第2話 同室の友人
わたしの初めての寮生活は、同居人への挨拶を済ませる事から始まる。
荷物を棚にしまって、何度も洗って擦り切れているけど古綺麗なシーツと毛布をベッドに敷く。
ついでに特製の匂い消しと虫除けを混ぜた快眠粉末を、ベッドとまわりに振りまく事も忘れない。
安価な素材で快適な生活の為に、わたしは自分で調合した品をいくつか持って来ていた。
これは食材の臭み消しに使うサラシナ菜と、虫除けのソウキの木の葉を溶かし混んで固形化して、再び粉末にしたものなのよね。
普通に二つの素材を粉末にしても、ここまで効果は出ないものだ。
商品化したものは香りをつけているものもあって、冷やかしに来た連中も思わず買ってしまう一品なのよ。
でも共同生活なので香りだって好みがあるだろうから、これでも気をつかって使用しているのよ。
ヘレナもわたしを見て何か思っている事があるようだ。彼女の寝具もわたしより少しマシな程度だった。貴族とはいえ騎士位では、経済状況は似たりよったりという事なのかな。
この時期はまだ寒いからいい。けれど暑い時期にはロブルタ地方は寝苦しい日が続く。そのうえで、匂いと虫に苛まされるから嫌なのよね。
魔法の浄化をその都度かける手もあるけれど、適性がないと駄目だもの。持続効果も浄化能力も魔力や力量次第で、バラつくものだし。
「あ····あの、良かったらこれをどうぞ」
わたしが彼女を見て考え事をしているが気になったのか、ヘレナが小分けにされた紙包みを一つくれた。
「これは焼き菓子?」
なんとなく甘い香りを気になってはいたけれど、それでわたしが匂いを気にしたように見えたのかな?
「試験に向かう前に、宿で焼いて持って来たの」
素朴な作りで日持ちさせるためか少し固い。でも噛じるとほんのり甘くて美味しいと思った。この娘の人柄を表しているのかな、なんてね。
「美味しいわね。もらっても良いのかしら?」
「ええ、どうぞ」
貴重な食料でもあるのに、そんなに物欲しそうに見えたのかしら。それならお返しにと、わたしは快眠粉末を一瓶と、懐炉を渡す。
「これは、さっきカルミアがベッドに撒いていた粉?」
怪しげな粉を、同室の隣人が振り撒いていたのだから気になってるよね。
「こっちの粉は虫除けと防臭よ。この時期ならシーツを敷く前に、二週間一回くらいが目安ね。夏場は一週間くらいで、定期的に撒くと快適さを保てるわ」
「もらってもいいの?」
「ええ。焼き菓子の御礼よ」
少量とは言っても、砂糖の入った焼き菓子は材料費がかかる。きっとヘレナは試験に合格して、入寮した時を想像して持って来たのかもしれない。
同室の子が自分より上の身分ならば、手土産の有無は今後の生活を左右するだろうから。
相手がわたしなので、贈り物を渡すかどうか迷ったのかもね。わたしも迷っていたからわかるよ。
わたしとヘレナは顔を見合わせクスッと笑いあった。遠慮なしと互いに決めた。でも全く見ず知らずの他人と、共同生活を始めるこそばゆさに、最初から慣れるわけないものね。
ヘレナが意を決して近づいてくれたおかげで、わたし達は上手くやっていけそうだと笑いが込み上げた。
「ねぇ、カルミア……この石のようなものは何かしら?」
もうひとつの品に気づいて、ヘレナは不思議そうに眺める。
「それは魔晶石で熱を発する懐炉よ。ランプ用の脂とかクズ魔晶石はただで貰えるから、蓋を外して欠片を入れてみて」
ランプとか一応用意して来たけれど、寮のものをありがたく使わせもらう。脂はオークのものね。燃焼するとわりと臭いので、すぐにわかる。
わたしは確保して来た魔晶石の欠片をヘレナに渡し、自分の分で見本を見せた。魔晶石を入れた後は、いらない布で軽く巻いて発する熱で火傷しないようにする。
「宿もそうだけど、寮も暖房は談話室とか食堂とか共用の所だけだから寒いよね」
わたしは寒がりなので、この時期はこうして懐炉を持ち歩いている。
田舎の領主街では焼いた石を、耐火性の高い木の皮で包み、ボロ布でさらにぐるぐるに巻いたものを使っていた。
この懐炉は失敗作だ。ただに近い素材で作れるからと、見向きもされなかった商品だったからね。
でも焼いた石とこの魔道具の、暖房効果が同じだと思われたのは癪だわね。
性能が断然違うって言ってるのに、理解されなかったのが悔しい。これは魔晶石の量で効果時間を調整出来るのよ。
焼石は一度火から外せば冷めていくだけなのに、こっちは最大で一日中温かいんだからね。
改良する点は発熱量とか見た目なのよね。まあ、値段もだけど。
魔晶石を使う以外、見た目は焼石と変わらないから価値観が出ていない気もする。ヘレナは素直に喜んでくれたのが嬉しい。
焼いた石を暖房替わりに使うというのは、他所の国の知識だ。わたしの生まれる前に『異界の勇者』という冒険者パーティーがやって来てきて、得意げに教えたらしいけれど、他にも知識を持っていたのかしら。
彼ら自身の魔力量が豊富なので、魔法で暖も取れるから必要ないんだとか。
そんな余計な真似をしてくれたおかげで、わたしの商品が売れないじゃない。とはいえ、発想は懐炉石から来てるので、怒る筋合いないのだけどね。
「カルミアは、錬金魔術師になりたいの?」
おずおずとヘレナが尋ねる。こういう商品を持ってくれば、そう思うよね。実際受ける学科も錬金魔術科だものね。
「そうね……ずっと我流でやっていたからここで正規の手順や未知の材料の扱いを学ぶつもりでいるわ。そういうヘレナは騎士ではなくて、魔法使いになるのかしら」
わたしのなりたいもの、正確には錬金術師ではなくて錬生術師だ。錬金術でも錬成師でもなく生命を造る錬生師。
禁忌とされてる死霊術師に次いで、禁則扱いにされている国もある魔法のひとつ。あまり大っぴらに言うと誤解されるので、錬金術師になるというのが無難だとわたしは学習してる。
ヘレナはわたしと同じ付与術科や魔法学科を専攻するみたいだ。騎士になるなら聖騎士のための聖典学科や治癒術科を選ぶと思ったのよね。
「わたしは憧れてる剣士様がいるの。その人のような剣士に近づくには学問として知識を修めるよりも、実戦能力を高めた方がいいと思って」
使い古しの剣を見ればわかるわね。取り立ててもらえるかわからない王宮護衛騎士や聖騎士よりも、故郷に戻って役に立つ実戦能力のある騎士になれればいいのだそうだ。
魔法研究学校に入れただけで、ヘレナも騎士にはなれるらしい。騎士学校へ入るよりも難関な上に、魔法まで扱えるようになるのだから当然ね。
高望みをしないあたりが、裕福ではない騎士の娘の現実的で、しっかりした性格のあらわれなんだとわたしは感心した。