第42話 指名依頼 ⑦ 実践は大事なのよ?
将来を有望視された冒険者が壁にぶつかり落ちぶれて、酒浸りの日々を送るなんて話しはよく耳にする話だ。
わたしに絡んでくる冒険者達も、若手の有望株とチヤホヤされて今はいい気に浸っている。しかし年齢を重ねれば動きは鈍るし、いつまで甘やかされた現実が続くのかわからない。
受付嬢のメネスさんも諜報員としては優秀で、期待されているからこそ冒険者ギルドの職員になっている。
────今は拘束されて、潰された蛙みたいになってしまっているけどね。
なんでこうなったのか、お話しの必要があるのにメネスさんの興奮が中々治まらない。
混乱の魔法でもかけられたのかしら……この冒険者ギルド内で? あり得ないわね。よほど高位の術師でも、見つからずに魔法を行使するのは難しいはずだもの。
「お話しがあるようなので、二人きりで話せる場所を貸してもらえますか」
もちろん個室の利用料金はメネスさん持ちでね。大人しくしてくれるのなら、仕事を放棄して騒いだ分の減給だけにしてあげてほしいとお願いしておいた。
フゴフゴと口を塞がれて声が出せず、不満そうなメネスさん。よほど邪悪な術師がひそんでいるわね。
「────暴れるのは勝手だけれど、解雇になってもいいのかしら」
わたしはメネスさんの側に寄り、耳打ちをする。彼女もそれは困るみたいだ。もう一度念を押してから、ギルド職員の方にメネスさんの拘束を解いてもらった。
個室は一番小さな四人用の商談室だ。利用するのは商人が多い。そのため寮のわたしの部屋のように、あらかじめ防音効果の壁になっているようね。ギルドマスターと話をした時と違って、質素で実務的な部屋でいいわ。
職員の方も忙しいので、 メネスさんの事はもう放置するつもりのようだ。
メネスさんも、わたしへの敵意や殺意は消えてないけど、冷静さは取り戻したみたいで良かった。
「それで──メネスさんに怨まれて殺される覚えが、わたしにはまったくないのよね」
わたしがそう告げると、メネスさんの目が怖いくらいに見開いた。えっと、なんでそんな表情になるのかしら。わたし、恨まれるような事したかしら。
「······嘘でしょ? あんな目に合わせておいて忘れたというの」
怒りよりも驚きで衝撃を受けて、正気に戻ったみたいね。 それより酷い目に合わせた覚えないっていうのに、やりやがった感を出さないでほしいわ。
ダンジョンの隠し通路の件から、なんだかわたしに強い競合意識と敵対意識を持ってるからね。
何事も疑ってかかる、偵察任務の悲しい性分もあるかもしれない。悪意を持ち過ぎて、勝手に妄想を膨らませ過ぎたんじゃないの?
わたしが諭すように優しくそう伝えてるのに、メネスさんの殺意がまた膨らみはじめる。ぶるぶる震えているけど、お手洗いに行くなら待つわよ?
それにしても探索者って情報を伝えるのも仕事だろうに、情報を受け取るのは苦手なのかしら。
拉致があかないので向こうの言い分と、何があったのかを聞くことにした。
「────農村で会った事は覚えている?」
まだ怒りに震えながら、メネスさんが質問して来た。
「ええ、覚えているわよ。わたし達の採取依頼の終わったところに、都合良くメネスさんが来たのよね」
その辺りをしっかり伝えておかないと、またグズグズ言い出しかねないからね。覚えのない攻撃を弱めるためにも、言うべき事は言っておく事にする。
「ぐっ……前の事は悪かったと思ってます。でもそれとこれは別よ。あなたあの時にわたしに渡したモノの事について言いたいの!」
あの時って何よ。
────あの時、何か渡したっけ?
······あぁ、思い出したわ。開発中のあれね。
「あの時渡したというのは、匂い玉ちゃんかな? そういえばあの時、指名依頼をしたのって、メネスさんの推薦なんだそうね?」
わたしもさらにいろいろと思い出したわ。
「うぐっ、それは良かれと思って」
「それならわたしも良かれと思った────生命を守りたいと思った……ってことで、お互いさまですよねぇ」
まったく……有毒ガス騒ぎは、メネスさんのせいだったのね。毒なんて使ってないのに、誰かが勘違いして伝えたのね。
「────全然お互いさまじゃないのよっ!! 三日経ってもくさい匂いが取れなくて、仕事も出来なくて隔離されてたんだから!」
メネスさんが激おこだった。しかし、彼女も一流の冒険者だ。大事な情報をわたしに伝えてくれた。
「……三日しか続かないとなると、持続時間に改良が必要ね。臭煙酒玉と混ぜて醗酵させてみるかな」
メネスさんのおかげで、いい検証が出来たわ。匂いが消えても、一応農村には魔物が警戒して近づかなくなったみたいだもの。
賢い魔物ほど効いたようで、検証の結果は良しってことよね。やはり何事も実践が一番だわ。
「────あなた人の話しを聞いてないの?!」
「えっ、聞いてるわよ。だいたいダンジョンの隠し扉のことも、農村の事も悪いのってギルドマスターなんでしょ?」
諸悪の根源はギルマスなんだから、わたしたちがいがみ合うのはガレオンの思う壺っていうわけよね。
「……言われてみればそうだけど、ギルドってそういうものだからさ」
まぁ、それはそういうわよね、受付嬢なら。上に逆らえないよう圧をかけられている。そう思うとメネスさんも不憫な娘よね。
「組織だから上からの命令に逆らえないのはわかるわ。でもさ、それなら現場の苦しみをもう少しわかってもらいたいと思わない?」
「────何が言いたいの」
流石は有能な受付嬢……食い付いたわね。瞳がキラリッ──と光ったもの。
「命令に従って、いい子ちゃんしていても疲れるだけよ。それとなく贈り物をして上司を労うとかしてみるのもありよ」
わたしはメネスさんの前に、疑似スマイリー君の入った瓶を置く。
「えっと、粘体みたいなこれは、何?」
不気味なものを見るようにメネスさんが覗く。
「夜、寝る時に使う頭の薬よ」
「ぬるってしてるけど、飲むんじゃないよね」
「正確には痛々しい頭皮のお手入れをしてくれる塗り薬よ。身近にいるのでしょう? 頭皮の砂漠化が進む可哀想な状態の人が」
この話しの流れで間違う事ないと思うけど、確認しておかないとね。
「ギルドマスターとか疲れた頭をしているでしょうから、お試しにどうぞって渡してあげなよ。あっ、あくまで本人に使ってもらうのよ」
快適スマイリー君は間違った使い方をされやすい歴史がある。ギルマス以外に渡っては困るからね。
美容品ではあるから、勘違いして奥さんとかに渡ると大変だもの。あれ、あのおっさん独身だっけ?
何はともあれ、わたしの復讐にメネスさんも一枚乗せてあげる。そうすれば日頃の溜まった鬱憤を晴らせるってものよね。
我ながらいい奴過ぎるわ。指名依頼での仕打ちを考えると、もっとメネスさんを問い詰めてもいいくらいなのだからね。