第30話 新・錬金釜 ② 天使の鎚鉾
三つの専用の釜が出来たのはいいのだけど、わたし自身のものを試してなかったのをふと思い出した。ノヴェルのも作るから専用釜だけで五つか。
わたしも含めて全員分のものを使ったらどうなるのかも試したいから、それを入れるとなると六つになる。
錬金術師って、こうやって考えて作る内に物がどんどんたまってゆくのよね。わたしは錬生術師だから、尚更ね。
錬金魔術科には個人用の収納箱があるけど、ちょっと研究しただけで、そんなのすぐに一杯になる。
上級生になると別室に専用の個別ロッカーが貸し出されるみたいね。でも毎年卒業生が大量に出た片付けに泣くそうだ。わたしもそうなりそうで今から怖いわ。
寮の部屋はヘレナという、片付け魔がいるので散らかせない。まあ単純に散らかすと狭いから邪魔って言われるだけだ。
いや散らかしても片付けてくれるのだけど、それって友人としてダメじゃない?
ヘレナの方が身分だって上なのに、わたしのお世話をしようとしてくるから、申し訳ないので意識してるのよ。
ティアマトやノヴェルは荷物が少ないし、エルミィはわたしと同類なのに整理整頓が得意なのよね。片付け上手な錬金術師は錬金術師じゃないわ、って言いたいわ。
散らかしたり異臭を漂わせるとみんなに悪い。だからわたしはエイヴァン先生がうっとおしいのを我慢して、錬金魔術科の教室で居残り、錬金釜の作成を行う。
なんとなくだけど、特製魔晶石を用いた鉱石による錬金釜の詳細が見えて来たのよね。色合いはとくに対象の得意属性が出るみたい。
色付けはあくまでわたしの属性に対するイメージの色で、水は青いとか炎だから赤いって感じ。気分の問題で決まってはいないのよね。
ただ想像しやすい色で出てきた特色を踏まえて素材を合わせれば、もっと高性能の錬金釜が作れるのではと思ってる。
例えばヘレナならおそらく炎と大地に適性がありそう。ヘレナタイトをつくる時に混ぜたのはワイアームの爪だったけど、これを【獣達の宴】にいた火竜の爪にしたらもっと凄いの出来そうな気がするのよね。
まあ素材を強力にすることによる性能向上なんて、錬金術に限った事じゃない。大成している錬金術師なら、それこそエイヴァン先生ですらそれくらいは知ってるでしょうね。
ただ強力な素材を使うにも、取り扱える魔力量とか、魔力分配の技量とか素材同士の相性とかがあって難しい。高級素材がゴミになる瞬間の、あの脱力感はもう味わいたくない。
みんな同じ素材や錬金釜で同じものを作っても、エルミィのように魔力が高い上に魔力の扱いが上手いと一段階も二段階も上の品質のものを作れてしまう。
わたしの錬金釜の場合は、それと似たような現象だと思うのようね。たかだかワイアームの爪を投入しただけで性能の良い錬金釜が出来てしまったわけだから。
エイヴァン先生が自分の部屋に引っ込んだのを見て、わたしはノヴェルの成分たっぷりの魔晶石を使って、ノヴェルタイトをつくる。
綺麗な白銀色になった鉱石を使い、ダンジョンで獲得したタウロスデーモンの角を削って混ぜ込み出来た錬金釜はミスリルっぽい錬金釜だった。うん、鉱石の段階からすでに白銀色だもの、高性能になるよね。
「はぁ~……やってしまったわね」
最高の出来だ。でも、これはまだわたしには扱えない気がした。思っている以上にノヴェルの魔力は高いということね。
もったいないけど盗まれても嫌な
ので錬金釜を溶かす。作れるのがわかれば、扱える時になってから作れば良いものね。
せっかくなので、ノヴェル用の小型の武器を作ってみた。出来たものは死神の鎌のような物。小型でもなかった。
見た目通りにすると物騒な名前なので、天使の鎚鉾と命名した。
鎌の刃が曲刃で反対側が槌のような重量でハンマーのように使える。柄の先端が槍の先のように尖っているので刈る、叩く、突くと三つの攻撃方法が出来る。
ノヴェルはドヴェルクという希少な種族。素材は魔法銀っぽいなにかでこれまた貴重。ヘレナより小柄なのに力はあるから何かそういう得物をもたせたくなったのよ。
可愛いらしい外見と唄声でやってくるノヴェルの姿を想像するとだよ、ゾクッとするでしょ?
居残りでの実験を終えて、後片付けをして寮に帰る。すでにみんな戻っていて、わたし待ちだったようだ。ノヴェルに新しく作った武器を見せてみる。
「おぉ、軽いだよ」
天使の鎚鉾は気に入ってくれたようだ。
「凄い……魔力高い」
ティアマトの鼻は誤魔化せなかった。めっちゃ興奮してるし。
「錬金釜を作りたかったのよ。でも高性能過ぎて、今のわたしじゃ扱えそうになかったわ」
わたしが正直に告げると、みんなで「作る事は出来たんだ」という声がハモった。
「ノヴェルの魔力で大きさと、鎌部分をつるはしみたいに変えられるから、この紐付きのポーチにしまって首にかけておきなさいな」
わたしがそう教えるとノヴェルはさっそく試す。戦闘の時と採掘の時に切り替えできるのが強みで、魔力が強いので、手のひらの大きさまで縮める事が出来た。
玩具を与えられたように色んな大きさに変えて遊んでいるけど、振り回さないように気をつけてね?
「ティアマトとエルミィのは上手くいったんでしょう?」
ヘレナが自分だけ特別じゃなくなったのに、嬉しそうだ。最初のわたしの実験台の被害者だからね、お仲間が出来て良かったよ。
────良くないって、ていうエルミィの声は、わたしの耳にはとどかなかったわ。
「あとは検証を重ねる必要があるけれど、わたし自身の成長も必要ってわかったのが一番の収穫ね」
そういうわけで、わたしも快適スマイリー君で自分の成分を抽出する必要が出来たようだ。
魔力なんて急に成長させられっこないので、出来ることからするためだ。
魔力が足りなければ自分から絞り出せばいいじゃない、って発想だね。
だって、わたしは魔法の道具を作る付与士でもあるからね。魔力不足を補うには魔力を増やす道具や、効率を高めるとか、やりようはあるのよ。
ただジャラジャラ道具だらけになるのは嫌なので、効果を高めるものを作る必要はあると思うの。
そういうわけで、お風呂でじっくり身体を温めて汗を出して、快適スマイリー君に吸わせる。水分を補給して、もう一度お風呂へ入る。
フラフラになりながらもお風呂から出て、わたしは自分の成分を頑張って絞った。
お風呂から上がると、何故かみんなが口々に言いあってる。わたしの特製魔晶石を巡って、誰が保有するのかを争うの止めて。
────なんで貴女たちはそんなものをほしがるのよ。
ティアマトが言うには、わたしの魔晶石からは安心エキスが出ているらしい。
はい、意味がわかりません。わたしの匂いがしていい気持ちになるとか、も危ない発言よ。アレって、老廃物なわけだから。わたしが酷く臭いみたいだから止めてね。
要するに御守りみたいなものかしら。わたしを感じることで、精神的に安心する効果があるのかもしれない。
あくまでもこの四人がおかしいのであって、わたし臭くないし。匂いを連呼されると、地味に傷つくからやめてぇ〜。
最近ずいぶんまともになったと思っていたけれども、やはりティアマトは要注意人物だよ。
「おらの武器につけてほしいだ」
「私は眼鏡かな」
「わたしも剣の柄にほしい」
「ボクは腕輪がいい」
おさまりそうにないから全員の要望を聞いておく。わたしにはよくわからないけれど、何らかの効果をそれぞれが感じるのならそれは確かな事なのだと思う。
わたしがそういう感性を大事にするタイプなので否定出来ないんだよね。
……それにしても素材が足りない。あれ、おかしいな。わたしは何で自分の体液絞り出してまで苦労する羽目になった?
奥の手はさすがのわたしも引くので、いまは勘弁してもらう。ヘレナに頼んで、髪の毛を少し切り揃えてもらい、快適スマイリー君に食べさせた。
スマイリー君、すっかり髪の毛を認識して、区別出来るようになった。
そういえば髪の毛を切るのは久しぶりだわ。いつの間にか腰まで伸びていたのね。
「カルミアはもっと外観気にした方がいいよ」
ヘレナが髪の毛を優しく梳かしながら、夏に向けた服をみんなで買いに行こうという話しで盛り上がった。