第28話 ダンジョン探索【獣達の宴】⑨ 火竜の背とゾイサイト級
ガレオンが机の上の四角い箱をポンッと叩くと、室内の遮音結界が消えた。こんなこともあろうかとわたしが用意しました……なんて事はなく高価だけど魔導具屋で買える品物だ。
むぅ──意趣返しとは大人げないよ、ギルドマスター。
でも許すしかない。だって、今ガレオンが秘書を呼んで用意させた書類に書いているのは、ノヴェルの入寮処置を依頼する手紙だからね。それと学園長へ向けた推薦状だもの。
二つの書状を書きあげたあと、ガレオンはわたしに手渡してくれた。
「信頼するAランクパーティーが戻り次第、一緒に行ってもらう事にする。学校の授業に差し障りのないのは週末だな?」
予定はこちらの都合に合わせてくれるようね。隠し扉までの案内と、その先の道案内のギルドマスターからの指名依頼をゲットしたわ。
秘密を知る者の数を絞りたいのなら、詳しいもの達を使えばいいものね。ギルマス案件にする事で報酬を上乗せし、帳簿上でも問題ない形で払い足りない情報料にしてくれた。
「単純に戦力としても期待しているんだよ。だいたい新人には、ミノタウロスだって難敵なんだぞ」
ガレオンとしては、わたしが口の巧い極悪人だったとしても、騙されたのが自分だけで損失がないなら問題ないと言っていた。ギルド秘匿の情報料にしては安すぎるせいもあった。
それにチンケな詐欺師のように、貰うものもらってバックレようと構わないのだと考えてるみたいね。
まあ居場所知られてるのに逃げられないのは、わかってるって事でしょう。
王都冒険者ギルドのギルドマスターの権力は、わたしが思うよりも地位が高かったみたい。
ガレオン自身が元々金級冒険者として活躍していたので、王侯貴族を始め各学校も何かしら恩があるらしい。そういやあの高名なエイヴァン先生も、ギルドが派遣してくれたんだっけか。
学園長も寮長もガレオンが言うならば、みたいな言い方で了承してくれた。信頼と実績を積み重ねてこその評価だとわかってるわ。でもこういう時は羨ましく思う。お陰様でノヴェルの編入がすんなりと決まった。
制服も貰えるしノヴェルは隣の大陸からの留学生で、一足先に見学に来ていた事になった。これで晴れて同校生として自由に歩けるわ。
「私は二人のやりとり聞くだけで終わったよ」
エルミィが別な事でまた凹む。もうノヴェルの入校手続きも済ませたんだから、ギルマスの話なんか引っ張らなくていいわよ。
「面倒臭い人ね。そこは一緒に行ったのだから便乗してノヴェルに恩を売ればいいのよ。気にいってるんでしょ」
エルミィがそんな図々しい真似出来ないと言いながらも、ノヴェルにペコっと感謝されハグされるのを想像して悶えていた。
「エルフって、やっぱりみんなおかしいのかしら」
エイヴァン先生といい、エルミィといい変わり者ばかりだもの。
「断じて違うよ。だいたい君にそんな事を言われてはおしまいだよ」
精神にダメージを負いながらも、エルミィはしっかり反撃をしてきた。余計な思いは忘れたようなので、わたしは自分の部屋へと入る。
「おかえり、二人とも」
ヘレナがわたし達に声をかけてくれた。部屋の中が少し甘い香りが漂う。
ヘレナが焼いたお菓子を食べながら、ノヴェルが机に向かい魔本で勉強していた。
ティアマトはわたしのベッドに仰向けて寝ていた。どうやらわたしの快適スマイリー君を持ち出し、ヘレナにしたように素っ裸で魔晶石を精製しているようだ。ツルツルになっても知らないよ。
ヘレナはノヴェルの面倒を見ながら自分の剣の鞘を作って、ニヤニヤしていた。
「なかなか凄い光景だね」
エルミィの言いたい事はわかる。なんだか甘い香りのせいで、やばい集会に入り込んだような気分だわ。
「うまく、いったの?」
集中しているノヴェルの邪魔をしないように、ヘレナと一緒にエルミィ達側の部屋に移る。
わたしに促されてエルミィがギルドでの話しをする。ノヴェルが正式に学校へ入れた事には泣いて喜んでくれた。
「それで隠し通路の件については仕事になったから、週末は空けておいてね」
ヘレナの心配も、これで解消すると思う。ノヴェルの部屋はわたし達の部屋を改装して解決する事になった。
ちょうど奥の部屋なので、廊下に壁と玄関扉を設置して大部屋にしてしまうそうだ。どちらかの部屋にベッドを置くので、机は廊下だった部分に出す。
「授業中に工事とベッドは玄関前に運んでおいてくれるから、後は自分たちで好きに使えって」
ガレオンがどう伝えたのか知らないけれど、寮長はわたしたち問題児を、まとめて閉じ込められるからって反対しなかったのね。
間取図を見ると玄関口は小さな小部屋になっていて、コートや靴とか雑具をおけるようになっている。入口の扉と通路から部屋になる部分への扉があるので、多少騒いでも大丈夫ってことね。……騒がないわよ、たぶん。
両隣の部屋には防音板まで貼るらしく、ノヴェルが子供なので配慮したのだと思いたいよ。
ノヴェルの選択科目は精霊魔術科と魔本制作科だ。
「おらも面白い本を作って、みんなに読んでもらいたいだよ」
ノヴェルは魔本がそうとう気にいったようだ。わたしも作ってノヴェルに読ませたかったのに、逆に読ませてもらう事になりそうね。
次の週末までは、表向きは平穏な日々が続いた。特別編入されたノヴェルへの風当たりの強さが気になって仕方ないけど、彼女自身の愛らしさを無視して虐めようって輩は少数派なようだ。
共用語が苦手というだけで、ドヴェルガー語や古代エルフ語に精霊言語まで話して理解出来るんだもの。超絶お姫様なのよね、ノヴェルってば。
どちらかと言うと、やりたい放題好き勝手にやっているわたしに怒りや妬みや恨みのような感情が向いていると思う。
目をつけられて厄介事に巻き込まれたくないから、早目に名乗って来てくれないかしら。順番に対処するの面倒だからまとめて相手しても構わないわよ。
そんなこんなで週末の夜、早目に湯浴みで身体を清めて冒険者ギルドへと向かう。人目を避けたいのと、時間の問題でいっそ授業の後に集まることにしようと連絡があった。
連絡をくれたのは、ギルドでギルマスに泣かされていた、受付嬢のメネスさんだ。
凄い顔してわたしを睨むけど、情報を隠していたのはギルドの方だから、怒った貴女の上司こそ悪いんだからね。
彼女の妬ましい目はこの間の件だけではなく、ギルドの秘密の探索班としての面子の問題だったみたい。
────どうでもいいというか知らないわよ、そんなの。
信頼のおけるAランクパーティーは、ギルドメンバーの人達だった。
ギルマスのガレオン自ら参加。それに受付嬢で探索者のメネスさん。査定係長のグレッドさん。人事部のパドラさん。現役のAランクパーティーの探索者のタニアさんの五人だ。
「えっと、探索者被りはいいとして、ギルドマスターがくるの?」
「何が出るかわからんというはなしだからな」
実力のあるもので秘密を保持するのに適任者を捜すよりも、自分の目で確かめた方が早いとガレオンがニヤリと笑って言った。
わたしたちは五人全員で来た。わたしはあまり役に立たなかった盾などを置いて来て、かわりに使えそうな品物を増やして持って来た。
念の為に耐熱耐火性能のあるコートを全員分用意して着てきた。
ダンジョンはこの時間になると空いていて、冒険者を見かけても帰ってゆくものばかりだ。待ち合わせ場所の五階層まで降りて来ると、フードを被った怪しい集団がいた。
顔を晒していたのが現役のタニアさんで、知り合いに声をかけられると、探索者の講習を引き受けたと答えていた。Aランクパーティーの空いてる時間は少ないからね。
わたしたちに気づくと周りに人のいないのを確認してから互いに紹介しあったのだ。
その中にはギルマスやわたしに文句を言いたそうな受付嬢のメネスさんがいたので、なんとなく彼女の言いたいことは察した。
「それじゃティアマト、ノヴェル、二人が先頭で案内してあげて」
「わかった」
「おら、頑張るだ」
ティアマトにはこの任務終わったら、新しい錬金釜を作って装備や常備薬の改装と改善を約束しているからご機嫌だ。
ノヴェルは単純にわたしに頼られて嬉しいみたい。ティアマトの鼻とノヴェルの感覚が頼りなのは間違いないからね。
「こんな子供達に、我々は出し抜かれたのか」
タニアさんとメネスさんがボソボソ話してる。出し抜いたなんて人聞き悪い。むしろギルド側の思惑通りにいって良かったと喜ぶべきだわ。
「ここらへんだったと思う」
ティアマトが以前と同じ部屋に来て止まる。
「タニア、索敵はどうだ」
ガレオンが一応、他者を警戒して探らせていたみたい。愚痴りながらも仕事をしていたのは追跡者がいた時に気づかないふりをするためでもあったのだろう。上級冒険者って、そういうの抜け目ないよね。
「反応はないわ。メネスあなたは近場の警戒を。私は一度見回るわ」
二人は静かにパーティーから離れた。なるほど、探索者が二人いるのはこういう状況では便利だわね。
「ノヴェル、反応はどうかしら」
わたしはノヴェルにも違和感がないか訊ねる。
「前とおなじだよ」
変わりはないようね。周囲を警戒していた二人がそれぞれ戻ってくる。とくに問題はなかったようだった。
「それならティアマト、開けてくれるかしら」
わたしがそう言うと、慣れた手つきでティアマトが扉を開けた。
「────こんな所に扉があったとは」
何でもない少し広めの部屋の壁が開き通路が見えた。
「さあ、行って。戻るときは見つからない用に、ここと前後の部屋に暗闇煙魔君を発動させるわ」
わたし達だけなら見つかろうが問題ない。でもギルマス達はいらぬ詮索をされる。冒険者の多い時間に戻って来て見つかったら意味ないからね。
懐中時計君を見ながら上手く時間は調整したい所だわね。
全員が入ると扉を手動で閉める。前に来た時と中はかわりなく、隠し通路は静かだった。ノヴェルはもうわたしたちのパーティーにいるので、唄声がダンジョンの中に響くこともない。
ガレオンたちは念のため地図を開くと、ダンジョン内の位置を確認していた。わたしはヘレナとティアマトに警戒を頼み、エルミィと地図上で説明を加えた。
「よく、この時点で下層へ通じていると予測出来たな」
ガレオンが感心する。地図上の情報なんて隠し通路なので役に立っていない。ほとんど隠し扉の状態と、下り方からの推論だった。
エルミィがまた、愕然とした表情をする。だから、冒険者なんてハッタリばかりだって言ったじゃない。言ってなかったかしら?
ともかくそんないい加減なものなんだから、真面目に取り合うと疲れるだけよ。だから無言で首に手を賭けるのは止めなさいな。
「魔物だって、ギルドで話したものが確実に出るかはわからないわ。獣系ダンジョンだから獣系が出る感じは同じだと思えるけどね」
言ったそばからタウロスデーモンとミノタウロスが三匹もあらわれた。ずいぶん早いお越しだよね。
ヘレナがティアマトとタウロスデーモンを、ガレオンとグレッドさん、パドラさんがミノタウロスへ向かう。
高ランク冒険者が弱い方行くのって思うけど、わたしたちの実力も確かめているのよね。
エルミィの牽制でタウロスデーモンが魔力の発動を妨害され、ティアマトが強烈な一撃を腹部へ入れる。ぐらついた魔物にヘレナが追撃、仕留める。いい連携ね。
「タウロスデーモン、そんな簡単な相手じゃないんだが」
ガレオン達もそうはいいつつも、ミノタウロスを簡単に倒していた。
「魔法学園の生徒か、なら魔法の攻撃か」
タウロスデーモンに苦戦する理由は魔法防御力の高さだけど、ティアマトは魔力防御を破るし、ヘレナはその隙をつく。どちらもエルミィがまず気を逸らしているのだ。
わたし? 空気だけど、邪魔をしないっていうのも大事なのよ。それにノヴェルもお仲間で大人しくしてるし。悔しくなんてないから。
「流石にドラゴンは無理ですからね」
無茶されても困るので注意しておく。わたしたちの実力を見て、ガレオン達も納得したようだ。ティアマトの実力もある程度は知っていたのだろう。
階下というものがないため、隠し通路は時間の感覚や距離感が狂う。それでも戦力が増えたので攻略速度はこの前より早く、消耗も少なかった。
ガレオンは隠し通路の有用性を凄く感じていたようね。そしてそれを知った上で、情報を流したわたしたちを信頼したみたい。
だって、言った通りに火口があって、マグマとは別な紅い物体の背が見えたもの。
「て、撤退だ」
小声でガレオンがいうと、全員足音を立てないように静かに後退を始めた。飛び上がり、狭い通路にブレスの一つでも吐き出されれば、簡単にやられる。
厚い岩盤を溶かしきる魔力を持っている大型の火竜に、対抗出来る手段を持つまで、この隠し通路の封印が決まった。
ギルドマスター自ら確認して来たので、事情を知る者たちは誰もが秘密を守ると誓ったようだ。ヘレナ達もホッとしていたよ。
そしてギルドの依頼掲示板には、深層域の大型の火竜退治が新たに加わったのだった。いつ、どこで、誰が深層域へ辿りついて火竜を見たのかは謎のままだ。
わたしたちも無事戻って来て、依頼報酬を貰う事が出来た。倒した魔物の素材や魔晶石は半分ずつになった。消耗品をまったく使わずに済んだので、貧乏学生には大金が手に入ったようなもの。
「ちょっ、経費以外はわけるんだよ」
ヘレナが慌ててわたしから報酬を取り上げ均等にわける。わたしとノヴェルは今回も殆ど何もしていないのに人数割りしてくれるので、ヘレナは聖女かって思ってるのよ。
ちなみにわたしはゾイサイト級という妙な銅の特別階級に昇格させられた。ヘレナ達も活躍していたし、実力はあるけれど原動力がわたしだと看破したらしい。
結局は銅級なんで、報酬額が凄くあがるわけじゃないのが悲しいところね。