で馬鹿みたいと毒付いている。本当にその通りだわ。彼女はわたしをよく知るものとして、使者に選ばれただけみたい。
「あなたも苦労するわね。なにか受け取りの証明書類でもある?」
いくつかの依頼書は、実際に無視出来ないものばかりだ。それも指名依頼となれば、嫌でも確認事項が増える。
貴族って面倒なだけなのよね。おかげでメネスには迷惑をかけずに済む。メネスから書類をもらい、受け取りのサインをする。
「ちょっと手紙書くから待ってて」
わたしは手紙用の紙に、これから起きることを書き記して封をしてメネスに渡す。わたしが書いている所をずっと凝視していたメネスは、何故かみるみる顔を曇らせていた。
「────ティアマト、火をくれる?」
自室で鍛錬をしていたティアマトが、わたしの実験用の机の耐火性の台に炎を作る。
「あら大変、実験が失敗しちゃった。依頼書は確かに受け取ったのに、読む前に全部燃えちゃったわね」
不可抗力ってよくあるのよね。ましてわたしは問題を起こしやすいからね。
「────あ、あぁ貴女、頭おかしいの?! 国王陛下の依頼よ?」
メネスが吠えた。でも何故か口元は笑っている。あなたの涙は貴重なんだから、普段はそうやって笑っていなさいな。
「メネス────あなたは何も見てないからね」
わたしも学習したのよ。自分にも関わりがあるからか、ティアマトがメネスの肩をポンっと叩いた。
「そ、そうね。私は依頼書は全部渡したもの。忘れものして戻って来たら、実験室が大変な事になってたわ」
目が泳いでいたけど、メネスもギルマスに泣かされ、痛い目を見てきた強者だ。動じないように何度も練習をしてから冒険者ギルドへと帰っていった。
持たざるもののことなど知った事ではないので、国王陛下だろうと無視が一番よ。
大国なら首が飛ぶかもしれない案件だけれど、奇跡の手立てを自ら断つことなどできっこない。わたしも色々学んで自分の強みを理解したわ。
────最終兵器に先輩もいるからね。
「国王陛下のはどうかと思うけど」
様子を見ていたヘレナが心配そうに言った。
「いいのよ。ヘレナは騎士志望だから、騎士団長に恩を売って入りたい?」
ブンブンとヘレナが首を振った。何かで縁があれば別だと思う。ヘレナは真面目だから、実力で騎士の座を勝ち取りたいはずだ。わたしだって、自分の研究の成果を認めてもらえたなら嬉しいからわかるわ。
「君……豪胆というか頭がおかしいのかと疑いたくなったよ」
わたしの中で、恒例になりつつある夜明けの朝風呂の一幕。国王陛下から話が届いたらしい。先輩が、なんか頭を抱えていた。だいたい先輩だって同類だろうに、何を言ってるのだろうか。
「いや、僕は曲がりなりにも王族だからね。でも君は庶民じゃないか」
国の最大の権力者達と知り合い恩を売る機会をバッサリ切った事で、先輩は後始末に追われそうだと嘆く。
切る髪ないんですけどね、と言ったらまた締め落とされそうになった。
「対外的に優位に立つ機会だったかもしれないね。ただ、それは一時的なもので、君には害にしかならないのか」
さすが先輩。よくわかってらっしゃるわ。あの調子で近隣諸国に煽りを入れられたら、わたしたちがもたないもの。
関わりもない人達の面子のために、必死こいて働く理由ないからね。それに、あってもなくてもどうでもいいものだから、余計に嫌よ。
「気をつけたまえよ。僕にも理解出来ない狂気を発するからね、あれらは」
美しい艷やかな金髪美少女の先輩には縁のない話だものね。狂気についてはわたしも充分わからせられた。おじいちゃん先生まで熱望していたなんて、ビックリしたもの。
「それと、留学生の受け入れが決まったよ。出来れば君達には僕の護衛についてもらいたいのだが」
「それならいっそ、男子寮ではなく、女子寮に移ったらどうですか。遊び人扱いされれば舐めてかかるでしょうし」
男子寮に行くのは、いくらなんでもわたしたちがきつい。先輩のために用意された架空の私生児の子には可哀相だけど、本人がやって来るのだからね。
「専用階だから、問題はないか」
以前は男らしくみせるために、男子寮にいる必要があった。いまは取り巻きもいなくなり、声も男らしく声変わりしたように聞かせていたので、わからないと思う。
「そうなると、君達が一緒に暮らす事になるんだがよいのかね」
「ヌッフッフ〜、ぼっちの先輩には可哀相ですが、わたしたちは一緒には暮らしませんよ」
わたしの朗らかな笑い方で、ムッとした先輩にデコをはたかれた。
「考えがあるなら聞くよ。ただその気持ち悪い笑い方はやめたまえよ」
気持ち悪いって酷いわね。先輩が以前より警戒解いた証なのだろうけれど、真面目に考えてあるのよ。
「────身内の護衛もあてにならないでしょうから、先輩の部屋に非常口を設置します」
授業中は伯爵家の娘たちを頼りにするしかない。放課後はわたしたちが一緒にいればいい。
夜は不安なら非常口から、わたしたちの所へ来て眠れば、少しは安全だろうから。
◇ カルミアの笑い方 ◇
ぬっふっふ、····声質は低め。腹から心底楽しい感じ。含み笑い、自慢したい気持ち。
ヌッフッフ〜、····声質は高め。楽しくて仕方ない感じ。気持ちが昂ぶっている、幸せ笑い。