第48話 貴族魔術科 ③ 災脳の持ち主
貴族魔術科の一悶着から、しばらく平穏な日々が過ぎた。わたしの噂が一般の生徒にまで広まった。授業中もやっぱり危ないやつと、距離を置かれるようになったのだ。
────絡んで来なければ、別に狂犬みたいに噛みつかないわよ。
エイヴァン先生の、僕はずっと前からわかっていたよ……感がすごくムカつくわ。あなたの場合、自分から人のものをいじってやらかしたくせに、わたしのせいにしないでよね。
先輩の魔晶石の回収がてら、先輩に報告と忠告をした。当然、爆笑されたわ。ある程度は取り巻きや、他の生徒から話を聞いていたみたいね。
「そもそも庶民ならば、貴族の喧嘩を買わないものだよ」
貴族のしつこくてねちこい性格を、当然先輩はよく知っている。
ヘレナの対応こそ一般的には正しい姿で、我慢強く良い娘だと褒める。わたしとしては納得しかねるのよね。落ち着くために、先輩は高い方のお茶を入れてくれた。やはり手強いわ、この人。
給仕がいないから仕方ないにしても、王子様にお茶を淹れさせていいのかしら。
「キミは傍若無人のようだけど、仲間思いで優し過ぎるんだ。多分ヘレナという娘は貴族とは、そういうものだという認識や覚悟を持っているんだよ」
庶民のわたしにはわかりかねる考えだわね。でも先輩が言いたい事はわかった気がする。貴族デビューの洗礼とでもいうのかな。
「過度のいじめ身体に害の出るような行為や、嫌な言い方になるけれど性的な暴行になるようなら止めるべきだ。でも嫌がらせやちょっとした妨害は、今後のための試練と取るのが騎士なのさ」
先輩の言いたい事はわかっているわ。それくらいで滅気ていては、騎士としてやっていけない。理不尽な目に合いながらも、主に尽くす場面のヘレナを想像する。
────いや、やはりわたしとしては理屈でわかっていても、そんな目にヘレナ達を合わせたくないのよね。
「でもね先輩、ヘレナも喜んでいたわよ? それに実際困ってたし」
わたしは、ちょっと抵抗してみる。どうせ庶民ですからお偉い貴族の習慣なんて知るものかってね。
「そりゃ嬉しいさ。友達が自分のために動いてくれるんだからね。困っていたのは、君が変に察して動いたからじゃないかね。才能というか、災脳の持ち主が大事にしてしまうだろうから」
うぅ……そう言われるとヘレナの困り顔は複雑な感じだ。あの娘に限らずみんなわたしを心配していたし。おもに筋力のなさで、だけど。
それにしてもこの先輩、変な人だけど観察眼とか洞察力がやっぱ凄いわよね。お茶もおいしく淹れてくれたし。
先輩自身はあまりそういう陰湿なものや、下の立場をいたぶる趣味はなさそうね。
ほぁぁ、それにしてもかなり恥ずかしい。前に貴族と揉めた時も、ヘレナは微妙な表情していたからね。
ドヤって、追っ払ったはいいけれど、あちらにしてみれば貴族同士のお約束でヘレナをかまっていたのかも。
なのに頭のおかしい庶民が空気を読まず、しゃしゃり出て来ちゃった感じだよ。頭のおかしいって自分で言って悲しくなるわね。
「いや、そこまで気にすることもないさ。彼らだって君という試練を前に立ち向かい、乗り越えなければ大成なんて出来やしないからね」
先輩の立場だとそういう見方にもなるのね。ポンコツでも学習して、再び立ち向かうのなら使ってゆく。
そういうのも上に立つものの役目なんだそうだ。わたしにやり込められた分、育てやすくなりそう。それを狙ったのかしら。
「君は錬金魔術を極めるつもりなのかい? それなら発想は柔軟に持つべきだろうね。」
「────返す言葉もございません」
「それと誤解しているようだが、僕は君とは利害の一致で仲良くしている気はないよ」
「······それは本音のようで嘘なのくらいは、わたしにもわかりますよ? 先輩」
「────チッ」
この先輩め、チッって舌打ちしたよ。庶民は喧嘩を買わないって、貴族と関わりたがらないって事じゃない。
関わらせるのは逆説的に利用価値を認めてるって、先輩自ら白状したようなものよね。
「まあ僕としても、君の事は簡単に逃がすつもりないからいいさ」
良い先輩だわ。思惑はともかく、人としては好きな方だからね。 学べる所も多いし、隠す事なく素の自分を晒しているもの。
わたしの今までの冒険者なんて、ハッタリの使い方とか人を如何に騙すかとかろくでなしばかりだったからね。
リーダーの悪徳商人なんて、幼女から容赦なくお金を巻き上げた挙げ句に、逃げて行ったし。
「先輩はなんでそんなに洞察力が高めなんですか?」
「君やエルミィ君と違い、あまり喋るわけにいかないからね。黙って……なるべく情報を聞いて精査する癖がついたのさ」
必要に迫られる内に身についたってやつね。いまは変声器を使って凌いでいるそうだ。あまり声がわりをしない男の子もいる。でも王子としては、見縊られるのもよくないものね。
「出来れば君には、変声器をもう少し何とかしてもらえると助かるよ」
ぬっふっふ、新しいお仕事が舞い込みましたよ。後ろめたい事があるからか、先輩の依頼は報酬の支払い金額が相場の倍と高いのよね。もらえる内にもらうのもありよね。
「ちなみに、いまはどんなものを使ってるんですか?」
「制服の飾りに使っているボタンのタイプだよ」
一応確認させてもらった。宮廷に所属する錬金術師に依頼して頼んだものらしいわね。
先輩自身の詳しい事情までは話せないから、機能は遊び程度のものだ。魔力をいちいち通さないといけない上に、声の出どころがボタンからになってしまうので違和感があるそうだ。
「状況考えると仕方なさそうですね。それなら先輩、口を開けて歯を見せて下さい」
わたしは立ち上がると先輩の顔を覗き込む。綺麗なお顔ね。吸い込まれそうな瞳でわたしを見つめる。
「君は大胆だね」
先輩がなんか言い出したよ。検査が必要だっていうのに。
「なんで顔を赤らめるんですか」
悪ノリする先輩を無視して、口をこじ開ける。あっ、やば。手は洗ってるけど、王族に無許可で触れて怒られないかな。
「……きゃまふぁにゃいよ」
構わないそうだ。ヘレナの頬も柔らかかったけど、先輩の頬は吸い付くようにしっとりしてるわね。
「ひゃやくしゅたみぁえ」
関係ない所をペタペタ触るのでせかされた。先輩はお顔が弱点のようね、覚えておきましょう。外から見える所より、隠すなら穴よね。
それにしても先輩、無防備過ぎませんか。
「アスト先輩、これを噛んでもらえます? 少し苦いですが十数えるまでお願いします」
喋る時に違和感ないのは、やっぱり口の中。自然な振る舞いが一番よね。そういうわけで先輩の、綺麗な歯型を取らせてもらったわ。
今日の分で錬金釜を作って新しい釜を使えば、先輩専用のより良いものが作れそうだ。
わたしが先輩から取った歯型を眺めながらニヤニヤしていたので、先輩は引き気味だわ。分泌物の違いで効果の違いがあるのかもしれないから、調べてみるかな。
「そういうのは、身近な存在に頼んでやってもらいたまえ」
頼もうとしたのよ。ヘレナもエルミィもめちゃくちゃ冷めた表情になっていたからね。あれは妙な事を試そうとしないでね、って脅しだ。
その点、先輩は特殊な事情のおかげで、実験の試料がたくさん手に入る。かなり研究がはかどるのよ。
「まあ……頼むのはこちらだから仕方ないか」
「あと言い忘れましたが、今日の納品のものは今までの倍、さらに次の新しく作るアレは今までの三倍は吸収出来ると思います。変色を目安に上手く魔晶石化して下さい」
「この短期間に改良出来るのが素晴らしいよ。君とは専属契約を結んでおきたいところだ」
「先輩を取り巻く状況が安定したのなら、そうさせていただきたいですね」
具体的には玉座に座ってからね。王族からの支援は予算を別としても、大きな後ろ盾になるから。
お互いに考えておく余地はあると思っているものの、今後の状況次第になるわよね。
出来ればこのままアスト先輩を、先輩呼ばわりしていける環境が続けばいいなと、わたしだって思うわけよ。
わたしがニヤニヤしながら戻って来たので、ヘレナが気持ち悪いものを見たように扉を開けてくれた。
「なんか、ごめんねヘレナ。わたしのせいで嫌がらせを受ける機会を減らしてしまったみたいで」
先輩との話でわかったことを話すと、ヘレナが大きくため息をついた。
「先輩の言う事は間違いでもないよ。でもアスト先輩自身がそう思ってくださっているように、そうした試練なんてない方がいいのは私も同意するよ」
「好きこのんで嫌がらせを受けたいわけじゃないのは良くわかったよ。これからも、ああいう輩に気づいたら排除しちゃってもいいのよね?」
「うん。みんなに迷惑かけるけれど、そうやって助けてくれる気持ちが嬉しいからね」
────よし、ヘレナから言質は取ったし次は容赦なく叩きのめすとしよう。
先輩も取り巻きは叩いても構わなそうな雰囲気だった。本当の側近は秘密を共有しているだろうからかな。
先輩成分をたっぷりと手に入れたので、新たな専用釜作りを行う。
「……あら、これは凄いわね」
出来た錬金釜は、素晴らしい出来だ。ノヴェルが意匠を施した紋章が、釜の側面に綺麗に模写されていた。
ただ原型は紋章部分が金細工なのだけど、こちらは銀だ。でも性能はこちらの新しい銀タイプの方が高いようね。
わたしが使うので飾り気は必要ないのだけど、嬉しい誤算だわ。
装飾品としての価値は断然原型の方が上なのだから、先輩に献上しても失礼にならないのがいいわよね。
次にわたしが貴人の嗜みと、こっそり呼ぶ例のアレを作ってみた。先輩の成分入りの魔晶石を使うとなんと、五倍もの吸収力を示した。
五倍よ、五倍。素材の消費や回収を考えると凄く助かるわ。普通の魔晶石でも予想通り三倍近い吸収性だったので、四つほど特別仕様のものを作り、あとは通常通りに作った。
「変声器なんて作れるのかい?」
この前作りそびれた魔本作りを、ノヴェルに習っていたエルミィ達が戻って来た。わたしの錬金釜を見て、ティアマトがほうほうと匂いで違いを感じて頷いていた。
「エルミィの眼鏡みたいに、外付けだと簡単なんだけどね」
先輩から作って来た歯型は、快適スマイリー君で涎を抽出している。この先輩の歯型は、標本として大事に取っておきたいからね。
「上手くいったら私も欲しいな」
「駄目よ。ヘレナは可愛らしい声と姿が武器なんだから」
もっともそれがヘレナには精神的圧迫のように感じている。
「声だけ変えるより、いっそ変身した方が早そうよね」
「出来るの?」
「出来る出来ないでいえば可能性はあるわね。生き物の中には雌雄を変えるものだっているし、獣人と呼ばれる種族や魔族に龍族なんかは姿を変えるの得意だもの」
失敗するとヤバい魔物になったりするから、大抵の錬金術師は忌諱している分野だ。わたしも興味あるけれど、技量も魔力も知識も足りないので今はまだ無理ね。
「私、実験台になってもいいよ?」
ヘレナがそんな事を言う。可哀想に、よほど今の容姿に精神的外傷があるのね……なんて事はいわないわよ。
待って、実験台になるって事は、標本をいっぱい取らせてくれるってことよね。
「ヘレナ、迂闊な事を言うとカルミアは暴走するよ」
むっ、エルミィのせいでヘレナが冷静になっちゃったじゃない。ノヴェルがいるから、ゴーレムタイプで作れそうな気がするのよね。