第34話 新・錬金釜 ⑥ 真名とか聞かせないでほしかった
わたしがのぼせてフラフラになって部屋に戻ると、ヘレナが朝食の用意をしていた。お菓子を作るくらい料理も好きになり、わたしたちの胃袋を支えてくれるようになったのよね。
ノヴェルが鼻唄を歌いながら、お皿を用意したり、後片付けを手伝ったりしている。
ヘレナは片付け魔で掃除魔なので、部屋の掃除以外にも、まめにベッドの枕カバーやシーツを替えたり洗ったりしてくれるのだ。
最初は苦手で嫌がっていたティアマトも、自分から手伝うようになっていた。順応性の高いメンバーだと改めて感じる。
ちなみにわたしは余計な事は何もしないでと、全員から言われている。
まるで散らかすのが得意なだけの娘みたいじゃないのよ。わたしはやれば出来る娘なんだからね。
ちょっと味変しようと思って、調合失敗しただけなのよ。
みんなと食事を終えた後、お風呂場での謎の先輩との遭遇事件の話をした。ヘレナとエルミィが頭を抱えて、ため息を吐く。
「カルミアはいつも通りだとして、その先輩も素っ裸で何をやってるんだか」
エルミィが酷いことを言う。でも事実なので否定しないわ。
「魔法学園には私達より一年先輩の王子様が在籍されてるって、聞いた事はあるよ」
ヘレナは騎士の子だ。このメンバーの中では貴族関連について一番良く知っていた。
わたしだって王族、王子の話しは聞いていたよ?
────もっとも、知ったのはつい先日なんだけどさ。
魔力も回復したので、錬金魔術の続きをしたかったのに。王子だか王女だかわからない人の相手をしに、わざわざ赴くのは気が重かった。
「入学式で、在校生代表で挨拶をしてたの思い出したよ。あまり興味なかったから忘れてたね」
「あの男……男ではなかった」
エルミィの眼鏡は壊れていたから当然だよね。ティアマトは他者に無関心なわりに、匂いを嗅ぎ分けていたみたい。王子と聞いて違和感はあったようだ。
興味の薄いのはエルミィと同じなので、すぐに記憶から消えていたようね。
ヘレナも忘れていたようだ。雲の上の存在というのもあるのかしら。それとも認識をぼやけさせていた原因は、この王子関係になるのかもしれないわね。
────会って話せば、原因わかるかな。
「ロブルタ第三王子だ。名はアスト……真名はアストリアだよ」
謎の先輩の部屋は、寮は寮でも豪華な個室だった。王都内の学校には王家用の特別室や建物があって、王族の子は何処かの学校に入寮する決まりだそうだ。
世間一般的な生活を知るためとはいえ、警備の関係で結局は特別あつらえになる。王族あるあるだよね。
アストという謎の先輩は、わたしがバックレずにちゃんと来たので機嫌は良い。ただ謎の先輩扱いをすると眉を顰める。
真名なんて聞かせないで欲しい。何かあった時にしらばっくれる事が出来なくなるじゃない。
「君にも苦労がわかるかい、複雑なんだよ……僕のいまの立場がね」
話がずれている気がするわ。だいたい人の事を脅しておいて良く言うわよね。そう思いつつも、衛兵みたいな方がいないのはおかしく思った。
────衛兵はいる。ただし男子寮に……だそうだ。
「ここにいる僕は、国王陛下の私生児扱いなわけさ」
どうやらこの先輩は、厄介事を抱えているのが確定した。聞きたくなかったのに、勝手に喋る。
魔法学園に入ったのはアスト王子なので、たいていの日は男子寮で過ごしているそうだ。
でも、お風呂やトイレとかは男子寮だと困るので、中性的に見られる服装で女子寮まで行くらしい。
第三王子は遊び好きの噂や、やたらと取り巻きの貴族令嬢が張り切っているのは、まさかの生理現象かい、って思わず言ってしまったわよ。
「事実だけど、僕を前にそう口にしたのはキミが初めてだよ」
それはそうでしょうね、みんな知らないのだから。さて、この流れはまずいわね。非常に危険な香りがする。先輩が臭いって言ってるわけじゃないのに、怒られた。
危険なのは、ついさっき秘密を同室の友人に話してしまったばかりだからだ。
隠して来た秘密が学園内に広まってしまったら……どう考えてもわたしが疑われるわよね。
わたしに隠し事が出来るわけないのに、どうして話したのよ、この先輩め。
「秘密は守ってほしいものだが、バレたところで、僕は首をはねたりなんてしないさ……僕はね」
──あ、察しろってことね。先輩一人で企むわけないから、協力する大人も当然いるわけよね。
学校の方針ガン無視で派閥争いの種つくりとか、生々しいものなのね。
「それで、わたしに興味をもって呼んだ理由が見えないのですが」
正体を知ったのなら黙っていろ、で終わりのはずだもの。わざわざ権限のない、役にも立たない庶民と関係性を持つ理由がないわ。
王族ならさ、エイヴァン先生を使ってコソコソ探らなくても、ソレを寄越せのひと言で済むもの。
「手に入れようとしたものから使用の用途を探られて、推測されたくないんだよ」
う〜ん、それはたしかにそうね。魔法を扱う生徒達なら、痕跡から解析したり分析したり出来るものね。
「新入生で一番気づきそうなのが、エルミィとティアマトだったわけね」
眼鏡エルフはまともなら見破るし、おしゃべりだから素で話す危険があった。
ティアマトはわたし達も知るように、かなり鼻が利く。ティアマトの監視のために、エルミィをつけたのもあるだろう。ただ王族側にも別な理由があっての同室だったのね。
「エイヴァンはああ見えて優秀なのさ。僕の入学に合わせて送り込まれるほどにね」
確かにわたしも最初は疑ったし、騙されたわ。
錬金魔術科の講師として初心者臭いのは、事実だ。未熟で今まさに覚えている最中だからこそ、基礎を教えるのが上手いのだった。
はっきりいってわたしにはどうでも良い理由で、トラブルに巻き込まれていたようで非常に腹ただしいわね。
だいたいエルミィもティアマトも厄介な事情を抱えている事にまったく気づきもせずに、わたしに持ち込んだって事よね。
「それで、わたしに興味をもった理由もあるのですよね」
この王族が目をかけなければ、少なくとも貴族令嬢達は動かなかったはずだ。
厄介者が二人も災難を抱えてやって来たうえに、災難の元凶がトドメを刺しに来たようなものだわ。
いらぬ苦労ばかり押し付けられて、報酬ないとか酷い仕打ちよね。
「いや、キミも自分でやらかしているじゃないか。素材管理部が嘆いていたよ」
「なんの事ですか?」
すっとぼけるしかないわよね。わたしが無料だからと使いまくる資材や素材は、誰かがかわりに用意をしている。
専用の業者に頼んで運び込めればいいけれど、大半は管理部が自分で用意をしに行くという。
知っていたけど、ちゃんと生徒には迷惑をかけないように使っていたはずよ。
「キミについては試験や面接での立ち振る舞い、入学早々にトラブルを巻き起こす事から目をかけたわけでもないんだよ」
アスト先輩が興味をもったというより、友人達による悪目立ちで知るようになったようね。
騒動の中心にわたしがいれば興味を持っていなくても、どういう娘なのかくらいは訊ねるものね。
それを取り巻き連中は、誤解というか曲解したわけか。
「僕が言うのも何だが、自業自得を絵に描いたような日常だな」
悪いのはわかっていても、段階ってあると思うのよね。上流の子が多いとしても、街の冒険者みたいな輩はどこにでもいるもの。
貴族令嬢だって取り巻きもよりも、さらに下っ端の貴族が先に顔を出せって話しなわけなのよ。
それがいきなり学園のボスクラスの登場とか、心の準備や人的な財産が整っていないじゃないの。
「その発想を聞いて、よくキミの友人はついていくと感心するよ」
アスト先輩が呆れたような口調で言った。わたしの心の叫びが、言葉にのぼったらしいわね。
ヘレナが注意してくれるので大分マシになったけれど、感情が昂ると駄目ね。
「それで、本題はなんですかね」
もう、ヤケクソよ。アスト先輩も弱味があるのだし、無礼もへったくれもないわ。殺られる覚悟で弱みを掴むしかないわね。
「清々しいほど割り切りが早いのは、聞いていた通りにのようだ」
観察を続けていた先輩は、ようやくわたしを呼んだ理由を話す気になったようだ。