第26話 ダンジョン探索【獣達の宴】⑦ 目立つ人物
わたしが図書室で調べものをしてノヴェルには魔本を読ませている間、ヘレナ達三人は冒険者ギルドに向かっていた。
昨夜遅くにダンジョンから直接帰って来たため、ダンジョン内で見たものの報告やらダンジョンで得た素材の買い取りをしてもらうためだ。
余計なトラブルになるのを避ける為に、情報はギルドに提供する事になった。
隠し扉については人払いをした部屋を使い、念のために遮音魔法などをしておく事を薦めた。
情報漏洩を防ぐために、話すのはギルドマスターのみが良い。でも情報を伝えた時点で、秘密が王家に上げられてしまう気はするのよね。
術師の記憶の情報が正しいのなら、隠し通路を使うとドラゴンがやって来る可能性は高い。
わたしたちは運良く出会わずに済んだだけだと思う。もしくはたまたま見逃されたのかも。高レベルの魔物の知能や魔法探知で、獲物を逃がすなんてあり得ないから。
深層域に行けばいずれ戦う羽目になる。ギルドでも王家でも、ダンジョンに穴を穿つような強いドラゴンと、始めから戦うつもりで行くのならいいんだけどね。
◇◆◇
────カルミアが心配しながら調べものをしていた頃、冒険者ギルドに着いたヘレナたちはふぅーっと息を吐くと顔を見合わせて笑いあった。
「特製辛苦粉とか凍える水玉ちゃん持たされたけど使わなかったね」
絡まれた時のために持たされた撃退用の品々を見て、もう一度三人はクスクス笑う。
カルミア抜きなら三人とも絡まれないと言う事が証明された瞬間だ。
「あの娘って好奇心が強いから、何でも見たり聞いたりしちゃうよね」
変わりものと呼ばれてるエルミィだが、自分がエルフで周りの人々からどう見られているかは、彼女自身も理解している。
お高く止まったエルフだからと、からかい半分絡む輩が多い。そしてもう半分は、拐かしの目的だ。
たとえ王都だろうとエルフの子供には安全な場所ではない。人攫いだけじゃなく、差別的な狂信者もいるものだ。
同族以外のものに対して排他的になるのはどの種族も同じだ。エルミィはそれを責める気はない。エルフの里に人族がふらついてやって来れば、彼女だってきっと同じ反応をするのだから。
「相手にしたら負け。カルミアを見てボクはそう思うようになった」
ティアマトも、このロブルタ王国内では目立つ。ただ冒険者の中にはティアマトのように日焼けした肌色の男も女も多いのと、紫の瞳さえ見せなければ普通に少年冒険者に見えるのでトラブルは意外と少なかった。
二人に比べても男の子っぽい恰好をしていれば気にもされない。ティアマトはカルミアの全方位への喧嘩を売るならいつでも買うわよ、というスタイルを見て学習したようだ。
三人の中では一番狙われやすかったのがヘレナだ。カルミアが褒めたように、小柄で愛くるしい姿に男達が寄って来やすい。
あくまで善意の一方的な保護欲とか手籠めにしやすい等の下衆な理由もある。カルミア達のメンバーの中では一番か弱そうに見えるというのもあるのだろう。
それをわかっているからヘレナはうまく自分の存在を消そうとする。カルミアといた時は自分よりカルミアの方が心配で、上手く行かなかった。なにより独り言を声に出してしまう。
三人とも理不尽に向けられる悪意に対して、実はそれぞれ対策を行い警戒して動いていた。
「カルミアって心配症で用心深いように見えて、自分の事に関してはまるっきり無防備で隙だらけだよね」
「うん。あと喧嘩売りがち」
人にあれこれ言って来てうるさいのに、彼女自身は自分が世間にどううつっているのか気にしていないように見える。良くも悪くも、わかりやすいのがカルミアという少女だ。
寮で同室だったヘレナはともかく、エルミィもティアマトもノヴェルだって彼女のそうした魅力に惹きつけられたようなものだ。
本人は危なっかしいのに「受け入れたものはわたしが守るわ」 と言っている姉御肌な面も含めて、一緒にいると心が安まるのが三人の共通認識だった。
今も始末しようとしていたノヴェルの精霊化を解き、記憶を頼りにドヴェルガーの足取りを掴もうとしている。
表向きは歴史を調べるためと、彼女自身も自分の動機に言い訳をしていた。当人も自分の行動の一貫性のなさに気づいていて恥ずかしい様子だった。三人はあえて何も言わず、ホッコリした気持ちで任せて来たのだ。
「現場で確認した状態とカルミアの見た記憶を擦り合わせると、ドラゴン種がいるのは間違いないと思う。竜族もタイプあるけど大型のファイアドレイクって所だね」
物知りのエルミィはドラゴンについて簡単に説明した。ファイアドレイクは一般的には火竜と呼ばれる魔物で、火山を好んで住むためダンジョンにいてもおかしくはなかった。
今まで目撃情報がなかったのは深層へ辿り着ける冒険者がそんなにいなかったのと、滞在時間の短さによるのだろう。
「隠し通路を使えば、深層まで断然早く行ける。私達が行けたくらいだからね」
ヘレナがダンジョン探索を思い出すように言う。その意味することをエルミィとティアマトも理解している。
最弱のEランクパーティーでも深層まで辿り着けると知られてしまえば、欲深い冒険者達が殺到するのは目に見えている。ノヴェルの掘った穴を無視すれば、深層域まではほぼ一本道なのだ。
「一か八かで、きっと私なら行っちゃうかも」
貧乏貴族の娘としてヘレナは、目の前の誘惑に負けておかしくないと自分でも思うのだろう。
時間を短縮してひと財産得られるなら、賭けに出てしまうのが冒険者だから他人事とは考えられない。
ドラゴン以外にも正規ルートよりワンランク以上は上の強い魔物が出るのだが、冒険者達は都合の悪い話には耳を傾けないと考えられた。
カルミアの忠告を聞いて、ヘレナ達は追及されない限り黙っていようと決めた。だから素材の売却も実家からの持ち込みとして、いくつか売る事にしたのだ。
この時期の学生にありがちな事で、受付してくれたおじさんも慣れたもので相場通りに換金してくれた。
遭難問題については、迷子がいたせいで慎重になったと受付のお姉さんに納得してもらう。本来ならギルドや役所に預けて保護してもらうので、凄く怪しまれた。
目的は果たしたので、三人は精神的にヘトヘトになって寮に戻る。カルミアはまだ図書室にいるようで、部屋には戻っていなかった。
「誤魔化しきれなかったな」
ティアマトがボソリと言うと交渉を務めたエルミィがガクッとうなだれた。
「嘘は言っていないけど、心臓に悪いよ」
お喋りだと言われるけれど、それは単に知識をたれ流すだけの事で、腹の探り合いとか秘密を隠しながら話すのとは訳が違う。
三人が三人ともカルミアに惹かれるもう一つの理由は、きっと平気でハッタリをかます事も出来る精神力のタフさだと思った。
◆◇◆
わたしとノヴェルが部屋に戻って来るとヘレナとエルミィがぐったりしていた。
わたしは比較的元気なティアマトからギルド内での話を聞いて、ヘレナとエルミィの方を見た。
昨日の疲れがまだ残ってるからじゃないのと思うけど、二人とも首を振った。
「それならお風呂へ行きましょう。ゆったりして精神の疲れを癒やすのよ」
わたしがそういってノヴェルの手を取ると、全員でお風呂場に向かった。
よほど疲れたのかエルミィが身体を洗い終えると、わたしからノヴェルを抱えあげて湯船に浸かり、癒やしタイムに入っている。
「おら泳ぎたいのに」
ノヴェルが嘆きつつも、エルミィに抱かれて大人しくしていた。眼鏡がないとただの残念なエルフになるのかしら。
「公表する必要ないけれど、辛いのなら全部話して後の責任はギルドに擦りつければ良かったのよ。最悪ギルドや王家の独占情報として財源にさせて、利益の一部を還元させるとかさ」
成功すれば取り分をいただく。失敗は全てギルドや王家が負えばいい。わたしがそう助言するとエルミィが、はぁ? と呆けた顔をした。
「過去の出来事は別にして、いま現に隠し扉があったわけでしょう。その先に通路があるのも、強い魔物がいたのも事実なわけで。ギルドや王家がそれを知った上で欲をかいて滅ぼうとも、わたし達は事実を伝えただけ、関係ないのよ」
責任を求めるのなら情報を伝えられたのに活かせずに、滅びをもたらしたやつに言いなさいなって話しなわけだ。あれ、つい最近観たような記憶が?
まぁそんなわけで伝えた事を責めるような言いがかりをつける前に、危険を承知で飛び込んで行った愚かものや、警告を無視して情報を広めた方の責任をまず問えって話しよね。
危険なダンジョンを発見したとして、そんなダンジョンがあるのを見つけた方が悪いって言うのと理屈は同じだ。そこにあったのは前からなのに、見つけた者が責任を取るのはおかしいものね。
危ないのわかっているのに責任を問われるのなら、広めない、言わないってだけで済む。それによってダンジョンに魔物が溢れ返る事になってもね。
「いやカルミアの言ってること、後の方はとくに意味わからないんだけれど‥」
まったくもってエルミィは真面目過ぎる。いやエルミィだけじゃないわね。
ヘレナもわたしになんだか擦り寄って首をフリフリしながら、癒やされようとしてるから真面目に色々考えたわけね。
「あ〜もう! いい、伝えた事によって事件が起きたり、被害がでたりして後悔するくらいなら黙っていればいいのよ。言うだけ損じゃない。危ないよって教えたのに、なんでそんな事を教えたんだって怒られるんだよ? 理不尽じゃない。わたしからすればそっちの方が意味わからないわよ」
そうは言ってもこの二人のような人は黙っていた事で被害が出れば、知っているのに告げなかった事に後悔するから面倒なのよね。
結局、同じ後悔するなら自分が損しても恨まれても勇気を持って告げそうだ。ギュッと抱きしめたくなるくらい善人だわ。だから無能どもに人の良さを利用されちゃう。押し付けられちゃう。
わたしが発想を変えてやるしかないわよね。まったく、世話のやける娘たちだわ。
だいたいダンジョンの隠し通路はわたしたちだけの秘密ではないのよ。
確証はないけどノヴェルって生き証人がいて、術師の記憶もあるわけだからさ。
ノヴェルの一族や術師の仲間もいたはずだ。ダンジョンの裏道を知る者たちが生き残って子孫に告げて、後世に伝えているかもしれないじゃない。
「君は黙っていればいいって簡単に言うけれど、結果が悲惨になれば伝えなければ良かったって後悔が生まれるのが人の心ってものだろう」
ほぅら、やっぱり予想通りよ。くそ真面目なエルミィが抵抗する。黙っているのは、それはそれでいたたまれなくて、心苦しいのよね。
言っても自責に苛まされ、言わなければ無責任さに後悔する。難儀な性格なのよね。
「────それなら、こう考えるといいわ。
危険だとわかっているから知らせる、これは二人だってそうすべきと思ってるわけよね?」
あえて同じ事をもう一度確認するように訊ねる。二人は素直にコクンとうなずく。なんか、可愛いわね。
「それで慎重に対処しないのなら、もう一度忠告するのよ。そのやり方では被害が大きくなるから即刻中止にするか、考え直すようにって。二度の忠告をした事や、事の顛末を文書に認めて記録させておくといいわね」
それもまた事実そのまま伝えただけ。そこまで忠告して失敗したのなら、失敗させたそいつらが悪い。
だから言ったでしょって、二人が思ってくれるならそれでいい。成功しようと失敗しようと、実際二人にはもうどうでもいい案件になっているのだから。
でも感情の行き場の問題なので、やり切った感を満たしてあげないといけない。結果どうなろうと、二人がその問題は無関係なのだと納得出来ればいいのだから。
エルミィとヘレナは貴族的な責務を教えられて育ったのか、眼下の事象に対して責任を感じる傾向にある。
あまり高圧なのも良くないと思う。世の中なんて理不尽の押し付け合いみたいな所だからね。だから真面目でガチガチな頭で動くよりも、心を守る術を持たせないといけない。
仕方ないので隠し扉の件については、わたしが明日ギルドに行って伝える事にした。
「······なんか、ゴメン」
────って、うなだれながら謝るエルミィだったけれど別にあなたが悪いわけではないの。
だいたいヘレナやエルミィがわたしみたいな女の子だったら、衝突していがみ合ったはず。そんな子たちと、こうして一緒になっていなかったと思うもの。