第22話 戦後処理 ① 死者の宮殿と巫女戦師
激しい戦闘の余波で、崩れ出していたダンジョンが瓦解し始めた。魔力を与えていた蛇神アイナトの死によって、魔力供給が途絶えたたからだ。ダンジョンを任意の形に維持出来なくなり、歪みが生じる。
「母さん、邪竜神を回収出来るかい? 出来れば星核は先に欲しい」
「わかったわ。バアルトたちをそのまま回収に向かわせるわね」
レガトがこっそりと動き、わたしを出し抜こうとしている。残念でした。念声を切られて会話しても、招霊君が教えてくれるからね。
巨大な邪竜神を倒したのは【星竜の翼】 のメンバーなのはわかっている。でもこれはわたしたちとの共闘だから、お宝の権利は当然主張するわよ。
「レガト、魔物の素材回収も急がせるけど崩落まで時間あるかしら」
シャリアーナ様まで抜け目ない。ただロズワースの主宮殿まで来たのに、財宝らしきものを見かけなかったのよね。エドラのように宝物庫にまとめられているのかしら。
「それなら先にファウダーの結界で包みましょう」
さすが魔女さん。お宝の重要性がわかっている。結界で補強し、捜索時間を稼いでくれた。みんな疲れていたけれど、宝の山を前にのんびりしていられないからね。
「ロブルタの連中と競争だ。あ〜、ただしアリルさん、シャリアーナ、イルミア、リモニカ、フレミールとバステトと言ったか。君たちは警戒を頼む」
レガトもわかっているわね。ただフレミールは使えないわよ。邪竜神に体当たりして、打ちどころが悪かったのか悶え苦しんでいるから。
「違う! カルミア、オマエのせいじゃ!」
たまにわからない事をほざくのよね、この火竜は。痛み止めの薬を飲ませようとすると怒るから放っておくしかない。
どこに伏兵が潜んでいるのかわからないのに、みんなわりと無防備だ。レガトたちを信用しているとも言える。
自動掃除人形君、自動撤去掃除君、自動宝物回収人形君、素材解体回収君など、素材回収に役に立つものをあるだけを放って回収を急ぐ。
反則だとレガトが焦っていたけれど、わたしたちの金欠ぶりはそっちより酷いのよ。
邪竜神アイナトが倒され、ダンジョンは消滅した。ダンジョンが崩れ見えてきたのは────────
────────骨ばかりの世界。見渡す限りの骨と髑髏の宮殿。
膨大な数の魂が奪われて眠りにつき、耳を傾けしものを呼んだ。
「死神に相応しい宮殿ね。太古の蛇神が寝床にするにもちょうど良い陰湿さだったのかしら」
結界師ファウダーの魔法の効果で、わたしたちは無事にお宝も素材も回収出来た。魔女さんが死を司るものがどうこう言っていたわね。
豪華絢爛な建物の姿は死者の宮殿を覆い隠し、人々の暮らしを保っていたのだから驚きだ。
「大公とやらが保護しようとしたのは、景観ではなく偽りの飾りだったのだな」
「そうね。アイナトが魔力を喰らい尽くさなければ、幻を保ち続けていたでしょうね」
ダンジョンという魔力の保護がなくなり、風により砂のように崩れていく死の宮殿を見て先輩は呟くのにわたしは応える。
「それにしても本来の姿がこれなら、招霊君もたくさんいるわけよね」
永らくの間この地に縛り付けられた魂が解放されたのがわたしにはわかった。あまりに沢山いるから聞き取れない。たぶん喜んでいるの……かな。
【星竜の翼】 とわたしたちのいる浮揚式陸戦車型に近づく気配があった。
レガトたちが帝都へ侵入する前に戦っていた相手のアケルナルとアッカドだ。わたしたちからすると、誰よって感じね。エリダヌス神の一番の巫女戦師アケルナル‥‥うん、知らないわよ。レガトたちが気にしていないので、強そうだし任せる事にする。
すでに敵意はなくて、部下もかなり離れた場所に待機させていた。武器は一応携帯して、二人だけでやって来た。
「これがローディス帝国の、ロズワール宮殿の真の姿だったのか」
滅びの都の宮殿の真の姿に、アケルナルという女性が震える。あれほど豪華に飾った宮殿が虚像だったことにも驚きだわね。太古の蛇神はともかく、ネルガルやバロールがこの地に固執した意味が知りたかった。
この地の成り立ちに深い関わりを持つレーナならば、何か知っている気がしたのだろう。わたしも知りたいので黙って聞き耳を立てる。
「わたしより、あなた達のほうが詳しいでしょ?」
レーナはそう言って突っ撥ねた。かぁ、この魔女さんはいつもこれよ。天才肌だからわかっている事に興味が薄い。
もっともアケルナルが聞きたいのは、レーナがどこまで情報を掴んでいるのか確かめるためでもあったみたい。だからあまり深く聞かなかった。
わたしたちやレガトたちも知りたがった。こうなるとレーナは頑固だから無理なのよね。やれやれ年は……おっと口が滑る所だったわ。危なかったわね。
「────我々は行く。当分お前達と遭うことのないように、遠い地を目指すつもりだ。このまま見逃してくれると助かる」
アケルナルがそう告げる。帝国の騎士か何かで激しく戦って和解したのだそうね。レガトたちには、いまのままでは完全に勝てないと理解しているようだ。
「格好つけてるけど……戦いを盗み見ようとして、結界から出られなくなったのでしょう」
蛇神の他にわたしたちを観察する目には気づいていたので、挑発的に言ってやる。
「相変わらず、煽情的に話をして、感情を引き出すのが上手いな」
レガトだって気がついていたのに酷い言い方よね。こっちは彼女たちを知らないのだから、警戒くらいするわよ。
「始めから高みの見物をさせてもらうと、レガトには言ってある」
たかだか十年生きた程度のわたしに煽られ、イラッとしてアケルナルがそう答えた。
「行くのは構わないよ。再び刃を交える事になるか、手を取るかそれは後の楽しみとすればいいさ」
行く宛のない旅もまた冒険者らしいじゃないかとレガトは告げた。
「そうか……ならばお前のギルドとクランへ、我々の登録をさせてもらうぞ。冒険者の肩書きは他所の地でも何かと都合がいいからな」
一番の目的は、それだったようね。解放されたのは骸となった魂だけではなかった。見るからに不器用そうなアケルナルとアッカドという男は、礼を言いたかったみたいだ。
「はぁ、面倒臭い人たちね。そういうのは寄越すものを先に出すのよ────痛?!」
魔女さんから不意討ちのミニ金ダライを食らった。速すぎて魔力を 吸収枯渇出来なかったわ。連携をするように先輩がわたしの首を狩って黙らせた。
「リモニカ。登録証を人数分と、金級銀級一枚ずつ、それと鋼級のプレートを人数分出してくれ」
随分と用意が良い、そう思った。わたしたちロブルタのメンバーを引き入れるために、ギルドから登録用の一式を貰って来ていたのね。
「────ついでだからアストリア。君たちの所属もウチに移してもらうよ」
ほら、怖い笑顔が来た。敵対したアケルナルよりも、 本命はわたしたちだ。魔王さまからは逃げられない。
────ガコッ!
不可視の魔力のタライが、先輩ごとわたしの頭に落ち気を失った。先輩は何故かノーダメージだ。レガトは同調魔力結界で先輩だけ守ったようだ。あんなあからさまに怪しい微笑み、魔王と呼ぶに相応しいし、いいじゃない。
魔女さんより魔力の扱い方は雑なのに。やっぱりこの人は魔王よ、魔力の使い方が化け物だわ────。
わたしが一瞬意識を手放した間ににわたしたちと新しく出来たアケルナルのエリダヌス傭兵団の加入が決まった。
先輩には異論はないので、略式で所属するメンバーの一覧を書き出していた。
あとで個別の登録は必要になるけれど、これでわたしたちは旧ロブルタ王国の王都ギルドから【星竜の翼】 ギルドの所属となった。
「うぅ、成分……」
わたしの意識は落ちている。なんか招霊君が多いせいで、無意識下の光景が見えるの。そして安請け合いする先輩の姿が見えた。ぐったりしたはずのわたしは、執念で呻く。
アケルナルは、エリダヌス神の巫女戦師とかいうらしいじゃない。次にいつ会えるのかわからないのに、解放するのは愚かもののする事よ。
「だ……そうよ。この娘の欲する成分を寄越すのなら、魔本収納付きの浮遊戦艇を一つあげるわよ。馬車型にも変えられるやつをね」
魔女さんがわたしにかわり、悪魔のように微笑した。すでに前回の戦いで採取していた検体分を含め、かなりの量を得られる。
「成分って、あれになるのか……」
アケルナルはわたしのつくった聖霊人形達を見て、その意図を察し嫌そうな顔をした。
未知なる地に向かうのに、足があるのは助かる。それに【星竜の翼】 との連絡が取れる状態というのは、何かの時に役に立つ。
悩んだ挙げ句、アケルナルは少しその場を離れた。崩れ行く骨の宮殿で、少し涙ぐみながら魔法で容器を作り成分を集めていた。同じく魔法で匂いを塞ぎ、見えないように覆い隠した。
「────戦に敗れた敗北の屈辱を、こうした形で行うとは中々に鬼畜な所業だなレガト」
アケルナルが、顔を真っ赤にしてレガトへとモノを渡した。非常に悔しそうだ。
「いや……僕は対価などは、何も要求など言っていないだろう」
何故かレガトが指示したようになっていた。確かにそうね。レガトはそのまま別れるつもりだったから。
「カルミアには、厄病神の成分でも入っているのかもしれない」
レガトは軽蔑の目を向けるアケルナルを見て呟く。苛ついたのか先輩の抱える少女のこめかみをグリグリし、大きなため息ををついた。
一度ついた汚名と、嫌悪感をわたしのせいにしても無駄なのよ。あなたはもうわたしたちのギルドとクランのマスターだからね。
物理的な痛みで目を覚ましたわたしは、レガトのもつ魔法の容器を回収した。これは大人気なく八つ当たりした分だから報酬とは別よ。
「どこまでもぶれないな、君は」
もう一度わたしの首に腕を巻き付けながら先輩が嬉しそうに呟いた。先輩こそ、この騒動を引き起こした魂の持ち主という自覚が皆無でさすがですね。
────太古の蛇神アイナトとの戦いは終わった。貴族街の半分以上の地区が白い髑髏の宮殿同様に崩れ去る。
商人や傭兵や旅の者達など、ローディス帝国に直接縛られていなかった生き残りはかなりいた。
第一皇子のウシルスや第三、四皇子ジャルス、ビルス、それにセティウス付きの暗殺者達や宮廷にいた貴族や侍女達の姿も見られた。
「とりあえず目に付くのは拘束しておいたよ」
剣騎スーリヤと、狂人バステトがバルスや猫人眷属達と一緒に、敵の主だった連中や戦力を速攻で捕縛していた。
「────首を狩るねィ」
ウキウキしている少女の前には、第三皇子ジャルスと第四皇子ビルスがいた。
「待ちたまえ。その二人はどこかおかしい」
先輩が止めた。それなりに顔立ちは良いのに、気持ち悪い目つきをするのよ。始末しても問題ないと思うわよ。
拘束はそのままで、レガトは猿轡を外すように伝える。バステトは不満そうだ。
「動くとスパッといくねィ。だから動くねィ」
首を刈りたくて仕方ないのか、皇子達の首に鎌の刃をヒタヒタ当てて楽しんでいた。
「お、俺達は関係ないんだ!」
「そ、そうだ。信吾のやつが偉いやつに乗り移って無理やり戦わされそうになったんだ」
「あれ、信吾と七菜子はどこだ?」
震えながら、鎌を当てられていないビルスがあたりを見回す。
「……なんにもないし、どうなっているんだ、この世界は」
会話が情けない。恰好は他のものより豪華だ。なんとなく小物臭が漂うし、見た目以上にしょぼさを感じる。咲夜たちが言っていたモブ君達かしら。
「異界の……弱者?」
「魔人勇者に全て持ってかれた感じだよね」
レガトの仲間のハープとホープが悲しい事実を告げる。皇子二人に入り込んだ異界のものは、咲夜のクラスメイトね。咲夜にはモブ男達と呼ばれていた、影の薄い男二人だ。
レガトも納得したようね。冒険者でもたまにいるでしょ、隅っこが好きな住人達だ。
剣騎スーリヤにあっさり捕まったのも、彼女に見惚れていたせいだ。狂人にすら色目で見るから、以外と精神は逞しいのかも。
いまも先輩やシャリアーナ樣などを目にして興奮して、気持ち悪い。こういう時は変態商人のリエラが適任なのにどこへ行っんだか。
ローディス帝国の宮廷に美しく咲き誇る花は、皇女ネフティスという娘しかいなかったのかしら。




