第46話 貴族魔術科 ① 駄目な子認定
────ようやくわたしも在校生が授業で配合した薬湯の素を、お風呂で堪能する事が出来た。
前回はギルド内部のゴタゴタに巻き込まれて、入れず仕舞だったからね。ギルマスからのお詫びの品で薬湯の素をもらい、貸し切りで先輩と楽しむことになったから許すとしましょう。
「次の自由科目、ヘレナはどうするの? エルミィとティアマトは魔本作りで、わたしとノヴェルは薬学魔術科に行くけど」
自由科目はみんなで行ったことのない科目を選ぶこともあるし、興味を持った所に集中して行くこともある。
宮廷魔術科のように一回行けば充分なものから、わたし達が行く薬学魔術科のように、今しか教えないものを学べるものなどあるので毎回迷うのよね。
複数回授業が必要なものの大半は選択科目になっている。本来なら一、二回で学べるものを選ぶ生徒が多かった。常駐していない学科の講師は、掛け持ちや臨時で雇う事もあるようだ。
「……私は貴族魔法科へ行こうと思うの」
ヘレナはそういいつつ不安な表情を浮かべた。わたしは彼女の不安をなんとなく察した。
「爵位持ちになる為には、礼儀作法を教える科目のいくつかは必須なんだっけか」
学校に入れない者もいるので、絶対必須ではない。ただ、せっかく難関な魔法学園に入ったのなら、押さえておくべきだと言われている。
雇う側からしてみれば習得度は別として、わかりやすい目安になるものね。
それにしてもみんなで行ける時に行けばいいのに、何故この機会にしたのか気になるわね。ヘレナを見つめると目を逸らした。
「──今はいいけど……余裕のある時に取っておかないと、後で困るから」
ヘレナは結構先を見据えていた。卒業が見えてくる年になると、早々に勧誘が来る場合もあるそうだ。もっともらしい理由ね。
「その時に、必要になる科目を選べるように先に必須の基本科目は済ませておくの」
なるほど……ね。わたしが試験でかなり早目に来ておいたようなものか。さすがはヘレナ、しっかりしている。
でも……そんな事で、わたしの目は誤魔化せないわよ。
「ひゃ、ひゃるふぃあにゃにしゅるのお」
良い子ちゃんぶってる時のヘレナの話し方は、わたしにはもうバレバレだよ。もっともらしい事を言ってエルミィ達は誤魔化せても、わたしは騙されないからね。いや、あの娘たちはわたしに丸投げなだけで、気がついているのか。
ヘレナの柔らかな両頬を引っ張ってグリグリすると、ヘレナが降参した。
「親友舐めんなぁ〜ってね。まったく、ヘレナは」
本気で引っ張ったわけじゃないよ。ヘレナは照れくさそうに自分の両頬を手で押さえている。
わたし絡みのいちゃもんも、あるかもしれないのよね。ヘレナもはじめから狙われやすい立場だからね。
ヘレナは仲間達には嫌な思いさせないように気遣って、今回の機会を選んだのだろう。
「お風呂好きだし薬湯は捨てがたいもの。……お湯なんだけど水臭いわよ」
「全然上手くないよ、カルミア。それにお風呂というか、薬湯の事で頭が一杯じゃない」
わたしの欲望だだ漏れの言葉にすかさず指摘をするヘレナ。否定出来ないわね。
「その通りだから言い返せないわ。でもね、ヘレナ。わたしだって、親友のためならひと肌脱ぐわよ」
「────だから、お風呂から頭が離れてないよ」
「違うのよ、なんか言いたくなっちゃうのよ。とにかく一人での受講は、わたしが許可しないからね。わたしも行くし、三人にも聞いておきましょう」
「うぅ、ありがとカルミア」
しっかりものだけど、ヘレナは手のかかる娘だよね。他の三人がわりと自由奔放な性格だから、ヘレナがすぐ我慢しちゃうんだろうね。
「いや、自由過ぎる代表は君だろう」
「新入生一の騒動屋」
「おら、味方出来ない。ごめんね……だよ」
お風呂から上がって夕飯をみんなで食べている時にヘレナの件を話した。予想以上に、三人から心無い言葉が返ってきたよ。
待って、ノヴェルまでわたしを駄目な子に認定してる??
ヘレナを慰めるつもりが、仲間からの言葉で思わぬダメージを受けたわ。
「とにかく、次の自由科目はヘレナと一緒に貴族魔法科へ行くわよ」
「そんな、強制しちゃ駄目だよ」
「異論ある人いる?」
みんな首を振る。いずれヘレナだって、世の中に出て一人で困難に立ち向かうことになるかもしれない。
これも社会経験の一環だ、そういって嫌がらせやいじめられる可能性のある巣の中へ放り込むなんて馬鹿げていると思うのよね。
苦労なんて背負わないで済むのなら、ない方が良いに決まっている。というか冒険者たちのように、よけいな苦労を持ち込む輩を排除する方が健全よね。
他人の足を引っ張って、無能集団が才能あるものを潰していくから世の中腐っていく。
その集団が権力を持つ貴族や、豪商の子だから始末が悪い。せっかく見つけた輝きを、つまらない輩の玩具にされ壊されるわけにいかないのよ。
「みんなありがとう。それとカルミアはまた変な事考えているでしょ」
心の声を上げてないのに、ヘレナにはわたしの考えがわかるみたいだ。でも笑顔が戻ったので良しとしよう。
「ヘレナだけじゃないよ。みんな悩みを抱えこまないで、必ず仲間に相談するのよ」
今は学校や寮で一緒にいる機会が増えた。みんなも互いを気付いてあげられる。
でも社会に出て行く道が違えば、こうして相談したり話し合ったりが出来ないだろうな。
いないのなら仕方ないと思う。でもさ、今は一緒なのだから遠慮なく友達を頼るべきだとわたしは思う。
きっと甘いのよとか、だから子供なんだって言われるでしょうね。いいのよ、子供なんだから。それに事実だから別に否定しないわ。
大人ぶって我慢して遠慮して一人で苦しまれるよりマシだものね。なにより、わたしがヘレナ達を困らせるのはいいけど、他人が苦しませるのは許せない。
「それって君の単なる所持欲というか、わがままなんじゃないの?」
「さすがはエルミィね、その通りよ。だいたいヘレナはともかく、あなたたちは自分からわたしに寄って来たんだからね」
一緒にいる事を願ったのはこの娘たちの方だ。そして今やわたしの貴重な素材の素なのだから、逃がさないわよ。
「カルミアがバカな事を言い出したから、歯を磨いて寝る」
「おら、カルミアのものでいいだよ」
ティアマトは話が落ち着いたので、さっさと寝ると宣言した。みんなの空の食器を回収して、洗い場へ向かった。ノヴェルはワシっと、わたしの服を掴んで言葉通り、貰われてくれた。
個性的な仲間の振る舞いに、ヘレナも笑顔が止まらない。きっと嫌な目にあっても、わたしたちがいるとわかったから大丈夫だろう。
「えっと、やっぱり嫌な目に合うのは確定なんだ」
ヘレナさんや、それは避けられないの知っているから悩んだのでしょう。
男装の王族とか、王都のギルマスなど、立場的には雲の上な方々が身近にいるせいで忘れていた。
そもそもわたしは庶民だ。ヘレナも騎士の子と、貴族社会では平民と大差ない扱いされる立場なのよ。
大変申し訳ないけれど、わたし絡みでヘレナの絡まれ率は倍増しているのよね。
貴族魔術科なんて、オーガの巣に寝巻きで入り込むようなものよ。自分からドラゴンの寝床に鐘を鳴らして忍び込むとも言うのかしら。
わたしが言うのも何だけど、この魔法学園に入って騎士の正規資格得ようとするならば、必ずぶつかる壁が初めから設置されているわよね。
アスト先輩のように立場が突き抜けると、逆に優しくなるから不思議だわ。
自由科目の日になって、わたしたちはヘレナのために貴族魔術科を選んで受講する。貴族絡みの建物は別の学棟があって、通路から入って行くだけでも庶民には気が引ける場所にあるのだ。
「ねぇ、カルミア。いきなり君への敵視が凄く感じるんだけど」
エルミィは眼鏡をかけて索敵していた。そんな機能あったっけ? と思ったけどエルミィが、自分で敵意に反応しているようだ。
「色々やらかしてるのは認めるわよ。半分はわたしのせいじゃなくてもね」
貴族の子らの風当たりの強さは、絶対わたしのせいじゃなくて、先輩のせいだ。あの人がわたしに目をつけて気にしなければ、庶民が場違いにはしゃいでみっともないことオホホホ、で済んだ話だもの。
ヘレナもきっと、下級貴族の子が図々しいと嫌味を言われるくらいで済んだかもね。他にも下級貴族の出身の子はいるわけだからさ。
「でも、わかりやすくていいわ。ニコニコしながら近づいて来て、裏で退学を謀ってるとかよりね」
受講する教室へ入ると、土足で踏むのが躊躇われるようなフカフカの絨毯が敷かれていた。
教室の中は宮廷の謁見の間なの、と思わせるような豪華な造りになっていた。
椅子も高級品で机などない。耳で聞いて、目で見て覚えないと作法など身につかないというわけね。
本物っぽく作る事で実際にその時が来ても、あの時はこうした、ああしたっていう記憶が思い起こされるものだから。
そうはいっても貴族魔術科は、礼儀作法の初歩的なものを学ぶだけだった。専門の宮廷作法などは、別の学科で習う事が出来るものね。
貴族魔術科は魔法を使う貴族としての嗜みや決闘の作法、魔物についての予備知識などを学ぶ場と言ってもよかった。
つまり……お偉い貴族の講師の話しを黙って聞くことで、実際に長い挨拶をされた時への耐性をつけるようなものだ。中身のない話を聞きながら、わたしは欠伸をかみ殺してそう思った。
付与魔術科の、おじいちゃん講師といい勝負が出来るわよ。長話対決してみたらどうかしら。
ティアマトとノヴェルが早々に飽きて眠たげだった。ヘレナとエルミィが優しく注意してくれた。