第1話 浮遊城塞農園アガルタ ① 変わらぬ日々と雑談
懐かしの我が家⋯⋯ではないけど、懐かしの都、旧王都ロブルタまで戻って来た。戦争の被害からか、ずいぶん寂れたようで学園にいた頃と様相は違う。
ロブルタの魔法学園卒業後、わたしは王都の東のアガルタ山にある、錬生術師の箱庭と呼ばれている王家専用の別荘地に滞在していた。
ローディス帝国との戦いが本格的に始まったのと、ロブルタ元王妃──先輩のお母さんの反乱に備えて、アガルタの施設も撤退していた。なので山の保養所も農園も、ここには何も残されていなかった。元王妃様ってさ、シンマから来た元々の王妃様もいるのでややこしいわよね。
驚くほど見事な逃げっぷりで、ロブルタ王宮の‥‥彼女と彼女の荷物は消えていた。王宮には殆ど痕跡が残されていなかった。逃がした責任の半分は、先輩の父親、元ロブルタ国王の仕業だわ。ふさふさになってハッスルしていたからね。
ちゃっかりとしてると思ったのは、私の用意した洗顔用液や、美肌促進剤に作った簡易タイプのスマイリー君まで持ち出したからだ。簡易スマイリー君さえ壊れなければ、美容液はある程度代用は出来るからね。効能は落ちるけどね。
陛下との待望の息子も、すでに用済みになってしまったのでロブルタに置き去りにしていくとか、一見薄情にも見える。でも先輩の弟には変わりなく、今後を考えた人質としての価値もあり無碍に出来ない。新皇帝の弟として、これ以上安全な場所はないと思う。元王妃様は強かで、手強い印象は昔と変わらない。
ちなみにロブルタ王アヴロドは先輩の意志を重んじて、公爵家として新生ロムゥリ王国へと組み込まれる事になった。
「あのおっさん⋯⋯無害なようで貴族なのね。やることはすぐやるんだから」
「君の与えた薬の犠牲者なのだろう。それに王族だ。人の父親を、好色な極悪貴族のように印象づけるのは感心しないな」
先輩はロブルタ公爵となったアヴロド公に、ヤムゥリさまの姉ユルゥム──元シンマ王国王女を妻として迎えさせた。そして元ロブルタ王都と周域の農村を併合して公国として独立するように促したのだ。
「皆に、おかしな認識を植え付けるのはやめたまえ。婚姻の発案は君と君の祖母──母のレーナ殿だろう」
先輩め、うまく言葉を選んだわね。それだとレガトが母親に産ませたみたいになるので止めた方がいいわ。その爛れた関係のとばっちりを食うのは確実にわたしなんだから。
魔女さんは、わたし以外には物腰柔らかで、あたりは優しい。レーナをわたしが魔女さんと呼ぶのは、レガトおじさんの作った冒険者ギルドで、双炎の魔女と呼ばれる現役銀級冒険者だからだ。
先輩の少しくらいの失言は笑って許してくれるはずよ。だいたい事実なんだから、無駄な抵抗しないで諦めればいいのよ。
「‥‥ぐへぇっ」
「‥‥君も懲りないな」
脳天に金ダライの落ちる痛みが走る。
魔女さんにより、魅惑の美声君や伝声耳飾り君が勝手に改造されて、わたしの深層思考まで彼女に届くようにされた。迷惑だけど危機の時の助けになるのよね。
「それにしても驚きよね」
わたしは背中にべったり纏わりつく先輩の後ろで粗末なソファでみんなとくつろぐヤムゥリさまに声をかけた。
先輩もヤムゥリさまも国の重鎮‥‥というか女王しているのに、何故薬品や獣臭い錬生術師の狭い部屋にいたがるのかわからない。王宮の自室に帰れば高級素材を惜しみなくつぎ込んだフカフカなソファだってあるのよ。
「あなたの部屋は臭いけど、居心地がいいのよ」
檻に閉じ込めて、夜な夜な呪いを吐き出す元王妃の相手をさせたり、身体中の水分が流れ出るような薬で死にかけたりした部屋なのに変わった王女だと思う。
だからなのかな、自分を始末しようと画策し落ちぶれた姉のユルゥムの婚姻を許すのも。姉に散々苦労させられたヤムゥリさまが一番反対するかと思っていた。
「腐っても身内はあの姉一人だもの。アストと国レベルで強く結ばれているのだから、問題ないわ。むしろ当初の予定通りに近いし、あの姉にしては役に立ったわ」
「そんなものかしら」
政略結婚を前提にロブルタへとやって来たヤムゥリさま。先輩が女性なので当時のシンマの目的は達成されることはなかったが、国が滅んだ今となって王家同士が繋がりを強く持つ事になる。
「ややこしいが、外部に向けて都合が良いのは確かなのだよ」
先輩の言葉にヤムゥリさまもうなずく。二人とも妙に理知的だ。もっともヤムゥリさまに関しては、大人しいのには理由がある。ロブルタ王都の最大の収入源である、冒険者ギルドと魔法学園そしてアガルタ山からローディス以南の地はロムゥリ王家が管理することになっているからだ。
収入源のダンジョンを抑える冒険者ギルドは、旧都に築かれた砦のようなものになる。
文句があるのなら火竜まで────そう言われいるらしい。王都のダンジョンは彼女の巣だから間違いじゃない。武力に訴えるのなら買うぞ方式だ。
実際に貴重な収入源を抑えられていて、ユルゥム公爵夫人が反旗を翻す気ならば、先輩やヤムゥリさまからの流通が止まり、挟撃される位置にあるのだ。
「──だいたいカルミアが古傷を抉るような事を言うから、反対出来なくなったのよ」
「それは自業自得だからでしょう。というか忘れてたわ」
ヤムゥリさまはわたしを身一つでダンジョンに放り込み、殺そうとした前科がある。だから彼女の姉を説得させるために、あえてその話を盛り込み、ユルゥム公爵夫人の反抗の芽も摘んであることを告げたのだ。
わたしのすっとぼけ具合を、以前のヤムゥリさまならムキーッとなって、責めて来たものだ。良い素材に使えたのに、成長が邪魔する事もあるのね。
ヤムゥリさまが今更わたしや先輩たちを害する気はないのは百も承知している。でもね‥‥念には念を入れておく必要があった。わたしだって貴族や王族から、しつこさは学んだのよ。
大戦のあと、わたしたちはレガトの築いたギルド【星竜の翼】 へと加入し、メンバーとなった。とくに先輩‥‥ロムゥリの大王さまたる方が、他国に籍を置くギルドの傘下に加わると言う事は大きい。その配下にあたるヤムゥリさまにも、先輩の意向に従ってもらうしかないのよね。
ユルゥム様を持ち出したのは、嫌なら変わりはいるよ⋯⋯しつこい念押しみたいなめのだ。
「見くびらないでほしいわ。わ、私は始めから方針には従うつもりだって言ってたよね」
「うむ、言ってたな」
たしかに言ってたわ。ヤムゥリさまにめっちゃ怒られた。でもいくらキレても、説得力が乏しい。
ヤムゥリさまはウサ耳の頭飾りをピコピコさせて、何故かドヤ顔で勝ち誇る。バスティラ聖王国の女王さまなのよね、彼女。まあブチ切れるとヤバい本性を隠すのに、ちょうど良いみたいね。
怒りのぶつけどころを失いヤムゥリさまが壊れた。
ちなみにユルゥム公爵夫人は、身分的にはヤムゥリさまより下になる。でも⋯⋯先輩の義母になるわけだから、立場上ヤムゥリさまより強くはなるのかな。
そのあたりの貴族の格式争いがわたしにはわからない。だって立場は後付けの庶民だものね。先輩といるとそういうの身分の違いとかないから、勉強する機会がないに等しい。
それにしても広大な領土を持つことになった新生ロムゥリ王国の大王そのひとが、インベンクド帝国の一都市のギルドのメンバーに加わるなんて、前代未聞の話だと思う。わたしたちよりもレガトたちの方が、迷いのない先輩の奔放さに困惑していたものね。
考えてみるとレガトたちの仲間にも、王さまが何人かいるのよね。シャリアーナさまに至っては女皇帝になるかもしれないし。
「アスト先輩の加入に困惑したのではなく、君が何かやらかさないか心配していただけだよ」
眼鏡エルフのエルミィがロブルタ産の御茶を淹れてやって来た。やれやれと肩を竦めわかった風な口を聞くけれど、わかっていないわねこの正論エルフは。
レガトたちはわたしのやらかしなんて、計算の内に入ってるに決まってる。だから遠慮なんかする必要はないのよ。
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