第53話 学園七不思議 ⑤ 召喚か欲情か
────わたしはなんとか一命を取り留めたようだ。先輩が心の葛藤で悩み苦しむ間、わたしは物理的に苦しみを受けさせられて、危うく別の道へ旅立つところだったわ。
「すまない。王族として恩恵を享受しながら、真っ先に逃げ出す決断をするのが思いのほか心苦しかったようだ」
だからって、助けを求める相手を締め殺そうとするのはやめてほしいわね。わたしって……鍛えてるわけでもなさそうな先輩よりも、力がないのね。
アスト先輩がなにを考え行動しようと、民衆の全てが従うわけじゃない。寄り添おうとわがままに生きようと、批判する人は攻撃的になるかもしれないし、同情するものは哀れんでくれるかもしれない。
単純に自分がどうしたいのかを、はっきり決めて動くのが大事だと庶民なわたしは思うだけよ。
先輩自身の行動は、先輩本人が責任を持てばいいだけなのだから。
本心が聞けて嬉しいものの、これで見捨てたら発狂しそうよね。正直……庶民には重たいし(先輩の重さじゃない) 面倒臭いのよ。
「この状況で、そういう発想を口にするキミの思考が羨ましいよ」
わたしを締め落とそうとした先輩が悪い。いや──ほぼ落ちたわね。
「それで先輩の予想では、ご自身の卒業までに争いになると考えいるのですか」
「たぶん……卒業前までには戦いが起こると見ているよ」
宮廷では神の雫の噂に隠れるように、戦争の話が紛れていた。そうした戦いの話などが重なって、今回の騒動にも繋がったようだ。
何名か強制退学にされるかわりに、留学の名目でそれぞれの国から転入生が送り込まれる可能性もあるそうだ。
先輩が補足するように教えてくれた話の中に、メガネ男子生徒の事があった。
処罰が決まった彼の名誉のために告げられたのは、アルラウネは召喚されたものだという事だ。
アスト先輩に欲情して、言い伝えのような形で出現したのではないそうね。
キッ! っと、ものすごい剣幕で睨まれたものね。メガネ男子君は、罪状なんかどうでもいいくらいに騒いでいた。
隠したり慌てたりするから、逆に怪しくなったけどね。どんな罪状よりも、不名誉な事実を残される方が嫌だったみたい。性癖なんて人それぞれなのだから、王子に惚れたって良いと思うわよ。
ちなみにアルラウネはノヴェルになついていて、ルーネと名付けられた。眷属のマンドラゴラを呼び出して素材提供をしてくれるし、頼めば催眠や昏睡の魔法をかけたり防いだりしてくれる。
ルーネから成分を抽出して、魔晶石を作るにはどうすれば良いのかが悩むところね。やり過ぎると干からびて枯れちゃうから。
学校の授業は、いつもの光景よりざわついていた。新旧の取り巻きの解散で、伯爵家令嬢のグループや、商人の息子達など新たな人材が第三王子に取り入ろうと声をかけ合っていた。
「そうさせないためのルールを、メガネ男子君たちが破っちゃったからね。当分うるさそうだわ」
わたしはというと、先輩とルーネのための装備品を研究中だ。ルーネにはマンドラゴラの種を吐き出してもらう事で、魔力抽出がうまく出来た。
快適スマイリー君だと、まだ毛と根の区別がつけられないので諦めたのだ。
先輩の装備品は、本人の要望もあるので首飾りから先に作ることになった。
王族なのに人見知りさんなので、仲間達の輪に入るためには、形から入らないと駄目なんだそうだ。形からとか、友達づくりが下手過ぎて可哀想になるわね。
「それ……あまりアスト先輩に言わない方がいいよ」
ヘレナがわたしの首を心配して助言をくれた。わたしのかわりに、彼女達も先輩との距離感を縮める努力をしてくれるそうだ。出ないと首が持たないからね。
新たな装飾品は、ルーネ成分で作り出したルーネタイトを使った。ルーネは見た目は小さい。でも魔力量はかなりあるので、専用の錬金釜を作って出来たものだ。
先輩専用の釜と合わせて虹色の鉱石への影響が強まっているので、仲間達にまた更新をせがまれそうで怖い。
錬金術って、この果てしない作業の繰り返しでもあるわよね。ルーネの首飾りは小さな身体の彼女に合わせて濃縮して作り出してみた。
ノヴェルが調整を手伝ってくれたので、うまく作れた。ルーネは感涙するくらい喜んでくれたわ。
ノヴェルと同じ言語っぽいけど、ドヴェルク語って、大地系の共用語なのかもしれないわね。エルミィが興味を持って調べるだろうから今度教えてもらおうと思った。
錬金釜の数が増えて来たので、棚が埋まってしまう。そろそろ収納を考えないといけない。寮の部屋がわたしの錬金素材とヘレナの食材でパンパンになって溢れかえる。
わたしが使える収納系の魔法は、まがいものなのよ。収納場所を用意して、そこに転送するだけなのよね。つまり場所の確保という問題は改善されない。
ダンジョンとかで魔晶石や鉱石とか無機物を放り込む分には便利だからと、開発サボっていた自分のせいだ。
「バカな事を言ってないで、仕度しないと遅れるよ」
考え事をしているとヘレナに注意された。なんでも付与魔術科のおじいちゃん先生が、わたしに用件があるらしく呼ばれていた。
お風呂に入りご飯を食べた後で良いと言われたけれど、眠くなるよね。わたしよりも、おじいちゃん先生なんだから夜は早く寝ると思うのよ。
一応おじいちゃん先生とは言え男性なので、ヘレナとノヴェルがついて来る。本人達は護衛のつもりだけど、わたしの方が保護者の気分よ。
「カルミア酷い」
「おら傷ついただ」
口に出てしまったらしく、二人からピィピィと抗議された。なんてかわいいのかしら。
おじいちゃん先生は、講師歴が長いようね。この前の依頼で見た学塔一つがおじいちゃん講師専用だったから。
学塔には、学校の建物の廊下から渡れるようになっていた。中に入ると年季の入った内装で、意外と小綺麗に清掃されていた。
階段が壁に這うようについていて、おじいちゃん先生には段差が多くてきつそうね。
「────よく来たね。いま、お茶を用意しよう。そこの椅子に座るといい」
室内の掃除に関しては、学園側が雇うメイドさんがやってくれるようだわ。そうでなければ、おじいちゃん先生には難しい広さよね。
案内されたソファの近くにメモがあって、メイドさんの予定日が記入されていた。
良かったよ、おじいちゃん先生なのに出来る人だと悔しいもの。お茶は結局ヘレナが淹れて運んで来た。
生徒とは言え、自分の学塔に客を招くのは久しぶりだったようね。
「あら、おじいちゃん先生にしては趣味の良い香りのお茶ね」
わたしが思わず声を上げると、ヘレナから肘打ちされた。
グホッとなり、あやうくお茶を吐き出しかけたけどなんとか耐えたわ。心の声じゃなくて普通に声に出してしまった。
「フォッフォッフォ、構わんよ。時折授業中でもつぶやいておったからのぅ」
さすがはおじいちゃん先生、寛大だよね。それにヘレナも、いつも注意してくれてありがとう。
食後のお茶を飲んで来なかったので、お腹にちょうどいい具合に染み込んでゆく。
おじいちゃん先生の部屋は全体的落ち着くので、のんびりしていると眠くなるわね。
「────それで、先生。美味しいお茶を飲ませて終わりではないのですよね」
わたしを守ると豪語していたノヴェルが眠気でフラフラし始めた。ゆらゆら揺れるお人形さんみたいでギュッてしたくなるわね。
もし授業と同じ感じで話をされたら、わたしも眠りの魔法にかかる自信あるから手短にお願いしますね。