第27話 ダンジョン探索【獣達の宴】⑧ ギルドマスターとの駆け引き
冒険者ギルドに行く前に、ノヴェルの為に図書室で本を借りておいた。ヘレナとティアマトにノヴェルの面倒を見てもらうためだ。
今の所ノヴェルの事は寮長にも見逃してもらっているのよね。隠し通路の情報と引き換えに、ギルドから報酬せしめられないかしらね。
「カルミア、あまり大事にすると、ノヴェルが困るよ」
ティアマトから正論で叱られた。意外と真面目な娘よね。
「信じられない。あんなに私達が話すことに悩んで、相談までしたのに」
エルミィが煩いわね。ギャアギャア騒ぐけど、お金がないのよお金が。ノヴェルを一人に出来ないから寮長に泣きつくつもり。
もし部屋にいられるようにしてもらっても、入寮するには支払う事になると思うの。そうなるとお金が入り用になる。
ただで日用品や消耗品が使え、お風呂だって入り放題だからね。その費用はどこから出てるかって言えば、寮に入っているみんなから出ている。
短期間なら可哀想だからで許してもらえる。でも、ずっとは無理だよね。わたしだったら、事情を知っていても依怙贔屓だと思ってしまうわね。
それにしても、どうしてこう次から次へと問題が起きるのよ。エルミィと冒険者ギルドへ向かっていただけなのに、浮ついた優男達二人に絡まれた。
バシャッ────!!
話すのも面倒なので、ダンジョン探索用に改良中の臭煙酒玉を頭からかけてやった。
「グワッ?!」
「め、目がっ!! くさっ!!」
「……クッサっ、何この臭い」
「あの男達からだ。どこの田舎から来たんだよ」
あまりの酷い臭いに街の行き交う人々の方が先に騒ぎ出した。わたしもエルミィも、風上にいたおかげで臭気をそれほど嗅がずに済んだわ。
「ねぇ……あれって前に作っていたやつ?」
「そうよ。まだ改良中なのよね」
「あれで? どんな臭い求めてるのよ」
エルミィがもの凄く額に皺を寄せていた。殺人的な臭さは、野良ゴブリンの下着のようなものだろう。あれは視覚の効果もあって、強烈に訴えてくるのよ。
あんなの乙女の顔に投げつけられたら、確実に悶絶して下手すると逝くわ。
でもゴブリン臭は、ゴブリンが弱いってわからるから強烈でも人族くらいにしか使えない。獣達には舐められる御馳走なのよ。
理想はドラゴンよね。明らかに強者だもの。
深層まで行く事が出来たら、探して確保しておきたいわね。エルミィが凄く嫌そうにしていたけど、しっかり匂いは封じるから大丈夫よ。
「まったく、みんなの迷惑を考えずに馬鹿騒ぎするのが好きな連中よね」
「いや……まあ、悪いのは君に絡むあちらか」
街中の通りで馬鹿な男たちが大騒ぎするのを放っておいて、わたしとエルミィはギルドまでやって来た。
毎回騒ぎと共にやって来るからだろう。逆に冒険者ギルドの中では、わたし達をからかう声もなくなった気がする。
わたしは受付に行くと、昨日の事情の説明の補足に来たからギルドマスターに会えないか訊ねる。
たかが銅級。それも貧乏学生の庶民の子供の話の為に、王都のギルドマスターが面会を許すわけないんだけどね。
案の定、受付は確認を取りに行く事もなく事務的に断ってきた。エルミィが不安そうにわたしを見る。
「心配いらないわよ。向こうだってわたし達から情報取りたいはずだからね。たぶん────泣いて謝って通す事になるわ。」
わたしがエルミィを落ち着かせる為にそう言うと、眼鏡エルフの顔色が青味から赤味に戻った。逆に事務的に対処していた受付の女の人が、わたしの言葉を聞いて顔色を悪くした。
「す、すみません。確認をするのでお待ち下さい」
わたしの言葉に不安になったのか、対応していた受付嬢が慌てて事務室から確認しに出て行く。
「ハッタリだよね? なんでそんなに自信満々で嘘をつけるのさ」
エルミィは呆れたように言う。なにさ、決めつけるなんて失礼ね、眼鏡エルフめ。
「嘘じゃないからよ、だって、事実でしょう」
もう、エルミィはさっき怒ったの忘れたのかしら。わざわざ知らせに来たのに、ギルマスに会わずに帰ったら、ヘレナとエルミィの不安がいつまで経っても解消出来ないじゃないの。
「えへへっ、やっぱカルミアって姉御だよね」
エルフってやっぱりわからないわ。無感情な種族だとばかり思っていたのに、エルミィ見ていると違うようね。
「姉御って、なによそれ。わたしたちは確か全員同じ年齢のはずよ」
勝手に年上にしないでほしい。第一あの中で一番年上は一番幼く見えるノヴェルなのよね。
エルミィがニヘラっと笑いながらバカな事を言ってる間に、受付嬢が涙目で戻って来た。
「先程は失礼しました。ギ、ギルドマスターがお会いになるそうです」
ほら、予想通りに泣いて謝る事になったじゃない。エルミィが口を開けてポカンとしている。
王都のギルドだもの、向こうだって秘匿する情報の一つや二つ持っているものよ。
あいつらは、お高い態度でまず偉ぶるものなのよ。さも知ってますって顔をして、新米がなんの情報持っているのか探るわけ。新人のかよわい庶民の女の子なんて、ブルッてすぐに情報吐いてしまうものだから。
それに嘘やガセを掴ませに魔法学園の女生徒が来る理由があるのならば、それはそれでわたしだって知りたくなるわ。度胸に免じて顔くらい見せて、やんわり脅すためにね。
むかつく冒険者のリーダーが散々能書き垂れてくれたから、わたしも嫌ってほど教え込まれたものよ。
「それって、好奇心を刺激したってこと?」
「流石はエルミィね。好奇心の塊みたいなエルフだけあるわね」
つまりそういう事。そもそも魔法学校の生徒なので、ギルドも体面上は捜索班を出そうとしただけ。
新米パーティーがダンジョンから戻って来ない事なんて、毎月一組はいるくらい日常の出来事だった。
ベテランなら二、三日戻らないのが当たり前なので、新米パーティーとはいいつつ実力があれば、翌日夜遅くに戻った程度、騒ぐほどのことではなかった。
それでもギルマスが会うと決めたのなら、わたしの予想通りとなる。きっと彼らも探していた可能性はある。でも情報が風化しすぎていて、信憑性に疑問が出たんじゃないかな。
王都冒険者ギルドのギルドマスターは、ガレオンという名前の大きな男だった。わたしとエルミィを足してもまだギルマスのガレオンの方が体重もあるんじゃないかな。
年齢も魔法学園の各講師の方々より若い。エイヴァン先生よりは流石に上な感じだね。
「あまり時間が取れん。腹のさぐり合いはなしでいいか」
「敬語もなしでいいならいいわよ」
「構わん。それで、何を知らせに来たんだ」
威圧するような迫力ある声で脅しをかけて来た。エルミィがびっくりしてわたしの後ろに隠れる。
本当に時間ないのなら、そんな駆け引きしないと口にする駆け引きなんかで脅さないで、知っている情報を先に出しなさいよね。
口には出さないけれど──ギルドマスターを前にして、威圧に動じないわたしに、ガレオンが楽しそうに笑う。
ギルマスなんて食えないおっさんばかりだからね。言っておくけど、わたしみたいな貧乏って意味じゃないわよ?
「まず、座らせてよ。あと、わたしの友達が怖がるから、受付嬢さんみたいに威圧で泣かせるのもなしにしてね。出来ないなら帰るわよ」
冒険者としての格が断然上なのくらいわかるわよ。わたしの小道具くらいでは止まらない、狂ったミノタウロスみたいなものね。
「情報、持っているんでしょう」
「……何故そう思う」
「ダンジョンへの入らせ方よ。知ってみると、どうしてあんな渋滞させてダンジョンに行かせるのかわかるもの。逆に手持ちは情報だけだってバラしているようなものね」
冒険者が数多く集まるにしても、実際来た順にさっさと流せば、中で新人が手こずった所で今よりは進めると思う。渋滞をわざと作る理由なんて、一つしかない。
「規則づくりは、意図的よね。上級冒険者の探索密度と滞在時間を高めて、偶然見つかるのを待っていたのよね」
もっともらしい理由を並べて密集状態を作る事で、ダンジョンの通路や部屋待ってる間に、隠し扉に気づくものが出るかもしれない。
ギルドには確証がないので、高ランク冒険者に調査させて、無駄骨を折りたくなかったのだろう。
それとダンジョンに纏わる過去の秘密は、多分……幹部クラスしか知らないのではないかな。受付嬢は知らされていないから、あの反応になったのだと思うのよね。
ガレオンもまさかド新人のEランクパーティーの子供達が、手がかりを見つけると思ってなかったんだろうね。
「腕のある探索者でも見つからなかったんでな」
ようやく白状したわね。あれは魔力がある程度高くないと、まず見つからない。精巧過ぎて技量だけでは駄目なのよ。
壁は高レベルの認識阻害の魔法がかかっていて、魔力の元を調べてもわからないように、あのフロア一帯が巧妙に隠し扉に合わせた魔力壁になっていた。
ドヴェルガーの技量の高さがわかる代物だけど、まさか魔力を嗅ぎ分ける変な娘が見破るなんて考えてなかったろうね。
ギルドの情報源は、ドヴェルガー達ではなく術師の仲間が残したものだったものだと思っている。
帰らぬ術師を探したかったのか、情報をもとに財をなそうと思ったのかは今となってはわからない。
「それで、隠し扉は見つかったんだな」
ガレオンはどうやってとは聞かなかった。自分達の情報がそれ以上ないことを晒して、こちらの情報の価値が上がるのが嫌なのだろう。
ヌッフッフッ〜、お楽しみの取引きの時間ね。威圧から入ったのは、そういう意味も含まれている。ホント、食えないおっさんよね。
「わたし達が出す条件は二つよ」
わたしがそう言うと、何故かエルミィがビクッとした。心配しなくてもギルドが懐を痛める事はないから大丈夫よ。
ギルドとしても出費がなければ、得られた情報の対価に全力で応える必要が出る。一番いいのは大きな貸しを作れる事ね。
「────言ってみろ」
ガレオンも頭の中では情報料に報酬額、得られる利益から幾ら要求されるのかを計算している。
発見までにかかった費用や情報の確認、それにこれからかかる探索の費用なども引かないといけないわね。
その計算もAランクとは言わぬまでもBランクパーティーくらいを基準に考えるはず。見返りを考えるといまは痛くても、払ってでも欲しい情報なわけだ。
でも、わたしの要求はかわいいものだから安心してほしい。
「ロブルタ魔法学園の生徒として、迷い子のノヴェルをギルマス権限で編入させてほしいの」
冒険者ギルドにはすでに情報は入っているはず。ギルマスまで届ける緊急性がないので、ガレオンが知っているかは別だけど。
「保護された子供がいるとは聞いていたが……まあいい、続けろ」
話をすでに知っていたのなら、話しが早いわ。
「もう一つの条件は、お願いね。隠し扉の先の調査には、口の固い高ランクの冒険者パーティーを密かに派遣してほしいのよ」
どんなに実力があっても、口の軽い輩は駄目だ。
「理由があるんだな」
「えぇ。昨日売却した素材に、これを見て貰えばわかるかしら」
わたしはタウロスデーモンやホースデビルの角を取り出して見せた。
高値で売れる素材。でもわたしは錬金術に使いたいので、売らないで取っておいたものだ。
「タウロスデーモンか。他にもいるんだな」
「遭遇するかはわからないけど、大型の火竜が退治されてなければ出現すると思う」
隠し通路には階層の境がないので、強い魔物と弱い魔物が混在して出てくる。
「条件はそれだけなのか? 報酬や情報料はいいのか」
「言ったでしょう、友達を怖がらせたくないって。情報を伝えた事で冒険者達が殺到して、いらない犠牲を出されると困るのよ」
エルミィ、ちゃんと聞いてるかしら。ギルドに負担かけないように情報伝えたわよ。
わたしとしてはお金もほしい所を断腸の思いで切り捨てた。お金で買えない、でもいま一番必要なものを提示した。
ほんの少しギルドマスターの立場でごり押ししてくれれば、情報がタダで入るんだもの。それなら忠告だって、聞いておこうってなるわ。
「よかろう、編入に際しての学費に入寮の資金等はギルドから出す。情報の対価をなしにするわけにはいかないんだ」
それらを払ってもギルド側は殆ど損はしないとの事。言ってみるものだわね。
ヘレナやエルミィの気持ちも前向きになるだろうし、ノヴェルも一緒にいられる。
わたしとしては充分な成果を得られたので、依頼でもされない限りはこの件にはこれ以上深入りしないよ。
「見習い錬金術士か。商人の方が向いてそうだな」
ギルドマスターには、わたしの思惑が伝わったようで額に手をやっている。しっかりしてやがるとか、末恐ろしい奴だとかボヤいてるけど、わたしとしてはギルドマスターがまともな人で安心したわよ。
後、なんか度々わたしは商人になれと言われてるようで嫌なのでやめてほしい。あんな輩と関わるのは御免だから。