第52話 学園七不思議 ④ 友達がいなかった模様
学校からの特別依頼は終了した。イキリ男子君と女生徒二人が催眠から解かれて、事情を話していた。それによりメガネ男子生徒たちや、旧取り巻きの企みが露見したのだ。
証拠となる知能の高いアルラウネを、ノヴェルが生け捕りにしたのも大きいわね。
ノヴェルの檻でメガネ男子君との契約が絶たれ、いまはフリーの魔物になっている。檻と言ってもノヴェルは大地の力が強いので、植物人族であるアルラウネには居心地が良さそうだ。まったりしながらきょとんとした顔が中々可愛いわね。
取り巻き達の処遇に関しては、王子が直接決める事になるそうだ。ずっと良くなかった喉の調子が、とある錬金術師の新入生のおかげで治ったこと、それが事件を起こす動機になったらしい。あの先輩、状況をうまく利用したわね。
アルラウネは先輩も手を焼くと思っていたようね。わたしがあげた魅惑の美声君の催眠無効化のおかげで何も起きなかったらしい。
「あれほど注意したのに、ペラペラ喋って怪しまれたんだわ」
絶対にアスト先輩はわざとやったに決まっている。先輩もメガネ男子生徒に毒を盛られ続けていて、弱っていたそう。でも……それはもちろん嘘だ。
男子寮で毒入りのものを捨てると、彼に毒を盛られている事を知っているよとバラすようなもの。だからわざわざ女子寮まで持って来て捨てていた。
厄介なくらい頭の良いあの王子樣は、兄達の派閥の一層を謀る機会を狙っていた。ちょうどいい所に悪目立ちしまくる庶民の後輩がいて、たまたま知り合えたので利用したという事だ。
「でも結構アスト先輩は、本当のことを喋っていたんだよね」
「それだから性格が悪いのよ。知られてかまわない内心や事情を、さもわたしが大事なんだよ、みたいに話すからね」
情けないけど、純心なわたしは簡単に引っかかったわよ。金貨の魔力っていうのは怖いわね。
あと丸め込むためだからといって、あそこまで無防備に裸を晒されて、羞恥心を捨てて来られてるのを疑うのって無理よね。まさに変態の勝利よね。
────わたしが暗殺者なら、先輩の口の中に手を突っ込めた時点で勝ちだもの。毒盛り放題よ?
捨て身の策略にまんまとかかり思惑通り、先輩の敵を一掃した。王子様が取り巻きを潰された事を許しても、先輩の敵はわたしたちに目を向けるだろうからね。手駒もなしによくやるわね。
本当に一人勝ちとかずるいわよ。王子としてアスト様と面会したわたしたちは学校の混乱を収め、王子を害そうとした連中を倒したという事で特別報酬を王子から賜った。
受け取らざるを得ないわたしは、アスト王子の前へかしずき金貨の入った袋を貰い受ける。
先輩は真面目な表情をしているけど目がニヤニヤと笑っているのがわかる。ぐぬぅ〜、なんか凄く悔しいわ。
いい、騎士になるのならよく覚えておくのよヘレナ。こういう貴族、王族こそ怖いのよ。悪徳貴族なんか目じゃないし、イキるだけの坊ちゃまなんかは王子と比べると赤ん坊みたいなものよ。
楽しくて仕方なさそうで良かったわね、先輩。それはお風呂場か女子寮でしか発散出来ないのが、いまのアスト先輩の立場をわからせる現実でもあった。
「今更しおらしくしても無駄ですよ、先輩」
────翌朝、王子に言われた通りにお風呂場へやって来た。わたしはどうなってもいいから、あの娘達は助けてあげて……を一応やる。ノリがいい先輩は、ちゃんと乗ってくれたわ。いい先輩よね。
「正直に言うと、君達があそこまで強いのは想定外だったのだよ」
メガネ男子君の作戦では、ティアマト一人を催眠で取り込めば勝てる算段だった。
エルミィはポンコツ眼鏡を装着していたし、ヘレナは貧乏騎士、わたしは戦闘力のない庶民術師、一人急に加わったノヴェルは、所詮お子ちゃまだ。
先輩はエルミィの眼鏡を細工して贈るように、エイヴァン先生に命じていたそうだ。
ティアマトは取り巻きの強者を排除したい心理をついて暗躍させて、初日から孤立していた。ポンコツ眼鏡エルフは色々やらかしていなくなるはずだった。
────一番無力な庶民の娘に邪魔をされる事は、彼らにはきっと想定外だっただろうね。
「正確な情報を知ることの差だね。僕は知り、彼らは知り得なかった」
たぶんそれだけじゃないと思いますよ、先輩。洞察力と度量に運、あとは相性ね。それと遊び心も、かしら。
「第三王子として力をつければ、いつか秘密は兄たちにバラされる。ただそれは今じゃない理由がわかるかい?」
「知るわけないの、わかっていて聞かないで下さいな」
「退学はなくても不敬罪はいつでも出せるのに、君は変わらなくていいね。今、僕を始末してしまうのは対外的に付け入る隙を広げてしまって良くないとの父上……の判断なのさ」
政治のゴタゴタには隣国の思惑も絡んでいるみたいね。田舎街の庶民には知る由もない、規模の大きな争いなのね。
「どうでもいいと思わず、僕の側に仕える以上知っておいてほしい」
何を言ってるのこのひと。頭が急に湧いたのかしら。
「ちょっと先輩、勝手に配下にしないで下さい。あの場で取り巻きに加える事を宣言しなかった時点で、自分から勝ちを捨てたんですから」
取り巻きを排除してわたしたちを新たに側に置く宣言をすることも、騒動の非を被せて断罪に処すことも、先輩はしなかった。
あえて何もしないという一番やりづらい、いやらしい手段を取ってきたともいえる。
「────友達いないってわたしが言ったの……じつは気にしてたりします?」
────痛ッ!
先輩に首を抱えこまれ頭をポカポカされた。叩き慣れてないから加減がわからないのが、一層ぼっちな感じがするわね。先輩の顔が真っ赤になってるし、図星らしい。
まさかの友達欲しさに有利な立場と全ての利を捨てるとか、国王様も黒幕樣も思い至らなかったわよね。
「この国は、三つの強力な国家に囲まれている。ドワーフの国は別として、南のローディス帝国と西のシンマ王国はそれぞれが自勢力へと、この国を組み込もうと絶えず働きかけてくる」
大国に挾まれた、小国の悩みってやつよね。ロブルタ王国の北は海に面しているし、南西はアーストラズの壁と呼ばれる山脈が塞ぐ。
僅かな海の出口も、制海権は海賊と西のシンマ王国に握られているので実質箱詰め状態だ。
国内は王都の他に僅かなダンジョンがいくつかあるのみで、両国との交易がなければ立ち行かない現状だった。
「要するに二人の王子達が、それぞれの後ろ盾に南の帝国と西の王国を利用したせいで、この国に争いが起きようとしてるってことよね」
先輩はいわば保険ね。王子たちが秘密を保持するのは、たんに政権を取った時に手駒になると考えてのこと。王子としても、王女としても使えるように。
────先輩はその隙に力をつけたいのだと思う。
もしくは逃亡をはかるのかな。力をつけるには、もっと味方を増やす行動するものね。
「……君は無駄に聡いな」
いや余計な詮索なんて今更でしょうに。先輩の意外とある胸の中で死にたくないので、首を締めるのをやめてほしいわ。
「逃げ出す時に、一緒に連れ出す事を約束するまで離さないよ」
急に乙女な、お姫様のような言葉を吐かないでほしいわ。先輩はいま王子様を演じてるのでしょうに。
「強行手段をこんな所で取らないで下さいな。王国民はどうするんですか」
先輩の中で王族としての責務と、一人の人間としての有り様に揺れ動いているのがわかる。王族の有様という洗脳みたいな縛りに、当の本人は、実際は納得してないのかもね。
────お風呂に入りながら素っ裸で後輩の首を締めて、意識を刈り取ろうとしている。まさかこの瞬間が、アスト王子の将来の重大な行く先を決めているなんて誰も思わないわよね。