第23話 戦後処理 ② 将来設計の布石
戦後処理はレガトたちに任せて、わたしはわたしのやるべき事に向かう。
「カルミア〜〜、ヘケトがモーモーちゃんを返してくれないの」
錬金術部屋に入ると、 牛鬼豊穣型器械兵に乗ったアマテルが泣きついて来た。
神の子牛はアマテルの宝物で、神の牛アピスの魂の宝珠の成分で出来た牛だ。アマテルの本体は手乗り人形のため、それに合わせてつくった騎乗用の子牛なわけだ。
神の牛の心臓はあの巨人型ダンジョンを動かす鍵になっていて、先輩の魂とくっつけてある。
だからこの神の子牛は本物混じりの偽物なのに、アマテルは気にせず可愛がっていた。玩具を妹に貸したら取られちゃったお姉ちゃんみたいよね。
ヘケトは、ぼへ〜〜〜っとしているわりに、可愛いものが好きみたいだ。ラナンキュラはルーネとブリオネの花壇の花を見てニコニコしていた。
「あなたたち、ずいぶん顔色が良くなったわね。やっぱり蛙人だから蛇が苦手だったのかしらね」
「ピギィィィ────」
魔女さんからもらった魔道具素材収納箱の指輪から、太古の蛇神アイナトの外皮を出すと、蛙人たちが泣き叫んだ。
フレミールや古龍は平気なのに蛇が駄目なのは、アイナトが滅んで支配が解けたせいかもね。生理的に嫌いなのに長年精神的に好きと仕向けられ虐げられた、拒絶反応のせいもあるのかしら。
南方にヘルモポリスと呼ばれる蛙人が棲む大陸があったはず。二人を送り返すのなら、わたしも行ってみたいわね。
神の子牛のかわりに、蜘蛛人族姿のシェリハ人形を二人にあげたら気に入って泣き止んだ。
「どうして私なんですか!」
後でシェリハに怒られた。懐かれたからいいじゃないの。種族本能って怖いわよね。蛙人の繁殖力は役に立つので、帰す前に色々集めておきたいものだわ。
さて──本題に入るとしようかしら。ソファにはローディス帝国の皇女ネフティスが寝かされている。アイナトの魂を宿す器であり、七菜子という咲夜の友人が取り憑いた少女。
アイナトに取り込まれる前に、二人の魂は救出してある。両者は結託してアイナトから魂を吸収されないように頑張っていたのだ。
「──皇女の身体は一つ、魂は二つ。どちらが皇女として生きるのかしら」
蛇神に対して共闘していたため、肉体の所有権が平等にある珍しい形になっている。助かるとなれば共闘は終わり、肉体の主導権を巡り争いが起きるもの。
激しく争われても煩いので、早いものがちで決めてほしいわ。そう思っていた所、招霊君に入った七菜子の魂から提案があった。
「私はいいから、ネフティスを元の身体に戻してあげてください」
しおらしく戦友のために生者の身体を諦めるなんて、ずいぶん出来た娘ね。優等生とか委員長キャラとか言うのでしょう? 異界の文化くらい、わたしだって知ってるのよ。
でも七菜子という娘には企みがある。なるほど……聖奈が嫌うわけね。キレる分、あの娘の方が不利だから余計に焦るわけだ。
この七菜子という娘は危険だわ。咲夜に何をするかわからないから。咲夜に何かあるとわたしに責任来そうだから、始めから答えは決まっていたのよね。
「……取引きしませんか」
わたしの考えに気がついたようね。ここでの記憶も、咲夜たちとの記憶も全て忘却の彼方へ葬って送り返すのが一番良いのよね。
咲夜には聖奈と、ソファの裏で魔力封じの網でグルグル巻になっている呪術師のホロンがいれば充分だもの。向こうに戻って、穏やかな日々を暮らすのも悪くないわよ。
「……聖霊人形の繁殖に興味ありませんか」
────なるほど、恐ろしい娘ね。ただし提示した以上、全てが望む通りにはいかない。
「条件があるわよ」
「わかってます。咲夜は普通の女の子なので、むしろ助かります」
七菜子は雄型の聖霊人形に宿ることを受け入れた。
「咲夜の親友は聖奈ではなく私ですから。そして結ばれるのもね」
「────何でもいいわ。素体はエルミィのが相性良さそうね」
金髪に翡翠の瞳の男の子。皇女と身体を共有したせいか、魂にその姿が刻まれて、エルミィとネフティスの子供のような顔になった。
「あなたは賢いからわかっているわよね。聖霊人形の仕組み」
「はい。あなたを死滅させてしまうと私たちも死ぬ。それにあの二人には逆らわないようにします」
「そうして頂戴。まあわたしからの軛から外れて自由になるのは簡単よ。その場合この世界に存在出来なくなるだけで、元の世界では壊れるまで動けるはずだから」
「試すのは聖奈にしてください」
神経が丸太のような子で頼もしいわ。単純にわたしには勝てるというのもわかっているようだ。
ただそうしないのは、魔女さんやレガトを怒らせる事になる。この娘の執念深さと野心のせいで、蛇神に呼び寄せられたんじゃないかしら。
悪しきものやアイナトと気があいそうよね。聖奈ってば不憫ね。勇者たる咲夜にはぶっ殺されまくるし、親友ポジションは執念深い七菜子に奪われる。ホロンからは恨みを一方的に受けるだろうからね。
その聖奈は施術用のベッドで横たわっている。咲夜を助けるために身を挺して庇い、力を使い果たした。咲夜は皇子をぶっ倒した後、自分の魔本の寝室で休ませておいた。
聖奈の身体には問題はなかった。聖霊人形の身体は土人形……つまり魔力体で、たとえ破損しても修復が可能だからだ。
しかし宿す魂は違う。とくに聖奈の場合は、魂の消耗が激しかった。咲夜に何度もぶっ殺されて死の体験を味わい、彼女の魂は生きる気力をすり減らしていた。
次はないそう脅して忠告したのも魂が持たないと見えたから。わたしの蘇生はあくまで分かたれた魂を戻すだけ。
数に限りもあるし、魂そのものが脆弱な場合や、生きる事を諦めてしまうと手の打ちようがなかった。
たとえ魔法の力でいくらでも蘇る事の出来る世界でも、魂のあり様は基本的にどの世界も大して違いがないのよね。
絶対に死なない身体を手に入れたとしても、意志ある魂を宿す以上は心が永遠の時に対応しきれないから死ぬ。
裏を返せば永遠に生きたければ魂不要の不死の身体を持てばいい。もっともそれが生きていると言えるのか疑問ね。生命としては、そうあり続けるだけの存在。ガラクタと言ってもいいわね。
ただし何事も例外はある。心の摩耗と魂の消滅も、膨大な魔力を持つものには些事に過ぎないみたい。
だから聖奈は生きていた。死ぬかもしれない局面でも、咲夜のことを身体を張って守ったご褒美なんだって。魂の摩耗を魔力で満たす事で肩代わりするような真似、わたしの魔力ではもちろん無理よ。
魔女さんの仕業だ。どれだけ咲夜が大事なんだか。【不死者殺しの剣聖】 は、魔法の道具の効果により、日に七度死んでも蘇ると言われている。それに近い性質を実は聖奈は加護として与えられていた。
「聖女の紋様ね。こんな胡散臭いのに効果は抜群だったわけね」
咲夜には二つの世界の血が受け継がれている。彼女こそ「真の勇者」 。もう少し精進すれば、そこらの召喚人などとは比較にならない強さになるそうだ。
そして聖奈は彼女のためならば何度死のうが生き返ることが出来るらしい。そう強く望んだのは聖奈だ。
聖奈に課せられたダンジョンの試練は、結局魔女さんの八つ当たりと洗脳なのよ。本当に恐ろしい魔女だわ。
────────ゴンッ!!
魔力枯渇を防いでから金ダライが落下し、わたしの頭を打って消えた。全てわたしの魔力を使うため、余計な魔力消費になった。
聖奈は七菜子と違って、咲夜を支え尽くす役割を持たされている。本人も望んだので、それはそれで幸せの形だから、わたしは何も言えないわ。
演出のために、七菜子に手伝わせて聖奈を石の床の上に寝かせる。そろそろ目が覚める頃合いだ。
七菜子も聖奈が邪魔でも、魔女さんの意向には従う。口うるさい大姑みたいなものよね、腹黒い七菜子からはそういう考えが透けて見えた。
大人気ない魔女さんが見逃す事はなく、七菜子は心にダメージを受けて膝をついていた。わたしと違い、心に傷をつくような何かを見せられたのかしら。
「……生き返って来れたの?」
聖奈が目を覚ました。次はないと脅しておいたので、必要以上に怯えさせてしまったわね。
「気がついた? 復活出来たのはレガトのおかげよ。魔王さまに感謝しなさいな」
「魔王……いやレガトの加護?」
聖奈はレガトからセティウス皇子と戦う前に、咲夜の事を頼むと言って魔力を付与されたそうだ。
「あなたの加護は咲夜のためだけに発動するから、死なないと勘違いしちゃ駄目よ?」
咲夜のためなら聖奈は不死身に近い。咲夜が望むなら、聖奈は死ぬことも出来ないってことよね。無茶苦茶な加護というか、もはや呪いね。
「自分で死んでも、咲夜が生き返るように命じるだけでいいって事なの?」
「そういう約束でしょ。嫌なら、今だけ止める事出来るわよ」
「……それってどうなるの?」
「普通に死ねるだけよ。あくまでその身体の活動停止って意味でね」
聖奈の魂の一部はわたしが預かっている。だから魔女さんたちの思惑はどうあれ、わたしが当人の身体に戻してやれる。
「ただね……本体に戻るには、いまの身体で頑張って魂を鍛える必要があるのよ」
聖奈も理由はなんとなく察しているはずだ。元の世界での彼女の死に方の問題。魔法の力についてはよくわからない事が多い。
ただ剣聖アリルからの話を聞く限り、レガトや魔女レーナはリスクなしに蘇生の力を扱っているのは確かだからね。
「レガトの加護があるなら、元の身体に戻って咲夜を助ける事も出来るって事だよね。トラウマだって、元の身体で克服してこそだと思うよ」
「……」
「……」
聖奈のくせに生意気ね。咲夜は非常に扱いやすいし、七菜子は欲望に忠実で率先して受け入れるのに。
「無駄に知識がついて厄介ね。聖霊人形が、子を成せるのか試したいのに」
「この女……自分の研究のためにって、堂々と嘘をついていたよ」
おかしいと思っていたらヤムゥリ様がいつの間にか聖奈に、美声君のフルセットを渡していた。伝声だけで充分だったのに、余計な真似を。
みんなはわたしがブツブツ煩いからと、普段は機能をオフにしている。わたしのは招霊君が勝手に流しちゃうのよね。
「七菜子と言ったかしら。あの娘は雄の身体を喜んで受け入れたわよ」
七菜子はこっそりと、咲夜の様子を見に行ったみたいだ。あの娘が生きているのも、元は咲夜の願いと行動力のおかげだからね。
「あの娘……わたしのせいにして雄になったって、咲夜に吹聴してるわよ」
意思はともかく事実なので放っておく。実験体が実験のために、自分からうまく行動してくれるのなら、手間も省けるからね。
「あの腹黒委員長め、本性全開で姿を現したね!」
ようやく聖奈の心に火がついた。困るのよ、悟りきった聖人みたいな境地でいられるとね。聖女だから、むしろ正しいのか。
「それともう一つ。そこの呪術師ホロンって子は咲夜が好きよ。呪いから解放されて、真っ先に咲夜を見ていたからね」
わたしのせいで半ば強制的にセティウス皇子を愛し、最後は皇子刺殺した呪術師。目が覚めたのかグルグル巻きの魔力封じの縄で縛られグネグネしている。
「あんな危ない地雷女、処刑しないの?」
起き上がった聖奈を見て、殺意が漏れ出しまくっている。聖奈もそれを感じて凄く嫌そうだ。
「地雷女? あの子は男よ。あなたの世界だと男の娘って言うそうね」
「──えっ、男の子なの?」
呪術師っておかしいのが多いし、皇子の趣味がそっちだったかもしれない。聖奈のシンボルを見て動揺したのも、きっと眼鏡男子君みたいに隠したかったからだわ。
「ああ……でも呪術師の子の気持ちは、わたしのかけた怨霊君の呪いのせいね。嫌がらせのつもりだったのに、怨霊君が気にいったようね」
。
「つまり私をライバル視して敵意を向けらたのって、元凶はカルミアのせいって事だよね。歪められた情愛のせいでライバルと思われて」
「──そういうことになるわね」
「やっぱり貴女、頭がどうかしてる」
「あの呪術師も被害者なのよ。帝国の術師としての裁きは受けるにしても、この有り様だからね」
わたしは招霊君を呼び、聖奈に外の様子を映像で見せた。来た時に見た重厚な建物群や、立派な宮殿など跡形もなくなっていた。
「それで、どうするのかしら」
答えは決まっている。わたしの思い通りになるのが腹ただしいだけだ。聖奈もそのままの状態を受け入れるしかない状況だとわかったようね。
この実験が成功すれば、雌雄を入れ替える。最終的には聖霊人形同士による繁殖を目指す。
出来れば特殊成分に頼らない実験体も必要なので、わたしとしてはこれでも聖奈に期待しているのよ。




