第2話 浮遊城塞農園アガルタ ② 田園の魔本
「カルミア様、レーナ様が参られました」
ほぉら、噂をすればなんとやらよ。お祖母さんがやって来たのでヒュエギアが案内していた。
「痛っ!」
事実を思っただけなのに理不尽だわ。暴力反対‥‥って、自分の魔力だから暴力じゃないのよね。レーナの事は今まで通り魔女さんと呼ぶしか、わたしには選択がないらしい。
一応正式なギルドから王家への使者なので、だらだらと雑談していたわたしの錬生部屋ではなく、先輩用の広い部屋に移る。拠点がわりにもなるし、便利よねノヴェルと開発したこの魔本。
今日の話し合いは、撤収したアガルタ山の再開発の件。わたしたちの今後の行動をも含めた打ち合わせを行う事になっていた。アガルタ山の再開発はあちらの希望による所が大きい。
滅んだローディス帝国のかわりにバアルト王が国を興す事になったためだ。バアルト王はティアマトのお父さんなので、あの子も王女になるわけね。
貧乏王族の先輩と違って、あの冒険者達は稼ぎがいいのよね。まあ雑だから、大半は飲み食いで派手に使って消えてしまうのだけど。
そのバアルト王の興す新しい国の支援のために、先輩が要請を引き受けた。わたしたちが持つ荒れ地の再生チームの力を使って食料生産を行い、収穫の一部を新王国へ送って欲しいのだそう。
「報酬は弾むわよ?」
⋯⋯報酬は魔女さんに先に提示された。魔女さんが提示してきたのは、アガルタ山の浮遊化だった。そんな話を聞いてしまえば、やらないわけにはいかなくなる。
「それと『田園の魔本』のオリジナルはあなたたちが持っていなさい。アガルタには『田園の魔本』の複製を置いて、適した作物と霊樹を中心に育てるのよ」
高地に適した作物と魔力を精製する霊樹を中心に植えることで、アガルタ山が浮揚しても環境に左右されない、丈夫な作物の育つ環境にしたいそうだ。
『田園の魔本』で試していない作物を含めて、種を提供してもらったわ。ヒュエギアを中心に育成班をつくり取り掛かる必要がありそうね。
そんな広大な農地を魔本化する段階で、すでにオリジナルを超えてるのよね。それにアガルタ山全体を浮揚させ、動かすって発想がおかしい。そんな魔力は火竜のフレミールだって持っていない。
お金を払っても出来ることと出来ない事がある。山一つ浮遊化させるのに、本来どれだけの魔法の力と技術力が必要なのかわかってるのかしら、この人。
調整するのは魔女さんにしても、わたしがレガトを魔王呼ばわりする理由が、この件で少しはみんなにわかってもらえたと思う。
すでに【星竜の翼】が築いたガウートと呼ばれる都市が、浮遊城塞として、いつでも空中都市化出来る事は誰も知らない。知ればその魔力の膨大さに驚かされ、恐怖に怯える可能性があったからよね。
わたしはというと、湯郷理想郷計画の関係で、教えてもらっていた。下手すると【星竜の翼】のメンバーも、自分達の拠点とする街が浮かぶのを知らないと思う。
「ねぇ⋯⋯その湯郷理想郷計画があるなら、アガルタの温泉郷はいらないわよね」
「はぁ? それはいくら魔女さんでも聞き捨てならないわよ」
え〜っと、魔女さんが寝ぼけたことを言い出したわ。学園で初めて会った頃から容姿の変わらないヘレナやずっとお子様なノヴェルと違い、魔女さんの見かけは少女でも、実態はおばばだからね。わたしは聞かなかった事にするわよ。
ぎりリリリッ────……!!
「ぐおぉぉぉぉ〜?!」
痛いっ。頭のこめかみの骨と神経を無理やり繋げて、杭のトンガリでギリギリと締めつけられているみたいだ! さすがにわたしも身体の内部まで対策出来ない……。
魔力操作の極致というには恐ろしいくらい、魔女さんの魔力を操る力は飛び抜けている。それなのに温泉郷について理解が足りないとか、老化を指摘されても仕方ないと思うのよね。
「カルミアの思考に理解が及ばない……わたしが悪いのかしら?」
魔女さんが混乱している。そうなのよ、理解が足りないのよ。湯郷理想郷計画の湯覧船で入るお風呂と湯郷の楽しみ方の違いが理解出来ないから、すぐにキレるのよ。
「……ごめんなさい。温泉源となる火山の魔力炉と水源を浴場施設のあったあたりの地下にに配置するから、新たな施設づくりは任せるわね」
ヌッフフ〜〜、魔女さんて理解出来ないものへの興味が強くて助かるわ。堅物な人なら却下されて終わりだもの。あと‥‥この人は頼られると喜ぶ。でもやり過ぎるから注意しないと、ロブルタの隣に浮遊する活火山が誕生してしまうわ。
わたしたちが保養地として使うアガルタ農園頂上付近は、先輩たち王族や【星竜の翼】のメンバー専用にするつもりだ。高級志向というよりも、防犯体制の意味が大きい。
だからアガルタ山の中腹には、冬場の別荘地や夏場の避暑地用に、一般人も来訪出来るようにするつもりなのよ。離脱する時に切り離すにも都合良いからね。温泉郷はロブルタ旧王都を一望出来る絶好のスポットになり、人気も高まるはずだわ。
「それと【星竜の翼】のロブルタ支部の話あったわよね。人選は決まった?」
黒の大陸東方地域は、ロムゥリの商業ギルドを取り仕切る、ギルドマスターのアミュラさんが実質トップになる。衰退した西の帝国のギルドも傘下に加わって来ているので、いずれは大陸の大半が【星竜の翼】の活動範囲になる予定だ。
ロブルタはガレオンがギルドマスターを務めていた。信頼性は高いものの、とある事件を引き起こしてからわたしたちの心象は最悪だった。
「支部はロブルタではなく、このアガルタに置こうと思います。メネスというロブルタのギルド出身の適任者がいますから」
メネスはガレオンと同じく情緒不安定な面はある。でも仲良しの蜘蛛人族のメイドのシェリハや、魔法学園の先生方、それに金級冒険者のエイヴァン先生たちにも補佐してもらうので、新ギルドマスターとして上手くやっていけるはずだ。ガレオンを顎で使える‥‥それだけでメネスは喜んで引き受けてくれた。
「アガルタの新農園にはヒュエギアたちもいますし、ドワーフ王国からも職人は派遣してもらうから、任せて良いと思いますよ」
ヤムゥリさまの治めるバスティラ王国の聖都エドラには、メネスの先輩タニアさんも冒険者ギルドのギルドマスターをしている。元上司のハゲのおっさんよりも、可愛いがっていた後輩の方が何かとやりやすいはずだ。
何よりメネスはタニアさんや、ヤムゥリさまの護衛騎士長となったモーラさんを尊敬している。彼女たちならアミュラさんを中心にロムゥリの冒険者たちを任せられると思う。
「心配なら、ティフェネトに何人かアガルタへ人を回すように言っておくわね。聖霊人形を造るなら、リエラの成分が大量にあるわよ」
「いらな‥‥」
魔女さんも苦手なのか、嫌そうに大きな瓶を出した。色々混ざって召喚失敗したスライムみたいにデロデロだよ。
わたしもあの変態商人は嫌いだ。だから成分はいらない──と、断りかけた。でもあの変態無駄に身体能力高くて、頭も良くて優秀なのよね。変態性分は後天的なようだから、新しい聖霊人形に使えなくはないかしら。肝心なのは教育か。
「バステトの眷属の猫人達がが本人よりも有能だから、秘書官や管理者を作る分だけ引き取らせてもらいますよ」
「遠慮しないで全部貰ってほしいのに」
やはり魔女さんも変態商人は気持ち悪いと廃棄を急ぐ。咲夜や聖奈はわりと懐いていたのが不思議だったわ。
仕方ないので全部引き取る。これは貰ってもあまり嬉しくはないので魔女さんへの貸しにしておいた。




