第31話 新・錬金釜 ③ 厄介事は向こうからくるもの
────わたしは頑張った、わたしは頑張った、わたしは頑張った。
呪いの言葉のように呟いて、自分自身を鼓舞する。あまりにも魔力を使い過ぎて魔力切れで倒れかけたのよ。
あの娘達は素直でいい子なのに、時折り小鳥のようにぴぃぴぃ鳴いてねだるのよね。親鳥の苦労がわかるようだわ。
ノヴェルが布陣に加わったせいで、断れないのよ。だって可愛いんだもの。どうして過去のわたしはこの娘を始末しようとしたのか問いたいわ。
なにせもと王女様だけに、ノヴェルって、あざとい仕草が自然体で出来るのよね。
「そんな事ないと思うよ」
ぐったりするわたしに付き合って、ヘレナがお茶を入れ直して来てくれる。
いい香りのお茶だわね。王都のギルドから受付嬢でもあるメネスさんがやって来た。
わたしたちがDランクに昇格した事についての報告と、ギルマス依頼の案件についての事後報告を伝えに来たのだ。
この香りの良いお茶はメネスさんのお気に入りで、迷惑をかけたお詫びだそうだ。
なんの事なのかまったく覚えがないけれど、ヘレナのお菓子にも使えるというのでありがたく頂いた。
授業の後、わたしは必要な材料を持ち出して部屋まで戻って来ていた。
どうせならそれぞれの専用の錬金釜で作ろうと思い、ノヴェルの専用の錬金釜もグレードを落として作り直した。
グレードを落としたのに白銀色なのかと、本来なら良い事なのに思わず肩を落とした。ノヴェルの成分は濃縮率が高すぎるわね。
一番魔力消費の少ないエルミィの眼鏡からわたしの特製魔晶石を混ぜてみる。
眼鏡をかける部分がもとの素材だと硬そうなので換えてみた。エルミィに返すと顔を赤く上気させる。
「ほぁ〜、いいよ。凄く見えるよ」
何が見えるのかはよくわからないけど、変な道に入り込まないでほしい。
そう思いながら次のティアマトの腕輪を錬成する。ティアマトの錬成釜とわたしの魔晶石も相性は良いみたい。
わたしが作り出したのに、どういう効果かいまいちよくわからない。魔法の性質を帯びたものになったはずなのよ。
ついでに手袋もティアマトの錬成釜で作り直す。やはり当人の素材を使って専用の錬金釜だと、錬成効果があからさまに違うよね。
「すごい、すごいぞコレは」
ティアマトが発狂しかねないくらい飛び上がって喜んでいた。 隣の部屋は防音だけど、上と下はそのままだから静かにしようね?
次はヘレナの剣だ。柄の部分の飾りがほしいようなので、いっそ使わない時はヘレナが自分で作った鞘に包まれるようにしてみた。
わたしの魔晶石を使って作ったカルミアタイトでヘレナの意思で鞘が収納出来る。鞘に収めている間は剣の自己修復付きにした。
「またパワーアップしたのね」
ヘレナがうってとりさしている。剣に関しては色々つけるよりも、ヘレナは実用的なの好むからね。
最後はノヴェルのものだ。作ったばかりの武器なので調整はしやすい。それにノヴェル用のもので作るからさっきよりしっくり来るんじゃないかな。
あぁ、ただ魔力はやはり喰うのね。カルミアタイトを作り、持ち手の柄の部分を強化するように巻きつける。もちろん小さくする時も一緒に縮む。
「すごいだよ。ほれ、軽いままだ」
ノヴェルも興奮して喜んでいるようで良かったわ。最後ノヴェルの分でわたしの魔力が尽きた。疲れたしブチブチ文句は出るけれど、いい仕事は出来たはずだわ。
錬金釜をしまい込み、わたしはベッドにぐったりしながら倒れ込む。
ヘレナはお茶を、ノヴェルが唄声を発する。ご近所迷惑だからと思ったけれど騒がしくない。むしろ魔力が回復傾向にあった。精霊の歌なのか、部屋の空気まで心地よく感じる。
ドワーフとかノッカーとかもよく唄っているイメージがある。大概お酒と一緒だ。同じ大地の民だからドヴェルガーもそうなのかしら。ギルマスにダンジョンの情報源を聞けば、子孫の居場所くらいわかるかしらね。
あっでも暑苦しいおじさんがついて行くと言い出しかねないから、メネスさんにこっそり聞く方がよさそうね。偉い人は偉い人の仕事をしてなさいって。
学校へ入って三週間が過ぎた。授業や研究の方は順調だと思う。駆け足でやって来るトラブルも、流石にもう落ち着く頃だと思うのよ。でもね流石はわたし、トラブルの方がわたしを放っておいてくれないみたい。
目をつけられてる気はしてたのよね。わたしだって騒ぎたくて騒いだわけじゃない。けどさ、周りの人達には関係ないものね。それに貧乏な庶民が由緒正しい王都の学園にいるのが、気に障るっ……ていうのもあるわね。
あいにくとわたしの場合は先生に睨まれていたので、隠したり壊したりする道具が教室には置いてないのよね。
睨まれているというか目をつけられて監視されているから、悪意を持ってわたしに近づくのが難しくなっているのだ。
先生があれだけ熱視しているのに喧嘩売りに来れないわけだ。問題児過ぎて、逆に守られてるって皮肉なものね。
次に狙われるとしたらヘレナかノヴェルだろう。
明らかに優等生で、講師と縁のあるエルミィと、親が金級冒険者と知られているティアマトはあちらも関わりたくないだろうからね。
「ヘレナ、ノヴェル、教室でみんなと仲良くやれてる?」
不穏な気配を感じるようになったその日の夜に、わたしは二人に授業の様子を聞いてみた。ヘレナは付与科は同じだけど、ノヴェルは選択科目が二つ共違うからね。
「みんなおらに優しくしてくれるだよ」
うん、この愛らしいノヴェルをいじめるような輩は、たとえ王族だろうと許さないわよ。冒険者も泣いて黙る新兵器で、撃退するからね。
「私も……大丈夫だよ」
はい、ダメでした。わたしの事をすぐに心の声を出すって、とやかく言うけどヘレナも落ち込むとすぐにわかるからね。
「相手は貴族ね。わたしとヘレナは元々部屋一緒だったし、身分的に狙われそうって思っていたのよ」
貴族や商人の子供達の中には、賢い集団など落第したものが結構いる。
わたしらがいなければ入れた可能性もあって、繋がりのある連中に逆恨みされそうと考えていたのよ。
「もっと早い段階で嫌がらせ来ると思っていたのに」
ヘレナが急に美肌の艶々しい美少女になったせいで、あちらの士気が落ちたんじゃないかな。
「カルミアはわかっていたの?」
「当たり前じゃない。わたしが違う立場なら、たまたま上手く入学出来ただけの庶民が悪目立ちしていたらムカつくもの」
なんてね。わたしならそんなのに興味を持つよりも、今よりいい立場なら無視して研究に没頭してるわね。推測が正しければ、逆にチャンスかもしれない。
「いい、二人共。変な奴らや悪い奴らに絡まれたら、こう言いなさい。『カルミアがあなたたちに話しがあるって言ってたよ』 ってね」
これで、わたしに恨みあるやつは直接やって来る。でも面と向かう度胸のないヘタレどもが二人に危害を加えようとするかもしれないわね。
「ヘレナ、ノヴェル二人共この警報警笛君を持っていなさい。乱暴にされそうになったら笛を吹くのよ」
警報警笛君は吹くと蜂の大群がやって来る。建物内だと効果が薄いかもしれないけど、ないよりマシだ。
「あっ、こら、いま吹いたら駄目だよ」
危ない、ノヴェルが試しに吹こうとしたよ。
「蜂がやって来たらなるべく隅で屈んで、じっと去るまで動いちゃ駄目よ?」
笛を持つものは大丈夫なはずだけど、虫だからね。信じるより、習性をふまえた対処した方が利口だよね。
「おら、我慢出来るだ」
「蜂……?」
ヘレナが青い顔になり、蜂を呼ぶのって顔をしてる。
「あくまで備えよ。たとえ向こうが悪くても、どっちが罪を被せられるかわかるわよね」
「うん、わかるよ」
「悪いやつは悪い事をするだ」
ヘレナも苦労して来たんだろうね。そしてノヴェルは本質をよく理解してる。戦えば勝てる相手なのに戦うと必ず負けさせられるって、きついものね。