第25話 戦後処理 ④ 忍び寄る殺気
戦後処理……といっても、レガトたちとわたしたちの間でローディス帝国を今後どうするのか丸投げ合戦になった。
帝都陥落の報は帝国全土に巡るだろう。戦闘による被害は帝都ロズワース、レガトたちの侵攻ルート、巨大牛人の往復ルート上の都市のみだ。
「わたしたちは帝都の城壁ぶち破っただけだもの。それも火竜の気まぐれで、魔物の襲撃みたいなものでしょ。復興責任と今後の運営はシャリアーナ様やノーラさんに任せればいいと思うわ」
宮廷の捕虜とか避難民は、魔女さんが用意した、大きな箱船みたいなものに一旦押し込んでいた。皇族の生き残りや貴族連中は別な船で隔離されている。
帝都兵の大半が太古の蛇神アイナトにより毒されていたため、巨大な邪竜神になった時に吸収され消滅していたようだった。
城下町などでも町の人間が至る所で黒い煙のようなものを発して灰になったようで、まだ帝都は混乱したままだ。
「暴動を起こそうにも、宮殿も灰だからね。それに帝都の外は牛人たちが暴れているよ」
帝都の様子を見に偵察へ出ていたホープが町の状況を簡潔に伝えた。
「混乱が収まれば、次は食糧難ね」
わたしが招霊君を通して聞いたのは、帝都五十万人の人口を支える食糧や水の確保が困難な話だった。
アーストラズ山脈から流れる川は健在みたい。でもロブルタ方面や黒の森や帝国領の他の都市に比べて水量が少ない。
帝都の水利はアイナトによる人工湖のダンジョンが支えていて、無尽蔵の水運に恵まれていた。食糧となる水棲生物も多数いて、帝都民の食卓を賑わせていたそうだ。
「実りのダンジョンを始め、全てのダンジョンは宮殿と共に消失したのは確かだ。幸い兵士の大半、住民も半数が消えたため、しばらくは持つよ」
ダンジョンの恩恵が得られた事で、帝都の人口を支えて来たように見えるから不思議よね。
思うにあれはアイナトの魔力によって供物を提供させるシステムのようなものだと思う。アイナトの魔力に染まった食糧や水を摂取し続ける事で、呪いのように変わる。その血肉が太古の蛇神に縛られ捧げられる仕組みだったんじゃないかしら。
現に今、帝都で生き残っているものの大半は他所の地からやって来たり、連れて来られたりしたものが多い。
ウシルス皇子やモブ男達皇子はこの戦いで呼ばれ集められただけだもの。普段は別の地に住んでいたって言うからね。
召喚の器の予備としての価値しか認められていないわりに、血色はいいので、待遇そのものはよかったと思う。
そしてこれはノヴェルの魔本を軸にする、わたしたちにも良い教訓になった。
順調に種類を増やしている園沺を始め、わたしの錬金部屋やみんなの部屋は、ノヴェルがいてこそ維持出来ている。危機が訪れた時の事を考えておく必要があるわね。
「過去の因縁も含めて君達ロムゥリ新生王国のものがローディス帝国の統治をすべきではないかと思う。だがアストリア女王にその気がないのならば、バアルト達にこの地は任せたい」
この騒乱の最高責任者として、ウシルスは処刑されることが決まっている。皇帝モートや皇太子セティウス、大公ネルガルなどが戦死扱いとなっているからだ。
皇座を継いだ日が処刑の日となる。彼自身の望んだ結果なので、否やは言わせない。レガトも人が悪い。もっともウシルスが皇帝の跡継ぎを承認せず断れば、重鎮の死を持って罰としたそうだ。
その点、第三皇子第四皇子たちは、あっさり皇子の座を放棄したので連座での処刑は免れた。
皇女ネフティスも同様だった。彼女は逆にローディス帝国の皇統を残すために、バアルトの側室か臣下を婿としていずれ国を任される事になると思う。
彼女は当分の間、わたしたちと行動を共にしたいようだった。面倒を押し付けられた気分だわ。
ウシルスの迂闊さにより、生き残った親族は皆、皇族の立場を放棄した。こういう時に、貴族の連中は結束が早く、逞しいのよね。
誰よりもモートやネルガルの怖さを知るものだけあるわね。あの巨大な邪竜神を見て、それを倒したものたちに逆らいたい人が帝都にいるのかしら。
邪竜神の武威……なかなか使えそうね。あれって先輩のために用意された魔物なわけでしょ。つまり、先輩と相性は良いはずなのよ。
先輩をどうやって巨大化させるのか悩んでいたところに、解決の糸口が見つかったわね。でもね‥‥邪竜を使わない、巨大なデカブツ先輩の夢は諦めたわけじゃないのよ。
ローディス帝国を巡る戦いは帝都ロズワースの崩壊を持って終結した。わたしたちにはまだ旧ロブルタ王都の、元王妃を始めとする帝国派閥の一掃という仕事が残っていた。
先輩には辛い戦いになると思う。でもこの際だから、後腐れのないように徹底的にお掃除をしてほしいのよね。
◆
────物凄い殺気を集中的に受けて、わたしは飛び起きた。わたしの眠る簡素なベッドの側に揺らめく炎の化身が立ち、首に剣の刃を突きつけられていた。
恨みや反発が来るとすればわたしに向かう。だから暗殺者の一人や二人、来ることは想定していたのよ。
まさかティアマトもバステトもメジェドも、ルーネさえ反応していない──そんな手練れが来るなんて想定外よ。
彼女たちに気づかれず、殺気も刃を通してわたしにだけ伝わる……。
「────アミュラの所に案内してもらう。断れば斬る。助けを呼んでも斬る」
……はい、詰んだ。だって先輩が気づいちゃったもの。わたしじゃないよ、呼んだの。魂の結びつきのせいね。
「彼女なら連れて行っても構わない。騒げは斬るだけだと伝えて。ルーネとやらも一緒でいい」
寛大な暗殺者よね。先輩がわたしの所に来るのは良くあることなので、仲間たちは気にしてなかった。
この人が本気になれば、わたしと先輩とルーネごと斬るというよりも消し去る力を持っているって事よね。
魔王様や魔女さんや剣聖、それに皇女樣ばかりに目が行ったせいで、メンバーの中にヤバい人達がいるのを失念していた。実力があるのに、潜み過ぎだよ。
冒険者達よりも、この剣騎スーリヤさんって女剣士は強いもの。ちなみに剣騎ってわたしがつけた二つ名よ。シャリアーナ様といい、剣聖アリルの愛弟子って化け物級ばかりよね。
「この時間だとさ、アミュラさんも休んでいると思うのよね」
日が暮れてずいぶん経つ。わたしはやる事が多いので、寝るのが遅い。そのわたしが寝て少し経ったくらいだから、アミュラさんも寝てる……はずの時間だ。
「────行って寝ているようなら、死んで詫びるよ。成分とやらか、魂をやる……の方が良いのか」
えっ、思わぬ所でお宝獲得の好機来ちゃったわよ。この人が勝手に言い出したことだ。死なせたら……わたしも魔王様に殺されるからね。お詫びなんかで死なないでほしい。
でも魂は別。これほど炎と調和した美しい魂はなかなかお目にかかれないわよ。火竜のフレミールより上よ。
────待って。なんでこの人はそんな分の悪いかけをしてまで、アミュラさんに会おうとするのよ。
あぁ、ニヤリッって笑い方が魔王様にそっくりだ。生命に等しいものを差し出して、いったいわたしは何を要求されるのか。
もしかしてこの人も、咲夜たちみたいな性分なのかしら。
ゴンッ!!
ぐぅぉ゙ォ゙ォ〜〜〜、剣の柄で頭頂部を叩かれた。速くて見えないから魔女さんの金ダライよりも鋭く痛い。頭蓋骨に穴が空いたんじゃないかしら。
……最近やたらと頭を叩かれてる気がするわ。
「いったい君たちは何をしているのかね」
先輩とルーネが揃ってやって来た。一応まだロズワースの帝都、つまり敵地だ。だからここでは先輩にはルーネが、ノヴェルにはブリオネが必ずついてる。
「スーリヤさんと、少しロムゥリに行くだけですよ。先輩はしっかり休んでいてくださいね」
スーリヤさんは構わないと言ってくれたものの、面倒な事を言い出す前に先輩を追い払う。もちろん見つかった時点で無理なんだけどさ。
音もなく先輩の腕が、わたしの首に絡みつく。この死地に向かうわたしに、何してるのかな、この先輩は。
「────いい動きをしている」
手慣れてるせいね。剣聖の愛弟子の目にも先輩の動きは良いらしい。狂人の暗殺者のバステトより良い動きだ。あくまでも、わたしの首を狩るためだけに特化した動きなのが残念だわ。
「スーリヤは最初から僕に声をかけてくれたのだよ。キミの性分を見越した上でね」
魔王様に追従するだけの脳筋剣士かと思ったのに、違ったわ。なんなの魔王様の側近って。辺境伯の娘というノーラ様も実は頭は良いのよね。普段は物静かなふりをしている人たちほど怖い典型ね。
「そろそろ魔王呼ばわりは止めたほうがよいわよ。レガトは魔法の制御が下手だから」
公然の秘密っていうやつよね。加減の間違いが洒落にならないレベルなので、わたしも口を閉じた。
結局先輩とルーネを連れて、魔本を開きロムゥリの宮廷へ向かう。アミュラさんはロムゥリの商業ギルドのギルドマスターと、ロムゥリの都の長官を務めている。要するに先輩の代わりにロムゥリの都を治める代官なわけだ。
立場上は兼務で激務のように思えるけれど、商業ギルドの発案を自分が決済するので仕事としては難しくないはずだった。補佐にわたしの分身とも言えるカルディアもいるので先輩の仕事もあまりない状況だった。
だからこんな夜更けに訪れたのにも関わらず、アミュラさんが起きているのが意外だった。あれ、これって賭けに負けた……?
「やっぱり寝てない。朝まで私がいるから寝なさい。貴女達もね」
先輩がわたしの首を狩るより十倍は速いんじゃないかって────思う前に意識が飛んだ。
気がつくと、殆ど使われていない先輩用の寝室の大きなベッドで、アミュラさんと先輩とルーネとわたしが寝かされていた。うん──このベッド、とろけるくらいの寝心地の良さだわ。
この最高品質のベッドを先輩は一回も使ってなかった。寂しんぼうの甘えたがりだから、一人で寝るのが嫌なのよね。アミュラさんもまさかそれかしら。
「違うわよ。アミュラのは死神の眷族と戦った時の、後遺症みたいなもの」
死の恐怖にあてられて、眠ることを極度に恐れてしまう。もともと戦闘向きではなかった彼女の心に、深く刻み込まれた瑕疵になっていた。
「昼間の喧騒の最中に仮眠はとっていると思う。でも‥‥それだと身体が持たない」
あぁ……馬鹿だな、わたしは。アミュラさんの気概がもう一つある事を見落としていたなんて。
商人として変態女商人に対抗心を燃やしているだけかと思っていた。
その思いを満たす環境をつくってアミュラさんを取り込んだ気でいた。
「────ごめんなさい」
これはわたしの失態だ。たとえ本人が克服しようと思って話しに乗っかったとしても、わたしは心理的外傷に気づいてなかったのだから。
「馬鹿だね、貴女は。アミュラは頑固だし、お金のためなら魂だって売るようなやつだから、魂を見たってわかるわけないって」
……嘘でしょ。いや、このアミュラさんはそういう人だ。招霊君や魂を見て、何でもわかるつもりだった。スーリヤさん達はアミュラさんと付き合いが長いからわかったのかもしれない。
魂は嘘をつけない。嘘をつかないから魂なのだもの。でも嘘をつかない意味をこんな形で見えなくされるとは、アイナトを笑えないくらいの盲点だったわ。
「まあ────ぶっちゃけ、お節介を言い出したのは私じゃなくて、リモニカなんだけどね」
リモニカさんとは、ほんの僅かな共闘と言葉を交わしただけだ。あの短時間で敵だけじゃなく、わたしたちまで見られていた。本当になんなのだろう、この冒険者たち。
「僕に剣士殿と長官の二人の関係を、さり気なく知らせてくれたのもリモニカだ。君は彼女の慧眼について学びたまえよ」
先輩め、ここぞとばかり勝ち誇る。悔しいけれど、アミュラさんに倒れられても困る。
「わかってくれたのならいいよ。それで相談だ。私、アリルさん、リモニカ、シャリアーナ、イルミア、あとアケルナルの成分を全部貰った。二人くらい専属護衛戦士を作ってやれるかな」
名だたる剣士、魔法使いの成分。充分凄い戦士が誕生するわよ。
「オルティナ達には悪いが、あの娘らは対外的にも動くから、あてに出来ない」
カルディアもその意味では同じだ。仕事を抱えているから、ずっと側にはいられない。
「────残った分で、女王の替え玉を守る戦士もつくれるはずだ」
ん、替え玉? なんの事かしら。わたしは先輩を見る。スッとルーネに目を向ける先輩。
いま、目を逸らしましたね先輩。スーリヤさんみたいな人が、賭けのような話しをするからおかしいと思ったのよ。素直な方だから、脅し方が下手くそなのよ。
この人はティアマトと似たタイプで簡潔な話しをする。咲夜もそうだ。三人とも似ていて裏表がない。アミュラさんとは真反対な性分だから気が合うのかもね。
護衛戦士の案件は最優先で行うと、わたしはスーリヤさんに約束した。これだけ近くで話している間もぐっすりと眠るアミュラさんを見れば急ぎたくもなるもの。
何より先輩が今後もわたしに付いて回る事が確定したので、言われなくても急ぐ必要があった。




