第41話 指名依頼 ⑥ 人心は変わりゆくもの
先輩の要望で今度と言わず、すぐに緊急用の携帯タイプのスマイリー君がほしいと言われた。まあ、立場的に困る事が多いだろうからね。
先輩の魔力はかなり高目で、生成した魔晶石の質は良さそうだわ。高品質な魔晶石って魅力的だ。
────ここはわたしの腕の見せ所……商機ってやつよね。
研究のためにお風呂上がりの身体を拭いた、柔らかなタオルをもらう。知らない人が見たら危ない関係に映るよね。
「先輩……何かつけてます?」
「いや、何もつけてないよ」
軽く嗅いでみる。ティアマトならすぐに魔力の反応とかわかるのに、わたしには無理か。この方って、王族なんだなって思う。
女の子として、とても華やいだ香りとでもいうのかな。先輩は気づいてないけど、周りの男の子達はたまらないんじゃないかなって香りがする。
わたしが男の子ならば、変な気を起こしそうよ。なんというか、自己嫌悪に陥りそうだわ。
先輩は色々と我慢している事で余計に意識が強く出てしまって、逆に漏れ出てしまってる感じね。
先輩のためのアイテムとガレオンへの贈り物のために、新薬の開発は必須になった。
────部屋に戻って研究をしようとしたら、空腹の狼のような仲間たちに有無を言わさず拉致された。先輩との話しでご飯の事をすっかり忘れていたよ。
快適スマイリー君は、わたしが創った錬生魔術の人形の魔物だ。召喚士の呼ぶものとわたしの創り出すものは、似て非なるものなのよね。
たとえば召喚士は、ゴブリンの角を媒体にゴブリンを呼ぶ。あれはゴブリンという個体を、魔力と角をもとにして、あちらからこちらに呼ぶ転移のような感じなもの。
素材や魔力の対価と、対象の情報を元に顕現する感じね。
天使や悪魔召喚、異界の勇者なんかも理屈的には同じだ。転移や、肉体の再構築化が召喚にあたるというのがわたしの持論なわけよ。
じゃあ一般的な錬成魔術はというと、基本的にはゴーレムなどを作る傀儡師や魔力糸人形や機械人形を動かす魔導具技師の技に近い。
魔晶石、身体を構築する素材を用意して魔法の力で一から生命体を創り出す。
だから肉体の構造上は同じでも、錬金生命体は術師の魔力で出来ている独自の個体になるってわけね。
スマイリー君はスライムを模して創られていて、魔力で起動するけれど魔力供給のない間は自動で冬眠するようにつくってある。
この辺の独自性こそが錬生術師たるわたしと、錬成術師との違いでもある。
自分の生み出した生命体なので命令が適当でも、わりと融通か効くのがいいのよね。でも薬や道具になると、特定の効果を絞る必要が出来る。
素材の中心には、シルダレ草を乾燥させて粉末にしたものを使う。無味無臭の素材で、絵の具の材料にもなる野草だ。
水に溶かすと固まり熱で溶ける素材なので、魔晶石の粉末と配合して固まった後に溶けないようにする。携帯用のトイレって、実は前々からダンジョンや旅先での移動用に考えていたのよね。
あとはカップ型にして、消臭効果のあるものと混ぜれば先輩の問題は解決したようなものだわ。採寸とか吸収量とかの調整は必要だけどね。
次はギルドマスター、ガレオンへの贈り物だ。スマイリー君を贈って、作り方真似されても困るからね。根本はスマイリー君だけど、一回こっきりで魔晶石化して終わるものにしておいた。
あとはこれをガレオンにどうやって使わせるかだけだわね。受付で、ギルマスの横暴に泣いてる人なら協力してくれるかな。
放課後わたしは冒険者ギルドへと向かった。いつも通り、からかい声をかけてくる輩がいたけれど全部返り討ちにしてやったわ。
あいつらどういう対応されるのか、こっそり賭けているから余計に腹ただしいわよね。次に会った時は今回のも含めて、興行代金を徴収しないと。
────冒険者ギルドへと入ると、殺気を撒き散らしたメネスさんが酷く怖い形相でこっちへ向かって来る。
えっと、なんであの人あんなに怒ってるのかしら。ギルド職員の仲間が止めてるけれど、雄叫びのような叫びが止まらなかった。
協力を当てに出来そうな受付嬢なんだから、理不尽に怒りを振りまく癖を止めてほしいわよね。
肩をガシッと掴まれて、冒険者なんか目じゃないくらいの眼光を放っている。受付嬢としてどうなのってくらい怒りで顔が歪んでいた。
「あんたは殺す」
生命を助けてあげたと思われる相手に、わたしは何故か殺されそうになっていた。