第44話 指名依頼 ⑨ 命運を握るのは誰か、教える必要がある
わたしとメネスは防音の施された部屋の中で、一番広い上等な部屋に通された。
そこで待っていたのは、ツルツルの頭を光らせたギルドマスターのガレオン。威厳に満ちた強者の風格。眉間に刻まれた深い皺が、ならず者ばかりの冒険者ギルドを束ねるものとしての圧力を増幅している。
わたしたちはそんなギルドマスターと正面から対峙した。
「────ごめん、無理だわ……」
わたしはひと言断りを入れて、我慢出来ずに吹き出した。わたしの想像以上に色艶が良い。磨かれた頭部が、部屋の明かりを反射させ、明かりを増している。
わたし達の目まで眩ませる輝き具合に、さすがのわたしも耐えられなかったわ。
ビキッと、ガレオンの頭にヒビが入る。怒りで血管が浮き、せっかくの輝きが失われてしまう。
「ギルマス……落ち着いて下さい」
部屋に待機していたベテラン職員っぽい幹部の人が声をかけると、ガレオンの表情が元に戻る。
他の職員の方も目は泳いでいて、何かを堪えている風だ。あえて指摘はしないでおくのも優しさよね。
わたしも心を穏やかに保つ。ノヴェルが磨きあげてくれた、わたしが作ったカルミアタイトの美しい姿を思い出す。うん、比べものにならない。わたしのカルミアタイトと目の前のガレオンとでは、美しさを比べるのも烏滸がましい。
「それで──ギルド内のいざこざなのに、どうしてわたしがギルドに呼び出されたのかしら」
わたしの言葉でギルド職員が動揺して、室内が揺れる。変ね……わたし、なにかおかしな事を言ったかしら。
「お、お前、なんで呼び出されたのか、メネスから聞いてないのか」
なんでギルマスがショックを受けた言い方になってるのよ。騒ぎの元凶の自覚ないなんて、髪と共に記憶が溶けたようね。
「……ギルマスが職権乱用で、メネスを不当解雇しようとしてるっていうのは聞いたわよ」
わたしを呼んだ事で、解雇はまだ保留らしい。でも実際そうなりかけているから、間違いではないわよね。
「その言い方だと、私が不満だけぶちまけたみたいじゃない!」
面倒臭いわね。似たようなものだけど、メネスが泣くので訂正しておく。わたしのあげた薬が、今回の揉めた要因かもしれない……そういう話なのでしょう。
メネスは何も間違った事してないのよ。それなのに、一方的に怒鳴られ悪者扱いだから可哀想よね。仕返しの一つくらいは多めに見てやりなさいよ、まったく。
だいたいわたしも、都合良く利用されるの嫌いだからわかるわ。お菓子作りをするヘレナと気が合うのも、多分そういう所。
大雑把でいいものは別にいいけどさ、きっちり分量測って順番通りにしないとうまく出来ないものもあるわけよ。
今回の件はわたしたちもメネスも被害者だ。わたしたちは依頼に偽りがあって、新人パーティーに手の余る依頼を押し付けられた。
メネスだってその依頼状況の確認と、事後の調査で酷い目にあっているからね。
悪辣な事を考えを出したギルマスに、メネスは受付嬢ではなくて、冒険者の流儀でお返ししただけなのだ。
これはやられた────ガッハッハッハとでも笑って返せば良かったのよ。
本当に残念ね。わたしはガレオンには失望したわ。
「いや、待て。おまえ頭がおかしいのか?」
ギルマスが信じられないものを見る目でわたしを見る。何を言ってるのだろう、この人って目でわたしを見ないでよ。おかしいのはあなたの頭頂部よ。
「敬語は抜きで許してるが、普通はギルドマスター相手ならばもっと敬意を示すものだぞ。それに指名依頼なんてものは大概裏があるものだからな。お前達には期待をこめて特別階級を授けてるんだよ。第一ギルドマスターからの指名は、本来なら名誉的な扱いなのだぞ」
このギルマスめ、正論と権力と強圧で潰しにかかる腹積もりね。だから甘いのよ。すでにあなたの頭髪はわたしの手の内にあるのだから。抗うことの出来ない己の頭皮の運命を呪いなさいな。
「それくらい、言われずともわかってるわよ。だからメネスにはちゃんと伝えさせたはずよ、頭皮のお手入れをするって」
横暴な上司にひと泡吹かせてやる事で、わたしだけじゃなくて、メネスにもストレスの解消させてやるつもりだったのよ?
「子供のいたずらと、笑って許してれば素敵な夢が叶えられたのに、残念ね」
快適スマイリー君の失敗談を、いつまでも引っ張るわたしではないのよ。錬生術師には失敗もつきもの。
次にどう活かすかを考える事で、失敗が必要な土台になる事だってあるの。わたしはそれを友達のヘレナから学んだ。
彼女が笑って教えてくれた失敗談は、わたしにとって新しい発想を生む貴重なお話しだったものよ。
焼き菓子を作るのに節約のため、彼女は砂糖をほんの少しで済むように生地の配合をする。
でもある時、砂糖と塩を間違ってしまった事があるという。捨てるのはもったいないからと砂糖も入れてみたけれど、予想通りには焼き菓子は膨らまず歯ごたえも悪くなったそう。
ただ塩気が加わった事で味は悪くなかったので、塩と砂糖の配分を研究して美味しい焼き菓子を完成させたのだ。
そんなのお菓子作りをする人には常識なのかもしれない。でもヘレナは誰にも教わらずに学んだ。自分自身の努力の積み重ねで、失敗作を完成度の高いものへと昇華させた。
わたしはその話と、自分の過去の失敗を結びつけた。失敗も見方を変えれば成功へのきっかけになると。
戦闘だって、失敗ありきで作戦を立てるようになったものね。
それに快適スマイリー君の抽出効果は、どんな美容製品よりも効果は高いという自負がある。核のない、スマイリー君もどきですら、反射魔法も青ざめるくらいの艶をもたせる。
過去の錬金術師たちの失敗は、荒れた土壌に無理やり作物を育てるようなものだったと、わたしは気づいた。
ヘレナのおかげでわたしは、毛穴の中まで綺麗に洗浄して磨きあげる事を思いつくことが出来た。
────わたしは立ち上がると、正論をかますウザい中年おじさんの前に立つ。偉そうな椅子に座るガレオンは、無警戒にわたしを睨む。
本当に大人気ないわね。小娘一人暴れても勝てると、思い上がっているのが丸わかりよ。
わたしはガレオンの輝く頭をさっと消毒する。何をされたか分からずガレオンがビクッとする。
わたしはその輝ける大地に、ティアマトとノヴェル成分の入った回復液と、血の浄化作用のあるヤツレ実、ミズネ茎などを混ぜた調合薬液を数滴分垂らす。
「────な、なにをするんだ」
わたしがあまりに自然に作業するので、ガレオンは止めるのが遅れた。感覚の鈍さは、不毛の大地の症状によく見られる現象だ。
「────ギルマス、その頭!」
メネスがいい反応で、ガレオンの頭を指で差し驚く。職員も驚いて、不毛の大地だったはずの頭を見ている。
奇跡の回復薬液は頭皮の余計なものがない状態でこそ真価を発揮する。ほんの一滴、ほんの一瞬で毛根を復活させた。
生え立てなので、小指の爪ほどの長さだ。フサフサになるまで、慌ててすぐに育てるよりも、自然な回復がいいという、わたしの優しい配慮でもあるのよ。
「こ、これは髪の奇跡か」
生えたのは数滴分なのでわたしの手の平の半分くらいの範囲しかない。それでも錬金術の中では、なぜか金を造るのと同じくらい重要視されている薬だった。
────とくに男性の熱意が凄いと聞く分野だったのよね。
「どこでそれを手に入れたのだ」
さっきまでの剣幕が嘘のように、ガレオンが震え声で言う。デカい図体でキラキラした目が程よく気持ち悪いわ。さっきまでの威圧を忘れてるので、治験は失敗だわ。
「わたしが作ったに決まってるでしょう。忘れたのかしら。わたしが錬金術士ではなくて、錬生術士だってこと。そして貴方の命運は、このわたしが握っているって事をね」
ガレオンの目はもう、わたしの手にある小瓶の中味に釘付だ。わたしだって鬼じゃないのよ。
メネスに謝り解雇の撤回と慰謝料、それと任務での被害時に休養した分の手当てを補償してあげるのならば、残りはあげるつもりだ。
────あとは、わたしの薬湯の事も忘れちゃいけないわね。
ガレオンはそれはもう先程までの威厳は嘘みたいに態度を軟化し、わたしの要求全て呑むことを約束した。同席した職員にも復唱させ、書類を用意して確認した。
「それじゃあ、メネス……はい、約束通り、お手入れの薬の残りをあげるわ。ギルマスには不興だったから、別の疲れた人に上げてもいいからね」
約定を交わした後、わたしは契約書の約束通りにメネスに運命を託す。そう、初めからメネスに任せた治療だったからね。
この薬はスマイリー君もどきとセットじゃないと、効果は薄い。
ギルマスの頭も、今は効果の出やすい状態になっている。二、三日後では、今ほど毛は生えないと思う。
まあ、メネスの心の闇がどれだけたまっているのかわからないけれど、解雇通告は一応撤回された。なのでやり過ぎない事を祈るばかりだわ。
────調子に乗った受付嬢が、小瓶を振り回して落として割ってしまい、ギルドマスターを本気で怒らせた。
翌日……再び解雇通告を受けてメネスが泣きついて来た。そこまで面倒みきれないわよ。神の奇跡はそう何度も起こらないから奇跡なわけなのでしょう?
何故かクビを言い渡したギルマスまでが一緒に来ていて、泣きついてくる、再び気持ち悪い混沌とした有様になった。