第36話 指名依頼 ① 売られた······!?
────わたし達は馬車に揺られている。痛むおしりを気にしながら、王都の郊外へ連れ去られてゆく…………そう、わたし達は売られたのだ。
誰に?
もちろん冒険者ギルドのギルドマスターに決まっている。
◇◆◇
……事の発端は薬学魔術科で起きた。授業で使うための薬草をはじめ、素材が軒並み不足しがちになっていると、学校の管理課に苦情が届いた。
授業に支障の出ないように、学校側も備品管理はきちんと行っている。
授業以外にも生徒の自習時間や、講師の研究のためにも仕入れを多く行っていたくらいだ。
学校側の調べでは研究熱心な生徒が一人いたこと、やたらと高目の素材を多く使うことが判明した。
ただ週末の授業後にチェックをして発注しており、仕入れを行っている。授業に影響するような事はなかったはずだった。
────学校側が再調査した所、件の熱心な生徒が錬金魔術科に複数の錬金釜を持ち込んでいたのがわかった。
……異様な熱気に包まれながら、興奮して薬草を注ぎ込む女生徒が発見されたのだ。
素材の消費量の増加に供給不足が起きた事を受け、学校側は冒険者ギルドに追加発注の依頼をかけた。
学校の資材管理責任者が冒険者ギルドを訪れて、ギルドマスターと面会する。
ギルドマスターに依頼の話をすると、ちょうど良い人材がいるとの事。学校の生徒達で編成されたパーティーだ。
資材管理責任者は人選に納得して、そのパーティーに指名依頼をかけた。
学校側の判断で、週末の自由科目の時間から任務に出られるように調整が成された。
◆◇◆
「────まったく、せっかくの自由科目が依頼のせいで潰れるなんて酷過ぎよ」
ギルマスめ……わざわざ学生のわたしたちに依頼をかけなくてもいいのに。指名にして馬車まで用意をしていたら、かえって高くつくと思うのよ。
「カルミアが調子に乗って、薬草の在庫を空にしたからじゃないの?」
エルミィがジト〜っとした目で見て、呆れた口調で言う。確かにやり過ぎたけどさ、錬成した品の半分以上は学校へ納品したのよ。
高性能のノヴェル釜も使えるようになったので、錬金術師としての熟練度だって上がったはずなのよ。
「それにしてもお尻痛いね。なんかないのカルミア」
わたしを便利屋か何かと思ってないか、このお喋り眼鏡エルフは。あなたも錬金術習ってるのだから自分で作りなさいな。整備された街道だから、これでもまだマシな方なのよね。
わたしが田舎からはるばる来た時は馬車の荷台が粗悪なのもあって、もっと揺れまくって痛かったな。
わたしたちはまだ子供で、体重も軽いからか負荷は少ない。でも学園長や寮長とか、恰幅良い方は大変よね。
「おらは楽しいだよ」
ノヴェルはいい娘ね。馬車に揺られるのが普通に楽しいみたい。馬車は学園のもので、一般の乗り合い馬車などに比べて小型だ。わたしたちくらいなら八人、体格のいい大人だと六人乗りとなる。
馭者を務めているのは素材の管理を行っている職員の方ね。馭者台にはもう一人、衛士の方も座っていた。
街道沿いには王都からやって来る巡回の方々もいる。街道の安全性が高いのは、そうした街道警備のおかげだ。万一のために、護衛役についているとの事だった。
わたしたちは依頼を受けた冒険者パーティーなので、護衛は本来なら行う側なんだよね。
依頼は王都郊外の農村近くにある小さな森。魔力溜まりが点在している森なので、薬草や魔力草が豊富に採取出来るんだとか。
「その分、魔物のグループが頻繁に出るんだって」
ヘレナは自分が暮らしていた土地でよく魔物退治をしていたから、こういう依頼には慣れてるのよね。
ティアマトはというとノヴェルを抱っこしながら器用に寝てる。ノヴェルが軽いとはいっても、負荷がかかってお尻が痛くなるはずなのに。
「あぁ……この娘、精霊の力で浮いてる」
なんて賢いというか、目ざといのかしら。ノヴェルが精霊の力を借りて、座席の一部だけ空気の膜をつくっていたらしい。
大した魔力をつかわないから気づかなかったわよ。もうすぐ農村に到着するので、いまからではもう遅い。わたしたちのお尻のためにも、帰りは全員にお願いしたいわ。
王都に近い農村といっても、魔力草があるような村は、歩いてすぐ来れるようなら場所ではないのよね。
自由科目を休講させてないと、来れない場所って、ダンジョンとあまり変わらない。農村に着いたのは夕暮れ時で、点在する農家から炊煙が上がるのが見える。
村は魔物の侵入を防ぐためなのか、伐採した大木を利用した柵で雑に作ってある。雑だけど厚みのある杭だ。逆さ杭というのかな? これなら頑丈ね。よくみると食用や薬用のキノコが生えていて、実用性を兼ねていた。
「村長の家の離れに泊まれるようになっている。君たちはそこを使わせてもらえばいいよ」
馭者と護衛の人は、馬の世話をしながら村長の家でお世話になるらしい。
「お風呂……ないのよね」
魔法学園の寮のせいで、毎日入る習慣がついてしまった。ダンジョン探索の時も思ったのよ、野営するとお風呂が入れないってね。学校にいる間にわたしの身体はだいぶ甘やかされているようだ。
わたしの故郷は、この農村の環境に近い。卒業して戻った頃には、もう耐えられるとは思えないくらいに甘々だった。スマイリー君がいるから何とかなるかな。
「王都の農村って、もっと家畜の臭いや肥料とかの凄い臭気がするかと思っていたよ。来てみると、全然違うんだね」
エルフの里などに近いようで、エルミィは懐かしそうに村を眺める。
「街中の方が臭うくらいよ。冒険者ギルドなんて、お酒とか仕事がえりの冒険者についた血臭で酷いもの」
農村も、畜産農家の多いところならまた別だろうね。
わたしが冒険者に知って教わったのは、あえて強い魔物の臭うものを置く事で魔物除けにする方法もあるって話だ。
あまりに強烈な臭いというのもあって、かえって住みづらくなっているって話だったっけ。強烈なのを嗅がされたのを思い出した……あれは、むかつくわね。
村長の家の離れは、冒険者がやって来た時に宿屋替わりに貸している建物だ。
「寝具も家具もないね。でも板の間で、掃除も行き届いてるようだよ」
エルミィは気に入ったみたい。わたしはヘレナと馬車から持って来た荷物から、敷布と毛布を取り出して配る。
必要だから用意をしろと言われて、使い古しのものを持ってきた。もちろん快眠粉末も忘れてはいないよ。
食事は村長の家の竈と鍋と器を借りて、調理させてもらえた。
ヘレナが持って来た野菜の乱切りを鍋に入れて水を足し、調味料をふり火にかけた。
煮えて来たらヘレナは、もう一度味つけをして調整し器に盛る。わたしとノヴェルがお手伝いで離れまで運び、ティアマトが借りた鍋を洗いに行く。
「薪代は明日の分を入れて、銅貨一枚でいいって」
薪代だけなら少し高い気もするけど、宿代や水をタダで使えるので安い。
村を囲う堀の近くには共用のトイレもあるから、逆にもう少し料金取ってもいいと思う。
「簡単だけど、パンに浸して食べて」
床板に直接座り、わたし達は夕飯をいただく。ダンジョンの野営と違って調理出来ると違うわよね。
食材を用意し、調理してくれたのは殆どヘレナなのだけど。干した肉がダシになって、パンを浸して食べると美味しい。
少し辛味があるけど、これって護身用にあげた特製辛苦粉?
騎士になるよりも、この娘は料理人の方が向いてるんじゃないかな。
※ 誤字報告ありがとうございました。