第32話 新・錬金釜 ④ 虹色のカルミアタイト
それから二日過ぎたあとで、わたしは貴族令嬢の生徒たち五人に呼び出された。昨晩、ようやく全てを白状したヘレナから貴族の娘達に囲まれた話しを聞いていた。
あらかじめ教えられていたように、ヘレナはわたしの事を伝えていた。
こっちは次のダンジョン探索に向けて新しいアイテム開発に忙しいのに。暇だよね、貴族令嬢様たちって。
「────はぁ、貴女が私達を呼んだのでしょう?」
面倒なのと忙しいので、心の声がだだ漏れだったみたい。ヘレナ達が絡まれ執拗ないじめを受けないように、仕向けたんだっけ。貴族令嬢様方なのだから、律儀に庶民のために来なくてもいいのに。
「……そうだったわね。それで土下座でもして謝れば許してくれるのかしら。お腹が弱いから、靴を舐めさせるのは勘弁してもらえますか?」
相手は貴族令嬢達なので、下手に出ておく。一応というか建前では、この学校内では生徒同士の身分や立場は平等になっている。
貴族同士の争いを持ち込むと、そればかりにかまけてしまい、肝心の授業に身が入らないからだ。まともな研究生まで貴族の誇りの為に無駄な時間を費やされるからだ。
入学の時の面接で、わりと重要視されていたのが貴族の体面に関してだ。
貴族ごっこがしたいのなら、魔法学園に来る必要なんてない。それならば貴族院へ行けって事になる。
わたしはそれを知っていて煽っているのだけど、御貴族様方が目を白黒させていた。
彼女達から喧嘩ふっかけに来て、陰湿ないじめを受けるはずだったのよね。
貴族令嬢様なら定番のはず……なのに、話しが違うような。でも、陰悪な気配は漂うままなのよね。
「私達は、別に貴女達と争いたくて来たわけではありませんよ」
一番豪華な拵えの制服の女の子が怯えて言った。えっ、わたしがいじめてるとでもいうの?だって五対一だよ?
そんなバリバリに私達は貴族よって恰好でやって来て、かよわい演技はきついって。
わたしの独り言にさらに不安がる貴族令嬢様方。これって新しい嫌がらせかしら。
「ヘレナさんが急に綺麗になったと思ったから、気になって見てたのです。そうしたら他の方々まで肌艶が良くなってらしたから」
────おっと、快適スマイリー君の効果で釣れたお客さまだったみたい。紛らわしいわよね、まったく。危うくヘレナ達に渡した笛で蜂をけしかけて、大惨事になる所だったわ。
でも、この人達はお金を払う気はなさげだよね。
「……貴女方を面白く思っていないのは、王族の取り巻きの方々ですわ」
王族……面倒ごとの元締めね。取り巻きだって貴族だろうから、身分だって高そうね。
何か気に障る事をしたというより、取り巻きの主、その王族が何か言ったのかな。
「だから、私達が協力して差し上げようと思ってますのよ」
中々いい笑顔で素敵だわ。ようやく貴族の本性来たわ。ヘレナには手を出さなかったのは良いわ。
でも柔軟に脅しをかけるつもりなのよね。見下してる表情のまま、眼が笑ってないもの。吐き気がしそうなくらいの良い笑顔ね。
せっかくお客さんが増えると思ったのに、これ貴族の圧力で代金踏み倒すやつなのが残念だわ。
勝手に決めつけないでって思うでしょうね。でも、世の中そういうものなのよ。約束事を自分で守らなかったのに、責任だけは押し付けるのが貴族だもの。
「────そういうことで、お断りしますね」
「そう、それなら一緒に……えっ、いま貴女なんて?」
同じ年齢くらいのはずなのに、耳が遠いのかしら? 庶民の話なんて聞く気ないのはわかるけどさ。
「お断りしますね、って言いました」
大方、労せず綺麗になって取り巻きAたちに差をつけて、蹴落としたいって事でしょう。
貴族方って誇りばかり高くて困るわよね。陰悪な気配は、わたし達には向かっていないけれど、出し抜くための捨て駒扱い。要は利用出来そうな庶民が都合の良い時にそこにいたってわけね。
素直に取り巻き連中と同類ですとか、派閥争いで遅れをとってしまいましたって言えばいいのに。
────恩着せがましく、助けてやるって?威圧して、わたしの友達に仕掛けて来たのは誰よって事よ。
協力も何も、わたしの敵はどちらの取り巻きも同じなのよ。逆に助けてほしいのなら依頼しなさいなって話。たっぷり報酬ふっかけてやるわよ?
わたしの無言の威圧に取り巻き貴族見習いたちは大人しく引き下がった。わたしの求める貴族の姿とあまりに違うのよ、貴女達は。
わたしはね、金貨を……そうね十枚とは言わない。金貨を一枚ポンッて置いて、ヘレナと同じようにしてって言われたのなら、それで従っちゃうもの。
先に出すもの出して、交渉されたら貧乏学生なんて簡単に釣られるよね。
「いや、そこは釣られないでよ」
寮に戻ってこの話をみんなにすると、何故か叱られた。ちゃんと穏便に撃退したのになんでよ。
「まず、その警報警笛君とやらは没収ね」
エルミィが眼鏡をクイッとやって、ヘレナとノヴェルの笛を取り上げた。
「まったく、身を守る前に学校内が大惨事になるところだったよ」
エルミィが冷や汗をかいて笛を小箱にしまう。相変わらず変に真面目なのよね、眼鏡エルフは。
「正当防衛なの。だいたいヘレナやノヴェルが乱暴にされたらどうするのよ」
口だけの貴族令嬢達なら問題はない。けれども暴行を受けたり、男手を使って襲われたりしたら取り返しがつかないかもしれない。
「どちらかと言うと、危ないのはカルミアだぞ」
ティアマトがそういうと、ベッドに座るわたしの肩に手を乗せ簡単に押し倒した。
「何するのよ」
悔しいけれど、ティアマトが片手で肩を抑えてるだけでわたしは動けない。
「この中で────カルミアが一番かよわい」
手を離しベッドから降りたティアマトがそう告げた。ヘレナとノヴェルが苦笑いしている。
「私は弓を使うから、見かけ以上に筋力はあるのさ」
ヘレナも背丈はなくとも、剣を振るう力は充分にある。ノヴェルはさらに小さいけれど、力だけならティアマトよりあるかもしれない。
「君が身を挺して心配する以上に、私たちは君の事が心配だったんだよ」
────何という事でしょう、わたしが守らないといけないと思っていた相手が、実はわたしの方を心配していたなんて。
「いや、最初からわかっていたでしょ」
うん、知っていたよ。ダンジョンでは役立たずだったからね。戦える、戦えない以前に武器を振り回す力がわたしにはないのよ。
体力は人並みにあるはず。でも筋力が悲しいくらいに足りないの。
どうもヘレナを始め、エルミィもティアマトもわたしの事をずっと危なっかしく思って見ていたようだ。
ノヴェルが加わって、大人しくなるかなと思った矢先にまたトラブルに巻き込まれていたからね。
向き不向きがあるとわかっていても、反論出来ないのが悔しい。こうなったら作るしかないわね、わたし専用の筋力増強のための錬金釜を。
「……どうしてそうなるのさ」
わたしが負けん気を発揮してる事に、エルミィが呆れたように首をガクッとさせた。
「いいから黙って見てなさいよ」
どのみち足りない部分を補う必要はあったからね。わたしは四つの専用の錬金釜を持ち出して、元々廊下だった部屋にある机の上に並べた。
そしてヘレナの錬金釜にはヘレナタイトを基本鉱石にして、わたしの成分で出来た魔晶石とタウロスデーモンの角を削った粉を混ぜる。
他の三つの釜も同じように配合して、四種のカルミアタイトを作った。
全部使うと多いのでそれぞれ四つずつある。四種のカルミアタイトを結合性能の高いノヴェルの錬金釜で一度まとめてから取り出す。
このカルミアタイトは虹色に輝いて、とてもきれいだった。そして相性の良いヘレナの錬金釜へ移し替え錬金釜を作る。
「わたし専用の錬金釜の完成よ」
四種のカルミアタイトをまとめ出来た錬金釜は黒だった。
「あれ……おかしいわね。失敗したかしら?」
さっきの輝きはなんだったのかわからなくなるような、わたし専用の錬金釜。腹黒いからとでも言いたいわけ?
錬金の様子をみていた仲間たちも、どうなることかと固唾を呑んで見守っていたのに。
錬金を重ねたので魔力が厳しいけれど、四種のカルミアタイトをわたし専用の黒い錬金釜へ投入して、わたし成分の魔晶石を付け足す。
「凄くきれいだよ」
ドヴェルクの血が騒ぐのか、ノヴェルの手がワキワキ動く。出来上がったカルミアタイトは虹色の輝きを取り戻していた。
────そしてわたしはそのまま気を失ってしまった。